今年7月に閉幕したばかりの韓国産ミュージカル『SMOKE』が本日、日本初演の初日を迎えます。
初日を目前にした9月末某日、その稽古場を取材してきました。
【通し稽古レポート】
2016年にトライアウト公演からスタート、今年ソウルでも上演された韓国のオリジナルミュージカル『SMOKE』が、日本初上演される。この作品は夭逝した天才詩人イ・サン(李箱)の連作詩「烏瞰図(うかんず)第15号」からインスピレーションを得て生まれたもの。初日を間近に控え、熱気を帯びた稽古場の様子をレポートする。
登場人物は3人。詩を書く男「超(チョ)」、海を描く者「海(ヘ)」、心を覗く者「紅(ホン)」。世を儚む「超」と、絵を描きながら海を夢見る純粋な青年「海」のふたりは、旅立つための費用を工面するために「紅」を誘拐する。ふたりはなぜ海へ行きたいのか? 「紅」との関係性は? 数々の "謎" が、ナンバーとともに繰り広げられていく。
「超」と「紅」はダブルキャスト、「海」はシングルキャストという形での公演。「超」はLE VELVETSの日野真一郎と、『王家の紋章』や『SHE LOVES ME』の好演も記憶に新しい木暮真一郎が。「紅」は人気声優でありながらミュージカル作品でも活躍する高垣彩陽と、実力派女優・池田有希子。そして「海」をつとめるのは大山真志と、個性の異なる5人が揃った。
この日の稽古場はまず、変更になったシーンやナンバーの確認からスタート。舞台には「紅」役・高垣彩陽と「超」役・木暮真一郎という組み合わせが立つ。舞台中盤、「紅」と「超」が対峙するシーンのナンバーだが、テンポがかなり早く変わったようで、歌い終わった高垣が「早っ!」と思わずもらす。横で見ていた大山に「これでも(テンポ)落としたんだよ」と言われ「慣れます」と苦笑。高垣の「紅」は小柄な体からパワーを発散するような印象で、ファルセットを駆使するような部分もさすがの迫力。ミュージカルならではの彼女の姿だ。一方、木暮の「超」は若さゆえの熱を持て余し、苛立ちを隠しきれないイメージ。難易度がかなり高そうな今回の音楽だが、しっかりとハーモニーを聞かせてくれる。音楽を奏でるエレキピアノの豊かな音色にも注目だ。
その後、通し稽古が開始に。今度は「紅」役は池田有希子、「超」役は日野真一郎という組み合わせだ。池田の「紅」はこの役の持つ "母性" の部分がより強く感じられるような印象で、時に少女のように、時に大人の女性として「海」に接していく。セリフのひとつひとつがしっかりと伝わってくるような歌声が、なんとも心地良い。
▽ 日野真一郎▽ 池田有希子
日野「超」も、木暮とは違い "ある程度人生を経てきた" からの絶望感を抱えているような造形。内面に抱えている傷や葛藤が、テノールの伸びやかな歌声とともに伝わってくる。そして彼らをしっかりと受け止めるのは、シングルキャストの大山真志。「海」は14歳の少年の心を持つという設定があり、これまで彼が演じてきた役ではあまり見ないような無邪気な無垢さを持つ。彼の優しい声質が、時に激しさを持つ「紅」「超」の歌声をしっかりと包み込み、まとめている。
▽ 大山真志
舞台の上には1台のベッドと机、椅子、絵の道具、そして散らかった原稿。この小さな部屋で3人が物語を繰り広げていくのだが、今回は客席が舞台を取り巻く四方囲みの構成になるらしい。上演されるのは浅草九劇の小空間ということもあり、まるで彼らと同じ部屋に自分自身が存在しているような気分になれそうだ。
また、話のスタートこそサスペンスぽく思えるが、このミュージカルが描いていくものは人間の "苦悩" だ。理想の自分、現実への挫折......ネタバレになるので多くは語れないが、多分その苦悩自体は観る人誰もが多かれ少なかれ持っているものなのではないだろうか。だからこそ、それぞれの俳優の組み合わせ、どの方向から自分が観るかで作品の印象や解釈がかなり違ったものになりそう。
何も前情報を入れずともミュージカルとして十分楽しめるけれど、より深く楽しむためにはモチーフとなった詩と、その作者である詩人イ・サンについて知っておくといいかもしれない。イ・サンは日本ではあまり知られていないが、現在の韓国では韓国現代文学の創始者とも言われている有名な人物。生きていたのは1910年~1937年、今でこそそういった高い評価を得ているのだが、発表当時は作品が難解なあまりに批判が巻き起こったという。雑誌の連載が打ち切られ、失意のまま東京にわたり、そこで思想犯の嫌疑で逮捕され拘置中に健康悪化。保釈後、日本で亡くなっている。私たち日本人にも、関わりを持つ人物なのだ。
今作は「烏瞰図第15号」をはじめイ・サンのいくつかの詩がモチーフにされているのだが、この「烏瞰図」という連作だけでも一読をおすすめする。鏡文字や図形を盛り込んだ、とても前衛的な作品。今でこそ現代詩として受け止めることができるだろうが、それ書かれた時代を考えるとイ・サンという作家の持つ稀有な才能がわかるはずだし、この『SMOKE』で描かれたことがいろいろと腑に落ちるはずだ。
......と、こう書いていくと難解な作品のように思えてしまうかもしれない。しかしながらこの作品の最大の特長は、なんといってナンバーの良さ! 一度聴いたら耳に残り、緊張感とともに高まってゆく扇情的なメロディ。曲の難易度はかなり高そうだが、出演者たちは皆ミュージカル界で活躍する実力派とあって問題なし。ストーリーの持つミステリアスさと相まって、かなり濃密な劇的体験をすることができそうだ。
▽ 通し稽古を見つめている、木暮真一郎
取材・文:川口有紀
撮影:平野祥恵(ぴあ)
【公演情報】
10月4日(木)~28日(日) 浅草九劇(東京)