20世紀初頭に生きた韓国の天才詩人・李箱(イ・サン)の作品「烏瞰図 詩第15号」にインスパイアされ、その詩のみならず彼の人生やその他の作品群の要素も盛り込み作られたミュージカル『SMOKE』 の日本版初演が、現在好評上演中です。
「詩を書く男」=超(チョ)、
「海を描く者」=海(ヘ)、
「心を覗く者」=紅(ホン)
......たった3人の登場人物で紡ぐ、ミュージカル。
海に行きたい、そのための資金が欲しいと、三越デパートの令嬢という女<紅>を誘拐してきたふたりの男、<超>と<海>。
しかしどうやら、彼らの関係性は、もっと複雑なようで......。
サスペンスフルなストーリーを、実力のある俳優たちが迫力いっぱいに展開し、ドラマチックな音楽で盛り上げる。
上質のミュージカルに、中毒者も続出のようです!
出演は<超>に日野真一郎と木暮真一郎のWキャスト。
<海>に大山真志。
<紅>に高垣彩陽と池田有希子のWキャスト。
これまで稽古場レポートなどをお届けしている当連載ですが、今回は<超>役の日野真一郎さん、<海>役の大山真志さんのインタビューをお届けします。
すでに開幕したタイミングでのインタビューですので、作品の内容まで、じっくり伺ってきました!
◆ 大山真志×日野真一郎 INTERVIEW◆
● 4年ぶりの共演です
―― 今回、<超>と<海>を演じているおふたりですが、共演は『ファントム』(2014年)ぶりでしょうか?
大山「はい、『ファントム』ぶりです。ヒッシュは......あ、僕は彼のことをヒッシュと呼んでいるのですが......、ヒッシュはミュージカル出演自体が『ファントム』以来じゃない?」
日野「そうなんです。ショーテイストのものなどを含めると、"ミュージカル" の括りの作品は出ているのですが、芝居に寄った作品は『ファントム』に続いて2本目です。別に仕事を選んでいたわけではないのですが、色々なタイミングで、こうなりました。この久しぶりのミュージカルで、大山さんが共演者としていてくれることは本当に心強かった!」
―― ちなみに、日野さんは大山さんのこと、何と呼んでらっしゃるんですか?
日野「マーシー、です。あとはジャン・クロード(笑)」
※ジャン・クロードは『ファントム』で大山さんが演じた役です。
大山「『ファントム』の共演者からは、ずっと役名で呼ばれているんです(笑)。ヒッシュも、今でも呼ぶもんね。今朝もずっと「ジャン・クロード!」って呼んでてうるさかった(笑)。『ファントム』の時は実はそんなにヒッシュとお芝居をするシーンがなかったのですが、今回は登場人物は3人だけですので、面と向かってお互いの言葉がぶつかりあう。「あ、『ファントム』の時と全然違うな!」って思います。稽古のあいだにどんどん<超>にヒッシュの "色" が出てきたきたのをすごく感じて、もうひとりの<超>の木暮真一郎君ともまったく違うキャラクターになっている。ミュージカル2本目でここまで出来るってすごい。少なくとも2本目の出演作で、俺はここまで出来てなかった。本番が始まってからは、そんなヒッシュと一緒で、本当に安心感があります」
日野「俺、泣きそう。そんなん言われたら(笑)」
大山「これは、本当に思っていることですね」
日野「いやぁ、嬉しいな~」
―― 本当に日野さん、失礼ながら素晴らしい成長だな! と驚きました。
日野「ありがとうございます。『ファントム』は、実はグループ(LE VELVETS)のメンバーの中でも初めてのミュージカル出演だったんです。今ならメンバー内で経験したことを共有したり相談したりもできるのですが、あの時は初めてのことでそれもできなかった。台本との向き合い方もわからなかったんです。今回はミュージカルといってもストレートプレイに近いところもあり、未知の世界ではあったのですが、やっぱりマーシーが一緒だから相談しやすかったし、(演出の菅野)こうめいさんもとてもお話しやすい方で、すごく色々と教えてもらいました。だから台本をすごく読み込んだし、どういう風に読めばいいのかということも教えてもらいました。日々疑問が出て、こうめいさんにぶつけては、それを的確に返してもらって。毎日たくさん宿題があって、それがとても楽しかったです」
