「ハイバイ」を結成して15年。家族の確執や自意識の問題など、個人の物語を書き続けてきた岩井秀人が、初めて本格的な音楽劇を上演する。描くのは、海のそばの町に生まれた同級生3人の人生のねじれと交わり。そこにどう音楽が混ざっていくのか。キャストの松尾スズキ、音楽の前野健太も顔を揃えて、その世界観を語り合った。
──まずは岩井さんから、初の音楽劇を上演しようと思われた経緯からお聞かせください。
岩井 もともとミュージカルを観るのは好きだったんですけど、『レ・ミゼラブル』とか『ミス・サイゴン』みたいに、ミュージカルは時代背景や世界観が大きなものを描くのに向いていると思っていたので、家族のことだったり、自分の身の回りの話を描くことが多い自分がやるのはきっと違うんだろうなと思っていたんです。でも、歌とか音楽って、そういう爆発力だけではなく、個人的なこと、一瞬よぎっただけの思い、そういった小さなことも拡大して届ける力もあるものだよなと思って。その視点からすると、僕がいつもやっていることも音楽にして広げられる可能性が大いにあるなと思ったんですよね。その視点を持てたのは、昨年、森山未來くんとマエケン(前野健太)と一緒に『なむはむだはむ』をやった影響が大きいと思います。あのとき、しゃべり言葉の演劇とミュージカルの間というか、いや、もっと全然関係ないところをうろうろさせてもらった気がして。音楽は鳴っているけど関係のない身体でいたり、好きなときに音楽にいけばよかったり、舞台上の身体とか居方がすごく自由に感じられたんです。だったら、モノローグの途中からスルッと歌に入っていくことも可能だし、歌からまたモノローグに戻っていくことも可能だし、それがダイアローグでも大丈夫だろうしと思って。また、歌って、視点がどこにでも飛んでいけるので、それは演劇としてすごい力になるなと思ったんですよね。
──そんな思いから始まった音楽劇のキャストに決まった松尾さん。話を聞いたときの感想は?
松尾 最初はもうちょっと気楽な感じで引き受けたんですよね。そしたら、松たか子さん、瑛太くんが共演だっていうじゃないですか。こんなピンで主役を張れる人たちがいるということは、「そうか、岩井くん、ちゃんとやる気なんだな。"なんちゃって音楽劇"じゃないんだな」と(笑)。俺、演出ではミュージカルをやったことがありますけど、演じ手としてはちゃんとした音楽をやったことないですからね。「おいおい大丈夫か」と思ってます(笑)。たぶん、最低1曲は歌うハメになるよね。
岩井 なりますね。
松尾 そうか......。でも、マエケンの歌だったら、そんなロックじゃないよね。
前野 ロックですよ(笑)。
松尾 そうか......。でも、しょぼーい感じで歌うロックでいいよね。
前野 そうです(笑)。
松尾 それに、さっき岩井くんがミュージカルっていうと大きな世界観のなかで歌が始まっていくイメージがあると言ってましたけど、フランスの昔のミュージカル映画の『シェルブールの雨傘』とか、日常会話からスッと歌に入ってみたいなのも、オシャレな感じがしていいなと思います。
岩井 だから、オシャレなんです。『シェルフ......シェルブール』みたいに(笑)。
松尾 だけど、あらすじをもらって読んだら、とてつもなく『シェルブール』ではなかった(笑)。
──音楽を担当される前野さんはどんなお気持ちですか。
前野 初めて岩井さんの舞台を観たときに、自分の好きな歌のようなものを感じたので、岩井さんが音楽劇をやるというのは、僕は全然違和感なかったんです。すでにセリフの中に歌詞があったというか、セリフが歌詞のようだと思ったというか。今回も、だから、岩井さんがセリフのような歌詞のようなものをすでに書いていて、岩井さん自身も曲を作れる人なので、2人でスタジオに入って一緒に作っていって、それを僕が整えるっていうようなことをしていますね。今のところは。これから先どうなっていくかわからないですけど。
岩井 シーンの構成はある程度決まっているので、各シーンにあたる歌のイメージと歌詞を持って......いやほとんどがまだ歌詞やセリフにもなっていない文章なんですけど、でも、その文章をマエケンが全部歌にしてくれるのでありがたいです。そうやって一緒にギャーギャー言いながらやってるんですけどね。
──前野さんが岩井さんの作品に感じた、「自分の好きな歌のような」部分っていうのは?
