■ミュージカル『SMOKE』2019年版 vol.1■
昨年日本初演され、その濃密な世界観と美しい音楽でたちまち話題となり、多くの熱狂的ファンを生み出したミュージカル『SMOKE』。
20世紀初頭に生きた韓国の天才詩人、李箱(イ・サン)の遺した詩と彼の人生にインスパイアされたミュージカルで、たった3人のキャストが、ミステリアスで奥深い世界を作り上げていきます。
このミュージカルが早くも今年、再演されることになりました!
しかも今回は、昨年出演したキャストを中心としたバージョンを7~8月、
そしてニューキャストバージョンを6月と、
<ふたつのSMOKE>が上演されます!
◆ about『SMOKE』 ◆
李箱(イ・サン)の作品「烏瞰図 詩第15号」にインスパイアされ、その詩のみならず彼の人生やその他の作品群の要素も盛り込み作られたミュージカル。
イ・サンは、才気ほとばしる作風が讃えられる一方で、その独自性と難解さゆえに酷評もされた、両極端の天才詩人。結核をわずらった後、日本に流れつき、そのまま異国の地・東京で27歳の若さで亡くなります。
このミュージカルでは、彼の精神世界を謎めいた筆致で描き、誰も想像できなかった物語が繰り広げられます。
登場人物は、
詩を書く男「超(チョ)」、
海を描く者「海(ヘ)」、
心を覗く者「紅(ホン)」
の3名のみ。 俳優の実力も問われる、スリリングな作品です。
まず最初に登場するのは〈NEW CAST〉バージョン。
こちらは石井一孝、藤岡正明、彩吹真央という、いまのミュージカル界を支える実力派が出演します。
さっそく3人にお話を伺ってきました。
★ 石井一孝×藤岡正明×彩吹真央 INTERVIEW ★
―― 昨年の日本初演版を、彩吹さんはご覧になったそうですね。どんな印象を抱きましたか?
彩吹「まず最初に、タイトルがどうして『SMOKE』なのかなと思ったんです。そしてモチーフであるイ・サンのことを私は存じ上げず、「難しいかもしれない」と思いながら観に行きました。この作品から私はどんなインスピレーションを得られるんだろう、と思いながら観ようとしたのですが、実際に劇場に入ったら、そんなことを途中で忘れてしまうくらいに作品の世界にのめりこみました。去年の上演は浅草九劇だったのですが、客席が四方をぐるりと取り囲んだステージで、とても密な空間だったということも相まっていたのかもしれません。映像や実際のスモークを使った演出も素晴らしく、エンタテインメントとしてすごく贅沢だな、という印象です。あとは、音楽の素晴らしさですね。感動しました。だから今回、出演のお話をいただいたときはまず、あの数々の歌を歌わせていただくんだということに喜びを感じました」
―― まだお稽古も始まっていない段階ですが、石井さんと藤岡さんは現時点で作品について、どんな印象でしょうか。
藤岡「台本を読みましたが、悪い意味ではなく "ぶっとんで" いる。感情を辿っていこうとしても跳んでしまう、線で繋ぐのが難しいというか。芸術ってある種、そういうものかもしれません。3×4が1になったりマイナス5になったりすることが起こりうる、理屈で説明できない作品なのかなと思いました。世の中にはサイケデリックなことや前衛的なことをやればスゴイ、という風潮ってあるじゃないですか。たまにそれを気取った舞台作品に出会うこともあって、そういうのって僕はシラケるんですが(笑)、『SMOKE』はそうではなく "本物" になるんじゃないのかなと思いました。なんか妙な説得力を感じたんです」
石井「僕もまだ語れるほどではないのですが、台本や資料をあたった感想だと、難しいところもあるのかなって思うんです。ただこの物語、最初は犯罪劇のように始まり、だんだん心の葛藤の物語になっていく。登場人物3人の謎を解き明かしていく中で、イ・サンという人の悲しみや、背負ってきた十字架がわかってくる。素晴らしい着眼点で描かれた戯曲だと思います。あと、最初から今回のキャストを聞いていていたんですよ。トーマス(藤岡)が<海>で、ゆみちゃん(彩吹)が<紅>だって。だから、トーマスだったらこう来るだろうな、ゆみちゃんだったらこうやるだろうなって想像しながら読んで楽しかった! そこにさらに、菅野こうめいさんの熱い演出でどうなっていくのか。初演メンバーの『SMOKE』とはまた違う『SMOKE』を作っていけるんじゃないかなと、楽しみにしています」
▽ 石井一孝
―― ......藤岡さんのことをトーマスと呼んでいるんですか?
