■ミュージカル『ビューティフル』特別連載 vol.5■
【公演レポート】
ミュージカル『ビューティフル』が7月26日に東京・帝国劇場で開幕した。『You've Got a Friend』『A Natural Woman』といった名曲を数々送り出したアメリカのシンガー・ソングライター、キャロル・キングの半生を、彼女自身の曲を使って描きだすミュージカル。トニー賞、グラミー賞、オリヴィエ賞などを世界各国の名だたる賞を受賞した作品の、日本初演だ。主人公キャロル・キング役は、水樹奈々&平原綾香がWキャストで務める。さっそく両バージョンを観劇した。
△水樹奈々
△平原綾香
多くのスターたちに楽曲を提供し『Will You Love Me Tomorrow?』『The Locomotion』などのヒット曲を作曲、さらに自身のアルバム『つづれおり』は2500万枚の売上げを記録したキャロル・キング。本作は、60~70年代にアメリカのみならず世界でヒットした彼女の楽曲が散りばめられた、いわゆる"ジュークボックス・ミュージカル"だ。ミュージカルファンのみならず、キャロル自身のファンも、懐かしい名曲目白押しのステージを楽しめるに違いない。
......と書き出したものの、正直なところを言えば、筆者は「キャロル・キング」をほとんど知らない。かろうじて2・3曲、なんとなく聴き覚えがある程度である。なので、「あの曲がこのシーンで!」といった、ジュークボックス・ミュージカルならではの楽しみ方は残念ながら出来なかったのだが、しかし、それが何の問題があろうかと思えるほど、ミュージカルとして極上の作品だ。キャロル・キングの生き様はドラマチックでありながらも、観る者の背中をも押してくれるような優しい力強さに満ち、その物語を彩る楽曲は、世界の多くの人に愛されたという事実が納得できるキャッチーさ。ブロードウェイ仕込みのオシャレで洗練された舞台美術・演出も観ていて楽しく、何よりも、英語圏以外では初めて上演されるというこの日本版キャスト陣が、素晴らしい歌唱と演技で魅せている。
物語は、16歳のキャロル(水樹奈々&平原綾香)が、娘に教師になって欲しい母ジニー(剣幸)を振り切り、プロデューサーのドニー・カーシュナー(武田真治)に曲を売り込みに行くところから始まる。ドニーに認められ作曲家としての一歩を踏み出したキャロルは、同じ頃、カレッジで出会ったジェリー・ゴフィン(伊礼彼方)と恋に落ち、ふたりは作曲家・作詞家としてコンビを組むことに。そして妊娠、結婚。ヒット曲を作りながら、仕事と子育てに奮闘するキャロル。一方、オフィスの隣部屋を使う作曲家バリー・マン(中川晃教)と作詞家シンシア・ワイル(ソニン)のコンビとは友情を育みながら、ヒットチャートを争うよきライバルへとなっていく。何もかも順調に見えるキャロルの人生だったが、めまぐるしく状況が変わっていく音楽業界の中、夫のジェリーは精神的に追い詰められていく...。
キャロル・キングを演じるのは、日本が誇るふたりの歌姫、水樹奈々と平原綾香。水樹は初ミュージカル、平原はミュージカル出演2作目で初主演だが、このふたりが非常にナチュラルな芝居で、共感できるキャロル・キング像を作り上げている。水樹キャロルは「2学年飛び級した」というのが納得できる、とても真面目な優等生。その生真面目さが微笑ましい、可愛らしいキャロルだ。平原キャロルはどこかカラリとしていて、人生の苦難に遭遇しても、前を向いて進んでいこうとするポジティブさが伝わってくる。それぞれまったく個性は違えども、ふたりとも、「ああ、このキャロルから、あの素敵な音楽たちが生まれてくるんだ...」と納得できるキャロル像を丁寧に作り上げている。もちろんふたりとも、歌声のパワフルさは言わずもがな。ちなみにふたりとも冒頭、16歳時のポニーテール姿がとっても可愛らしい!
