■『レディ・ベス』2017年公演特別連載 vol.2■
『エリザベート』『モーツァルト!』などで知られるウィーン・ミュージカル界のクリエイター、ミヒャエル・クンツェ(作)&シルヴェスター・リーヴァイ(音楽)による新作として、日本ミュージカル界が誇る鬼才・小池修一郎演出で2014年に世界初演されたミュージカル『レディ・ベス』 が、3年ぶりに上演されます。
約45年もの長きにわたり女王として君臨し、イギリスに繁栄をもたらしたエリザベス一世。
彼女が王位に就くまでの波乱の半生――異母姉メアリーとの相克、偉大なる父王ヘンリー八世と処刑された母アン・ブーリンへの思い、そして吟遊詩人ロビンとの秘めた恋――を、リーヴァイ氏ならではの美しくも壮大な音楽で綴っていくミュージカル。
メインキャストはほぼ初演から続投となり、若き日のエリザベス一世......まだ即位する前、"レディ・ベス"と呼ばれていた主人公は、花總まりと平野綾が扮します。
宝塚歌劇団でトップ娘役として活躍し、数々のヒロインを演じてきた花總さんと、声優界ではトップランナーながら、初演当初はまだミュージカル出演3本目だった平野さんのダブルキャストは、ミュージカルファンの中でも大きな注目となりました。
平野さんご自身も「かなりプレッシャーだった」という初演時の心境や、大作ミュージカルの世界初演を作り出していった当時のエピソード、3年の経験を得て新たにベスに挑む現在の気持ちを、平野綾さんに伺いました。
◆ 平野綾 ロングインタビュー ◆
● 初演時は「あまりの責任の重さに不安に」
―― 初演が2014年。この時、平野さんは帝国劇場の主役という経験を初めてされましたね。初演の、初日のことを覚えていらっしゃいますか?
「初演の初日......!(しばし考え込む)......全然覚えていないです。たぶん、いっぱいいっぱいすぎたんだと思います。囲み取材があったりと色々忙しく、いつのまにか本番が明けていたという感覚だったんじゃないかな。帝劇の主役を務めているという実感がわいたのは、カーテンコールの時です。役が少し抜けて、私自身が戻ってきた瞬間に、"帝劇の0番(=センター位置)" に立っている自分を実感しました」
―― 確かに初日ご挨拶で、感極まったように「帝劇のゼロ番に立たせていただいて」と仰っていたような覚えがあります。
「あれは、その場で浮かんだ率直な感想です(笑)。世界初演の、初日の、0番。認識したら、そのことにすごくびっくりしている自分がいました。いただいたチャンスがありがたく、幸せだなって。でもそれをチャンスだけで終わらせたくない、幕が開いてからも闘いだろうな......と思っていました」
―― この役は、オーディションで掴んだんですか?
「はい、そうです。その前に『レ・ミゼラブル』のエポニーヌ役で帝国劇場に初めて立って(2013年)。それを観ていただいて、オーディションを受けてみませんかと声をかけていただきました」
―― オーディションの時点で、すでにクンツェさんとリーヴァイさんの新作だと知らされていたんでしょうか。
「そうです。なので、声をかけていただいた時点で光栄で...。ただ何段階かあるオーディションで、最初は『レディ・ベス』の曲がまだ出来上がっていなくて、課題曲が『ダンスはやめられない』(モーツァルト!)だったんです。そこでこの曲を歌ったら、『モーツァルト!』の出演が先に決まってしまいました(笑)。ベスのオーディションだったのに『モーツァルト!』の出演が決まって、自分としては「なんだ、このミラクル!」と思っていたのですが。その後『レディ・ベス』にも出演させていただけることになり...。決まった時にはあまりの責任の重さに不安になってしまったんです。さらに共演の方々が、この顔ぶれでしょう。自分がミュージカルファンとして拝見していた皆さんでしたので、そんな素晴らしい方たちの中でやるのかと、もう恐縮しちゃって......(苦笑)」
※平野さんは2014年、『レディ・ベス』のあと『モーツァルト!』にコンスタンツェ役で出演。
● 「必ずしも、全部が全部美しいわけじゃない。ただ、どん底から這い上がる姿が、結果、美しくもあるんです」
―― 世界初演ということで、クンツェさん、リーヴァイさんにお話を訊く機会もあったかと思います。
「はい。稽古場にもいらしてくださって、今しか質問する機会はない! と思って、いっぱいお伺いしてしまいました。初演の時の台本と譜面は、クンツェさんや小池先生に教えていただいた作品の背景やダメ出しで、余白全部が埋まっているような状態になっています。授業中にひたすら先生の言うことをノートに書き取る生徒みたいに、教えていただいたことをひたすらメモにとっていました」
―― クンツェさん、レディ・ベス(エリザベス一世)を主人公にしたことについて、何かお話されていましたか?
