清水邦夫氏の傑作戯曲『楽屋 -流れ去るものはやがてなつかしき-』 が1月17日より浅草九劇にて上演中だ。
1977年の初演より、様々な演出家・キャストで上演を重ねている"女優4人芝居"を、男優のみで上演する話題の舞台。
これまで数多の名女優たちが演じてきた"女優"役には、伊藤裕一・伊勢大貴・大高洋夫、そして佐藤アツヒロが挑んでいる。
本作のオフィシャルレポートをお届けします。
男優4人が密やかに大胆に演じる"女優たちの物語"
伊藤裕一、伊勢大貴、大高洋夫、佐藤アツヒロが出演する舞台『楽屋 ―流れ去るものはやがてなつかしき―』が1月17日、浅草九劇で開幕した。演出は西森英行。
"日本で最も上演されている戯曲"とも言われる、清水邦夫の傑作戯曲『楽屋』。誰が数えたかその真偽のほどは定かではないが、2016年には18団体がそれぞれにこの作品を上演する「楽屋フェスティバル」なども開催されるほど、演劇人に愛されている戯曲であることは間違いない。登場するのは、楽屋でブラックな会話をあけすけにしている女優Aと女優B、上演中の舞台作品『かもめ』のヒロイン役の女優C、長年Cのプロンプターを務めていた女優D。つまり、女優4人の会話劇である。これまでも錚々たる女優たちが挑んできたこの作品を、今回はオールメールで上演するというのが注目ポイントだ。
▽ 伊藤裕一
▽ 伊勢大貴
▽ 大高洋夫
その枠組みで上演するにあたり、西森は今回、単純に"男性が女性を演じる"という見せ方ではなく、ひとつの仕掛けを用意した。冒頭に差し込まれた光景でまず観客に突きつけられるそれは、登場する彼女らがトランスジェンダーらしい、ということ。これにより俳優たちは、自らの肉体が持つ性のまま、女優を演じることになる。もともと女優という職業に取り付かれた彼女らの執念、女優であることの性(さが)などが浮き彫りになることで、滑稽さと哀愁が背中合わせになって滲み出てくる戯曲であるが、彼女らがトランスジェンダーであることによって、その"滑稽さと哀愁"がより色濃くなる。身体と心が揃って女性ではなかったからこそ、女優であることに必死に縋りつく。「私たちは女優よ!」という切々たる思いが言外に聞こえてくるようだ。
とはいえ、進行していく彼女らの会話は軽快で痛快、『楽屋』ってこんなに笑える作品だっけ、と思うほどの可笑しさだ。女優Aに扮する大高洋夫、女優Bの佐藤アツヒロの両名は、掛け合いのテンポのよさ、抜群の間合いでぐいぐい観る者をひきつけていく。底意地の悪い嫌味や口汚く悪態をついてさえ可愛らしく思えるのは、ふたりの俳優としての技術の高さゆえだろう。女優Dを演じる伊勢大貴は"不思議ちゃん"といった役どころを絶妙な苛立たしさと味のある可愛らしさで好演。登場と同時に一気に場の空気の流れを変えていくDを自然体で演じた。そしてみんなが憧れる『かもめ』のニーナ役を手にしている女優C・伊藤裕一の存在が印象的だ。AとBに振り回され癇癪を起こす表情は笑いを誘うし、役を手にしている自尊心やプライドの高さなどはいかにも女優然としている。だが何より秀逸なのがCの現在進行形の恋愛の切なさが伝わってくるところ。終盤、『かもめ』のセリフをCが暗誦する場面は、もとの台本をいじることなくその恋心を生み出した西森演出の巧みさと、伊藤の演技力があわさり、名シーンが誕生した。
会場は浅草九劇という、客席100人ほどの小さな劇場。しかも客席が舞台の四方を取り囲む作りは圧迫感があり、密室性がある。彼女らがいる楽屋だけが宇宙のどこかにぽつんと浮かび上がっているかのような、そんな密やかな世界観の中で生と死が混ざり合う、不思議な空間。可笑しくて賑やか、でも観終わったとき、心のどこかに静謐さが広がる。名作『楽屋』の上演史に、新たな1ページが加わったことは間違いない。 (取材・文:山岡祥)
【公演情報】
1月17日(金)~2月2日(日) 浅草九劇(東京)