■ミュージカル『SMOKE』2019年版 vol.3■
石井一孝、藤岡正明、彩吹真央が出演するミュージカル『SMOKE』が、6月6日、東京芸術劇場 シアターウエストで開幕した。昨年日本初演され、その濃密な世界観と美しい音楽に多くの中毒者が生まれた作品。大作ミュージカル常連の実力派3名で贈る今バージョンはファンの間では"大人SMOKE"と呼ばれているようで、彼らならではの力強く美しいハーモニーと、繊細かつ熱い芝居で、劇場をどこか浮遊感のある不思議な色合いに染め上げた。
作品は、20世紀初頭に生きた韓国の天才詩人、李箱(イ・サン)の遺した詩と彼の人生にインスパイアされた内容で、超(チョ/石井)と海(ヘ/藤岡)が、三越デパートの令嬢だという紅(ホン/彩吹)を誘拐してくるところから始まる。このサスペンスフルな誘拐劇をハラハラした気持ちで見つめていると、物語は予想もつかない方向へ。彼らは一体何者なのか? 何が目的なのか? ドラマチックな展開を見守るうちに観客は、結核をわずらった後日本に流れつき、そのまま異国の地・東京で亡くなった李箱本人の心の葛藤を旅していくことになる。
文学的で、難解と言えばそうかもしれない。だが、3人の熱い芝居が難解さを感じさせず、力強く物語を引っ張っていく。強さの奥に弱さを隠す石井の超の感情の触れ幅。14歳のまま時が止まっている海を演じる藤岡の、ピュアさと恐れの表現。優しげだがそれだけではない、彩吹扮する紅のミステリアスさ。そして何と言っても、音楽が良い。ミュージカル界屈指の歌唱力を持つ3人だ。パワフルな石井の歌声、硬軟自在な藤岡の歌声、優しさと色気がある彩吹の歌声。"上手い"だけではなく、声自体にドラマ性を込められる3人の歌が、メロディアスな楽曲をさらに輝かせる。たった3人の出演者だが、これほど贅沢なミュージカルはそうはない、と思える質の高さだった。
開幕に際し、キャストはそれぞれ「僕ら3人で精一杯、李箱という人の人生、作品世界を表現できたら」(藤岡)、「この作品の魅力は...、何を言ってもネタバレになるということ。見どころは3人の呼吸。3人の呼吸が一糸乱れないところと大いに乱れるところ、その振幅が魅力」(石井)、「答えを突き詰めすぎると『SMOKE』らしさを失ってしまう。最終的にカンパニー全体でその塩梅を調整しながら今日に至っています」(彩吹)とコメント。このコメントからも、一筋縄ではいかない作品の魅力が伝わるのでは。
公演は6月16日(日)まで、同劇場にて。なお7月25日(木)から8月28日(日)にかけて浅草九劇にて、昨年のオリジナルキャストを中心としたバージョンも上演される。
●藤岡正明 (「海」役)
これは本当に手強い作品。
この作品は何を伝えたいのだろうかと考えていたんです。主人公の苦痛、前に進み続けようとするメッセージなのか...、でも、何かそういう言葉で解決できないもののような気もしていて。すると、李箱(イサン)という80年ほど前に亡くなった夭逝の天才詩人がここに生きたということを書きたかっただけのような気がしてきました。
そして僕は"そのこと"に共感するのです。
僕が歌手を志すようになったとき自分の人生の一曲を作りたいという思いを抱きました。それはミュージシャンなら誰しも持つ思い。それに通じるものがあると感じました。李箱という人がそうだったかはわかりませんが、この作品は"李箱という人が生きた"ということを表現したかったのではないかと。
80年前に彼が作った作品をベースにしたミュージカル『SMOKE』。そこには我々が作り出した虚構もあるのかもしませんが、それも含めて煙になって消えてしまうものを、現代に煙として蘇らせたものがこの作品の本質なのかもしれない。僕ら3人で精一杯、李箱という人の人生、作品世界を表現できたらいいなと思います。 そして、お客様はこの謎めいた作品から自由にいろんなことを感じてください。
●石井一孝 (「超」役)
いよいよ開幕、やるしかない!
