人気作家・皆川博子の『二人阿国』(新潮社刊)を、歌やダンス、舞踊、殺陣でミュージカル化する『ふたり阿国』。"かぶき踊り"を創り、そのカリスマ性で民衆に絶大な人気を誇った美女・阿国(おくに)を元星組トップスターの北翔海莉が、阿国にあこがれと憎しみを抱きつつ"二代目おくに"を名乗る少女・お丹をAKB48の峯岸みなみが演じる話題作です。
「明治座にずっとあこがれていた」という北翔は、待望の明治座初出演にして、初座長! 稽古が始まったばかりの2月下旬、おあか役の桜一花とお菊役の鳳翔大という宝塚OGの3人がそろった稽古場に潜入しました。
この日は歌のみの稽古ということで、稽古場に置かれたピアノの前に、北翔、桜、鳳翔が並んでスタンバイ。......と思いきや、手にした楽譜から話はあちこちに飛んで、尽きることがない様子。それもそのはず、北翔と鳳翔は宙組時代を共に過ごし、鳳翔が新人公演で北翔の役を演じた時には「私が出来なさすぎて(笑)、手取り足取り全部教えてくださった」(鳳翔)という仲。一方、元花組の桜は北翔とは音楽学校の予科本科の仲で、北翔が専科時代に特別出演した花組の「オーシャンズ11」や「エリザベート」で共演し、「ずっとご縁を感じていた」(桜)とか。さらにその桜と鳳翔も以前からメールで連絡を取り合っていたそうです。
歌稽古を指導するのは、作曲と音楽監督担当の玉麻尚一。宝塚の作品でもおなじみなだけに、ついには玉麻も加わって、ポンポンとにぎやかなやりとりが続きます。そのなごやかな空気のまま、歌稽古は始まりました。
まずは、このミュージカルの冒頭の曲「河原者、威風堂々!」。本作のモチーフになっている芸人たちのパワーや勢いを表す曲で、力強いメロディが印象的。やはり芸人で、お丹の義理の母・おあかを演じる桜も、美しいソプラノながら芯の強さを感じさせる歌声で、いさましく歌い上げていきます。
次は、北翔が演じる阿国と鳳翔が扮するお菊たちの"阿国一座"が歌う、「踊ろよ人生」。阿国の歌に、お菊たちが合いの手を入れていく曲で、阿国の人気ぶりやカリスマ性に民衆が熱狂的に盛り上がってゆく、ドラマチックなナンバーです。
ミュージカル界屈指の歌唱力といわれる北翔だけに、次々に変わる曲調をものともせず、気持ち良さそうに歌いこなしていくのはさすが。阿国の強さ、柔らかさ、切なさなど、さまざまな表情が次々に現れ、緩急をつけて盛り上げていく鳳翔ともども、稽古を始めたばかりとは思えないほどの迫力! 本番ではどこまで仕上がってしまうのか、期待が高まります。
北翔は疲れた様子もなく、続けてソロ「ハレルヤ! ゼス キリシト」の稽古がスタート。これは大津城(安土桃山時代に近江国にあった城)で、いくさで疲れた武士や百姓の士気を上げるために阿国が歌う曲だそう。本ミュージカルではさまざまな音楽が登場しますが、この曲は、なんとゴスペル風! 全身でリズムをとりながら壮大な愛を歌う北翔の声に、後ろで控えている桜と鳳翔も思わず乗りながら手拍子を。玉麻が「最後はカッコイイ女性シンガーのように歌い上げて」と指示すると、北翔はいろいろなやり方でやってみせ、思わず取材陣が拍手してしまうひとコマも。このシーンでは、ナマの舞台ならではの盛り上がりが楽しめそうです。
この日の最後は、お丹(峯岸)のほか同じ「笠屋舞一座」の笠屋犬太夫(モト冬樹)、こふめ(雅原慶)、おあか(桜)らが、北野天満宮の勧進を取り仕切る松梅院(伊藤裕一)に、勧進の許しを請う曲「舞より踊りがみたいんや」。洛中に戻ってきた一座が必死にお願いするものの、結局、後から来た「阿国一座」しか勧進を許されないという、コミカルな1曲です。
稽古はワルツ調のメロディが展開するなか、最初は桜が、途中から北翔と鳳翔が参加して進みました。松梅院の前でしおらしげに「洛中に戻って参りました」と歌い始めるおあか(桜)ですが、玉麻から「母親像が伝わるように」「大きな風呂敷のような存在感で」「でも声は低すぎずに」など次々に指示が飛んで微調整を。その都度、歌う声音を絶妙に変えてゆく桜に、引き込まれていく取材陣。宝塚時代は可憐な娘役はもちろん、子役から老け役、妖艶な女性の役まで、確かな演技力で名場面を残した桜だけに、改めて芝居の部分も期待充分です。
また、松梅院役の伊藤は、これが初めてのミュージカル出演。実は稽古場の隅で北翔らの歌稽古を見学していたのですが、玉麻に引っ張り出され、急きょ3人の相手をすることに。最初は戸惑っていた伊藤も、北翔らの歌に乗ってかけあいに応じるうちに、次第にコツをつかんだ様子。堂々と、しかしどこかコミカルに松梅院を演じて、北翔らの笑いを誘っていました。
ところで、稽古の合間はやっぱり話が止まらない北翔たち。ポスター撮影の時の話になり、「真っ赤なルージュは初めてつけた」という北翔に、「強さがありつつ綺麗で......カルメンみたいだなって」と鳳翔が印象を伝えるなど、元男役の2人は、メイクや衣装も気になる様子。スラリとした長身と美貌で人気の鳳翔ですが、芸人兼踊り子でもある艶やかなお菊役は挑戦なのだとか。「武芸に秀でていると聞いて少しホッとしたんですが、私が懐剣を持つとバターナイフみたいになっちゃうから、ぜひ日本刀で!」と心配する鳳翔に、北翔と桜は大笑い。華と実力に、チームワークも加わった本作。明治座の和風ミュージカルとしては平成ラストを飾るその本番が、今から楽しみな稽古場取材となりました。
取材・文/佐藤さくら
撮影/川野結李歌