劇団青年座から俳優としてのキャリアをスタートさせ、ストレートプレイはもちろん『レ・ミゼラブル』マリウス役、『エリザベート』フランツ役などを経て、いまや日本ミュージカル界において欠かせない存在となっている石川禅。
彼の4度目のソロンコンサートが6月30日に開催されます。
ご本人の人柄が滲み出る「いい人」キャラからコワモテの悪役、クセのある老人役まで、幅広い演技力で舞台出演がひっきりなしに続く石川さん。
コンサートでも多彩な楽曲を、俳優ならではの表現力で聴かせ、楽しませてくれそうです。
6月某日、その「石川禅 ソロコンサート」稽古場を取材してきました!
この日稽古場にいたのは、もちろん石川さんと、バンマスのYUKAさん。
今回のコンサートはバンド編成とのことですが、この日のお稽古場の時点では、ピアノ一本です。
取材陣に「絵面(写真)として、あまり変化がないんだけど...ごめんなさいね」と石川さん。いい人。
稽古は「この間(の稽古で)やらなかった曲から始めて、そのあとアタマから通していきましょう」ということで、セットリスト後半部分からスタート。
...とたんに、稽古場、どこかにマイク隠してますか? という圧倒的歌唱力が、空間を満たします!
まずは、ちょっと意外なナンバーから。
石川さんが出演経験のない作品です。
が、「俺、この歌すごい好きなの」といえば、YUKAさんも「私も大好き!」と返し、ふたりともニコニコ笑顔です。
なんの滞りもなく1曲歌い終わり、「いい曲だね~」とおふたり、またまたニッコリ。
「サラリと歌いましたね?」と訊くYUKAさんに石川さん、「この曲、『俺、歌ってるぜ!』ってやると失敗すると思うんだよね。気持ちを内に秘めてやった方がいい」と、歌い方の方向性を話し、YUKAさんも「それでいいと思います」とのことで、この曲は一発でOKとなりました。
...ちなみに、この夏に兵庫で公演があるアレです。
お次も、ミュージカルコンサートでもよく歌われる人気ソング、『時がきた』(ジキル&ハイド)。
こちらはまさに熱唱!の石川さん。
ただ、この曲は「歌い出しは抑え目にしたい」ということで、その理由を石川さんは「この曲は"ついにその時がきた"と高らかにうたっているようだけれど、実は言ってるワリには意気地がないんです。言いながらもまだ、自問自答している。"これでいいんだ"と自分に言い聞かせてる。だから特に最初の方は、まだ迷いがある」と話します。
1曲歌うごとに、どういう方向性で歌いたいのか、ということを、YUKAさんに説明していきます。
コンサートとはいえ、ただ譜面どおりに歌うだけではない。
1曲の中の感情の流れをきちんと作る石川さんです。
ほか、「これは世界を、地球を背負っていないと歌えない」「派手に歌わないと曲に負ける!」と言う『アンセム』(CHESS the Musical)など、ご自身が関ったことのない楽曲でも、石川さんの曲の分析は細かく続いていきます。
曰く、「(そのミュージカル全体の流れというよりも)1曲の単発として、その中でのストーリーを納得させる」。
ヴォーカリストのコンサートではなく、俳優・石川禅のコンサートであることのこだわりが見えます。
もちろん、石川さんといえば! の『カフェ・ソング』『星よ』(レ・ミゼラブル)なども登場。
石川さんの歌唱力・表現力、ぜひ劇場で体感してください!
稽古の合間に、インタビューにも応えてくださいました。
● 石川禅 INTERVIEW ●
―― ソロコンサートは4回目ですね。お忙しい中、結構短いスパンでやっていらっしゃる。
「そうなんですよ、節操ないでしょ(笑)。僕自身がやりたいというのもあるし、プロデューサーの強力なバックアップもあって、4回目の開催になりました」
―― お稽古中に「今回のテーマは "芝居に寄っている" から、こうしよう」というようなことを仰っていましたが、テーマは "芝居" なんでしょうか?
