『トロイラスとクレシダ』翻訳・小田島雄志による作品解説講座レポート

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■『トロイラスとクレシダ』vol.7■


男女の愛と裏切り、そして国と国の戦いの物語、『トロイラスとクレシダ』
シェイクスピア戯曲の中でも"問題劇"と呼ばれ、上演機会も非常に少ないこの作品に、演出家・鵜山仁と、浦井健治ソニン岡本健一渡辺徹吉田栄作江守徹ら名優たちが挑み、先日千秋楽を迎えた東京公演も、大評判&大入りとなっていました。

げきぴあではキャストインタビューや演出の鵜山さんのインタビュー、会見レポート等、その魅力を多角的に追っていますが、今回は、シェイクスピア研究者であり、本作の翻訳も手がける小田島雄志さんを講師に迎え開催された朝日カルチャーセンターの講座「『トロイラスとクレシダ』と現代」の模様をご紹介。
ゲストは演出の鵜山仁さんと、主演の浦井健治さん!
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講義では、作品を深く味わえそうな、非常に興味深いお話がたくさん飛び出していました。

講義ということでしたので...受講ノート風にレポートしましょう。
以下、小田島先生のお話の要約です。


●問題劇とは何か(小田島さん)

シェイクスピア作品の中で、男女の名前を重ねたものを題名としているものは
『ロミオとジュリエット』『アントニーとクレオパトラ』『トロイラスとクレシダ』
の3本のみ。
前者ふたつははっきりとした"ラブ・トラジェディ"、愛の悲劇ですが、『トロイラスとクレシダ』だけ分類が難しく、19世紀頃から"問題劇"と言われています。

悲劇とは、主人公が死ねばだいたい悲劇になります。
トロイラスもクレシダも最後まで死なないので、愛の悲劇というのはあてはまらない。

一方でヨーロッパの演劇界で"問題劇"と言えば、だいたいがイプセンの問題劇を指します。
社会問題を扱った芝居を"問題劇"と呼ぶ、というのが演劇界の常識。
ただし、シェイクスピアで言うところの"問題劇"は少し違う。

「僕自身が一番わかりやすかったのは、あらゆる芸術家というのは、いい芸術作品を作りたいという欲望をもつ。絵描きはいい絵を描きたいし、作曲家はいい曲を作りたい。劇作家もいい芝居を書きたい。それぞれ芸術家としての意識がある。
ところが、芸術家といっても人間なので、人間として生きている以上、色々な問題に遭遇する。
その時に、芸術家としていい作品を作りたいという意識と、人間とは何かという問題意識と、どちらが上回るか。
シェイクスピアも、人間としての問題をどう考えればいいのかということを考えた。
そしていい作品を書こうという欲望を抑えて、それ以上に人間とは何かを考えたくなったのが、問題劇。いい作品を書くよりも、仮に作品としてめちゃくちゃになっても、問題を強く打ち出していく。
シェイクスピアの問題劇とはそういう性質のもの、というのが僕には一番わかりやすい」と小田島さん。
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●四大悲劇と問題劇(小田島さん)

シェイクスピアの四大悲劇は『ハムレット』からはじまり、
『オセロー』、『リア王』、『マクベス』と続きます。
そのうち、『ハムレット』と『オセロー』のあいだに3本ほど、わけのわからない芝居(※小田島さんの言葉です)が並んだ。
それが、この『トロイラスとクレシダ』と、『終わりよければ全てよし』、『尺には尺を』。
この3作が、人間とは何かという問題をシェイクスピアが考えた時期、だと思っています。
加えて、『ハムレット』も芸術的には失敗作だと言われていますが、芝居としては非常に面白い。
この、4作(ハムレット、トロイラス~、終わり~、尺には~)が、1930年代頃から問題劇と呼ばれるようになっています。

なお、芸術としての成功作は『コリオレイナス』。これはアーティスティック・サクセスと言われています。
「でも『コリオレイナス』と『ハムレット』、どちらが好きかと言ったら、100人中95人は『ハムレット』が好きだ、面白いと言うと思いますね。5人くらいはひねくれた人がいますが(笑)」


●クレシダについて(小田島さん)

当時の戦争は、昼は戦っていても、夜は敵を呼んで宴会をし「おぬしなかなかなるな」と言い合いながら酒を酌み交わしたりする。
なので、ギリシャ側に呼ばれ、トロイラスが敵陣に行ったとき、彼はユリシーズに頼んでクレシダのところを訪ねた。自分はこれだけクレシダから引き離されて悲しんでいるんだ、向こうもきっと悲しんでるに違いない、と思ったら、クレシダがダイアミディーズといちゃついていた。

