キャラメルボックスの鍛治本大樹さんが気になる公演をチョイスして、稽古場からレポートをお届けする不定期連載【鍛治本大樹の稽古場探訪記】。
第3回目は『BLUE/ORANGE』です。
今回は『BLUE/ORANGE』の稽古場にお邪魔した。
イギリスの劇作家Joe Penhall氏の作品で、日本では2010年に初演され、今春、千葉哲也さんの演出で9年ぶりに再演される。
物語の舞台はロンドンの精神病院。
境界性人格障害患者でアフリカ系の青年クリストファーが、翌日に退院を控えている中、研修医ブルースが彼の状態に不安を覚え、退院に待ったをかける。
退院したいクリスとさせたくないブルース、予定どおり退院させたい医師のロバート――。
3人の思惑がぶつかるスリリングな会話劇だ。
稽古場を見学させてもらうことが決まってから、僕はワクワクが止まらなかった。
その理由は3つある。
鍛治本大樹
◎理由その1
千葉哲也さんの演出
今では数々の舞台で演出を手掛けていらっしゃる千葉さん。
でも、僕の中では役者である千葉さんへの憧れが強くある。
実は以前、ドラマでご一緒したことがある。
本当に一瞬だったけれども、目の前で見た千葉さんのお芝居にとても感動した。
そして、同時にとても緊張した。
千葉さんと同じくらい高いレベルのお芝居をしないといけないような、共演者に求める水準も高いのでは...... と勝手に感じていたからだ。
役者である千葉さんが、どんな演出をされるのか?
稽古場ではどんな様子なのか?
しかも、演出だけではなく出演もされている。
きっとハイレベルな稽古が展開されているに違いないと、興味津々だった。
千葉哲也
◎理由その2
成河さん
何を隠そう、僕は成河さんの大ファンだ。
お芝居を始めたばかりのころ、中野の小劇場で成河さんの舞台を観てとてつもない衝撃を受けた。
絶対的に安全な客席に座っているはずなのに、恐怖を感じる......。
それぐらい成河さんのお芝居の迫力に圧倒され、荒々しい感情がこちら側にも迫ってきた。
それ以来ずっと、成河さんは僕の目標であり、憧れの存在だ。
成河
◎理由その3
3人芝居
僕は少人数のお芝居が好きだ。
登場人物が少ないということは、一人ひとりが背負わなければいけないウェイトが大きくなる。
当然、役者自身の地力が試される気がする。
濃密な劇空間を創り上げていく瞬間を目撃できる!
しかも憧れの人たちのお芝居を間近で観ることができる、贅沢この上ない機会だと思った。
逸る気持を抑えつつ、3月某日、稽古場へお邪魔した。
稽古は2幕の千葉さんが演じるロバートと章平さん演じるクリスのふたりのシーンから始まった。
ロバートは自分の保身の為、クリスの退院を確実なものにしようと言葉巧みに、クリスに話しかける。
病院が舞台ということもあり、難解な台詞もある。
千葉さんは、台詞を発し、相手の台詞を受けながら、没入し過ぎずにシーンを進めているように僕には見えた。
役者としてそこに居るだけではなく、演出家としての脳を働かせながら、思考を行ったり来たりしているのかもしれない。
千葉さんのお芝居を見ていると、嘘が少ないように感じる。
とにかく「フラット」なのだ。
役者として「この台詞をどうしよう、こう言おう」ということではなく、人物としてその場で呼吸をして、存在している。
千葉さんの呼吸には一切の無理がない。
登場人物であるロバートを演じる千葉さん、そして演出家としての千葉さん。
それぞれの役割を担うことができるのも、呼吸に無理がないからじゃないだろうか。
そして、僕が勝手に抱いていた「共演者にも高い水準を求めるのでは?」という印象は全くもって間違いだったと思い知らされた。
求めるのではなく、なんでも受け入れて反応出来るのだ!
クリス役の章平さんが繰り出す、非常に力強いアプローチを的確に受け止め、返していく姿が見ていて気持ちがいい。なんて度量の広い人なんだろう!
章平
2幕を通したところでいったん終わり、千葉さんが気になったところを話し始める。
演出家として考えているのかな?そう思ってみていると、成河さん、そして章平さんも積極的に意見を出している。
皆でアイディアを話し合いながら作っていくこの空気は、演出が俳優である千葉さんだということが大きいのかもしれないと思った。
続いての稽古は、成河さん演じるブルースと千葉さん演じるロバートのふたりのシーン。
退院させるさせないで、上司と部下の立場ながら激しい議論が展開する。
登場人物同士としては当然緊張感がある場面だが、役者同士のやりとりとしては楽しさも垣間見える。
「まだ台詞がおぼつかないよー」と弱音をこぼす千葉さんに、台詞の間違いにもいちいち反応して、返していく成河さん。
千葉さんのお芝居に嘘がない、ということに近いけれど、成河さんもどこまでもお芝居と自分と他者に対して誠実なんだと思った。
成河さんを見ていると、"無理な芝居"が一切感じられない。
役者の性として(例えば考え過ぎて)無理な芝居をする愚行に走ってしまうことがある。
みんながそうではないだろうけど、僕にはある。そして、それは大抵の場合失敗に終わる......
