■音楽劇『ライムライト』vol.2■
チャップリンの名作が舞台の上に蘇る...。
不朽の名作映画『ライムライト』が世界で初めて、音楽劇として舞台化されます。
落ちぶれた老芸人カルヴェロと、足が動かなくなった若きバレリーナ・テリーの心の交流を中心に、1914年ロンドンの世相、舞台人たちの舞台へかける思い...等々が描かれていく、美しい物語。
この物語を紡ぎだすのは、演出家・荻田浩一と、8人の俳優たち。
チャップリンが演じたカルヴェロは石丸幹二、テリーは野々すみ花。
さらに良知真次、吉野圭吾、植本潤、保坂知寿、佐藤洋介、舞城のどか という確かな技術を持つベテランが揃います。
今回は、先日お伝えした<顔寄せ>のあとに行われた<本読み稽古>の模様をお届けします。
稽古は荻田さんを囲み、こんなスタイルで行われていました。
キャストの皆さんが揃って、頭から脚本を読み合わせていくという作業。
物語全編が俳優さんの声で語られる、最初の機会です。
だいたいどの作品でも稽古初期段階で本読みというのは行われますが、そのスタイルはさまざま。
ひたすらせりふを読み進めていく稽古場も多いですが、荻田さんの場合は、どんどん止めて解説や状況説明が入り、時には「こんな風に」と演出も入っていくようです。
こちらがその、演出・荻田浩一さん。
最初に、そして稽古中何度も「これはミュージカルではなく、音楽劇です」と話します。
おそらく綺麗に歌うことよりも、芝居であることに重点を置く...ということでしょうか。
重ねて、「音の中でも動きや出ハケがある」というようなことも。
さて、舞台は1914年のロンドンです。
荻田さんからは「大都会なのに、8人しかいません(笑)。石丸さんと野々さんはずっとカルヴェロとテリーなので、実質6人ですね。ロンドン100万の民衆を、6人で演じてもらいます」という宣言が。
そして「細かい部分で誰がどの役をやるのかは、その場で決めていきますね」「皆さんは<一座の人>みたいな感じ。基本的にずっと舞台上にいてもらい、『舞台上はこの役を演じています』といった風にみせていきます」というような話から、少しずつ、どんな舞台になるのか、輪郭が見えてくるようです。
石丸幹二さんが演じるカルヴェロは、かつて喜劇俳優として大名声を得ていたものの、今は落ちぶれ仕事にもほとんどありつけていない老芸人。
昔の仲間たちからも同情の目が向けられていて、物悲しい。
そんな石丸カルヴェロに、荻田さんはさっそく、「だいたいカンペキ」の言葉!
ちなみに荻田さんと石丸さんは初顔合わせ、だそう。
本読みの段階からすでに、荻野清子さんの生演奏付き!
荻田さんからは「このセリフは、音楽にかぶせて」「ここは一度(歌ではなく)セリフとして読みましょう」というような音楽と絡む指示もどんどん出ます。
さらに荻野さんへも、「ここは前奏をもう一度繰り返してください」等々、ドシドシ要求が。
さて、ロンドン100万の民衆を演じてくキャストの皆さんですが、保坂知寿さんは、冒頭早々コメディエンヌっぷりを炸裂!
ここで演じているのはカルヴェロの住むフラットの家主・オルソップさん。
口うるさい下宿のおかみさん...といった風で、ずけずけと部屋に踏み込んでくるタイプの女性ですが、それがまた絶妙の"濃い"キャラクターです。
荻田さんは、登場人物たちを「現代の人より、生命力が強いものとして作ってほしい」とのこと。
いわく、感情のふり幅が大きく、だがあっけらかんとしている...と。
コミカルに作ろうとする必要はないけれど、それが結果、コミカルに見えてしまってもかまわない、とのことでした。
保坂さんはそんな荻田さんの演出どおり、なかなか失礼な物言いでありながらイヤミな感じはしない、起こった状況に深く考えずに即座に反応してしまっているだけで、むしろ心優しい部分も垣間見える...という女性をすでに造形していました。
ちなみにこちらのカットは別のワンシーン。石丸カルヴェロと同じ舞台上に立つ女優、という役どころの保坂さん。
台本を目の前にしながらの本読みですが、すでに丁々発止のやりとりで、さすが共演経験が豊富な石丸さん&保坂さんだなあ、という感じです!
そして取材していたシーンの中で、吉野圭吾さんが演じていた主だった役はこちら、ポスタント氏。
ミュージック・ホールのチェアマンです。
舞台のMC...といったような存在でしょうか?
「お客さまはどこから来られたんですか?」と客席とコミュニケーションをとっていくというような役を、さすが吉野さんといった感じで、軽妙に軽快に演じていきます!
