■『レベッカ』特別連載vol.3■
『エリザベート』『モーツァルト!』『レディ・ベス』『マリー・アントワネット』で知られるミヒャエル・クンツェ(脚本・歌詞)&シルヴェスター・リーヴァイ(音楽・編曲)のゴールデンコンビが手掛けたミュージカル『レベッカ』 が8年ぶりに上演されます。
物語は、ヒロインの「わたし」がイギリスの大金持ちである上流紳士のマキシムと恋に落ち結婚するも、彼の所有する広大な屋敷 "マンダレイ" に色濃く落ちる前妻・レベッカの影に追い詰められていき......というもの。
アルフレッド・ヒッチコック監督映画でも知られる名作ですが、このミュージカルではサスペンスフルな展開に、巨匠リーヴァイ氏の流麗な楽曲がマッチし、独特の世界を生み出しています。
主人公である大富豪、マキシム・ド・ウィンターを演じるのは、初演から変わらず、山口祐一郎。その相手役である「わたし」は、初演からこの役を演じている大塚千弘に加え、平野綾、桜井玲香が新たな風を吹き込み、初のトリプルキャストで上演されます。
孤児で、どこかおどおどしていて、気弱な女の子が、上流階級の紳士と恋に落ち、大邸宅の奥様になる......。
それだけだとシンデレラ・ストーリーに思えますが、彼女を待っていたのは、甘く幸せな結婚生活ではなく、リアルな痛みが伴う複雑な人間関係と、謎めいた事件の影。
観客は「わたし」の視点を通し、大邸宅 "マンダレイ" で起きた事件を追体験していきます。
今回は、そんなヒロイン「わたし」に初挑戦する平野綾さんのインタビューをお届けします。
◆ 平野綾 INTERVIEW ◆
●「『レベッカ』が大っ!好き!! で、めちゃくちゃやりたかったんです」
―― 近年ミュージカル界でひっぱりだこの平野さんですが、『レベッカ』には初参加です。これは「やってみないか」というお話があったのでしょうか?
「はい、オーディションのお話をいただいたことからスタートしていますが......実は内心、めちゃくちゃやりたかったんです! この作品が大っ!!好きでしたので。もう、オーディションのお話が来た時点で「やったー!」と喜びました。ただ、そのオーディションが『ブロードウェイと銃弾』(2018年)の最中だったんです。この時のオリーブという役は、かなり特徴的な声を出していましたので、オリーブから「わたし」に切り替えるのが大変で。あの発声をずっとしていると、ほかの声がすぐには出ないんですよ。これで落ちたらオリーブのせいだ、と思いながら(笑)......もちろん冗談ですが。でもかなりプレッシャーを感じながら、挑みました」
―― 平野さんは色々なところでミュージカル愛を語っていらっしゃいますし、おそらくこの作品もお好きなんだろうな、と勝手に想像していました! 案の定で嬉しいです。『レベッカ』のどこに惹かれていましたか?
「私は、昔から推理小説ばかり読んでいたんです。ですので、洋書の推理小説にハマっていたときに手にして、もともと小説として読んでいました。構成が面白くて、「こういう書き方もあるんだ」って、まずは作品自体に惹かれました。そのあとに映画、ミュージカルの順で観ていきました。ミュージカル版は、後半は "レベッカの死の真相" という謎解きのような展開にもなりますが、それまでは「別に犯人探しをしているわけでもないのに、登場人物みんな怪しい」という不思議な状態が続きます。「わたし」も、「そんなこと知りたくないのに...」という情報をずっと聞かされていく。そして、どうなっていくんだろうとぐいぐい物語に引き込まれていったのに、急にシャットアウトされ、新たな展開を生むところが、小説を読んだ時と同じ感覚で、上手いなぁ~! と思いました」
―― 具体的にどのあたりか、教えていただけますか?
「例えば2幕で「わたし」がダンヴァース夫人に追い詰められるところ(『レベッカIII』~『ほんの一歩で』)などは、「どうなっちゃうの、どうなっちゃうの!?」と前のめりになる気持ちで観ていると、ある音が鳴ってその気持ちが遮断されますよね。それが、小説を読んで感じていたものと同じだったんです。自分のペースで読んでいたはずなのに、突然断ち切られる感覚が......」
―― たしかに。あの緊張感と、そのあとの我に返る感覚はとても印象的です。
「そうなんです。「いいタイミングで...!」って思いますよね。それに、サスペンスなんだけれどホラー要素もあるし、そのホラーも海外モノというよりは日本寄り。ひたひた忍び寄ってくる怖さがあります。ダンヴァース夫人の存在がもう、そんな感じですよね。あの黒い服が闇にまぎれて、いまもそのカーテンの後ろにいるんじゃないか? というような......。上手くできてるなぁ、って思います」
―― ちょっと話を戻しますが、オーディションは何を歌ったのですか?