前野 僕は街に出て歌を作ることが多いんです。たとえば、ジャズ喫茶のママが言った言葉を、歌詞のように感じるときがあって、それをそのまま歌詞にしてしまうことがある。で、岩井さんもわりと、誰かの経験した話とかを舞台にされているので、やってることが近いなと感じたというか。すごく自分の好きな感じでしたね。
岩井 そうだね。実際に生きている人の話だったり、自分の生活の周りのことだったりするから。
前野 僕はほとんど自分で歌を書いてないような感触もあるんです。街の人の話をそのまま歌にしちゃうから、自分で書いてるような書いてないような不思議な感じ。そういう感じがすごく好きなんですね。
──その意味では、モノローグやダイアローグからスッと歌に入っていくというのもイメージできますね。「さあ今から歌います」というものとは全く違うものが生まれそうです。
岩井 そう。音楽が鳴ったから歌い出すんじゃなくて、その中間部分を味わいながら歌に向かっていけるようなものを、稽古場でも探っていこうと思うんですよね。2人で会話している最中に2人の何かが変化したということをピアノの人がちょっとずつ開いていって、それにつられて2人の何かが開いていくみたいな。人間同士が話していることがだんだん音楽になってそこから歌になっていったり、歌にならずに音だけで終わったり。気持ちが昂ぶって歌ってカタルシスを感じるということ以外の面白さが音楽にはいっぱいあると思うので、稽古場からいろんなことをやってみようと思っています。
前野 もしかしたら、歌っていう言葉の持つ意味が揺らぐものができるんじゃないかって、今のところはそんなふうに感じてますね。
──そして、そんな音楽を使って表現する内容については、先ほど松尾さんが『シェルブールの雨傘』ではなかったとおっしゃっていましたが。
松尾 ひどい話ですよね。これはどんどんひどいことになっていくんだろうなと思いましたけどね。
岩井 いつも通り取材を元に書いたんですけど、いるんですね、ひどい人生を送っている人が。長い付き合いの人なんですけど、聞いてみたら相当な人生を送ってきていて、追体験までは全然できないですけど、書いてみたいと思ったんです。で、その人生を聞いたのと、この(東京芸術劇場)プレイハウスで上演する企画に松尾さんが出てくれることが決まったのが同時みたいな感じだったので、松尾さんにぜひこの人生を演じてもらいたいと思って。ただ、松尾さんが言うように、今の段階ですでにひどい話だから、これ以上ひどくならないように注意しなくちゃなと僕も思ってます。俳優さんが悲劇に遭えば遭うほど面白くなると思ってよりひどいシーンを書いていく傾向が僕にはあるので(笑)。役じゃなくて俳優がひどい目に遭うようなことはしないでおこうと思ってます。
松尾 でも、この役、自分の出身地を彷彿とさせるところで生まれ育っていて、俺はわりと故郷に背を向けてきたのでやっぱり身構えてしまうんですよね。ま、その罪悪感からか、最近は積極的に故郷の仕事を受けるようにしてるんですけど(笑)。そうか、岩井くん、俺にこれを持ってきやがったか、っていうのはありますね。岩井くんはやっぱりタフなんだろうな。4年間引きこもっていられるって、やっぱりタフさがないと。
岩井 なるほど(笑)。
松尾 自分に暴力を振るっていたお父さんを自分で演じて、お父さんがしゃべっていた言葉を吐くとか(舞台『夫婦』)、俺にはほんとできないことだから。だから、岩井くんの舞台ということは、役に自分のことも乗っけていく作業になるんだろうなとは思ってますね。そういうある種の覚悟が必要というか。私服で舞台に出るみたいな飾れない感じを岩井くんの舞台からは感じていて、そういう体験を俺はあまりしたことがないから、そこですよね、話をもらって出てみたいと思ったのは。
──また、松尾さんと松たか子さん瑛太さんが同級生役だというのが驚きでしたが(笑)。
松尾 びっくりしましたね。
岩井 あ、そうですか? でも同級生です。
松尾 どう頑張ればいいのかがまずわからない(笑)。でも、岩井くんのお芝居は、おばあちゃんじゃない人が普通に、おばあちゃんですっていう記号の元に演じていたりするから、ま、そういうことなのかなと思いましたけどね。何歳くらいからやるんだろう。
岩井 8歳。
松尾・前野 ハハハハハ!
松尾 8歳か(笑)。8歳児ってどんな感じだろう。
岩井 全然変わらないでいいんですよ。8歳児でもいますから。松尾さんほどじゃないかもしれないですけど、「言ったほうがいいかな。でも言ったところでダメかもな」みたいな感じでちょっとあきらめて立ってる子が(笑)。だから、松尾さんのままでいいんです。しかも、それが8歳という設定だというだけで、哀愁が爆発的に伸びますから。
松尾 なるほどねぇ。
岩井 5円足りなくてみんなと同じものを買えなかった8歳の松尾さんが、ゆっくりと歌い出す。それに、松尾さんは自分のこととしては書けないっていうふうにおっしゃいますけど、松尾さんの作品に自分のことがかかってないわけがないというか。僕は勝手に松尾さんの作るものは、タイプは違うけど、自分のやっていることの何かにはとても近い気がしていますし。みんなもっと直接的に自分に近づいていいんじゃないかみたいなことを、いつも思ってるんです。僕はそこに興味があって、その人の雰囲気みたいなものを感じて作っていきたいので。
松尾 でも確かに、岩井くんと近いものを感じたことはあります。岩井くんが「やっかいな男」というエッセイに、「この世に自分しか主役はいなくて周りは書き割りだから感情がないと思っていた」みたいなことを書いていて、まさしく『世界は一人』だな、怖えーなと思ったんですけど(笑)、そういえば自分も子どもの頃、似たような世界観を持っていたなと。僕の場合は、世界はすべて神様が自分に見せている幻影だという妄想に取り憑かれて、騙されるかと思って生きてたんですけど。
岩井 いつぐらいの話ですか?