成河さんは、ただ誠実に、自分と自分が担っている登場人物の内側にあるマグマのような感情を発見し、育てていく作業を淡々と実践しているように見えた。
そうやって形成された登場人物は、怒る時にたとえ声を荒げなかったとしても迫力が伝わってくる。
ブルースの正義感溢れる側面と、自分の保身、憤り、戸惑い。
とても複雑に絡み合ったキャラクターと状況を文字通り「体現」していた。
初演では、ブルースを千葉さん、クリストファーを成河さんが演じたが、今回の舞台では役どころを変え、章平さんが初参加でクリストファーを演じる。
恥ずかしながら、章平さんのお芝居を拝見したことがなかったのだが、稽古場で彼のお芝居をみて、一瞬でその力強さに魅了された。
聞けば、成河さんが章平さんをこのカンパニーに誘ったそうだが、初参加とは思えないほどの存在感で、3人のバランスがピタリと嵌っていた。
この日の稽古終わりに、少しだけ千葉さんにお話しを伺った。
鍛治本:初演に引き続き、演出とご自身で出演もされていますが、演出はどのように作られたんですか?
千葉:自分が出ている幕については一回代役入れているんです。そこで演出つけて、大体の位置を決めて。
あとは話し合いながらですね。みんなとこのシーンはこういうロジックでこういう方向にしたいんだけどって共有して。
日々、朝礼をやっているんで、台本読んでて疑問に思ったことはないだろうか、とか結構話し合っているんですよ。
鍛治本:役者と演出家としての視点はどのように切り替えてらっしゃるのでしょうか?
千葉:演じている時に、「この人の位置はここがいいんだっけ?」とか考えちゃうとダメですね。
今日でこのシーンは3回目ですけど、それくらい繰り返していかないと俳優モードに入っていかないんですよ。
それまでは、作品の構成とか方向性とかを話し合って、最終的にはある種のリングみたいになってくれればいいんですけどね。
鍛治本:今回のステージは両側に客席があるので、まさにリングのようですね。
千葉:ざっくり位置は決めてますけれども、これが解体されちゃっても問題がないようになればいいなと思ってます。
鍛治本:ところで、千葉さんが演出を始められたキッカケって何ですか?
千葉:これ、よく聞かれるんですけど、演出がやりたいわけじゃなかったんですよ(笑)。
たまたまとあるカンパニーの演出を「一回だけですよ」って引き受けたのが始まりです。
その作品で、読売演劇大賞をいただいたりしたのがきっかけで、いまは演出の仕事が増えてきてるんですけどね。
でも本当は、役者に専念したいんですよ。
で、こういう企画を作ったわけです。
鍛治本:初演時のことはやりながら思い返したりしてるんですか?
千葉:まったく忘れてます(笑)。
今も作りながら、「あー、やってたね、こんなこと」みたいなことありますよ。
今回は俳優も違うし、翻訳(小川絵梨子の新訳)も変えて新作にしてみようって話になって。
だから台詞も全部一から覚え直して、そういう意味ではまったく新作の感じですね。
ただ、前の作品のロジックみたいなものはなんとなく理解してたんで、そこは助かってますね。
鍛治本:もともと役者さんである千葉さん、演出家として役者に一番求めるものってなんですか?
千葉:役者だと、どうやって演じるかとか、どういう役にしようかってすごく考えるんですけど、演出をはじめてからは、この作品って、このシーンでどういうことが行われているのかってことを中心に考えていくようになりましたね。
そうすると、たとえどんなに小さな役でもそれが必要だとわかるようになるし、このシーンで一番大きく言いたいことは何か、僕たちが一番主張したい役のために、相手にバトンを渡していくという考えがより 一層感じる気がしますね。
例えば、以前は「狂う」芝居をどうやってやろうか考えてたんですけど、今はこう演じることによって、どういうパワーバランスが変わっていくだろうかという見方になったような気がします。
鍛治本:今日見てても綱引きというか......。
千葉:パワーゲームなんでね、これ自体が。
鍛治本:本番を楽しみにしています!
稽古場を観た感想は、難解な台詞が並ぶが、それに振り回されることなく、人間の芯の部分から表現しているように感じた。
役者の仕事は台詞を貰ってそれを喋ることに他ならないけど、それだけではない。
人間も他の動物と同じく言語外のコミュニケーションを無意識に取っている。
瞬き、呼吸の仕方、手の使い方、姿勢。
それを舞台上でも取りいれるにはどうしたらいいのか......僕自身常に考えている。
生身の自分を舞台上にさらけ出す覚悟のようなもの。
千葉さん、成河さん、章平さんには、その覚悟、力強さを感じた。
これこそ、演劇の醍醐味そのものなのだ。
登場人物3人の攻防と、演じる生身の役者同志のぶつかり合い。
早く舞台が観たい気持ちでいっぱいになった。
・・・・・・・・・・・・・・・【information】・・・・・・・・・・・・・・・
『BLUE/ORANGE』
3月29日(金) ~ 4月28日(日)
東京・DDD AOYAMA CROSS THEATER
アフタートークショー開催決定!
【開催公演】
4月7日(日) 13:00開演
4月14日(日) 13:00開演
4月21日(日) 13:00開演
【登壇者】
成河 千葉哲也 章平
※該当開催日時のチケットをお持ちのお客様はどなたでもご参加頂けます。
※ご参加の際は、必ずご自身のお席にお座り頂きますようお願いいたします。
※登壇者は予告なく変更になる可能性もございますので、予めご了承ください。
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★鍛治本大樹さんとキャラメルボックスのチケット情報★
▼鍛治本大樹さん
▼キャラメルボックス
2019スプリングツアー『スロウハイツの神様』
3月22日(金) ~ 3月31日(日) 東京・サンシャイン劇場
4月5日(金) ~ 4月7日(日) 大阪・サンケイホールブリーゼ