▽ 日野真一郎が演じる<超>
―― 作っていく過程が楽しかったというのは、いいことですね。とはいえ、出演者は3人だけ。当然、大勢でやる作品に比べて楽曲の多さ、セリフの多さ......ひとりの負担が大きいと思いますが、よくミュージカル出演2作目で、この作品に挑戦しようと思いましたね。
日野「それは......何というか(笑)」
大山「どれだけ大変なのかもわかってなかったでしょ(笑)」
日野「そうかも(笑)」
―― そう仰る大山さんも、この役をシングルキャストで。よくこのお仕事受けましたね(笑)。
大山「はい、全部で36公演!? って、あとから気付きました(笑)」
日野「でも最初に資料映像は見せてもらっていて。僕は漠然と<海>なんだろうなと思っていたんですよ」
大山「そうそう、俺も、自分は<超>だと思っていた!」
―― お互い、今とは逆だと思っていたんですね。役名が出てきたところで、それぞれ今回演じている役をどういうキャラクターだと思って演じていらっしゃるのか、教えてください。
● 日野さんが演じる<超>と、大山さんが演じる<海>
日野「僕が演じている<超>は、誰よりも強い立場でいたい、いなければいけないと思っている人。特に<海>にとっての僕は、理想の存在なんです。だから<海>に対しては優しい部分もある。そして<海>と<紅>を利用しているのですが、本当は<超>が一番苦しんでいるんだと僕は思うんです。そんな複雑な内面を抱いています。何と言えばいいのかわからないのですが......強がっている、でも本当は弱い人......なんじゃないかなと思っています」
大山「<海>から見れば、<超>は憧れ。自分が在りたい姿ですから、いまのヒッシュの表現はあっていると思う。僕の演じる<海>は、内面は14歳の少年です。この作品は実在した詩人の李箱の作品や、李箱の人生自体をモチーフにしていますが、その「14歳」という年齢は、李箱の「あの頃に戻りたいな」と思った年齢だと思うんです。一番やる気に満ち溢れていて、夢があった頃の姿。<海>は「幸せだった頃の姿」で、<超>は「憧れの姿」。でも憧れ自体(超)は、その「憧れられる」プレッシャーに耐えられなくて、弱い面も出てきちゃうんだよね」
日野「うん、そういったプレッシャーを常に感じてる。針でちょっと刺したら、崩れちゃうような人だと思う。だから<紅>に対しては、母親のような......ではないかもしれないけれど、弱さを見せられる唯一の相手として接している。でも<海>が起きてきたら、そんな弱さを隠す。<海>にはちゃんとしなきゃ、と。そういう切り替えを考えてやっています」
大山「僕は実は<海>はちょっと、自分と重なる部分があります。葛藤している部分だったり、李箱としての彼と、本名の<キム・ヘギョン>である彼が分離しているような感覚だったり。この仕事をやっていて、「人前に出ている大山真志」と、「家に帰った時の大山真志」の落差に結構「ああ、何なんだろうな...」と思うこともあって。同じ大山真志だけど何かが絶対に違う。そういう感覚がこの役に反映できたらいいな、と思ってやっています」
▽ 大山真志が演じる<海>
―― 物語的には、サスペンスタッチでありながら、李箱という実在の人物の人生、史実も絡んでくる。お芝居を作っていく過程では、この李箱さんのことも調べたりしたのでしょうか。
大山「はい。まず台本を読みこむ前に、こうめいさんが李箱の資料集のようなものを作ってくださって。彼の作った詩も1行ずつみんなで読んで。理解を深めた上で『SMOKE』の台本を読もう......と、進めていきました」
日野「うん。李箱の生い立ちから何から、みんなで共有してやりました」
大山「作品をご覧になっていただければわかると思うんですが、これは李箱という人間を理解して、みんなで共有していないと成立しない。そう最初からこうめいさんが考えて、作ってくださったんだと思います」
―― ではこの李箱という詩人については、どんな印象をお持ちでしょう?
