野田秀樹が作・演出を務め、2017年8月に歌舞伎座で上演された歌舞伎『野田版 桜の森の満開の下』がシネマ歌舞伎として4月5日より全国公開された。
公開後、ほどなくして東銀座の東劇を訪ねた。
客席は年配の女性を中心に比較的埋まっている。
若い男女や男性の姿も見られ、客層は広い印象だ。
本作はもともとは現代劇だ。
坂口安吾の小説『桜の森の満開の下』と『夜長姫と耳男』を下敷きに野田秀樹が書き下ろし、1989年、当時野田が率いていた劇団夢の遊眠社の第37回公演として『贋作 桜の森の満開の下』という題で初演された。
その後、1992年に同劇団が再演、2001年にキャストを一新して新国立劇場で再演、昨年2018年にはNODA・MAP第22回公演として野田が芸術監督を務める東京芸術劇場のほか、パリ国立シャイヨー劇場でも上演されるなど、野田作品の中でも屈指の人気作品だ。
その『桜の森~』をいつか歌舞伎にしようと野田と話をしていたのが十八世中村勘三郎。
勘三郎と野田は1955年生まれの同い年だったこともあり、ふたりが30代のころに出会ってからすっかり意気投合。
野田作品を歌舞伎として上演したいと考えていた勘三郎(当時勘九郎)からの依頼で、野田が初めて歌舞伎の台本を書き下ろしたのが2001年8月に上演した『野田版 研辰の討たれ』だ。
この時の思い出を野田はこう語っている。
「勘三郎と私は、突然怖くなった。
浮かれてこの芝居を作ってしまったけれど、本当に大丈夫か?
四十代半ばだ った私たちが突然半分涙目になるほど、大きな犯罪をやってしまった共犯者の気持ちになった。
初日の舞台が終わっ た。
ありえないことが起こった。
かつて歌舞伎座でおこったことのないスタンディングオベイションが起こったのだ。
その時 の興奮を、私たちは今でも忘れない」
(シネマ歌舞伎『野田版 研辰の討たれ』プログラムより一部抜粋)
『研辰』での成功を機に、野田と勘三郎は『野田版 鼠小僧』(2003年 8月・2009年12月歌舞伎座)、『野田版 愛陀姫』(2008年8 月歌舞伎座)と4本の歌舞伎作品を創り上げた。
だが、志半ば、勘三郎は2012年12月にこの世を去った。
それから5年、勘三郎の息子たち、勘九郎と七之助が野田とタッグを組み『野田版 桜の森の満開の下』を歌舞伎として上演。
圧倒的に美しく、恐ろしいほど妖しい世界観が歌舞伎の様式と見事にマッチし、観客はたちまち魅了され、舞台は大成功を収めた。
前置きが長くなったが、『桜の森~』という作品は携わった人々の思いが深い分、スクリーン上映が果たして期待したような仕上がりになっているのか......一抹の不安も感じなかったといえばうそになる。
だが、そんな心配はまったくの杞憂だった。
鑑賞後の感想はただ一言、「素晴らしかった!」
映画のようなカット割りが物語をより際立たせてくれたようにも感じたし、俳優の表情や衣裳の美しさをアップで確認できたり、クリアな音声は映像ならではのメリットだ。
さらに、舞台の上部から照らすライティングが観れたのは収穫だった。
前半は、無駄にイケメンな七代目染五郎や、魔性の微笑を使い分ける七之助、モノマネをちょいちょい挟む猿弥など、小ネタから細かい芝居までをたっぷり堪能。
中盤から後半にかけては、セリフの中に散りばめられていた言葉がやがてひとつの線となり、世界となり、圧倒的なパワーとなって客席を包んでいくような感覚を覚えた。
新元号まであと半月の今だからこそ、"クニヅクリ"という言葉に込められた思いを感じずにはいられない。
鬼とは果たして何者なのか?
"マナコ"を見開き、真に見るべきものは何か?
平成が終わる前に、ぜひとも観て欲しい。
シネマ歌舞伎『野田版 桜の森の満開の下』公開に向けてのコメント
◇薨(みまか)りし後の夢◇
『野田版 桜の森の満開の下』がシネマ歌舞伎に登場するにあたっては、世紀に跨る物語がある。
前世紀、1998年の正月、故中村勘三郎と、歌舞伎の新作ができないものかと、ワークショップをやった。
その際に、歌舞伎役者らが、私の現代劇『贋作・桜の森の満開の下』をベイスに何らかの形を作り、現代劇の役者らが木村錦花作『研辰の討たれ』を何らかの形にした。
その時は、どちらもまだまだ歌舞伎にできるような代物にはならなかったが、それでもその時に得た手応えから、換骨奪胎した2001年の『野田版 研辰の討たれ』が生まれた。
勘三郎とはその後、いつか『桜の森の満開の下』も歌舞伎にしようと話していた。
その夢叶わぬままに勘三郎は「薨(みまか)」ることとなった。
その「死」の上に乗っていた「夢」が、形になったのが去年の夏だ。
勘三郎は、世を去る数年前
「シネマ歌舞伎の『野田版 鼠小僧』、見た?それが思いのほかいいのよ。あれはあれで一つの形だよ」
と情熱たっぷりに話していた。
このシネマ歌舞伎『野田版 桜の森の満開の下』には、一見、勘三郎は何一つ関わってはいない。
だがその根底には、彼が歌舞伎に賭け続けた情熱がある。世紀に跨る彼の歌舞伎への熱量でここに生まれている。
野田秀樹
【あらすじ】
深い深い桜の森。時は天智天皇が治める時代。ヒ ダの王家の王の下に、三人のヒダの匠の名人が集 められる。その名は、耳男、マナコ、そしてオオアマ。 ヒダの王は三人に、娘である夜長姫と早寝姫を守 る仏像の彫刻を競い合うことを命じるが、実は三人 はそれぞれ素性を隠し、名人の身分を偽っている のだった。
そんな三人に与えられた期限は 3 年、夜長姫の 16 歳の正月まで。やがて 3 年の月日が経ち、三人 が仏像を完成させたとき、それぞれの思惑が交錯 し...。
【配役】
耳男・・・中村勘九郎
オオアマ・・・市川染五郎(現:松本幸四郎)
夜長姫・・・中村七之助
早寝姫・・・中村梅枝
ハンニャ・・・坂東巳之助
アナマロ・・・坂東新悟
ビッコの女・・・中村児太郎
左カタメ・・・中村虎之介
右カタメ・・・市川弘太郎
エナコ・・・中村芝のぶ
マネマロ・・・中村梅花
青名人・・・中村吉之丞
マナコ・・・市川猿弥
赤名人・・・片岡亀蔵
エンマ・・・坂東彌十郎
ヒダの王・・・中村扇雀
上映の詳細は公式HPに記載
https://www.shochiku.co.jp/cinemakabuki/lineup/40/