...ということから、クレシダはもともとは、シェイクスピアが書いたもののような形ではありましたが、14・5世紀頃から「男の愛を裏切ったけしからん女」と評判が落ち、シェイクスピアの頃のヨーロッパ人にとっては、売春婦のように思われていた。
シェイクスピアはこの戯曲ではそのようには書いていないけれど、当時の感覚ではクレシダはそういう女だということからも、"愛の悲劇"とは言い難い。
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●肯定と否定が同時に来る表現があるのは、問題劇と四大悲劇だけ(小田島さん)

・『トロイラスとクレシダ』で有名なセリフ「これはクレシダであってクレシダでない」
シェイクスピア研究者の中でも様々な説があります。
恋焦がれていたクレシダが、ほかの男といちゃついていた。
「肉体はクレシダだが、心はクレシダじゃない」という説がありますが、自分(小田島さん)はそうは思っていない。「クレシダである」「クレシダじゃない」ということが同時にくるんですよ。
矛盾だし、混乱している。
恋してる男が、裏切ってる恋人をみて、心がどうで肉体はどうで...と考える余裕はないと思います。

・『ハムレット』
有名な「尼寺へ行け」のシーンの直後、「俺はかつてお前を愛していた、愛したことはなかった」
どっちが本当でどっちが嘘かは、これもシェイクスピア学者の中で論争が続いています。
僕はどちらも本当だと思っています。愛していたと言った直後、愛していなかったと言いたくなる。肯定と否定をどちらも味わっているのがハムレット。

・『オセロー』
オセローがイアーゴーに吹き込まれ、妻の不貞を信じそうになる
「俺は俺の妻が貞節であると思う、そして彼女はそうでないと思う」
「お前の言うことは正しいと思う、そうじゃないと思う」
肯定と否定がWイメージとして出てきます。

・『マクベス』
冒頭にでてくる3人の魔女の言葉「Fair is foul, and foul is fair」、そしてこの魔女の言葉を受けた形でマクベスが登場して言うセリフ「So foul and fair a day I have not seen...」
いずれにしても肯定と否定を同時に体験する

これがこの時期の特徴のひとつ。価値判断が混乱している。
人間というのは、大きなショックを受けると価値判断が揺るがされてしまう。
この時期のシェイクスピアはそんな問題意識をもった時期、と捉えられます。

なお小田島さんはこの箇所について、「「きれいはきたない、きたないはきれい」と訳すのは非常にうまいです。fairは真善美なるもの、その反対がfoul。頭でFの韻を踏んでる。きれいはきたないも"き"で韻を踏んでいる。
ただそう訳してしまうと、そのあとのマクベスのセリフ「こんなにfoulでfairな日を俺は今まで見たことがない」が、「こんなに汚くてきれいな日は初めてだ」となり意味がよくわからなくなる。
なので僕は「いいは悪いで悪いはいい」と訳し、「こんなにいいとも悪いとも言える日は初めてだ」という訳にしました」とも仰っていました。


...と、まさに"講義"という感じで興味深い小田島さんのお話でしたが、ゲストの鵜山さん・浦井さんのお話も少しご紹介。
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●この作品をやろうと思った理由(鵜山さん)

鵜山さんは、この作品をやることにした理由を、(以前もご紹介していますが)「『尺には尺を』を昨年上演した時、小田島先生に「これもやっかいな芝居だけどもっとやっかいな芝居がある、それは『トロイラスとクレシダ』だ」と言われて、じゃあやってみようと思った。問題があると言われるとやりたくなる」という話に加え、
「浦井君と一緒にやりたいと思ったのも、ちゃんと理由があります。トロイラスは簡単に言うとクレシダに振られる。浦井君は振られる役がよく似合う(笑)。
...いえ、そこが素晴らしいところです。
悲劇は、恋人のうち、どちらかが死んで終わる。喜劇は、僕の知るシェイクスピア喜劇の多くだと、男女が結婚して終わる。つまり、結婚するということと、死ぬということは、"エネルギーがなくなる"ということでは同じ。
そして失恋するということは、恋が終わらないこと。浦井君には、永遠に恋を抱え込んでいる役が似合う。それが、浦井君と一緒に『トロイラスとクレシダ』をやろうと思った理由」

...という素敵なお話です。
浦井さんも「おお!なんか勝った気分になりますね」と嬉しそう。
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●この作品の魅力(鵜山さん、浦井さん)

