2020年、新型コロナウイルスの影響で発令された最初の緊急事態宣言時期を経て、ライブエンタメ界はパタリと動きを止めてしまった。宣言解除後もなかなか再始動しない中の7月、いち早く幕を開けた舞台作品のひとつだったのがミュージカル『BLUE RAIN』。ドストエフスキーの名作『カラマーゾフの兄弟』をベースに、1990年代のアメリカ西部で起きたひとつの殺人事件と、ある家族の愛憎をドラマチックに描き出す作品だ。舞台セットにビニールシートやパーテーションを組み込み、俳優同士の接触も極力抑えた"with コロナ"の演出も話題となったこの作品が2022年1月、早くも再演される。殺害された大富豪ジョンを主とするルキペール家の次男であり、事件の真相を追う弁護士ルークを演じる東山光明、犯人と目される長男テオに扮する大沢健、一家の家政婦であるエマ役の池田有希子の3人に話を聞いた。
左から東山光明さん、池田有希子さん、大沢健さん
――東山さん、池田さんは一昨年の初演にもご出演されていました。緊急事態宣言が解除されてもエンターテインメント業界は再開していいのか、みんなが迷っている状況だった7月、最初に幕をあけた舞台作品のひとつでしたね。おふたりにとっても特別な作品になったのではないでしょうか。
東山:僕はこの『BLUE RAIN』のお話をいただいた時はまだコロナはなく、こんな大役やるしかない! とめちゃくちゃ意気込みを抱いていました。でも稽古が始まる少し前に緊急事態宣言が出され、『BLUE RAIN』も幕が開くのか、本当に二転三転しました。そんな中でも動き出し、初めてZoomでの本読みなども経験し......。エンタメ業界、どうなるんだろうと不安のある中での上演でした。本当に僕にとって思い入れがある、役者人生の節目にもなった作品です。その作品がこんなに早く再演できるのは喜びですし、初演とはまた違う形でいいものにしていきたいです。
池田:本当に、初演の『BLUE RAIN』に出演していた時は、この経験は一生忘れないと思いました。コロナ禍は今も続いていますが、やはり「役者ってなんだろう」とずっと考えています。当時は、私は役者をやり続けるのだろうか、続けられるのだろうか、辞めざるを得ないのだろうかと考えましたし、そういう究極の状況で、それでも芝居をやらせてもらえることが本当にありがたかったです。私の祖父は漫談師だったのですが、もともとは長唄三味線をやっていて、戦争で食べていけないから長唄をやめて漫談師になっています。そんな彼の人生の遍歴も、「こんな気持ちだったのだろうか」とビビッドに感じたりして......。自分の年齢のことや、友だちが病気になったりしたことも重なって「私のこの仕事は必要なのだろうか」と今も考えていますが、その"悩む時間"はきっと必要なことだと思います。そのきっかけは『BLUE RAIN』でした。ですので、やっぱり忘れられない一作です。
――お客さま側も一丸となって協力して幕を開けた印象です。初日カーテンコールで池田さんが「開演前アナウンスでインフォメーションが長くて、来てくださったお客さまにこれだけたくさんのことをご協力いただかなくてはいけない状況になってしまったんだなと思うと胸がいっぱい」と話されていたのも記憶に残っています。その分、感動もひとしおでした。
東山:僕らもあの劇場の光景は忘れられない。不安の中で幕を開けたけれど、受け入れてもらえた、またここからやっていいんだなという実感をもらいました。
池田:みんなが我がことのように応援してくれていましたよね。あの高まり、一体感は忘れられない。
大沢:僕はこの初演はいつやったのか聞いて、昨年の7月だと言われて「え、よく完走できたね」と思いました。本当にすごいことだったと思う。
東山:毎公演、これが最後かもしれないと思いながら千秋楽までやりきりました。本当に本番の直前までマスクをしたままの稽古で、というのは今は当たり前になっていますが、僕にとっての初めての経験は『BLUE RAIN』だったな。
池田:すべて戸惑いでしたよね。まだ演劇業界内のガイドライン、ルールもできていない状態。PCR検査も(この時点ではまだ一般的ではなく)なかった。Zoomでの稽古も初めて。
東山:僕は最初の本読みの時、なかなかZoomに入れませんでした(笑)。色々な人を待たせている! と思ったら、よけい焦って、わけがわからなくなってしまって......。
池田:そんな人が何人もいて、初回は始めるまで30分かかったよね(笑)。
――大沢さんは、今回が初参加。この『BLUE RAIN』という作品の印象は?
大沢:やはりコロナ禍に生まれた作品だというところにグッときました。何が印象的だったと聞かれ、まず浮かぶのは、舞台のセット。ビニールやパーテーションがセットに組み込まれ、しかもそれが物語に合っているんですよね。人間同士の隔たりや、関係性を断ち切る、そういう表現としてこのセットが活きている。一方で、普段の演劇作品にはなかなかないものが舞台上にあるというのは、役者にとっては負荷がかかるものでもあります。その負荷を、なんとか懸命に生きていこうというエネルギーに転換できればいいなと思って、稽古に励んでいます。
――ということは今回もあの舞台セットはあるのですね?
