スイスの劇作家フリードリヒ・デュレンマットによる戯曲を、ノゾエ征爾の上演台本・演出で立ち上げる『物理学者たち』。開幕を約3週間後に控えた稽古場の映像には、緻密なシーン稽古に臨むノゾエさん、そして草刈民代さんらキャストの様子が映し出されていました。
とあるサナトリウムを舞台に、自らをニュートンやアインシュタインと名乗る精神病棟の患者と、院長をはじめとする施設スタッフの会話で構成される本作。第二次世界大戦での原爆被害も記憶に新しく、ベルリンの壁建設や水爆ツァーリ・ボンバの爆発実験など世界情勢が緊迫した1961年に執筆され、時代背景にあった"科学技術"や"核"をめぐる人間のモラルと欲望が描かれます。
→詳しくは、翻訳を手がけた山本佳樹さんによる"作品解説"をご一読ください
■あらすじ
舞台は、富裕層向けのサナトリウム「桜の園」の精神病棟。ここに入所する自称ニュートン(温水洋一)、自称アインシュタイン(中山祐一朗)、「ソロモン王が現れた」と言うメービウス(入江雅人)の患者3人はいずれも"核物理学者"だ。
ある日、自称アインシュタインが若い看護婦を絞殺してしまう。数ヵ月前には、自称ニュートンも看護婦の命を奪ったばかり。院長のマティルデ・フォン・ツアーント(草刈民代
)は「放射性物質が物理学者である彼らの脳を変質させた結果、常軌を逸した行動を起こさせたのではないか」と疑う。
そんな中で起きる第三の殺人によって、事態は思わぬ方向へ。彼ら3人はなぜこのサナトリウムに入所しているのか、タブーを犯すのか──。
稽古の映像を見て驚いたのは、シリアスな内容の中に"笑い"が生まれていたこと。看護婦殺しの顛末が明かされるサスペンスでありながら、浮世離れした患者や施設スタッフ、事件の現場検証に訪れた警察らのシュールな掛け合いに思わずほくそ笑んでしまいます。
8月29日の稽古では、冒頭から各シーンの精度を上げる作業が繰り返されていました。ノゾエさんの演出は、意図して劇世界に"ノイズ"を発生させる面と、観客が作品に没入できるよう"必然性"を高めていく面を使い分けているように見えます。何度もトライ&エラーを繰り返すと、いずれもぐっと魅力あるシーンに変化していきました。草刈さん演じる院長は、ト書きで「背中の曲がった老嬢」とあるほどのクセの強い人物。
バレエダンサーとして培った姿勢のよさを封じ、背中を丸めながら特徴的なしわがれ声で登場します。とはいえ、少々早口でシャープな印象。ノゾエさんから飛んだ「ゆったり大きく構えてください」という指示に、草刈さんは「単なるおばあさんにはしたくないんですよね......」と悩みました。「底知れない彼女のイメージはそのままに、悠然さを出してください」と返したノゾエさんの指示に、草刈さんも得心して次のシーンに移ったようです。
患者で自称ニュートン(本名:ヘルベルト・ゲオルク・ボイトラー)役の温水さんは、ウェーブがかった金髪カツラ(当時の扮装)をかぶって登場。ノゾエさんの「不自然なくら
い食い気味で切り返してみてください」という指示にも緩急自在の演技で応戦し、出オチに負けない存在感を見せていました。
坪倉由幸さんは、事件現場に出入りする警部リヒャルト・フォスに扮します。映像に収められていた稽古では、院長と自称ニュートンに対峙するなど出演シーンが目白押し。頭のネジが数本外れた登場人物が勢揃いする中で唯一まともなキャラクターといってよく、エキセントリックな患者や院長と向き合う"受け"の演技で安定感を発揮していました。
この日の稽古終盤に登場したのは、看護婦長マルタ・ボルを演じる吉本菜穂子さんです。
殺人が続き精神病棟から離れるよう院長から指示されたことで生じる動揺を表すために、ノゾエさんは「ペンとかいろんなものを床に落としてみて」と指示。デフォルメしながら実践する吉本さんの姿に、稽古場から大きな笑い声が上がりました。
稽古場レポート後編では、3人の物理学者たちが一堂に会し"不協和音"を響かせる様子をレポートします。お楽しみに!
取材・文:岡山朋代
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ワタナベエンターテインメント DiverseTheater『物理学者たち』
2021年9月19日(日)~26日(日)
本多劇場
[作]フリードリヒ・デュレンマット
[上演台本・演出]ノゾエ征爾
[プロデューサー]渡辺ミキ、綿貫凜
[出演]草刈民代、温水洋一、入江雅人、中山祐一朗、坪倉由幸(我が家)、吉本菜穂子
、瀬戸さおり、川上友里、竹口龍茶、花戸祐介、鈴木真之介、ノゾエ征爾
稽古場プレトーク配信中!
草刈民代×坪倉由幸×ノゾエ征爾
前編 https://youtu.be/0hIVwsUlouk
中編 https://youtu.be/G8UBKmilOOA
後編 https://youtu.be/m6B7Y-ZGDTs
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