2010年のトニー賞で作品賞を含む4冠を達成したミュージカル『メンフィス』。実在のラジオDJ、デューイ・フィリップスの半生をモチーフに、人種差別が根強く残る1950年代のアメリカ南部の街メンフィスで、黒人音楽を世に広めようとした白人DJ、ヒューイ(山本耕史さん)と黒人シンガー、フェリシア(濱田めぐみさん)の切ない恋をつづります。
2015年の初演に続き、フェリシアの兄でナイトクラブの経営者デルレイをジェロさんが演じ、デルレイの店のバーテンダー、ゲーター役の米倉利紀さん、ラジオ局で掃除夫を務めるボビー役の伊礼彼方さんが新加入しました。11月2日に行われた制作発表会見の後、3人にお話を伺いました。
――本日の会見には一般のお客様もいらっしゃっていました。開幕までまだ少しありますが、実際にお客様を前に歌ってみた感想は?
ジェロ 一緒に歌ってくださっていたお客様が何人か見えました。
伊礼 手拍子もしてくださったりね。
ジェロ うん。皆さんが『メンフィス』の再演を楽しみに待ってくださっているんだと実感が湧いてきて、すごくうれしかったです。
伊礼 ほんと。期待を感じたので、本番に向けてますます頑張りたいと思います。
米倉 僕は、ここまでお稽古を積んできたことを大切にソロの部分も共演の皆さんと合わせる部分も登場人物の心情をしっかり意識しながら歌えたかなと思っています。その心情も今後のお稽古次第で変わっていくと思うので、本番に向け、ここから新たに進んでいくんだ!と感じた制作発表でした。
――初演に続き、デルレイ役を担うジェロさん。約3年ぶりに同役と向き合ってみて、いかがですか?
ジェロ 最初、歌稽古から入ったんですけど、歌っているうちにいろいろと思い出して。割とスムーズに役に入れた気がします。でも、それで安心してはいられません。お客様をより魅了するために、どう役を進化させたらいいのかを考え、毎日稽古場で自分なりにいろいろと試したり、山本さんにアドバイスをいただいたりしています。今回、お稽古の進みが早くて。僕はこれくらいがちょうどいいんですが、再演から参加のお二人は大変かも。
米倉 どんどん進んでいくからプレッシャーですよ。
伊礼 1幕はまだセリフも歌も少なく、ちょくちょく場にいるって感じなので、なんとかやれていますけどね。これでセリフも歌もたくさんあったら、とてもじゃないけど間に合ってない!
ジェロ 正直、前回は自分のことだけでいっぱいいっぱいでした。でも、初演を経験した身として、今回はできる限り周りの人をサポートしたい。それが自分の義務というか......逆の立場だったら、やってほしいと思うから。
伊礼 ジェロさんは口数少ないんですが、とても優しいんですよ。
米倉 前回と同じ振付なんかを細かく教えてくださったりね。キャストもスタッフも初演からいらっしゃる方々がほとんどですが、みんなで和気あいあいと力を合わせて舞台を作っている感じで、僕ら加入組にとってもとても居心地がいいんです。
伊礼 ストレスが少ないですよね。
米倉 うん、ほんとに。
――"演出家・山本耕史"との創作風景がどんな感じなのかも気になります。
ジェロ 山本さんの演出を受けるのは『tick,tick...Boom!』(12年)に次いで、2度目です。以前から思っていましたが、とても視野の広い方ですよね。あと何が欲しいかをよく分かっていらっしゃる。そして、必要なものを手に入れるために周りに説明をしたり指示を出したりする時の言葉が明確なんです。
伊礼 ご自身が役者だというのもあると思うんですが、基本僕らの気持ちを汲んでくれますよね。枠を作ってくれるけれど、中身は任せてくれるというか。
米倉 例えば、山本さんが「こういうのはどう?」と見せてくれた演技を僕らがそのままやっても、まったく同じにはならないですよね。違う人間ですから。すると、「だったら、こうしてみるのもいいかも」と別の引き出しが瞬時に開く。僕たちは引き出し――ちなみに山本さんはいっぱい持っていらっしゃる――から出てきたものを選ぶだけではなく、自分たちの引き出しからもさらにもっと何か出てくるんじゃないかと期待される。稽古を繰り返すごとに新しいことが起こって、ほんと楽しいんですよ。
伊礼 ジェフリー(・ページ)さんや山本さんを筆頭に、みんなで作っていこうという、今のスタイルを僕はステキだと思う。お客様の前で一つになってパフォーマンスをするうえでも、いいことじゃないかな。
――再演を熱望されるお客様が多かったと聞いています。本作が人々に支持される理由は、何だと思いますか?
