――2007年から活動してきた「サンプル」は昨年、劇団としては解体し、この『グッド・デス・バイブレーション考』から、松井さんのソロユニットへと"変態"します。その理由やいきさつを、松井さんの言葉で改めて聞かせてください。
松井 わかりやすく言うと、バンドが解散するみたいな感じなんですけど。劇団員もだいたいみんな40を過ぎて、それぞれのやりたいことがいろんな方向に行き始めるようになりました。僕自身も越後妻有(新潟)でワークショップをやったりして、メンバー以外の、演劇を初めてやる方や年配の方と作品を作ることも面白くて。これまでの、いわゆるバンドの固定メンバーと作品を作るってことから、全然違う人と会いたいという気持ちが増えてきたんですね。で、去年がちょうど10周年だったので、ここで解散してみんなが好きなことをしようかと。もちろん、新しいメンバーを入れるってやり方もあったと思うんですけど、そこはやっぱりバンド感覚というか、いつも一緒にいるメンバーとやっていくことを選んでいたので、新陳代謝という方向には進まなかったなとは思っています。もちろん、劇団としてやってきたことに後悔は全然していないんですけど。
――そして、再始動する「サンプル」の第一弾『グッド・デス・バイブレーション考』が間もなく開幕。現在稽古中ですが、感触はいかがですか?
松井 やっぱり面白いですね。今回、戸川純さんをお迎えします。僕の中では歌い手としてのイメージが強い方なので、どんな芝居をされるんだろうと思っていたんですけど、わりと全力で演じてくださる(笑)。役を自分に近づけようと常に考えていて稽古でバーンと出してくる、そういう熱やエネルギーをすごく感じる方で、まずそこがすごくびっくりしました。家族の話なんですけど、周りの人たちもそういう戸川さんに反応しながら作るっていう状況が、一種の家族を生み出しているみたいな感じがします。
――戸川さんへのオファーは、松井さんのアイデアですか?
松井 そうです。これまでキャストは小劇場の中の人たちでやっていたんですけど、サンプルが変わっていくときに、そこをもうちょっと越えて、化学変化を起こしていかないとなって。それが新しく始めるモチベーションでもあるので。そして戸川さんは、僕が大学生ぐらいから曲を聴いていて、ずっと憧れの存在というか。俳優としても強烈な印象があって、戸川さんが出ていた『刑事ヨロシク』(1982年)というドラマがすごく好きでした(笑)。主演の(ビート)たけしさんとの掛け合いが、毎回ほんとに面白くて。
――『グッド・デス・バイブレーション考』は深沢七郎の小説『楢山節考』を下敷きにしていますが、戸川さんありきの企画だったんでしょうか? それとも題材が先に?
松井 『楢山節考』を元にしたいというのは最初からあって、戸川さんの出演が決まってから、戸川さん仕様に話を考えて今に至るという感じですね。原作では母親である戸川さんの役を父親にしているのは、やっぱり戸川さんは性を超えている感じが似合うんじゃないかなって気がしたから。それこそ"変態"じゃないですけど、変身しているっていう状態が。
――『楢山節考』という題材はどこから来たものですか?