日野「共感する部分もあるし、ぶっ飛んでるなと思う部分もある。でも作品は、誰もが持っている感情を書いているものが多く、僕は刺さるものがありました。もちろん、「ん? どういうことだろう」という詩もいっぱいあるのですが......」
大山「僕は今年の1月に、中原中也の詩集を基にしたダンスアクト公演に出演させていただいたのですが(DIAMOND☆DOGS 15周年アニバーサリーシリーズ『White Labyrinth』)、中也と李箱は同じ時代に生きてて、中也はダダイズムの詩人だし、李箱もそれに似た形の文章も書いている。感覚的には身体に入るのは早かったです」
日野「確かに中原中也さんも、通じるものがあるかも。僕らのグループでも中也さんの『帰郷』という詩にメロディをつけて歌っています。中原中也記念館も行ったことがあります。今言われて考えてみたら、生い立ちも確かに似ているし、かたや韓国では李箱、かたや日本では中原中也なんだろうなと思いました」
大山「この作品も、『汚れっちまった悲しみに』って感じだよね(笑)」
日野「いや、ほんとにね~」
● 実際にお客さまの前で至近距離で演じてみて
―― さて、そんな風に皆さんが作り上げた『SMOKE』ですが、実際にお客さまの前で演じてみていかがですか。事前に「ステージを客席で四方囲みに」と告知されていましたが......想像以上に、お客さまが近くないですか!?
大山「圧迫感、ありますよね」
日野「しかもお客さんの方が、高いところにいるから」
大山「舞台って、たいていはお客さんが僕ら演者の正面にいることが多いじゃないですか。そうするとお客さん側も安心感を持って、作品を客観的に観る。でもこの作品は真ん中に舞台があり、それを囲むように客席がある。しかも最前列なんて、役者から30センチくらいの距離にお客さんがいるんです。たぶんお客さんの方も、最初は緊張しながら観ていると思うんですよね。僕たちが作り上げる『SMOKE』の世界に、どうしたら観る方がのめり込んでくれるか。そう考えると、やっぱり緊張するより、早くお客さんを僕ら側に取り込んでしまったほうがいい......初日はそう思いながらやりました。ストーリーとしては結構難しいところもあるし、お客さまの想像力に頼る構成でもある。不安に思う部分もあったのですが、そこが全部伝わったときに「この劇場のスタイル、いいなあ!」と思えました。......もちろん最初は緊張しましたけどね(笑)!」
日野「僕も、このスタイルは初めてです。......(ミュージカル出演は)2回目ですけど(笑)。でもコンサートをやるときは、これくらいの近い距離っていうのはたまにあるんです。でもその時は、そのお客さんに向けて歌ったりしますので、その方の目線を意識してやったりする。でもこのミュージカルはお客さまの存在を意識したらおかしくなっちゃう。お客さんを世界に取り込みたいと思いつつも、意識せず自分は集中しないと......と思ってやっています。稽古中も「お客さんの中に知り合いを見つけちゃったりしたら、セリフ飛んじゃうよ!」とか言ってたんですが、そうしたらマーシーに「それは集中していない証拠だよ」と言われて、確かにそうだな、って。だから、ここに来たら、僕は<超>。周りに人はいるけれど、それはこの世界とは別物。でもエネルギーは届けていく。それを大事にやっています」
―― 私も稽古場で「通し稽古」を拝見したのですが、実際に劇場で観ると、ずいぶん印象が違うものになっていました。おふたりは劇場に入り、新たな発見などはありましたでしょうか。
日野「僕らも、劇場の空気感とか、照明とかが入って、気分が上がりましたよね!」
―― 照明、カッコいいですよね!
大山「カッコいいですよね~! 僕ら俳優のテンションが上がるくらい、モリモリに機材が組み込まれている。でも過剰じゃなく、ポイントポイントで、それぞれの意味を作っている」
日野「レーザーもね!」
大山「稽古場だと、無いですからね」
―― それは、「ここでこういう照明が...」とか、聞いてはいたんですか?
大山「聞いていました。ここで回る、とか」
日野「でも聞いて想像するのと、実際目にするのとでは全然違う! 劇場に入って装置をみた瞬間、みんなで「はあああぁぁぁ~!」って(笑)。「これ、テンションあがるね!」って話していました」
大山「舞台稽古では、テクニカルあわせだけでも、かなり時間をかけました」
▽ 池田有希子演じる<紅>。照明の美しさも必見!