僕は藤岡正明さんと彩吹真央さんが大好きです。その思いを胸に、舞台では100%<超(ちょ)>として生きたい、それだけです。
この作品の魅力は...、何を言ってもネタバレになるということ。見どころは3人の呼吸。3人の呼吸が一糸乱れないところと大いに乱れるところ、その振幅が魅力です。
お客様の中にはよくわからなかったと感じる方もいらっしゃるかもしれません。それはとても難解な戯曲ゆえのことです。でも、舞台上で繰り広げられることを目の当たりにすれば、登場人物たちの精神の気高さ、憎悪、愛といったものは伝わると思います。
そして、この作品からはいろんな感想が出てくると思います。もしかしたら「面白かった」という感想が一番出にくいのかもしれない。難しかった、すごくドキドキした、はらわたをねじり出されたような感覚がした、唖然とした、美しかった、怖かった...そんな心の中の言葉が出てくる作品。そうなれるように、僕らは精一杯やるしかない!
この作品、観るのも疲れると思うんです。それは僕ら3人が、そして『SMOKE』という作品が煙のように知らず知らずのうちにみなさんの心に入りこんでいくから。そして生まれる僕らとお客様の精神と愛のせめぎ合い。しっかりとお客様の心に忍び込みたいと思います。
●彩吹真央 (「紅」役)
稽古場でカンパニー全体がしっかりとやるべきことをやってきたということが自信となり、それぞれが"私たちの『SMOKE』"を掴めた実感を持って劇場入りしました。そこに至るまで、演出の菅野こうめいさんとキャストがたくさん話をして、私が演じる<紅>はもちろん、<超>や<海>と向き合い、作品を作ってきました。
この東京芸術劇場シアターウエストの空間に『SMOKE』が立ち上がるまで、いよいよ最終段階、詰めの確認作業とゲネプロをいい経験、いい時間にし、初日を迎えたいと思います。今は、その一つひとつのステップを積み重ねていくことを楽しんでいます。
初演や韓国版をご覧になった方にも新鮮にお楽しみいただけると思いますが、それと同時に初めてご覧になった方、一度きりのご観劇の方にも作品の魅力を余すところなくお楽しみいただきたい。その思いで芝居を模索してきましたが、答えを突き詰めすぎると『SMOKE』らしさを失ってしまう。最終的にカンパニー全体でその塩梅を調整しながら今日に至っています。『SMOKE』経験値は違っても、それぞれのお客様がその世界に没頭していただけたらうれしく思います。ここから先、作品の善し悪しというものは、最終的にはお客様の心に委ねることになります。私たちにできることは、<紅>として、ここまでやってきたことを信じて生きるのみ。どうぞ『SMOKE』の世界をお楽しみください。
●菅野こうめい (上演台本・作詞・演出)
ミュージカル『SMOKE』芸劇バージョンの初日を控え、ワクワクしています。キャストも劇場も変わることで作品をもう一度新たに作り上げることができました。
初演のイメージを、まずはそのまま移植してみることから始めた稽古ですが、今回の3人にはちょっと不向きだと感じ即刻方針転換。みなさんから生まれるものと、僕なりのポイントを共有しながら進めていくことにしました。すると通し稽古になるころには僕の中で初演のイメージはすっかり消えていました。ただ不思議なことに、初日を前に、これは別物だと思うとともに初演が進化したものだということも強く感じているのです。
もうひとつ、作品の印象を大きく変える要素は音楽。日本版初演も、オリジナルプロダクションである韓国版でもピアノ一本だったものが、ピアノ、チェロ、ヴァイオリン、パーカッションという編成のカルテットになりました。それに合わせて初期の韓国版のサウンドトラック(おそらくデモテープと思われる)を参考に本作の音楽監督である河谷萌奈美さんが再アレンジしてくれました。この音楽的な変化と、劇場もより天井の高いシアトリカルな空間になったことによって演劇的な肌触りだった九劇バージョンから、より格調の高いミュージカルにグレードアップしたように思います。『SMOKE』は決してグランドミュージカルではありませんが、グランドという言葉を用いたくなるほどに、今の日本のミュージカルのレベルの高さを示すことができていると自負しています。
ちまたでは"大人SMOKE"と呼ばれるらしい芸劇バージョン。経験豊富な3人のキャストがもたらしたものはもちろん、クリエイティブチームも着実に成長しています。 少し大人になった『SMOKE』をお楽しみください。
取材・文:平野祥恵(ぴあ)
撮影:吉原朱美
【バックナンバー(2019年公演)】
#1 石井一孝&藤岡正明&彩吹真央インタビュー
#2 稽古場レポート
【バックナンバー(2018年公演)】
#1 稽古場写真到着!公演情報
#2 稽古場レポート
#3 大山真志×日野真一郎ロングインタビュー
【公演情報〈NEW CASTバージョン〉】
6月6日(木)~16日(日) 東京芸術劇場 シアターウエスト(東京)