いまから90年前、アイルランドを代表する劇作家ショーン・オケイシーが生み出した『The Silver Tassie 銀杯』。森新太郎演出のもと、11月9日(金)より世田谷パブリックシアターで上演されます。
10月中旬、稽古がスタートしておよそ1か月ほど経った稽古場を覗いてきました。
この作品は、第一次世界大戦のアイルランドを舞台にしています。優勝カップ(銀杯)を獲得した未来あるフットボール選手ハリーが戦争の犠牲となり、希望に満ちた人生が一変してしまう物語......と、あらすじだけを追うとずいぶんと重い印象を受けるかもしれません。しかし稽古場に足を踏み入れると、それはまったくの思い込みであることがわかります。
稽古場いっぱいにつくられたステージは、下手から上手へ向かって、かなりの傾斜がついています。「日常と戦争が地続きになっているさまを表現したかった」とは森さん談。手前から奥へと傾斜のある舞台はたまに見かけますが、左右で高さが異なると、立っているだけでもバランスをとるのに苦労しそう......。けれども俳優の皆さんはすでになじんだ様子で、自由に動き回っていました。
▽矢田悠祐
▽土屋佑壱
稽古場を訪れたときに行われていたのは、全4幕からなる物語のうち、2幕の終盤部分の稽古。この場でもっとも目を引いたのは等身大の人形たち! キャスト一人ひとりが、自分たちの背丈ほどもある大きな人形を操りながら歌っていました。軍服をまとった人形は、頭部が大きく、支えて立つだけでもけっこう大変そう。俳優たちは、そんな人形の口や腕を歌に合わせて動かしていきます。
この場は戦場の塹壕のシーンですが、怖さと愛嬌が共存した沢山の兵士の人形たちの存在によって、勇ましい曲調の歌であっても、決して悲壮なだけではない空気が生まれていました。2幕の歌は他にも戦地と思えない軽やかなものから讃美歌を思わせるようなものまであり、つい一緒に口ずさみたくなるような聞きごたえのある歌が次々と披露されていました。
俳優が人形の扱いに悪戦苦闘している中、演出の森さんは涼しい顔で、自分でも歌ってみせながら歌詞の強弱を指示していきます。このときの森さんがとっても美声でビックリ! 歌に合わせた人形の動きも細かく指導しているのですが、人形の操り方も完璧! 森さんいわく、「同じ役者でも、自分を客観的に見るタイプの人は人形を遣うのが上手い」のだとか。(鋭い洞察力!)
森さんのこだわりがたくさん詰まったこのシーンが、どのような演劇的効果を生み出すのか、期待が高まります。
休憩を挟んでの稽古は最終幕の4幕から。パーティー会場での夜の場面。バーニー(矢田悠祐)とジェシー(安田聖愛)に続いて、黒いジャケットの胸に勲章をつけ、ちいさな三角帽子をかぶった車椅子姿のハリー(中山優馬)が登場します。同世代の3人がぶつかり合う、緊張感あるシーン。傾斜のあるステージで車椅子を扱うのはかなり難しいはずですが、中山さんは慣れた手つきで自在に動かし、自身の演技を確認。森さんからの指示に「はい」と即答し、口調を変えてみたり、動きを足してみたりと、車椅子に座っていてもアクティブでした。
▽安田聖愛、矢田悠祐
その後行なわれた、ウクレレ演奏と歌のシーンでも、「ジャーン、ジャーンって感じで」という森さんの要望を受けて、一発で意図通りの演奏をしてみせていました。じつは中山さんはご自身の稽古場面が無い時は、稽古場の外の廊下の隅でずっとウクレレの練習をされているのでした。何度も何度も繰り返し弾いて、自分のものにされていく真摯な姿は、ものごとにまっすぐに突き進むハリーそのものでした。
中山さんの演奏と歌の場面の直後、山本亨さんと青山勝さんが登場すると一転、笑いにあふれたやりとりが繰り広げられます。こんな感じの"緩急"が、じつは今作の随所に登場します。楽しいシーンの直後にシリアスなシーンがやってきたり、つらい展開の後につい笑ってしまうようなセリフが飛び出したり......。「悲喜劇」というキャッチフレーズにふさわしい展開です。
▽青山勝、山本亨
ちなみに、この楽しいシーンは、テディ(横田栄司)の登場によりまた一変します。ところが、張り詰めた空気の中、長ゼリフの途中で横田さんが「ヘっクション!」と絵に描いたようなくしゃみをしたことで、稽古場が爆笑の渦に!
「あぁ、どうしてもがまんが出来なかった、ごめんなさい!」と素直に謝る横田さん、でも次の瞬間、一瞬にして神妙なテディの顔にもどっていました。さすがです。
▽横田栄司
稽古の合間に、森さんにお話を伺いました。
「歌もダンスもあるし、演奏もあるし、人形を扱わなきゃいけないし......。とにかく要素が多いんですよね。でも僕が7か月休んでいた間に(注:森さんは文化庁新進芸術家海外研修制度により、シンガポールに7か月滞在)、やりたいことをたくさん持って帰ってきちゃったんだからしょうがない(笑)。その"やりたいこと"すべてをこの一作に込めています。
中山くんは打てば響く人。1回1回の稽古で3、4段くらい駆け上がっていく感じ。負荷を楽しんでいる感じがしますね。矢田くんや浦浜(アリサ)さん、安田さんも含め、若い4人は自分の型ができあがってない分、どんどん吸収して反応してくれるのがいいですね。
▽矢田悠祐
▽浦浜アリサ、山本亨
2幕の人形は、そのままではないけれど、インドネシアのワヤン・ゴレという人形劇の人形がモデルになっています。脚本上でも、2幕だけが抽象的に描かれているんです。だからこういうぶっ飛んだ仕掛けによって、お客さんの想像力で虚構を作ってみようと。
この作品は悲劇があっという間に喜劇になる、その逆もある、反転だらけの芝居。そもそも僕はエンターテイメントしかつくる気がないといっても過言ではないです。ちゃんとこの作品の面白みを伝えたいと思っています」
悲劇と喜劇が交互に展開する『The Silver Tassie 銀杯』。歌あり、生演奏あり、ダンスあり、人形あり、とエンターテイメント要素がいっぱい!
いずれにせよ、これだけの振り幅のあるステージ、なかなか見られるものではないことは確かです。
稽古場だけでは計り知れないこの作品が、いったいどんなカタチで舞台に立ち上がるのか、今から楽しみです。
取材・文:釣木文恵
稽古場写真:細野晋司
【公演情報】
2018年11月9日(金) ~ 11月25日(日)
世田谷パブリックシアター
S席7,800円 A席4,800円
[演出]森新太郎
[出演]中山優馬 / 矢田悠祐 / 横田栄司 / 浦浜アリサ / 安田聖愛 / 土屋佑壱 / 麻田キョウヤ / 岩渕敏司 / 今村洋一 / チョウ ヨンホ / 駒井健介 / 天野勝仁 / 鈴木崇乃 / 吉田久美 / 野田久美子 / 石毛美帆 / 永石千尋 / 秋山みり / 山本亨 / 青山勝 / 長野里美 / 三田和代