池田:はい。前回の演出を踏襲しています。ただ、少し禁止事項が緩和されてはいます。前回は本当に、俳優同士が接触することも基本的にはなかった。今回はもう少しコンタクトが取れるようにはなっています。
――演出は荻田浩一さん。初演はwithコロナらしい演出が際立ちましたが、その中でも"荻田ワールド"になっていましたね。
池田:荻田さんは、雲の上を行く高さの芸術性をお持ちなのに、なんだかお茶の間でみかんを食べながら話しているような客観性があって。その両極がクセになります。もう、ずっと面白い(笑)。
大沢:比喩が多いですよね。
東山:みんなにわかるように、色々な喩えで説明してくださる。
池田:この前なんて「そこ、スクールウォーズ!」って言ってました(笑)。
東山:でも今日、彩乃(かなみ)さんが「おぎちゃんの喩え、わからない!」って言ってました(笑)。ちょっと心の声が出ちゃってた。
大沢:僕は今年の春、『Same Time, Next Year』で荻田さんと初めてご一緒したのですが、僕が台詞を言いながら動いていたら、荻田さんも台本を見ながら同じ動きをしていて(笑)。あれ、一緒に演じている、と思って。
東山:その人の気持ちになって動いていますよね、荻田さん。
池田:振付もしてくれて、踊ったりもしている(笑)。おぎちゃんって、病みつきになる魅力がある。
東山:今回、歌唱指導が福井小百合さんになったということもあり、荻田さんと小百合さんのチームワークもすごいですよね。音をしっかりとりながら、そこに言葉をどう乗せるか。しっかり食らいついていきたいです。
大沢:小百合さんの指導、すごくわかりやすいです。こちらの心情に寄り添ってくれて、なぜ自分が出来ていないのかをわかった上で「こうしてみよう」と言ってくれるので。今回、目から鱗のことがいっぱいあります。
池田:私、小百合大明神と呼んでます(笑)。ダメ出しは辛辣ですごいのですが、小百合先生の言うことができるようになりたい! と思うもん。「歌、難しい!」と思うのと同じくらい「歌、面白い!」と思います。
――歌の話になりましたが......『BLUE RAIN』はとても綺麗な曲が多いですよね。
大沢:初めて聴いた時、初めて聴くのにかつて聴いたことがあるような気がした。それくらい旋律が"濃い"。この『BLUE RAIN』の世界にぐっと引き入れる力のある音楽ばかりですよね。
東山:確かに。歌、めちゃくちゃ良いですよね。僕も今回の再演の稽古が始まり、久しぶりにこの作品に向き合った時に、テーマ曲の『BLUE RAIN』を聴いて、泣きそうになりました。これこれ!って。
――改めてそれぞれの演じる役柄について教えてください。
東山:僕の演じるルークは、ルキペール家の次男です。父のジョンが専制君主みたいな人で、ルークは幼い頃に父から虐待を受けていて、その反動で「絶対のし上がるぞ」というエネルギーを持ってNYに旅立ち、弁護士として名をあげてルキペール家に帰ってくる。そこから事件に巻き込まれ、その事件を解決しようと奔走する役柄です。
大沢:僕はその兄、テオを演じます。同じく父ジョンの虐待を受け、テオの方は反抗して家を出て行ってしまった。親の愛情に飢えて育ってきた人間特有の、もの悲しいオーラが出たらいいなと思い、そういうところを大事に作っていきたいと思っています。その瞬間は明るく笑っていても、あとに残る悲しさみたいなものを丁寧に作りたいです。テオという役は僕にとってはちょっと珍しいタイプの役です。でも自分と離れているからこそ、飛べることもある。今回はそういう挑戦をさせてもらっています。
池田:私はルキペール家に長く勤めている家政婦のエマです。住み込みの召使いですね。テオとルークのことは幼いころから見ていて、ふたりが大変な子ども時代を過ごしているのはもちろんわかっているし、自分自身もジョンの暴力の被害者でもある。でもやっぱり暴君の下で育たなければいけない子どもに救いを与えてあげたい、自分が暴力の傘になってあげたいと思うんだけれど......そこまでの力がないという、悩ましい役です。
※本記事のお写真は同じくご出演の染谷洸太さんに撮影いただきました。染谷さんとの4ショット!
――最後に、この『BLUE RAIN』の好きなところ、素敵なところを教えてください。
大沢:僕はなんだかんだ言って、テーマソングが歌われるシーンが好きだな。クラブで『BLUE RAIN』を歌うヘイドンを見て、テオは「自分はもう必要とされていないのかも」と思ってしまう。あの時のふたりがなんか、いい。若々しくて、なんとも言えない切なさがあって。メロディの性質と、ふたりの悲しい生い立ちと、テオのマイナス思考というか......拗ねている感じが、なんともぐっときます。ストレートプレイだと、これをすべて表現するのに10ページくらい必要になりそうですが、ミュージカルだと歌で全部表現できる。歌の力だなと思うし、好きなシーンです。
東山:テオとヘイドンは、大人のピュアな恋という感じがいいですよね。今回ヘイドンが、初演の水夏希さんから彩乃かなみさんになったこともあり、テオとヘイドンのシーンの演出も少し変わっているんです。前回ダンスをしていたところがお芝居になっていたりもして。ビニールのシート越しに手を触れあったり、口づけを交わすのを僕は後ろから見ているのですが、もう、鳥肌が立つ。ふたりの切なさが、めちゃくちゃ素敵です。
池田:ほんと、ほんと。私は、テオとルークの兄弟が、すごく対立しあうんだけれど、ちゃんと愛し合っているのが伝わるのが好きです。すれ違って、会話はとんでもない方向に行ってしまったりするけれど、そういうことって実生活でもありますよね。兄弟愛があるのに......仲が悪いわけじゃないのに......と思いながら私はふたりを見ていて、切ないです。家族であればこそ、ギクシャクすることはありますし、そういうすれ違いも含め、いい兄弟。あと、客観的に見ていて、描かれる男性が色々なタイプがいて、面白い。ちょっと不器用で粗野なところもあるけれど、実はすごくロマンチックなテオ、頑張っている優等生、秀才タイプのルーク。もうひとり、庇護欲をそそるサイラスという男の子も出てきます。それぞれ違うタイプで、少女漫画的にキュンときますよ!
(取材・文:平野祥恵)