松井 これもずっと昔から好きなテーマというか。やっぱり、どう読んでいいかがすごく難しい本だと思うんです。"姥捨て"というのが非常に非近代的で人権的に問題があるようなことだと思うんですけど、でも原作の中ではそういう感覚ではなく、生き物の中に当たり前に組み込まれた生態みたいな感じで書かれている。人が増えたから古い者からいなくなっていくっていう、残酷なんだけど生き物の知恵みたいにも読めるし、ちょっと人間を超えて動物的というか、物語というより"生き物の記録"みたいな。それがずっと引っかかって、好きな部分なんじゃないかなと思います。そして実際に僕自身も子育てと介護に挟まれる世代で、晩婚化や長寿高齢化によって、これからはそれがたぶん普通になる。じゃあそういう今、『楢山節考』的な世界を観てもらったら、観客はどういう風に考えるのかな、感じるのかなっていうのが、やってみようと思った理由です。もうひとつ、共同制作をするKAAT(神奈川芸術劇場)の白井(晃/同劇場の芸術監督)さんと、今埋もれているけどすごく面白いものが日本文学の中に何かあるんじゃないかっていう話を以前にしていたからっていうのもありますね。
――さっきおっしゃった"非近代的"な物語の舞台を近未来に設定したのが、斬新だけれども正解だなという感じがしました。
松井 高齢者がドンと増えた状態の社会で、「新世代に道を開けよう」と、きれいな死を装うような一大キャンペーンが起きたりしたら、なんかノセられていくような感じが近未来で起きてもおかしくない。生も死も国家がコントロールする、個人にまでそういう管理を行き届かせるような社会がわりとすぐ来るんじゃないかなっていう(笑)。人権があるのかないのかっていう『楢山節考』の前近代的な世界は、現代よりも、個人が確実に政府にコントロールされるそういう社会に似ているのかもしれないですよね。そういう意味では、現代は過渡期なのかもしれないですけど。
――作品で描かれている、"恋愛は差別"って感覚がすごく面白かったです(笑)。これだって今、真顔で言い出す人がいてもおかしくないですよね。
松井 だったら合同結婚というか、マッチングされる方が平等だっていう考えはあるのかなと。で、もっと個人的な欲望はバーチャルなもので叶えてくださいっていう(笑)。
――最初は「ありえない!」って思うんですが、「いや、こういうことってあるかもしれない」とだんだん設定に取り込まれていくこの感覚こそ、松井さんの作品の真骨頂ですよね。私は最初に観たのが『地下室』初演(2006年)なのですが、そういう感じを覚えるのは当時から変わらないし、言ってみれば、松井さんが描くテーマのようなことも昔からあまり変わっていない印象です。
松井 全然変わってないです! やっぱり家族や集団っていうものが気持ち悪かったり面白かったりするっていうのを、形を変えてやっているなって感じがします。テーマ的なことは結局、『地下室』の頃からほとんど変わっていない。
――変わらない一方で、"変態"が、サンプルを示す重要なキーワードでもありますよね。形態を変えるという意味合いと、いわゆる異常な状態の"ヘンタイ"の両方の意味合いにおいて。
松井 自分がやっていることって別にヘンタイだとは思っていなかったですけど、やっぱりよく言われているうち(笑)、ここにきて重要なキーワードであるような気がしてきたっていうのはありますね。つまり、「常識としてこうだよね」ってものがひっくり返る瞬間みたいなものを、結局追っているというか。そういう意味では"ヘンタイ(変態)"って、言われてみればそのとおりだなって。
――余談かもしれませんが、"変態(=形態を変える)"を謳う松井さんご自身のルックスが、若いときからほとんど変わっていないのが面白いなと(笑)。サンプルにも松井さんにも、ちょっと時が止まったような感覚があるというか。
松井 そうですかね。これにスーツ着てカメラ提げたら、「典型的な日本人みたい」とはよく言われますが(笑)。
――という意味でも、「サンプル」という名前はぴったりだなと(笑)。
松井 見た目を無理やり変えたりして、「こう見られたい」みたいな感じを出すのは苦手かもしれないです。僕自身が俳優だからなのか、何にでもなれるような気はしているというか。変態するのはあくまで内側で、"変わらないから変わっている"っていうのかな。世の中にあんまり流されないように、とは思っています。そういう意味では逆に考えると、頑固なのかもしれないですね。
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KAAT×サンプル 「グッド・デス・バイブレーション考」
【公演期間】
2018年05月05日(土)~2018年05月15日(火)
【会場】
KAAT 神奈川芸術劇場 中スタジオ
【作・演出】
松井周
【出演】
戸川純 野津あおい 稲継美保 板橋駿谷 椎橋綾那 松井周