「歴史に名を刻んでいる偉大な女王も、若い頃にちゃんと恋をしていること、また家族間の問題があったりと、人間らしいステップを踏んで、女性としても人間としても成長したんだ......ということを描きたかったと仰っていました。このミュージカルで歴史を学べますし、人としてどうあるべきかということも考えさせられます。ちょうど成長過程にある人には特に観てほしい作品だと仰っていたことが、印象に残っています」
―― 開幕前からエリザベス一世の話だということは明らかにされていましたが、女王になってから、いわゆる歴史の本に記されているような功績は描かれず、ここまで若い頃の話だとは思わなかったので、初めて観た時は驚きました。
「私も、まず最初にエリザベス一世といえば女王になってからの活躍の方が印象にありました。彼女が女王になる前、どんな半生だったのか全然わからないまま、(演じるにあたり)資料を読んだり映画を観たりしました。そうしたら、なんて壮絶なんだろう、と...!」
―― クンツェさんの書いた台本をお読みになって、ベスには共感できましたか?
「そうですね...、彼女の "這い上がっていく感じ" が素敵だと思いました。最終的には女王になる身分の方ですが、彼女の人生は必ずしも、全部が全部美しいわけじゃない。ただ、どん底から這い上がる姿が、結果、美しくもあるんです。彼女のまわりには人間の汚い部分や嫌な部分も渦巻いているんだけれど、それすら捨て去って人生に立ち向かう姿がカッコいいし、憧れる。こんな風になりたいなと思うし、自分と重ねられる部分もありました。あと、姉のメアリーと敵対しているのですが、お互いの立場が理解できた瞬間に、色々なものが溶け合い、和解する。女性同士の絆が素敵に描かれているところもいいですよね」
―― いま仰った「結果、美しい」という言葉に納得してしまいました。作品全体のトーンとしても、非常に波乱万丈で、陰謀や憎しみが描かれているのに、最終的にはとても心が洗われるような、穏やかになるような作品でしたよね。
「そうなんです! それがこの作品の不思議なところで、観終わったあとにスッキリしてるという(笑)。このラストはハッピーエンドだと思う人もいれば、そう思わない人もいると思います。でも、すごくすがすがしい気分が残る。本当に、幸せの形って、人それぞれあるんだなと......。演じていても、晴れやかに終われました」
―― そして音楽面では、リーヴァイさんの楽曲を世界で最初に歌うという経験もされています。製作過程で、何か印象的なエピソードがあれば教えてください。
「先ほどお話したように、最初の方のオーディションでは、まだ『レディ・ベス』の楽曲は出来ていなかったんです。オーディションが進んでいく中で、『秘めた思い』(1幕ラストのナンバー)が上がってきて。最初に歌ったのはこの曲でした。当初は英語の歌詞で、オーディションの当日か...前日の夜に、日本語の歌詞がついたんですよ。リーヴァイさんは稽古期間中もずっといてくださって、歌ったものに対して「ここはこうアレンジしよう」「日本語の意味はこの音の方があっているんじゃないか」とその場でどんどん提案してくださって、まさに楽曲が生まれていく瞬間を経験しました。日本語が分からないはずなのに、「日本語の発音だったらこういう音にはならないんじゃないの?じゃあこの音を変えよう」と提案してくださることが何度かあって、本当に全部お見通しなんです。そうして直していただくと、やっぱり音と気持ちが一体となって動いていく。さすが数々の大作を作られている方だなぁ、と思ってしまいました。歌い方も色々と教えてくださいましたが、まずは気持ちと芝居を大事にしてくださった。本当に作家と演者の二人三脚で作品に取り組む素晴らしい環境で、こんな幸せな作品の作り方があるんだなと思いました」
● 初演時のエピソード
―― レディ・ベスは、ダブルキャストのもう一方が花總まりさん。宝塚の伝説のトップ娘役さんです。正直なところ、プレッシャーだったのでは?