石井「(そう呼ぶのは)業界オンリーですね! 機関車トーマスから?」
藤岡「違いますよー。10代の頃、なぜかわからないのですが、当時のレコード会社のスタッフたちと、外国風の名前をつけるとしたら(藤岡さんは)トーマスっぽいよね、と言われたんです。で、カズさん(石井)と最初に『レ・ミゼラブル』でご一緒させていただいたとき「何て呼べばいい?あだ名は?」と聞かれて、「何ですかねえ、よく"マサ"って呼ばれてますが」と答えたら、「マサはなぁ......ほかにないの?」「10代の頃にちょっとだけトーマスって呼ばれてました」と言ったら「それもらった!」と(笑)。カズさんしかそう呼ばないですよ!」
彩吹「呼びましょうか」
藤岡「いいですよ、今更変えなくても(笑)」
―― いま、おふたりの楽しいエピソードがあったのですが、ちょっとお互いについてどう思っているのかもお伺いしたいです。3人とも今のミュージカル界をガッチリ支えている、大作ミュージカル常連の方々で共演経験もあると思いますので。
彩吹「えーと、トーマスとは...」(一同笑)
石井「乗らないでいいよ(笑)」
彩吹「トーマスは......やっぱり言いにくいですね(笑)、マサは、初めて共演したのが『Underground Parade』(2011年)。私が宝塚を卒業して1年目の年でした。歌を、こんなに自在に歌う人に会ったのは初めてで、その歌唱力のすばらしさに度肝を抜かれたのが第一印象でした。それ以降、マサの舞台はいろいろ拝見していますが、やっぱりそのハートフルな歌い方は健在ですね。『Underground Parade』の役柄もあったかくて、マサにぴったりだった。その後『スパークリング・ヴォイス』というコンサートでもご一緒してますが、またお芝居で絡みたいなとずっと思っていたので、楽しみです」
藤岡「『Underground Parade』の時はいっぱい飲みましたねえ」
彩吹「高架下とかでもね(笑)。カズさんは本当に熱いし、声がでっかい! 今回カズさんとマサはマイクいらないんじゃないかと思ってるんですが(笑)。『ロコへのバラード』(2013年)でご一緒させていただきましたが、ドンと存在感のある、大黒柱みたいなイメージ。今回も3人の中で、大きな大きな大黒柱になっていただいて! そこに甘えたいですし、逆に自分もそういう存在になりたいと思っています。でも今回、キャスティングを伺った段階で「もう、完成!」って思ったんです。これ、お客さまの立場だったら観にいきたいなと思う、贅沢なメンバーですよね。その中に入れていただいて、本当に幸せです」
▽ 彩吹真央
藤岡「では次は僕から。ゆみさんは、仰ったとおり『Underground Parade』から本当に仲良くしていただいていて、すごい優しいんですよ。いとこのお姉ちゃんみたいな(笑)。普通に考えて、スターさんなんです。宝塚のスターですからね? でもそういうものを感じさせないくらい優しい。人の良いところをたくさん見つけてくださる方だなという印象です。
カズさんは、今回の役にも通じそうなんですが、僕、初めてお会いする以前に、まわりから「似ている」とか「石井一孝さんという人は絶対おまえと合う」とか言われていて。実際お会いしたら、ぴったりハマっちゃった」
石井「音楽好きなところとかも似ているしね」
藤岡「あとはちょいちょい公言していますが、僕、ミュージカル界で三本の指に入るくらいダンス下手なんです。三本の指のひとりは石井さんだって(笑)。そういうところとかもね(笑)。まあ、その中でもダンスは僕の方が勝っている、勝ちたいと思うんですが」
彩吹「カズさんの方が踊れるかも......(笑)」
藤岡「まじっすか!? 『シスター・アクト~天使にラブ・ソングを~』(2014年)の時に、同じレベルくらいかなと思ったんですが......。でもカズさんはすごいバイタリティとオーラの持ち主なんですよ。ジ・オンリーワンの方。これは敵わない。何より屈託がないし、表裏や派閥とかもなく、みんなに分け隔てなく接してくれる最高の先輩です」
石井「嬉しいこと、言ってくれるねえ! じゃあ僕からね。トーマスは初めて会ったのが2005年の『レ・ミゼラブル』。あの時初舞台だったよね?」
藤岡「初舞台、初ミュージカル、初お芝居でした」
石井「最初にとにかくめちゃくちゃ歌が上手いと思って、今でも、ミュージカル界というより日本で三本の指に入ると思っているんだけど。でも最初の『レミゼ』の時は、歩くのもままならないくらいに初舞台感満載で(笑)。でもマリウスって、右手と右足が一緒に出ちゃうようなところもあっていいと思ったんだよね。スタイリッシュじゃないというか。僕も1994年にマリウスをやってた頃、どうして普通に歩けないんだって言われてたから、なんか似てるなって思ったの。すごく初々しくて、歌ったら抜群に上手い、そんな印象でした。それからトーマスの色々な舞台を観にいくようになったんだけど、どんどん役者として成長していくのを目の当たりにして。心で役を演じているんだよね。ああこの人、前からすごかったけど "本物" なんだなと思っている。役者としてもシンガーとしても尊敬できる人です」
