■ミュージカル『マタ・ハリ』特別連載(2)■
柚希礼音と加藤和樹のW主演で、新春に日本初演の幕が開くミュージカル『マタ・ハリ』。
前回、「顔合わせ」の様子をレポートしましたが、実はげきぴあ、その前段階の稽古場も、取材していました。
本日はそのレポートをお届けします。
●「声色を変えるのではなく、マタ・ハリの日常を作って」
取材したのは12月上旬。
芝居作りにセオリーはないのかもしれませんが、それでもだいたい、こういうスケジュールで作り上げていくことが多い......というパターンのようなものはあります。
ミュージカルの場合、稽古初旬は個別や少人数単位で「歌稽古」をし、全員揃う「顔合わせ」(先日レポートしたものです)以降、「立ち稽古」で動きをつけていく......というものがよくあるスケジューリング。
ミュージカルだと歌=セリフということもあり、個々人がまずナンバーを歌えていないと、動きもつけられない、ということなんだと思います。
ということで、本来だと「歌稽古」を皆さん進めているであろうこの時期の稽古場ですが、柚希礼音さん、佐藤隆紀さん、東啓介さんが集まるこの日の稽古場は「芝居読み(歌いながら)稽古」とスケジュールには記されていました。
そのことからもこの作品、なんだか一般的なミュージカルとは違ったテイストのものが生まれそうな予感がします...!
演出の石丸さち子さんは「今やっている稽古が、ものすごく大事。丁寧にやらないと見つかるものも見つからない。コードもわからないのに、フリージャズは出来ないのと同じ」と3人に向かって話します。
石丸さんがここで見つけたい、掴みたいもの。
それはおそらく、マタ・ハリの、そしてラドゥーの、アルマンの芯の部分、心......なのでしょう。
まずは冒頭近くのシーン。
ダンサーであるマタ・ハリが、その日の舞台を終え、楽屋に戻ってきたところに、ラドゥー大佐が訪ねてくる......という場面です。
ここで、マタとラドゥーが初めて顔を合わせます。
一度シーンを通したあと、柚希さんに「マタ・ハリの日常を作りたい」と石丸さん。
「マネージャーに対してと、ファンに対しての話し方が変わる、それはいいのだけれど、今のは "柚希礼音の日常"。突然やってきた約束をしていない人と話す時にどんな話し方になるのか、どう口調が変わるのか。声色を変えるのではなく、マタ・ハリの日常を作った上で話してください。でももちろん、それを作り上げるには、普段の自分の日常も使って。だってそういう日常を、ちえさん(柚希さん)は持っているんだから」
"マタ・ハリの日常を作る"。
非常に印象に残った言葉です。
ストレートプレイ出身の演出家である石丸さんらしいですし、これこそが日本版『マタ・ハリ』の肝になるのでは、とも感じました。
真剣に石丸さんの話を聞いている、柚希さん。
こちらはラドゥー大佐役の佐藤隆紀さん。
石丸さん、佐藤さんには「ここでのラドゥーは、鬱屈したものを隠している、難しいところです。まずはその渦巻く感情を自分の腹の中に生むこと! 今は表に出しすぎるくらいでかまわない、それを押さえることはあとから出来るんだから」と話しました。
なるほど、そういう感情の作り方をしていくんですね。
ここでのマタ・ハリとラドゥーの会話は、本心を探りあう、駆け引きのような"大人の会話"。
ファンであるかのような顔で楽屋にやってきたラドゥーが、マタに「スパイになれ」と暗にプレッシャーをかけるのです。
石丸さんはひとセリフずつ......どころか、ひと単語ずつマタ・ハリが、ラドゥーがどう思ってその言葉を発しているのか、それを受けてどう反応するのか......を分析、共有していきます。
「そこはもう少し愛想がよくていい、あなたは終演後で、拍手喝采を浴びて、気持ちよくなっているところなんだから」
「ラドゥーは、今のだとファンではないことを匂わせすぎ」
「そこに下心を込めて」
「語尾の甘さを取って」
「今の言葉を受けて、自分のガードを強めて」
etc.etc...。
柚希さんも佐藤さんも、そんな石丸さんの言葉に、打てば響くといった素早い理解で反応していきます!
その様は、細かく石丸さんが指摘をしているものの、同じ方向性をきちんと共有している、といった感じ。
「今のちょっと違う」と言われても戸惑うどころか、指摘されるより先に「今の違ってましたよね」と渋い顔をしていたり。
なんというか、この稽古場、演出家とキャストの相性が非常に良さそう!
笑顔で対応していたマタが...
次第に笑顔を消します。心の動きが伝わってくる!