伊礼 何だろうな......。
ジェロ 難しい質問ですね。
伊礼 楽曲の素晴らしさはあると思う。
米倉 あと、先ほどの会見でキャストについておっしゃっていた濱田さんの「エネルギッシュ」という言葉がすべてじゃないかな。
伊礼 確かに。"ザ・ミュージカル俳優"というような人もいれば、芝居寄りの人や歌がメインの人もいて。それぞれが持っている個性や取柄を武器にトゲトゲで大いに刺激し合っている。
米倉 さらに、その一人ひとりがパフォーマーとして、人としての経験をちゃんと『メンフィス』という作品に持ち込んでくれている。
ジェロ バックグラウンドでいえば、僕はアメリカで生まれ育ったぶん、日本の皆さんよりも作品のテーマでもある人種問題への関心が高く、知識もあると思います。あと、ブロードウェイ版の『メンフィス』の映像を観たことがあるのですが、オリジナルのセリフや歌詞と日本語訳を比べると、所々伝えきれていない部分があった。そういう、僕だから見える部分をほかの方々と共有できるような、日本とアメリカの架け橋的存在になれればいいなと。この物語で描かれるほどではないかもしれませんが、今も人種問題がニュースで取り上げられています。そういう意味で、人々に伝わらなきゃいけない、やらなきゃいけない作品だと考えています
――最後に、公演を楽しみにしているお客様にメッセージをお願いします。
伊礼 ジェロさんがおっしゃっていたように、地域によってはいまだに迫害を受けている方たちがいらっしゃいますよね。でもそこには、必ず音楽という救いがあると思うんですよ。教会のように駆け込める場所だったり、たまたま通りかかった道端だったり。なんの楽器も持たず、ただ手でリズムを刻むだけの人もいる。音楽には、国籍とか肌の色とかを超える力があると、僕は信じています。まだまだミュージカルの歴史の浅いこの日本で、人種問題のように難しいテーマを含んだ作品も上演できるようになった。本作を観てくださるお客様とともにミュージカルの文化をより発展させていけたらうれしいです。ということで、ぜひ劇場に観に来てください!
ジェロ ほとんど言われちゃった(苦笑)。
米倉 そうですね......。
伊礼 最近熱意があり余ってて(笑)。
米倉 ほんと、テーマである人種や肌の色の違いって、日本人にはなじみの薄いことですよね。お話として理解しても、その本質をどこまで理解できるのか。ニューヨークでの生活が長かった僕でさえ、正直、理解しきれないところがあります。だけど、人種や肌の色の違いっていうのを、男と女、年齢の違い、職種や家柄、あと最近ですとセクシャリティなど、僕らの身近な問題に置き換えて、他者とどう共存していくか、高め合っていくかということを考えることができるんじゃないでしょうか。遠そうで、実は身近な物語になっているんですよ、ということを僕は皆さんに伝えたいかな。
伊礼 素晴らしい。
米倉 いやいや。劇中ほとんどセリフがないんでね、ここではしゃべっておかないと。
ジェロ・伊礼 (爆笑)
米倉 だって1幕はヒューイにレコードを渡してるだけみたいな。もちろん、どんな心情でって山本さんが演出をつけてくださるんですが。
伊礼 でも1幕のラストで全部持っていくじゃないですか。
ジェロ そうそう。
米倉 あそこに向けエネルギーを貯めている感じはありますね。
ジェロ じゃあ、最後にまとめます。
米倉・伊礼 (笑)
ジェロ 前回の反響があったからこその再演。最高の作品だというお墨付きをもらっています。そして、今回のキャストもとにかく素晴らしい。見ごたえ十分だと思います。必ず何か、皆さんに感じさせる物語になっていますので、観るしかないですよ!
取材・文:兵藤あおみ
撮影:イシイノブミ