藤岡「(小声で)ありがとうございます...」
石井「ゆみちゃんは、さっきも話題に出た『ロコへのバラード』で、初演再演と共演させてもらっているのですが、僕がダサい本屋の店主で、ゆみちゃんはそこで朗読をする女性だった。そして僕はゆみちゃんのことを好きで好きでしょうがないという役どころだったんです。だからひたすら好きな人だと思って見ていたから、今でも若干その名残があって、目が合うとドキドキしちゃう(笑)。憧れの人、という感じ。でもゆみちゃんはトーマスも言ってたけど、本当に優しくて、ひとりの女性として素敵な人。芝居作りは真面目だし、演じるということに強く思いをぶつけてくるのは、最初に会ったときから変わらないかな。この3人でどういうことが出来るのかな。頑張りたいですね」
―― そして演じるのが、それぞれ<超><海><紅>。今の段階で、どんなキャラクターだと思っているのかを教えてください。まず彩吹さんが紅一点、<紅>。
彩吹「とても多面性があって、私は舞台を拝見しながら「あれ?いま役が変わったのかしら?違う人なのかしら?」と思う瞬間があって、それがあとになって「ああ、そういうことか」と理解していったのですが。改めて台本を読み、まだお稽古に入る前ですが、<超>も<海>も、そしてお客さんをも包み込むくらいの包容力がいる役なんじゃないかなと思っています。さらに今回は、彩吹真央である自分自身、本名の私、その人間性をも大きく超えないとこの役とは向き合えないかもしれないと思う。ある意味、挑戦です。どの舞台も演じる人の人間性や生き様、その人自身が表れると思うのですが。私の中で大きな階段をひとつ...何段階ものぼった上で<紅>という役を表現できたらというのを、一番の目標にしています」
―― 石井さんは<超>ですね。
石井「彼は激しい感情の部分が多くて、わりとずっと怒っている。もちろん"怒り"という感情もいろいろなグラデーションがあると思うんですが、僕の出るシーン、波乱含みなところが多いんだよね。一本調子にならないようにしたい。やはりイ・サンという人を調べると、すごく不遇な環境にいて、生前はそんなに認められず、最後は異国の地である日本で亡くなる。なんとなくゴッホみたいなところがあるよね。なんで僕の詩を認めてくれないんだとずっと憤って、不安で、辛かったということが怒りの引き金になっているんだとしたら、潤いのない砂漠のような心だったり、世の中に対する不満だったり、自分自身が崩壊していくような感情だったり、そんなところに思いを馳せたい。あとは3人のバランスもあると思うので、ふたりと話し合いながら作りたいな。僕ひとりで考えても今回の役は作れないと思うから」
―― 藤岡さんが演じるのは<海>。
藤岡「劇中に、「私が書いてきた多くの文章、燃やしてしまえば実態のないただの煙になって消えてしまう。(略)私も私の文章と一緒に煙のように立ち昇ろうか」みたいなセリフがあって。ここが肝なのかなと思っています。少し話は変わりますが、僕ふだん、すごくむちゃくちゃなことを考えたりしているんですよ。例えば自分を冷凍保存して、1年のうち1日だけ起きて生活するとしたら、365年で1歳年をとることになりますよね。そうすると1年ずつどんな時代になっていくのか見える。でもその計算でいくと36500年で100歳、これくらいが限界。そんなすごい技術があったとしても人間が見ることが出来る未来は4万年もいかない。でも宇宙レベルで見ると、何億年後にはナントカ銀河とナントカ銀河がくっついて......みたいな未来予測がすでに出来ているわけじゃないですか。そんなことを色々思ったら、すべてのことが、地球上の今の時代でしか通用しない常識なんだなって思う。......「私の文章も燃やしてしまえばただのSMOKEになる」というのは、その感覚に近いのかな、なんかわかるな、って思った。
10代の頃は死ぬのが嫌で、何かを後世に残したいと思っていたのですが、今は何も残らないと思っています。もちろん10年、20年残せるものが作れたらとは思いますよ。でも100年200年、もっと言えば数千年、数万年後に残っているものなんてないでしょ。結局どこかで煙になる。そういう考えに今、共感しています」
石井「すごくアーティスティックな答えだったね......」
▽ 藤岡正明
―― 最後に、この作品が上演されるのがいわゆる小劇場空間。皆さんは大劇場の大作にも常連で、この密な空間で3人の芝居が観られるのを楽しみにしているファンの方も多いと思います。皆さん、楽しみにしていることは?