うーん、ピッタリ。
ここのシーンの荻田さんの説明もとても面白かったので少しご紹介します。
「ミュージック・ホールというと、ヴォードヴィル(喜劇)をやる劇場なので、どうしても日本人は浅草の劇場や末広亭をイメージしがちですが(笑)。ものすごく大きな劇場なんですよね。さまざまなエンターテインメントがかかる、総合舞台の最高峰。ここに出られる芸人は誇りを持っていますので、そのことは念頭に置いてください」と話します。
脚本の大野裕之さんからも、「『オペラ座の怪人』を上演しているハー・マジェスティーズ・シアターも、元はミュージック・ホール」という解説が。
日本で言えば、日劇とか、そんなかんじ?
場末の劇場ではない、選ばれし人たちのステージなのですね。
一方で、とはいえ「基本、"芸人"の話」とのことで、吉野さんには「昭和の芸人のインチキ臭さ、陽気さを」とのリクエストが。
加えて、トニー谷さんとか!というような具体的な名前も上がります。
この時は同じシーンを3回繰り返していましたが、吉野さん、都度"芸人の誰々風"な演技をしていたようで、通すたびにしゃべり方も雰囲気もまったく違うポスタントで、共演の皆さんから笑いが起こっていました。
さて、その舞台上でカルヴェロは「いわし」の芸をします。
石丸さん、身振り手振りが入っての熱演・熱唱!
いかにもチャップリンな、山高帽にステッキ、の姿も見られそうな予感がありますが、荻田さんいわく「ベタベタのものを作りましょう。その上で、おしゃれにしていきましょう」とのことでしたので、このシーン、どんな風になるのかお楽しみに!
脚が動かなくなり、そのことを嘆き自殺を試みたバレリーナ、テリーは野々すみ花さん。
そこをカルヴェロが助け、自室に置いています。
野々さん、涼やかな声が美しい。ノスタルジックな世界観にぴったり。
舞台で生きるもの同士であり、その舞台で同じく挫折をしたふたりは、次第に心を通わせていきますが、まだここは最初のシーン。その関係性を、荻田さんは詩情豊かな素敵な言葉で説明を重ね、繊細に作り上げていきます。
「行き場のないふたりが出会ってしまった」
「同情より共感の方が強い」
「カルヴェロは"うっかり"テリーを助けてしまった。でも世話は焼く、熱心に看病しようとする。テリーは外の世界をシャットアウトしている。その隙間の開け方の変化を、1幕では出していきましょう」...。
そんな話を真剣に聞いている石丸さんと野々さん。
そしてシリアスなふたりの出会いでしたが、「テリーは1910年代に、ひとりで生活していこうという娘。覚悟と冒険心がある。ある意味後先考えない子で、突発的に動く。あまり賢く作らないで」という話などにも、いちいちなるほど、と思わされる、荻田さんの説明なのです。
さすが演技巧者のおふたりは、本読みの段階でもう、素敵で自然な空気感です。
舞城のどかさんは、この取材をしていたシーンでは、舞台女優の役などを。
そして植本潤さんは、カルヴェロのマネージャー、レッドファーン氏などを演じていました。
このレッドファーンと舞城さん扮する女優が言葉を交わすほんのワンシーンの演出もとても印象的。
呼び出したカルヴェロを待たせたまま、レッドファーンは女優と打ち合わせをしていて、約束の時間を3時間も過ぎていた...というようなシーンなのですが、「それだけこの女優が気に入ってしまったんだよね。3時間ずっと彼女と話していたんだよ。レッドファーンさんは本当はもっと彼女と話をしていたいし、彼女はうんざりしているはず」と次のシーンから逆算して、このシーンを構築します。
その説明で植本さん、舞城さんの演技もガラリと変わる鮮やかさ!
しかもここ、荻田さん自身「一瞬芸」と表現した、本当に一瞬のシーン。荻田さんの台本の読み込みの深さ、スゴイ。
またレッドファーンさんの役作りに関しても、落ちぶれた老芸人に辛くあたるようなセリフばかりですが「でも本当に怖い、厳しい人なら、もうカルヴェロのことを見切っているはずだよね。まだ彼の面倒を見ているということだから...」という荻田さんの言葉は、もう隅から隅まで「なるほど!」なのでした。
そして即座にその演出に反応してキャラクターを作り上げる植本さんも、スゴイのです。
こちらは佐藤洋介さん。
おそらく重要なポジションで、ダンサーとして魅せてくれそうです!
良知真次さんもまた、彼のメインの役どころであるピアニスト・ネヴィルはこの取材時間中登場しませんでしたが、ほかにもさまざまな役を演じています。
印象的だったのは、戦争に突入することを告げる新聞売りを演じたシーン。
大事件勃発!といった風に深刻な声を上げる良知さんに「事件を告げに来た政府の人じゃないんだから。新聞売りは、新聞を売りたいんだよ」と荻田さん。
うーん、これまた、なるほど。
良知さんも苦笑しながら納得、の表情でした。
本読み稽古からすでに、表にセリフとして表れてきているもの以上の、膨大な背景を俳優陣に伝えていく荻田さんの細かい説明で、物語がどんどん豊かになっていくのがわかりました。
これは、素敵な作品誕生の予感がします...!
取材・文・撮影:平野祥恵(ぴあ)
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