「かなりのプレッシャーでした(笑)。わたし、高校生の頃に宝塚に通っていて、一番よく宝塚を観ていたときのトップさんだったんです」
―― 宝塚ファンだったんですか!?
「そうなんです、わたし、「HANACHANG!」(宙組『満天星大夜總会』のワンシーン)ってやってたんですよ(笑)! そんな方との、まさかのダブルキャストです。ただのファンなので、最初は口もきけませんでした。「花總まり様が、そこにいらっしゃる!」という気持ちですよ。でもそれではいけない、同じ役をやらせていただく身として、まずは包み隠さずお話して一歩踏み出そうと、まず「すみません、実はファンです」と告白し(笑)。「私、花さんのポストカードやらクリアファイルやらも持ってます」「私のツボった花さんの役は『傭兵ピエール』のジャンヌ・ダルクで、冑の前のところを上げても何度もガコンと落ちてきちゃうところが大好きだったので、ベスでも男装シーンがあって嬉しいです!」とか、かなりピンポイントで好きなシーンなどをお話させていただいたら......ただのファンですよね、私(笑)......でも、優しく受け止めてくださって。それ以来、色々と役柄についても相談させていただいたり、公演中にご飯をご一緒させていただいたり。本当に素敵なお姉さまです」
―― それこそドレスさばきを教えてもらったり。
「はい、全部教えていただきました。なかなか出来の悪い生徒で申し訳なかったのですが。女性の先輩たちは皆さん優しく、本当に色々と助けてくださいました。(アン・ブーリン役の)和音美桜さんは、その前の『レ・ミゼラブル』からご一緒で、すごくたくさんお話をさせていただきました。お姉さまふたり(メアリー役の未来優希、吉沢梨絵)は、舞台上ではバチバチの関係ですが、ご本人たちはとてもお優しく、稽古場でも仲良くしてくださっています。あとはやっぱり、かなめさん(キャット・アシュリー役の涼風真世)が引っ張ってくださったのがとても大きいです。ご自身の体験談からアドバイスまで、とても心強いお言葉をいただきました」
―― 演出は小池修一郎さんです。初演のアフタートークで平野さんが仰っていた「小池先生のダメ出しで「小さい」と言われたことがあった」というエピソードが強烈でした。
「あぁ、「小さい」! ありました(笑)。わりと最初の方に「綾はあれだ...背が小さい!」と言われて、どうすればいいのだろう、と思って...。そうしたらやっぱり後日、「ヒールの高さを上げたい」と言われました」
―― じゃあ精神的な大きさとかではなく、本当にビジュアルが...ってことだったんですね(笑)。
「はい...。ただ、その小ささを、オーラで乗り越えろとも言われました。それが身に付けられたら最高ですよね、難しいことですが。花總さんにお伺いしたときも「オーラで(大きさを)出してる」って仰ってて、「(先生が仰ったのは)これかぁ...」と。なんとかそれを習得できないかと色々と私なりに試しました。...あとは鏡の前で歌ってみろと言われ、ところどころでストップをかけられ、「この口の開け方がおかしい」とか細かく教えていただいたり......」
―― すごいですね。
「でも、去年NYに学びにいった中で、「小池先生が仰っていたのはこれだったんだ」というのがわかったんです! 同じような体験としては、初演の歌唱指導に入ってくださってた楊淑美先生の発声法もすごく面白くて変な動きをしながら声を出したりするんですが、その動きをすると声が確かに出るんだけど、なぜ出るのかはわからなかった。それがようやく、アレクサンダー・テクニック(発声法の改善に繋がるテクニックのひとつで、身体全体のバランスから声を出すという理論)をきちんと学ぶことによって自分の中で繋がったので、すごくやりやすくなりました」
―― なるほど。きっと現場でやってるのは実践的で、最短距離。改めて理論があとからついてきたんですね。
「そうなんです。私、たぶん頭で納得した方がすっきりするタイプなので、やっと自分の身になった感覚です。小池先生には本当に細部に至るまで見ていただきました。私、小池先生を信頼しきっていますので。今回3年ぶりに同じ役を演じて、何を言われるかが楽しみです(※取材時は稽古前)。でも以前、ある舞台を観にいったときに偶然先生にお会いして、「あなた、歌が上手くなったらしいじゃないですか。風の噂で聞きました」とか言われて(笑)。その言葉もとても嬉しかった。NYのボイストレーニングはどこへ行ってるのというような話もさせていただけて...ありがたいです」
