ご自身でワークショップを開催するなど"演劇活動"に積極的に取り組んでいるキャラメルボックスの鍛治本大樹さん。
数多あるステージの中から気になる公演をチョイスして、稽古場からレポートをお届けする新企画【鍛治本大樹の稽古場探訪記】を始めます。
「演劇をもっと知りたい、学びたい」という鍛治本さんが、芝居が創られていくプロセスを"役者目線"でご紹介します!
8月某日。
信濃町駅から文学座のアトリエに向かう。
文学座といえば、今年で創立81年の歴史を持つ、由緒正しき劇団だ。
稽古場である「文学座アトリエ」も1971年に改装されてはいるものの、竣工68年。その佇まいから、伝統と風格を感じずにはいられない。
僕のような演劇経験10年やそこらの人間からしてみると、アトリエの中にお邪魔する前から、圧倒的な雰囲気に飲み込まれそうだった。
今回の作品は、劇団チョコレートケーキの古川健さんの書き下ろし。
斎藤平という一人の男の一生を通して、終戦直後から学生運動、バブルを経て、現代までの戦後の日本を再考する作品だそうだ。
稽古は一幕の立ち稽古からスタートした。
一幕の舞台は、東條英機らA級戦犯が処刑された1948年(昭和23年)の日本。
終戦から3年が経ち、あの戦争は何だったのか、登場人物たちの思いや考えが語られる。
今まで、ヒトラーとナチスドイツ、浅間山荘事件など歴史的な事件をモチーフに多くの作品を執筆して来た古川氏の作品らしく、戦争当時の状況や出来事が劇中に多く登場する。
稽古は、それらの言葉一つ一つを丁寧に検討しながら進められていく。
「復員」「捕虜」「GHQ」、、、
演出の高橋正徳さんは、役者の肉体を通したときに、実感を伴った言葉として語られることに重きを置いているように感じた。
言葉の持つ意味について深く掘り下げるというのは、根気がいる作業だけど、こういうベースになる稽古に時間をかけ、積み重ねていくことで、強い説得力となってお客さんに響いていくんだろう。
言葉以外にも、高橋さんのこだわりを感じる場面があった。
復員してきた男が背負ってきたリュックを床に下ろす動作について、「そのリュックには御霊が入っているから丁寧に」と指示。
ところが、背負い直すときには「もう少し機敏に」とも。
丁寧に早くという、なかなか難しい注文に演じる俳優も思わず苦笑。
気のおけないやりとりは劇団ならではだなと、感じた。
戦前、戦中、終戦直後をリアルタイムで知らない僕たちにとって、この作品のテーマである「日本を再考する」ってどうすればいいんだろう......。
それはきっと、目の前にいる役者の体感なんだろうな。
僕は常々、役者の仕事について考える。
舞台は「フィクションの世界」だけれど、その世界をリアルに「体感」することが役者の仕事なんじゃないかと思っている。
一幕の稽古終わりの休憩時間に、演出の高橋さんからお話を伺った。
鍛治本
今回、"戦後再考"というテーマで上演されますが、僕は83年生まれで、高橋さんともわりと近しい年齢だと思うんです。実際に戦争を知らない僕らのような世代がやることをどのように考えていらっしゃるのか、伺いたいんですが。
高橋
僕は78年生まれです。演劇って全てがフィクションじゃないですか。知ってる、知らない問題で言うと、現代に生きていても、僕らはパレスチナやシリアの事は知らないし、もっと言うと福島の事も知らない。東京に居てニュースやネットで情報が入ってくるだけ。だけれど、表現者としては、取材して想像して創っていくしかないんです。歴史もそうだし、演技も。知らない事は勉強したり人から聞いたりして、僕らが受け継いで、若い俳優やお客さんに引き継いでいく。そういう企画になればいいかなと思っています。
鍛治本
一幕を見て感じたのは、捕虜の生活や状況だったり、言葉の実感にこだわって作ってらっしゃるんだなと思って。僕も俳優なので、フィクションとして咀嚼して、自分から出るものにどれだけ実感を込めてやれるかってことなのかなと思って拝見してました。
高橋
俳優って、どんな役でも想像するしかないですよね。それまでにどんな人生があり、何を背負って舞台に出てくるか。舞台上で違うことを考えている相手役から、何を貰って変わっていくのか、それをひたすら考えていく。
鍛治本
台本を読まれて、(脚本の)古川さんと、どういったことを見せたいかといった話しはされたのですか?
高橋
チョコレートケーキの古川さんて、連合赤軍事件とか歴史的な題材が多いんです。昨年、『斜交』という吉展ちゃん誘拐事件の取調室の10日間を描いた作品を一緒にやって感じたのは、結構、ギュッと時間が凝縮したものが得意なんだなと。それなら、もっと大きく時代が変わっていく作品を描いてもらったら、彼が今まで書いてきたものと違う作品に出会えるんじゃないかなと思って。それと、文学座のいわゆる伝統演目に『女の一生』という、明治から始まって大逆事件、戦争の焼け跡で終わる作品があるんです。その『女の一生』をオマージュしつつ、これは"男の一生"にしたいですね。
鍛治本
稽古を拝見して、とても物腰柔らかに演出をされてらっしゃるなと。年齢も経験も様々な年代の役者さんがいますが、稽古場で気を使っていることはありますか?