「『永遠の瞬間』です。「わたし」の最初のビッグナンバーです。「わたし」が結婚するマキシムは、初演からずっと山口祐一郎さんが演じていらっしゃるのですが、私にとって祐一郎さんとの出会いはとても大きいんです。初めての共演は『レディ・ベス』(2014年)で、その時は祐一郎さんはロジャー・アスカムという、私の演じたベスの先生役でした。実際にお芝居のこと、歌のこと、本当にたくさんのことを教えていただいて、私の中で祐一郎さんは、父のような兄のような、先生のような大きな存在です。教えていただいたことも、一緒にお芝居をさせていただいた時間も私にとって本当に大切なもので、そういったものを「瓶に詰めたい」と思って歌いました。ですので、割と自分の心情、そのままでやりました」
(※『永遠の瞬間』は、「わたし」がマキシムと出会って過ごした思い出を瓶に詰めて残しておきたいと歌うナンバー)
―― その後も『モーツァルト!』『エドウィン・ドルードの謎』と共演されていますが、夫婦役は初めてですね。
「初めてです。緊張します~! 歌も、『レディ・ベス』で1曲一緒に歌わせていただいただけですし。『モーツァルト!』では一切、絡むシーンはなかったですし。すごく緊張しています。祐一郎さんからは「今までで一番大変な役だよ」って言われて、「心して頑張ります」とお伝えしました」
● 心強い、共演の皆さんについて
―― 山口さんのお話が出てきましたので、この流れで共演の皆さんについてもお伺いします。まず「わたし」と対立していくのがダンヴァース夫人。今回は涼風真世さんと保坂知寿さんが演じます。
「怖い役のおふたりに舞台上でお会いしたことがないので、ビクビクしています。涼風さんは『レディ・ベス』のときに「ベス様!」と愛情を注いでくださっていたので、「今回は怖いよ~、いじめるよ~」と言われました(笑)。今からドキドキです。知寿さんとは『エドウィン・ドルードの謎』『ブロードウェイと銃弾』と、コメディばかりの共演で、お互い "変顔" をしていない舞台がなかったので、今回は180度違う顔で対峙します。逆に面白いですね。笑っちゃわないように気をつけないと(笑)。おふたりと芝居の中で対決させていただけるのがすごく楽しみです」
―― 勝てそうですか?
「勝てるようにしないといけませんね(笑)。ただ、「わたし」が勝利宣言をしてから、わりとダンヴァース夫人が自滅していくじゃないですか。そんなところも面白いポイントだと思うのですが、そこまではズタズタにいじめられるよう、うまくキャッチボールが出来ればと思います」
―― かなり、いじめられますよね(笑)。
「言葉では言っていないのに、こんなにも自分のことをキライなのがわかる人っていないよ、ってくらいですよね(笑)。絶対この人は私のことが好きじゃない、って人が毎日そばにいるって、辛いですよね......。しかも、国や年代を超えて、わりと普段の生活でもありそうなリアルさ。どん底に突き落とされるのを楽しみに、強く心を持って頑張ります!」
―― ほかにも、共演経験のある方が多くて心強いですね。
「はい。フランク・クロウリー役の石川禅さんは、『レディ・ベス』の時は散々いじめられる敵側の役だったのですが、今回は適度な距離感で見守ってくれる数少ない味方。フランクのソロナンバー(『誠実さと信頼』)をとても凛々しく歌っていらしたのが印象に残っています。こんなフランクがそばにいて「わたし」も良かったね、と。禅さんご自身も、そっと助言をくださる方なので、今回も頼りにしています。吉野圭吾さんの演じるジャック・ファヴェルはとっても怪しいのですが、でも飄々としていて、彼の歌うナンバー(『持ちつ持たれつ』)もとても面白い楽曲です。吉野さんならではの軽妙さがぴったりだなと思って! 原作はもっとイヤなヤツなんですよ。あの曲と、圭吾さんの身のこなしから――本当にすべての動きがキレイですから、愛嬌のあるキャラクターになっているんだなと思います。でもファヴェルは、実際に絡んだらネチネチしていて、やっぱりすごくイヤなんだろうな(笑)」
―― そして前半部分で「わたし」の雇い主であるヴァン・ホッパー夫人は、今回から森公美子さんが初参加されます。
「共演は『レ・ミゼラブル』(2015年)ぶりなんです。シリアスな重苦しい空気が漂う中、くみさんの存在感は作品の救いになってくれるんだろうな、と思います。くみさんが歌う『アメリカン・ウーマン』(ヴァン・ホッパー夫人のナンバー)はすごくカッコよさそう、楽しみ! ......あと、チラシのくみさんのラスボス感がすごいですよね(笑)!」
―― (笑)! たしかに。そして、平野さんが演じる「わたし」はトリプルキャストですね。
「はい。意外なことに、一番共演経験がないのが、同じ役を演じるおふたりなんです。やっぱり日本の『レベッカ』は、「わたし」といえば大塚千弘さんというところから始まっているので、客席から観ていたファンとしても、8年ぶりに大塚さんの「わたし」が拝見できるのがすごく嬉しくて、楽しみです。桜井玲香さんについては『モーツァルト!』の時に生田絵梨花ちゃんから、色々お話を伺っていました。「すごくドキドキしているらしいです」って訊いていたので、一緒に新参者の「わたし」として、頑張れたらと思っています」
●「レベッカと表裏一体という感覚で「わたし」を作れたら」
―― もう少し、平野さんが演じる「わたし」についてお伺いします。このサスペンスフルで謎めいた物語、観客は一番「わたし」に感情移入して観ると思うのですが、演じる上で気をつけたいことは?