―― 少し物語の展開に踏み込んだ質問なのですが......、★この先、未見の方はご注意ください★ 物語の最後、冒頭に回帰するような構成になっていますが、あれは鏡写しだから片方が右利きで、片方が左利き、ってことですよね。
日野「そうなんです」
―― それは台本から、指定なんですか?それとも皆さんが話し合ってそうしたのでしょうか。
日野「こうめいさんの翻訳台本には、もともと書いてあります」
大山「でも、単に右利きが左利きになってるだけじゃないんです。稽古の途中で、左利きでも普通は(縦書きの文章を)右から書いていくけど、鏡写しだったら左から書いていくよね......って話をして、ヒッシュに相談して、逆から書いてもらうようにして」
日野「まさにそうだよね! って僕も思いました。そんな風に、随所にこだわりは入っています」
―― なるほど、よく考えられている!
大山「あとは踏み出す一歩の大きさとか、みんな気を遣ってます(笑)。音楽にあわせてこうする、といったようなことはあると思うんですが、「音に合わせないで、僕らだけは合わせる」とか、そういうこだわりが散りばめられています」
―― そうすると、シングルキャストである大山さんは大変ですね......。
大山「そうですね(笑)、みんな違うので」
日野「キャストによって違うもんね。ただ、僕はそういう「合わせるところ」はもちろん気にしていますが、そうじゃないところは決めずに、その時の相手との空気でやる、ということを逆に気をつけています。こうめいさんは、「ひとつの方向(正面)から見る作品だったら、決めた動きで成り立つものでも、この作品は全方向から見られるから、決め事のテイで動いていたらお客さまは冷めちゃう」と仰っていました。なるほど、と思います。相手がやっていることに対して毎回感情も、リアクションも変わってくる。特にマーシーなんて、毎回毎回、芝居が違う(笑)。それに対して、自分の作り上げた<超>はどう感情が動くのか、というのを大事にしています。お芝居をする上で当たり前のことなのだと思いますが......」
大山「本当にこの作品、ミュージカルというより、ストレートプレイに近いんです。ストレートプレイに、音楽が乗っているという感覚かな。表面上だけ歌を歌っていたら、あの距離ですから、見ている方に作りモノだとバレちゃいます。いつも舞台の上では気が許せないんですが、いつも以上に気を張っている作品です」
―― 作品を観て、すべてが論理的に説明されているわけではないゆえに、とても考える余白があるなと思いましたし、その余白があるからこそ気になる作品なんだな、と思いました。
大山「刺さる人には、ものすごく刺さる作品だと思います!」
日野「迷っている方がいたら、絶対見たほうが良いですね。うちのファンの方は、この作品を好きな人のことを「愛煙家」って言ってました(笑)」
大山「なるほどね(笑)。僕、開幕して数日たった今の時点で、まだやりたいことがあるんです。何回もやっていて、まだ試したいことが見つかるって、すごくいいことだなと思って」
日野「確かに、ひとつ課題をクリアしたら、そこから新たな課題がたくさん生まれる。1回の公演が終わるごとに「また次がやりたい!」って思っています。マーシーはシングルだからいっぱいできるけど、僕らダブルキャストのメンバーは、1日まるっとあいたりするんですよ。こないだ1日あいたとき、ずっとソワソワして、台本を最初から読み直していました(笑)」
―― ご本人たちが「ハマっている」と言う舞台は、とても素敵だと思います。
大山「そう思います。まだまだ進化します」
―― 例えば次は逆の配役で......大山さんが<超>で日野さんが<海>で、と言われたら、やります?
日野「面白そう!」
大山「全然やりますよ、俺! でもまたイチからスタートか(笑)」
日野「でも相手が作ったものも知ってるから、また違う形になるよね」
大山「うん。見たい見たい!」
―― 今後の展開がどうなるかはまだ未知数ですが、そんな期待も膨らむほど、いい日本初演になっていると思います! まだ公演は続きますが、さらなる進化を楽しみにしています。今日はお忙しいところ、ありがとうございました。
取材・文:平野祥恵(ぴあ)
【公演情報】
10月4日(木)~28日(日) 浅草九劇(東京)