高橋
15年くらい前に演出家としてデビューした当時は全員先輩で(笑)。今井朋彦さんや、横田栄司さんが出てて、若造の演出家が考えてることなんて、みんな出来ちゃうんです。で、一言、例えば「こういう感じで言ってください」とか言うと「何で?高橋くんの言うとおりやるとこうなっちゃうよ」って。みんな、やりたい事がたくさんあって、そこで鍛えられたというか。その経験がトラウマでもあり、すごくいい経験でしたね。だから今、こうしてやっていられるんでしょうね。どこへ行ってもそんなに怖くない(笑)。
今は、杉村春子さんや北村和夫さんと一緒に芝居をしていた先輩達と一緒に芝居を創れることが楽しいし、後輩の若い子達にも受け継いでいきたいと思って。劇団に所属していると、"ホーム感"ってあるじゃないですか?キャラメルボックスさんや文学座、それぞれの共通言語って持っていると思うし。だからこそ、俺達の作るサッカーの試合はこうだ、みたいな。
今回の舞台は、畳に火鉢があってなるべく座って話す、いわゆる"ザ・文学座スタイル"から、だんだん現代に近づくにつれてどんどん立って動いていって、演技の質も変わってくるんですよ。
先輩たちは、後輩たちの「え?」「あ~」「うん」「それで?」みたいな現代口語寄りの芝居をみて、「あーいうの、おれら言えないよね」って。
逆に、若い子たちは先輩の、特に関さんや大滝さんの言い回しを耳で聞いたり、実際に見て、自分の芝居をどんどん変えているし、お互いすごくいい刺激になっていると思う。そういうことが有機的に化学反応起こすと面白い舞台になるんじゃないかな。
高橋さんのお話を伺い、伝統が培ってきた共通言語を持ちつつ、様々な年代、経験、技術を持った個性豊かな人たちが一つの作品を作っていることが窺い知れて、役者として吸収できることが多い空間に羨ましさを感じた。
休憩を挟んで、第二幕の稽古。
学生運動が盛んな1968年(昭和43年)に時計が進む。
稽古場は、セットがチェンジされ、主人公の斎藤平は20歳の学生になっている。
20年で、家族の関係性や、言葉遣い、世の中の空気がガラリと変わったことが、台詞のやりとりから如実に伝わってくる。
文学座という伝統に裏打ちされた個々の役者の技術の高さに惚れ惚れした。
時代が進んだことで言葉の重みや使い方が変わった事を、一瞬で分かりやすくこちらに提示してくれているにもかかわらず、それが説明臭くなく、現実感を持って表現できる技術。
それは、文学座さんが、日本人にとっては言葉遣いが少し仰々しく感じそうな海外の戯曲もしっかりと上演してきたことで培われた技術力なんだろうと思った。
二幕では、一幕で行われていた言葉自体の検討から一変、会話のニュアンスの確認に重点が置かれた稽古が進行していく。
一幕が戦時中の経験を「重い鉄球」みたいな言葉によって、各役者がドシドシと提示していたのに対して、二幕は「ああ言えばこう返す」というような軽やかな言葉のキャッチボールを役者間でしている感じ。
それによって、その当時の家族の関係性が浮き彫りになっていく。
一幕と二幕では、全く表現方法が違って見えた。
今回、見学できた稽古のシーンはニ幕までだったが、そのシーンに登場していない役者の皆さんも、ジッと食い入る様に稽古を見つめていたのが印象的だった。
演出部の皆さんも稽古の進行を見守りつつ、セットのチェンジや小道具の用意がすみやかに粛々と行われている。
そこに多くの言葉はない。それが故に劇団としてのチーム力の高さをとても感じたし、稽古場で共に過ごす時間が、劇団に引き継がれる共通言語を育んでいるのかもしれない。
劇団というのは、座付作家や演出家のやりたい事を、速攻で表現できるカッコいい集団でありたいと僕は思っている。
文学座は、ヨーロッパの古豪サッカーチームのように力強くかつ俊敏性を併せ持つカッコいい集団なのだと、改めて思った。
戦後から現在までの日本の空気を吸い込んで来たあのアトリエで、この舞台を拝見出来るのが今から楽しみだ。
【公演情報】
『かのような私-或いは斎藤平の一生-』
9月7日(金)~21日(金)
文学座アトリエ
※大阪、岐阜公演あり
後段:左から、田村真央、川合耀祐、池田倫太朗、梅村綾子、大野香織、萩原亮介、江頭一馬
前段:左から、関 輝雄、川辺邦弘、高橋正徳、古川 健、亀田佳明、大滝 寛、塩田朋子
『女の一生』とは?
劇団初の座付き作家・森本薫の最後の戯曲となった『女の一生』は、名優と呼ばれた杉村春子の代表作であり、文学座にとって大切な「財産演目」。
明治、大正、昭和という三つの時代を生き抜いた一人の女性の姿を通して、日本がどう近代化していったか、庶民がどう近代というものを受け入れていったかを知ることができる。
1945年4月、空襲警報のサイレンが鳴りひびくなか初演され、以降、改訂を繰り返しながら上演され続けている日本演劇の金字塔。
2015年より演出を手掛ける鵜山仁が、今秋、新たなキャストとともに、再び本作を上演します。
【公演情報】
10月23日(火)~28日(日)
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA
チケット発売:9月25日(火)
※尼崎公演あり
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