「まず、1stコンサートと2ndコンサートはほぼ同じラインナップでやったんです。それは、ありがたいことに1stコンサートが即完しちゃって、観られなかったって方がたくさんいらしたので、2ndはほぼ1stと同じ内容でやったんです。その、勢いでやっちゃった1・2回目があり、3回目は...踊ったんですね。それは「エンタテインメント性を追求したものにしてはいかがですか」とプロデューサーに言われた結果で、僕としては「...俺に踊らせるのか...?」と思ったんですが(笑)。ただ、例えば小池修一郎さんなども踊りをやっておきなさい、と仰っているんです。バリバリのダンサーになれということではなく、例えば『エリザベート』で皇帝として社交ダンスを踊るとか、そういう局面は俳優をやっているとぶつかるもの。身のこなしをちゃんとするためにも踊りはやっておいたほうがいいと言われていましたので、「きた...」と思いながらも、これも勉強と思って3回目はダンスに挑戦しました。緊張しながらも、楽しくやらせていただいたのですが、今回4回目、さあどうしよう、と。1・2回目は勢いでいけるけど、3・4回目って、だいたいみんなネタが切れるんですよ(笑)。で、やっぱりメッキを身体につけても剥がれるけれど、自分の身体の中から出てくるものは、無尽蔵に湧き上がる。そういう作り方をしないと続かないぞと思ったんですね」
―― 自分の身体の中から。それが石川さんにとっては "芝居" だと。
「うん、僕も「自分の歌ってなんだろう」と考えました。自分が役者だという意識が強いから...とかではないんです。ミュージカルのナンバーを歌うときは、必ずお芝居の中で歌う。じゃあ、ミュージカルソングのコンサートをするんだったら、芝居の延長として表現することを全面に打ち出すコンサートをやってみよう、というところに考えが至ったんです」
―― 俳優として歌う...となると、1曲で瞬間的にそのときの感情になったり、背景にある物語を背負って歌うことになりますから、普通に歌うより大変なんじゃないかと思うのですが...。
「僕は実は、ソロコンサートをやるにあたって抱いたのは、逆の感覚でした。歌い手として10数曲歌うと思うと、震え上がっちゃった。そもそもハンドマイクがすごく苦手で。ミュージカルの時はヘッドマイクじゃないですか。それだと芝居をしている感覚で歌えるんですが、手でマイクを持つととたんに緊張するんですよ(笑)。それに単純に、純粋な歌手の方だとノドが命。ちょっと掠れただけで「やばい」ってなりますよね。でも役者の場合って声が枯れようと「芝居してる」って感覚でやれちゃう(笑)。自分はずっとそういう環境の中で来ているからか、「ちゃんとした声を出さなきゃいけない」という強迫観念がないんです。それだけのことなんだけど、芝居だと思うと、楽になれたんです。もちろん歌うからには、このキーを頑張って出して...といったテクニカルなことはやらなきゃいけないんですが、"物語を紡ぐ" という感覚で向き合うと、色々な発想が出てくるんです。これまでの3回の経験でも、そうでした。そのイマジネーションが膨らんだナンバーであればあるほど、充実していくんです」
―― では例えば『カフェ・ソング』だったら、そこにいるのは石川さんではなくマリウス。
「う...うん、そうなんだけど...僕はマリウスになっているんでしょうか(笑)。正直なところを言いますと、『カフェ・ソング』と『星よ』の2曲に関しては、自分ではもう、わからない(笑)。何も意識しなくても、出てきちゃうものがあるので。特に『カフェ・ソング』は本編で500回以上やっているので。『レ・ミゼラブル』って独特の世界ですよね。やっぱり唯一無二。身体にメロディも歌詞も流れちゃうんです。今回、このコンサートで歌ってほしい曲のリクエストをファンの方から募ったのですが、この2曲は僅差ではなく、ドーンとダントツ抜け出て1・2位でした。もう、外せないレベルで(笑)。逆に言うと、自分で歌っていても、この2曲の存在感が突出してしまいますので、そこと他のナンバーの肩を並べさせるために四苦八苦しています」
―― ちなみにそのリクエストの中で、これは意外だなと思ったものはありましたか?