● 再演の課題は「常に新しく、より客観的に」
―― そして、平野さんの中でとても大きな経験となったその『レディ・ベス』の、待望の再演ですね。
「はい。決まった時にはまず、「それまでに私が出来ることは何だろうか」と考えました。初演時は、私はまだミュージカル出演3作目で、ほかの方に比べて圧倒的に経験値が少なかった。やれることが限られていて、全力投球でやるしかなかったんです。この3年のあいだ、色々な作品に携わらせていただきましたし、去年はNYに留学し、語学とボイスレッスンをずっとやっていました。留学から帰ってきてからも、継続的にNYに行ってレッスンを受けています。自分としても学ぶ態勢がとれているので、がむしゃらだった3年前とはまったく違うものをお見せできるんじゃないかなと思っています」
―― たしかにこのメンバーのなかで、失礼ながら、初演と今度の再演で一番経験値がかわったのは平野さんだと思います。
「まさに仰るとおりです。初演の時は、お客さまからも本当にすごくたくさんのご意見をいただきました。どうしても余裕がなく、客観的に見ることができない部分もありましたので、いただくご意見、すべてが自分のためになりました。実際、いま当時の映像を見返したり、自分の歌を聴き返すと、本当につたない部分が多い。この3年で経験も積み、自信をつけられたところもあります。同じ作品をもう一度出来るということは大きなチャンスですので、皆さんの期待に応えられるようにしたいです」
―― 再演に際して、何が課題ですか。
「全部ですね(笑)。まずは新たな気持ちで、前回を気にしないようにしようと思っています。(稽古前に)一度、改めて台本を読み返し、今の私が感じるお芝居、今出来る歌を歌ったときに、前回のものとまったく違うベスになったんです。この感覚を大事にしようと思いました。常に新しく...という気持ちでやろうと思っています」
―― 平野さんのベスと、花總さんのベス。ダブルキャストでここまで違うのかと思うくらい違うタイプのベスで、観比べるのも楽しいです。
「初演のときに、まわりの方から言われてすごく印象的だったのが、初日と千秋楽とで、花總さんの演じるベスと私のベスのお芝居が真逆になったのが面白かったと。お互いそれぞれのベスを生み出して、最終地点が、生み出したところからクロスしていったというのが、不思議だけれど、ダブルキャストの面白いところだなとも思います」
―― ああ、わかる気がします。印象は人それぞれだと思いますが、ベスの少女らしい可愛さと、王女の凜とした力強さのバランスが、おふたりそれぞれの中で変化していき、結果、クロスしていった感は確かにありました。それはご自身では意識せず、ですか?
「自分が目指す地点はそこだな...というものはあって、そこに向かって自然と変化していったベスだったという意識はあります。ただ、花總さんの方もそう(変化していった)とは、指摘されるまで思わなかったので。やっぱりお互い影響を受け合い、いい具合にミックスされたんだな、ダブルキャストって面白いなと思いました」
――最後に、この作品平野さんにとってもかなりのターニングポイントになったと思うのですが、この作品、どんな存在になりましたか?
「人生で、自分の代表作と呼べるものや、ターニングポイントになる作品ってあると思いますが、私にとって『レディ・ベス』がまさにそれ。ベスの生き方は本当に憧れるし、私もこういう風に生きていきたいというロールモデルでもあります。その役を全力で演じることが出来たのは、幸せな経験でした。前回は "全力で演じる" で良かったと思いますし、それをテーマにしていましたが、それでは足りない部分もたくさんあった。今回は色々な現場を踏み、色々な役を演じ、表現できる役の幅、そして音域も広がりました。それこそNYで学んできたことがようやくここで発揮できる、ずっとこの時を待っていたという感覚です。前回プレッシャーと闘っていた部分などは今回は薄まると思いますので、その分、役に深く入り込んで作品に向き合えると思います。より客観的な視点からベスにトライしていけたらと思っています」
取材・文:平野祥恵(ぴあ)
撮影:源賀津己
【公演情報】
・10月8日(日)~11月18日(土) 帝国劇場(東京)
・11月28日(火)~12月10日(日) 梅田芸術劇場 メインホール(大阪)
★東京 ぴあ半館貸切公演★
10/25(水)18:00、11/11(土)17:00、11/13(月)18:00