石井「僕も楽しみです。ただ、大劇場でもあまりそんなことを考えてやっているわけじゃなく、本当にただ、役を生きたいと思ってやっています。とはいえ、すごく近くにいるとお客さまがドキドキするのかなって思います(笑)」
彩吹「初演は、手を伸ばせば触れるくらいの近さでした」
石井「へえええ! 僕の知り合いに『SMOKE』が大好き、韓国に何度も観に行ってるって人がいて、1年分の涙がこの1本で出るって言ってた。『SMOKE』を好きな人のこと "愛煙家" って言うんだって」
藤岡「そうなんですね」
石井「ハードル高いこと聞いちゃったな、って思うんだけど(笑)。なんでそんなにハマるんだろうね?」
彩吹「思うに、たぶん1回観ると「あそこはどういう意味なのか知りたい」と思って、そこがわかると共感する、泣ける。そしてもう1回それを体験したくなる......という繰り返しなんだと思います。観れば観るほど、その世界に自分が投影できて、入り込んでしまう。私が観た時もそう思いましたし、台本を読んでわかったこともある。回を重ねるごとに「人間ってこういうことなんだよ」ってところに行き着くんじゃないかな」
藤岡「そうですねえ。いや、でも難しいですよね。とても隠されている情報が多い。本当の文学作品。ここまで考えさせられる、たやすく読み解けない作品も珍しい。だからハマるお客さんが多いというのは、そういう"考えさせられる"ところがあるからなんじゃないかなと思います。あと、舞台作品って、その日思いがけず出てしまったものが大発見に繋がることがあるのですが、この作品はそういう"その場で生まれるもの"に出くわす可能性が高い作品だと思います。そういう要素が相まって、底なし沼的なものになる、みたいな」
―― バンドも、前回はピアノ1本だったものが、今回はピアノとチェロとバイオリンとパーカッションの生演奏になるそうです。そのために原作の作曲家の方が来日して、音楽面でもバージョンアップするとか。
彩吹「なんて贅沢! ピアノ1本だけでも十分メロディックで壮大で、音楽のシャワーを浴びたような感覚になったんですが、さらにいろいろ音が重なれば、カズさんとマサの声に負けない(笑)演奏になるでしょうね。すでに音楽が作る世界観があるので、それに身を委ねればきっと、役としての歌になるんだと思います。早く歌ってみたい楽曲がたくさんあります」
石井「生々しい感情を、生々しい音で表現してる作曲家ですよね。しかも非常にピュア。僕も楽しみにしています」
藤岡「この3人ですべてのハーモニーも担当しますので、10人・20人のコーラスにも負けないような、いいチームワークでやっていきたいです!」
取材・文:平野祥恵(ぴあ)
撮影:福井麻衣子
【バックナンバー(2018年公演)】
#1 稽古場写真到着!公演情報
#2 稽古場レポート
#3 大山真志×日野真一郎ロングインタビュー
【公演情報〈NEW CASTバージョン〉】
6月6日(木)~16日(日) 東京芸術劇場 シアターウエスト(東京)
★WEB抽選先行「プレリザーブ」受付中!★
受付期間:4/5(金)11:00~11(木)23:59