一方でラドゥーの佐藤さんは、慇懃さというよりも、ある程度の地位についている人らしい余裕すら伝わってきて......いいですね!
何段階も重ねて、マタ・ハリを追い詰めていく感じ。
しかし石丸さん、「もっとマタを翻弄して、(彼女の感情を)かき混ぜて!」とさらなる要求を。
もちろん石丸さん、歌(ナンバー)になっても、感情のゆれを細かく音に乗せていきます。
「(戻らない、という歌詞の)"ない" を言うためにエネルギーをためて」
「(歌詞の)"生き方"を立たせて。(母音の)い・い・あ・あをしっかり」
etc.etc。
●「孤独を癒す一番の特効薬は、孤独を極め、孤独を愛すること」
さて、マタ・ハリと恋に落ちる青年、アルマンの登場シーンも少しご紹介しましょう。
この日の稽古場のアルマンは東啓介さん。
マタ・ハリとアルマンの出会いから、その後、ふたりが恋に落ちていくシーンを続けて稽古していました。
石丸さん、アルマンという男については「正統派の優しい男じゃない。傷付いた男の匂いをさせて、それを見る女性にシンパシーを覚えさせる。それは女を落とす上で正攻法じゃないんだよね。
そして血まみれの立ち姿に一瞬美しさが浮かび上がるような......、闘争的な生き方の中に叙情が立ち上るようなシーンです」と話し、
さらに東さん個人には「君の、ふっと無表情になった時の影のある感じとかが、アルマンを作る上で手伝ってくれるから」。
ふたりの出会いは、タチの悪いファンにマタが絡まれたところを、アルマンが助け出そうとするのですが、逆にアルマンはボコボコにやられてしまって......というもの。
ヒロインを助けるヒーロー参上、という形ですね。
「このふたりは絶対上手くいくの。その理由、わかる?」と東さんに石丸さんがききます。
「アルマンはマタ・ハリを落とそうとしているから」と東さん。
......そうです、この出会い、実は偶然ではないのです。
いわゆるハニー・トラップ。
そのことが後々、ふたりを苦しめていくのですが......。
そんなわけで「このシーン、アルマンはすべて "......と演じる" という一段が入るから難しいよー!」と石丸さん。
アルマンの決意、のような聞かせどころなナンバーも入るのですが、それも「自分の心情を歌っているように見せて、実は策略。マタに聞かせている」と説明を。
そんな出会いを経て、傷付いたアルマンを手当てしようと、マタは自宅へ彼を連れていきます。
東さん、柚希さんの隣へ移動です。
ここはもう、とってもロマンチックなシーンになっていました!
石丸さんも「出来すぎた恋のシーンになっていい。企みなし。大きな幸福の形をしっかり」と。
「"大スターのマタ・ハリ" を着ていない、あなたの中の少女をときめかせて」と言われた柚希さん。
いい表情です!
柚希さん、本当にナチュラルに、可愛いんです。
東アルマンは石丸さんに "傷ついた大型犬" と表現されていました(笑)。
ここでふたりの心の結びつきを、しっかり客席に伝えたい石丸さん。
その結びつきは、どうやらそれぞれが抱える "孤独" のようです。
「孤独を癒す一番の特効薬は、孤独を極め、孤独を愛すること。(ダンサーであるマタが)踊ることと、(パイロットであるアルマンが)飛ぶことの、孤独な高揚感。そこがふたりは一致して、わかりあえた」
ロマンチックだけれど、見ていて気恥ずかしくなっちゃうというよりは、じんわり心が温かくなるような......。
そんな素敵な空気が流れていました。
それにしても、台本にある一単語一単語をすべて分解していくかのような、本当に細かく繊細な演出です。
石丸さんの演出を受け、どんどんリアリティが深まっていくキャラクターたち。
それはマタ・ハリやラドゥー、アルマンの感情のみならず、この時代背景、第一次大戦下という状況や、パリという街の匂いまで伝わってくるようなリアリティです。
とても面白い稽古場でした!!
なお、佐藤隆紀さん、東啓介さんは、加藤和樹さん(ラドゥーとアルマンのふた役)とのWキャストです。
加藤さんの稽古場の様子も、機会があればレポートしたいと思っています!
取材・文・撮影:平野祥恵(ぴあ)
【公演情報】
・1月21日(日)~28日(日) 梅田芸術劇場メインホール(大阪)
・2月3日(土)~18日(日) 東京国際フォーラム ホールC
限定公演回で、来場者全員プレゼント実施決定!
【大阪】
1月24日(水)13:00公演
オリジナルチケットホルダー(非売品)
【東京】
2月5日(月)12:00公演
2月7日(水)18:30公演
舞台写真ポストカード(非売品)
※両公演同一内容のポストカードとなります。