松尾 小学校3、4年生。哲学用語で言うと唯我論みたいな感じで、ある意味、『世界は一人』ですよね。
岩井 どうせ幻影だろと思って見てるわけですよね、他人を。ほら、そういう子どもいるじゃないですか(笑)。だから、今言ったように、今回も、その人にやってもらう意味のあることにしたいと思っているんです。僕が台本は書きますけど、その瞬間その瞬間、その人だったらどうリアクションするかっていうのを、できるところはそれぞれがチョイスしてほしいですし。歌に関しては難しいかもしれないですけど、それでも、曲を完成させてデモテープを渡して稽古までに練習してきてもらうということではなく、だいたいのコードやフレーズは決めてるけど、最終的には、稽古場で俳優さんたちと一緒に歌ってみながら決めていければいいなっていう気持ちがあるんですね。決まってないメロディーを歌うっていうことにはたぶんすごく抵抗あると思うんですけど、そこは僕とマエケンがまず盛大にひどい目に遭ってみせて(笑)、こういう遊びですっていうのを共有して、みんなでひどい時間を過ごしながら作っていければなと。みんな本当にそれぞれにムードを持っている人たちなので、それを活かしたいと思ってます。
前野 みんなそれぞれ、声にもう歌があるんですよね。
岩井 そう。それ。周りで聞いているとよくわかるんです。あと、そもそもみなさん、歌を聞いたことがある人たちをキャスティングしてますけど、良かったなと思うのは、みなさんがマエケンの言う"歌心"みたいなものをすごく感じる人たちだったっていうこと。
前野 だから、みなさんが僕と岩井さんが作った歌を歌ったときに、この人だったらこっちの言葉がいいだろうなとか、そういうのは当然出てきて、歌詞もメロディーも稽古しながらどんどん変わっていくと思うので、稽古が楽しみですね。
岩井 本番でも、『なむはむだはむ』じゃないですけど、「今日はちょっとあの歌やめようか」みたいな判断ができる雰囲気があるといいなと思いますね。そのとき我々はそう感じたんだからって。もちろんその"我々"を作るのは、時間も労力もかかることなんですけど。でも、楽譜に書いてあるから違和感あるけど変えないとか、そういう判断じゃないところで判断していく。その誠実さを持ってやっていけば、オリジナルのいい音楽劇ができると思ってるんです。
松尾 演じる側というのはどうしても、リズムや音程が気になるものなんですけど、やろうとしているのはそこではないだろうなと思うので、そういうところから自由になれたらいいなとは僕も思いますね。
岩井 もちろんカッチリ見せるミュージカルがあるからこそ、そこから外せるというところもあるんですが、観たことのないものになるとは思うので、ミュージカルが好きな人も、全く観たことがない人も、ぜひ来ていただけたらと思います。7人のキャストとマエケン率いるバンドだけという少人数ではありますけど、空間も観ている人の心も十分埋められるものを届けられると思うので。ぜひ!
松尾 岩井くんの新作というだけで気になりますしね。旧作をこねてこねて小出しにしてる男ですから(笑)。でも本当に、楽しい座組にしたいと思いますし。この期間はお芝居のことだけ考えられるようにしてあるので、じっくり楽しみたいと思っています。
前野 ここでしか聞けない歌が、俳優の方が歌う歌が、たくさん聞けると思うので、楽しみにしててほしいです。
──さっきの岩井さんの話からすると、もしかしたら、その日にしか聞けない歌もあるかもしれないですしね。演奏も自在な感じになっていくのかもしれませんね。
岩井 そうありたいですけどね。これからの稽古でそれを探っていきたいですね。
前野 お邪魔にならないようにしたいです(笑)。
岩井 そんなこと言い出した。邪魔しないようにって言い出すと、みんな最低限のことをだけをやるようになっちゃうんだからダメだよ。
松尾 公開説教だ(笑)。
前野 いやいや、こうやって言われたりしながら作っていけるのが、本当にうれしいんです(笑)。
岩井 とにかくやってみよう。
取材・文:大内弓子
写真:イシイノブミ
公演日程:2019年2月24日 (日) ~2019年3月17日 (日)
会場:東京芸術劇場 プレイハウス
作・演出:岩井秀人
音楽:前野健太
出演:松尾スズキ 松たか子 瑛太/
平田敦子 菅原永二 平原テツ 古川琴音
演奏:前野健太と世界は一人(Vo,Gt.前野健太、B.種石幸也、Pf.佐山こうた、Drs.小宮山純平)