「意外と思ったものはなかったかな。幅広く来ましたよ。『グレイテスト・ショーマン』とか、宝塚の作品とか。『パレード』『マディソン郡の橋』なんかもリクエストいただきましたが、今回はちょっと違うかな、と外しています。セットリストの後半は、そのリクエストいただいた中から選んでいます」
―― 前半のセットリストもちょっと意外です。ご出演作からのナンバーが多いのですが、石川さんが演じた役ではないキャラクターのナンバーが多いですね。
「そうなんです! 自分がいつも歌ってるナンバーばかりをやっていても、お客さまに楽しんでもらえるかな? という思いもあって。そもそも大前提は「お客さまに楽しんでいただく」ですから。といっても、自分が出演した作品や、なんとなく "自分のフィールド内"、自分に近いところの作品からセレクトして、慣れ親しんだ、自分の身体に少しでも流れてる楽曲を選んで、物語を紡いでみたかったんです」
―― "物語を紡ぐ" というのは、先ほどの "お芝居の延長としての表現" というところですね。お稽古の中でも「1曲の単発として、その中でのストーリーを納得させたい」と仰っていました。お芝居といっても、単純に、ミュージカル本編で歌われる感情の再現ではなさそうです。
「はい。例えば、『星から降る金』(モーツァルト!)などはおそらく本編とは違う歌い方になると思います。これ、男性歌手がソロコンサートでよく歌うナンバーですよね。なんでこれを男性が選ぶかというと、俳優としての自分と父親の関係が、ヴォルフガングとレオポルトの関係ととてもよく似ているんです。少なくとも僕の場合はそうです。「僕、役者になります」と言って許してくれる父親って、そうそういない。うちは最終的に父が折れて「好きなようにやれ」と言ってくれたんですが、内心は「そんなに上手くいくはずないんだから、どうせすぐ帰ってくる」って思ってたらしいんです」
―― なるほど。
「僕はそれを、父の妹である叔母から、父が亡くなった後に聞いたのですが、「あなたが劇団に受かった時に、お父さん、私のうちにきて「息子が役者になっちゃった」って男泣きしていたのよ」って。そういうことを一切みせない人だったので、ショックで。さらに追い討ちをかけられたのが、その翌日に遺品を整理していたら「大事なもの入れ」って箱が出てきたんです。その中から僕が劇団青年座で新人賞を頂いた『評決 ~昭和3年の陪審裁判~』(1990年)という作品のチケットの半券が出てきた。それで僕は号泣しちゃったんですが......、男優という仕事を選んだ人ってそれぞれに父親との確執や物語があって、この『星から降る金』がものすごくそれとリンクするんです。だからどこか違う目線で、この歌を歌うんじゃないかなって。あとは、デュエットの曲をひとりでやったり、おなじ作品の2曲を時系列をポーンと飛ばして続けて芝居でみせたり。もちろんコンサートで、楽曲を上手に歌って聴かせるというのもあるのですが、それプラス、表現者として、そこに自分の物語を盛り込んだり、役として演じられたらなと。今回はそういう匂いのするコンサートになるんじゃないかなと思います」
―― 女性ヴォーカルのナンバーもけっこうありますね。
「去年、『スパークリング・ヴォイスII―10人の貴公子たち―』で『夢やぶれて』を歌ったんですが、実は最初は僕、あの歌を歌うこと、抵抗したんです。それまでも歌ってほしいといわれたことは結構あって。でも僕の中では男優が歌っていい女性の歌と、歌っちゃいけない歌があると思っていて、例えば『私だけに』なんかは、男優が歌ってもおかしくない歌なんです。なぜかというと女性が自立していく歌で、どこか男性的な強さを秘めているから。でも『夢やぶれて』は完全に女性の歌なんです。しかも僕、ずっと岩崎宏美さんという素晴らしい歌い手さんが歌うこの曲を聴いていたから、絶対無理! って思ってたのですが、この時は演出家のリクエストだったので、「...じゃあ歌ってみるか」「役の幅を広げるためにも挑戦してみるか」と思ってやってみたら、あれ、意外といけるな?って(笑)。役者っておっかないですね(笑)。でも宝塚の男役さんだって、歌舞伎の女形さんだって同じですもんね。想像力と創造力で役を作り上げていく。そう思って挑戦してみたら、意外と楽しかったので、それ以降「これは無理でしょ」とか思わずにやってみようと考えるようにしています」
―― オープニングの曲なども楽しみです。
※何の曲かはお楽しみに!
「ちょっと意表をつくでしょ? でも僕、あの前奏を聴くと「あ、はじまる!」と感じて、好きなんです。アンサンブルパートからヒロインのパートにいくのをひとりで歌うのも、コンサートならではで、面白いかなと思っています」
―― 今回はバンド編成ということで、そこも注目ですね。
「今までの3回はエレクトーンの演奏で、それはそれでドラマチックな音でしたが、今回は生の楽器です。4人編成で、ドラムス、ピアノ、バイオリン、エレキベース。ピアノも、グランドピアノです。生の楽器になるということを想定しながら曲も選んでいます。これまでご覧になったお客さまにとっては、かなり違う音になると思いますので、そのあたりも楽しみにしていただければと思います」
取材・文・撮影:平野祥恵(ぴあ)
【公演情報】
6月30日(土) イイノホール(東京)