鵜山さんは、『トロイラスとクレシダ』について次のように語ります。
「一見難しい芝居に見えるのですが、要するに、戦争の話と、恋愛の話が絡み合っている。
簡単に言えば戦争も恋愛も、成果はひとりじめが決まり。
シェイクスピア・シアターの出口典雄さんの名言で「人間というのは、王冠と恋の栄冠を追い求めるときに、狂態を演じる」という言葉があります。恋を勝ち得ようとする時、王冠を勝ち得ようする時、人はわき目もふらず、あと先なく突っ走ってしまう。
確かに"独り占めしたい"という、遺伝子みたいなものはあるけれど、"それをコントロールしなきゃいけない"という遺伝子もあり、それが葛藤し、ぶつかることで、人間のエネルギーは大きくなる。
例えば結婚しちゃったり、どちらかが死んだりすると、芝居も終わってしまう。芝居としてはそれで終わった方がしっくりくるけれど、『トロイラスとクレシダ』の場合はそれが終わらないから"問題劇"と呼ばれるのかもしれません。
ただここで結論が出ない、ということは、次に繋がっていく。「次、乞うご期待!」というような芝居でもあり、やっているとそのあたりがすごく面白い」

そして浦井さんからは「もともとトロイ戦争は、ギリシャのスパルタ王メネラオスの妻・ヘレンをトロイの王子パリスが奪ったことが発端。それに対し、トロイラスなんかは、パリスやヘレンのためになぜこんなにたくさんの人が血を流して...と思っている。そんな中で、クレシダという、まだ男性も知らない子と出会い、この子は絶対に...(裏切らない)と思い純愛に走るのですが、そのクレシダもまたヘレンと同じことをした。女なんて一緒なのか! と怒り、それがまた次の戦争へと続いていく。いわゆる「歴史は繰り返される」ということが描かれていますと、解説が。
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●"戦後70年企画"&遺伝子のはなし(鵜山さん、浦井さん)

鵜山「肩肘はって観る芝居では決してないけれど、いまやっていて、これは"戦後70年企画"と言ってもいいような気がしています。なんで人間は戦争をやめられないんだろう、と。
負けると決まってるのに、なんだかわからない事情があって戦争をやめない。そういうようなことが、何千年もずっと続いている。人間の歴史がある限り、戦争はずっと続くんでしょうか。
戦争遺伝子というものが確実にあって、一方でそれを止めようとする遺伝子もある。その葛藤が興味深い。『日本のいちばん長い日』(映画)を観ている感じすらあります。
なんでこの男たちは戦争にいきたいのか。止めたいんだろうな、でも止められないのはなんでだろう。そのことは、これから100年後に世界がどうなるかという意味でも、気になるじゃないですか。そういった、戦争の生理学の芝居だったりもします」

浦井「僕らプレイヤーは目の前のお客さまにメッセージを伝えているのですが、鵜山さんは千年先のお客さまに届けられる演劇を目指す、と仰っています
千年ってすごいですよね。百年スパンでも生きていないのに。
でも歴史の中で、ダイレクトなライブという表現方法がシェイクスピアの時代も、トロイの時代からも続いている。それは何かを伝えたいから。きっと鵜山さんが言うように遺伝子のレベルで伝えたいものがある、演劇をはじめ文化が繋いでいくのは、そういうもの。
...ダメだしの中で、鵜山さんに「宇宙規模の遺伝子でしゃべってみて」って言われるんですよ(笑)。「あー......はい。」みたいになってしまうのですが(笑)」

鵜山「普通より大きい声で話すとか、高い声で話すとか、低い声、小さい声で話すと、それはもう遺伝子の世界ですよね」

浦井「...そういうことなんです。でも、「そこはちょっと大きめな声で話してみよう」と言われて、そのとおりにやってみると見えてくるメッセージがあったり、音の強弱、高低だけで、遺伝子が反応してるイメージがあり、表現者としてはそこで新しい自分と出会えています」
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作品をより深く味わうヒントをたくさんもらえた、興味深い講座でした!
公演はこのあと、今週末の石川公演を経て、来週末には兵庫公演が開幕します!
皆さま、お見逃しなく。

取材・文・撮影:平野祥恵(ぴあ)

【公演情報】
・8月15日(土)・16日(日) 兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
・8月20日(木) 大垣市民会館 ホール(岐阜)
・8月23日(日) 滋賀県立芸術劇場 びわ湖ホール 中ホール
※ほか、石川公演もあり。

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