「考えていくと「なんで名前がついていないんだろう?」ってところまで行き着いちゃうんですよね。もともと「わたし」自体、今まで私が演じてきた役柄とだいぶタイプが異なるんです。わりと意思の強い女の子ばかり演じてきたので、「わたし」は真逆。自分の中でも新しい引き出しを作らなきゃと思っています。「わたし」の成長物語という面もありますから。ただ、だからといって「次から次へと困難に巻き込まれて可哀想な悲劇のヒロイン」にはなりたくないですし、さじ加減が難しい。稽古をとおして、感情移入していただけるような共感ポイントを探し出し、しっかり「わたし」を掴みたいです」
―― 前半は頼りなくおどおどしていた少女が、後半はガラリと強くなります。敵対していたダンヴァース夫人にも勝たなくてはいけません。
「そうなんです。でもその勝つときの心情も、「わたし」も必ずしも健全ではないなと思うところがあって......。話の軸にある事件の展開は小説と舞台で少し違うのですが、「わたし」は事件の真相よりも、マキシムがどう思うかですべての感情が決まるんです。そこが「わたし」が人間としてもですが、女性としても目覚めるポイントだなと思っています」
―― 確かに、そう言われてみると「わたし」も一筋縄ではなさそうです...。
「原作で「わたし」がレベッカのことを考えて、マキシムに「いったい何を考えてる?(略)なんだか急にもっと歳が上で、ずるそうな感じがした」と言われるくだりがあります。そこで「わたし」は「私はレベッカと完全に一体化していた」と気付く。そこを読んだ時に、色々な人がレベッカについて語り、情報だけが溢れて、何が本当のレベッカなのかわからない中で、実は一番の答えは「わたし」が持っているのかなと思ったんです。「わたし」が純粋であればあるほど、裏返してレベッカの人物像が浮かび上がる。「わたし」からレベッカが読み取れる。だから、私は「わたし」を演じますが、レベッカも背負うつもりで演じたい。常に舞台空間のなかにレベッカの存在がある、と観ている方に思わせられるのは「わたし」次第だと思いましたので、レベッカと表裏一体という感覚でうまく「わたし」を見せられたら面白いんじゃないかと考えています」
※小説の引用部分は、新潮文庫版(茅野美ど里訳)より
―― 観客として、ダンヴァース夫人がレベッカに見えてくる......というのはあると思うのですが、「わたし」もレベッカを背負っているというのは興味深いです。
「人って怖いな、何が潜んでいるんだろうなと、この作品を観ていて思います。やっぱり最後の最後まで、この作品はレベッカに持っていかれるんです。明確に「わたし」が負けるわけではないのですが、絶対にレベッカの存在からは離れられない。いなくなった人だからこそ、永遠の時間を手に入れている。裏を考えていくと、色々と闇が広がっていってしまうのですが、なんとかそこからマキシムを救い出してあげられるように、安心できる存在でもいたいですね。私自身も演じながら楽しみたいです」
―― 私は平野さんの第一声を楽しみにしています。原作小説と同じく、「わたし」のモノローグ(ソロパート)から始まり、ぐぐっと物語のほの暗い世界に入っていける作りが素敵です。
「あれは素敵ですよね、私もすごく好きです。本当に限られた短い期間、しかもほぼ、屋敷の中だけのお話。逆にその窮屈な感じを出せたらいいなと思っています。私にとっては、成長して強くなってからの「わたし」は作りやすいと思うので、そこへいたるまでの「わたし」が課題。マキシムに「君の瞳から子どもっぽさが消えている」と言われるところ、あそこを上手く表現したいですね。原作だと、マキシムがもっと罪を感じていることが、長いセリフで語られています。その中の一文だけが、舞台では抽出されています。でも、その全文の葛藤すべてを感じさせられるように、「わたし」を作っていきたいです」
取材・文:平野祥恵(ぴあ)
写真提供:東宝演劇部
【『レベッカ』バックナンバー】
#1 「わたし」役 桜井玲香インタビュー
#2 ダンヴァース夫人役 保坂知寿インタビュー
【公演情報】
12月1日(土)~4日(火) THEATRE1010(東京)※プレビュー公演
12月8日(土)・9日(日) 刈谷市総合文化センター 大ホール(愛知)
12月15日(土)・6日(日)久留米シティプラザ ザ・グランドホール
12月20日(木)~28日(金)梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ(大阪)
1月5日(土)~2月5日(火) シアタークリエ(東京)