△水樹奈々、伊礼彼方
ところで、この物語の素敵なところは、主人公のキャロル・キングが、その音楽の才能を除けば、まっとうに、堅実に生きている"普通の"人間だというところだと思うのだ(作中、キャロル自身も「私は"普通"だから」と言っている)。どうしても破天荒な人物やアウトローを主人公にした方が物語にはなりやすいものだが、そういった意味でも本作は異色。だが、そこが観る者の共感を呼ぶところだろう。その優等生なキャロルの人生が波乱万丈になる、紆余曲折のポイントにいるのがジェリー・ゴフィン。伊礼彼方はキャロルが恋に落ちる色男ぶりと、後半追い詰められていくジェリーの繊細さを上手く表現。危うい魅力で、キャロルでなくとも目が惹き付けられてしまうに違いない。
△平原綾香、伊礼彼方
シリアスなやりとりの多いキャロル&ジェリーに対し、ライバルであり友人であるバリー&シンシアのカップルはコミカルな見せ場が満載だ。バリー・マンを演じる中川晃教は、シンシアに首ったけな様子がキュート。また、歌唱力の高いキャスト陣の中でもひときわ目立つ美声がさすが。バリーの最初のソロ『Who Put the Bomp』、ドゥーワップ歌唱ながら透明感のある素晴らしい歌声で一気に心が掴まれる。ソニンが演じるシンシアは、ワーキングウーマンとして当時最先端を行く女性だったであろうカッコよさや、頼れる姉御肌的な顔が、ソニン自身のキャラクターともマッチしていて、楽しく爽快。またシンシアは、少々野暮ったいキャロル(その野暮ったさが可愛くもあるのだが...)と対照的に、60年代のレトロキュートな衣裳も必見だ。そしてバリー&シンシアの、掛け合い漫才のようなやり取りが楽しく、中川&ソニンの間合いの取りかたは抜群。さらに最初に燃え上がってすれ違っていくキャロル&ジェリー、恋人としての間合いをお互い探りあい、遅々として進展しないバリー&シンシア(しかしこのふたりは実際、2017年現在もカップルだそうだ)......という、ふた組の恋人たちの対比も面白く、また彼らの友情から名曲『You've Got a Friend』が生まれるところは、胸にジンと熱いものがこみ上げてくる名シーンだ。
△中川晃教、ソニン
キャロルの母ジニーの剣幸は、口うるささと調子の良さ、でも娘への愛情たっぷりで憎めない母親像をチャーミングに作り上げ、ドニー・カーシュナー役の武田真治は業界人オーラを振りまきながらも、敏腕プロデューサーっぷりを好演。ふたりとも、物語をキュッと締める存在感だ。
△水樹奈々、武田真治
△平原綾香、剣幸
そしてこの作品、何と言っても素晴らしいのがその構成だ。楽曲が、その場面で歌われる"必然性"があるのだ。つまり、ミュージカルの一般的なあり方である"登場人物の感情や情景を歌に変換する"のではなく、キャロル&ジェリー、もしくはバリー&シンシアが曲を作るシーンで、その音楽が使われるというリアルな構成になっている。そのヒット曲たちを歌っていくスター歌手たちに扮する面々も力強い歌唱揃い。『Will You Love Me Tomorrow?』を歌うシュレルズは高城奈月子をリードボーカルに、エリアンナ、菅谷真理恵、MARIA-Eが美しいハーモニーを作る。また同じくこの4人はエリアンナをリードボーカルに1幕ラストの重要なナンバー『One Fine Day』を担う。キャロル&ジェリーの『Up on the Roof』、バリー&シンシアの『On Broadway』を歌うザ・ドリフターズは伊藤広祥、神田恭兵、長谷川開、東山光明がカッコ良くキメる。山田元と山野靖博はライチャス・ブラザーズに扮し低音を粋に響かせるとともに、ニール・セダカや"リトル・ダーリンを歌う男"をコミカルに演じたりと大活躍。弾ける笑顔のMARIA-E中心にダンサブルに歌う『The Locomotion』も楽しく見どころのシーンだ。ジェリーとともに『Pleasant Valley Sunday』を歌う綿引さやか、冒頭のキャロルの学友に扮するラリソン彩華もキュートだった。
△シュレルズ(高城奈月子、エリアンナ、菅谷真理恵、MARIA-E)
△ジャネール・ウッズ役のエリアンナと、高城奈月子、菅谷真理恵、MARIA-E
△ザ・ドリフターズ(伊藤広祥、神田恭兵、長谷川開、東山光明)
△リトル・エヴァ役のMARIA-Eを中心に『The Locomotion』のシーン
冒頭に記したように、もともとキャロル・キングの楽曲をほとんど知らずに観たのだが、終わってみたらやはり、ヒットした曲にはそれだけの歌ヂカラがあるんだと納得できるほど、帰り道、耳に音楽が残る。そして「キャロル・キング」という人物と、彼女が作った音楽が好きになっている。キャロル・キングファンはもちろん、キャロル・キングを知らない世代の人にも、このミュージカルで、キャロルと素敵な出会いをして欲しいと思った。
取材・文:平野祥恵
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8/3(木)13:00~8/18(金)23:59
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【バックナンバー】
# 製作発表会見レポート
# 今の時代の楽しみ方ができるミュージカルだと思います――『ビューティフル』出演、中川晃教インタビュー
# 公開稽古レポート
# 開幕直前囲み取材レポート
【公演情報】
・7月26日(水)~8月26日(土) 帝国劇場(東京)