二転三転する物語に張り巡らされた伏線、衝撃の結末――。
加藤和樹が、傑作サスペンス劇『罠』にに三たび挑みます。
いまや次々と話題作に出演する実力派となった加藤さんですが、2009年に上演されたこの作品が、舞台初主演作でした(翌年に再演も)。
ご自身も思い入れのあるこの『罠』という作品について、加藤さんにお話を伺いました。
●ものがたり●
とある山荘での出来事。
新婚3ヶ月のカップルがバカンスのため訪れていたが、妻のエリザベートが行方不明になってしまう。
夫のダニエルは、カンタン警部に捜索を依頼するが、なかなか見つからない。
そこへ、マクシマン神父に付き添われてエリザベートが戻ってくるが、全くの別人だった!
ダニエルは、激しく抵抗し、妻ではないと主張するが、状況証拠はどれもこれも、現れた彼女が妻に違いないというものばかり。
証人として絵描きや看護婦も登場し、騒動の渦は大きくなるが、ついに殺人事件にまで発展してしまう。
誰が正しいのか、嘘をついているのは誰なのか、エリザベートは一体どうなったのか、
やがて、思わぬ事態から意外な真実が明らかになる...。
(公式サイトより)
◆ 加藤和樹 ロングインタビュー ◆
自分が罠にはめられていくようで、
初演の時は人間不信になりかけました(笑)
―― 7年ぶりの『罠』ですね。この作品は加藤さんの舞台キャリアの中では、かなり初期に出演した作品ですね。
「はい。初主演舞台としてやらせていただいたのが、2009年。その翌年には再演もやらせて頂きました。当時はまだ20代なかば。まだそんなに経験もない中、こういった戯曲...サスペンス劇であり会話劇である作品をやらせていただくということで、初演は手当たり次第、がむしゃらに作り上げたという思い出です」
―― 初演の演出が板垣恭一さん。再演では演出は深作健太さんがご担当されています。今回は、再演に引き続き深作さんとのタッグですね。
「深作さんと組んだ再演は、自分にとっては2度目の挑戦でしたし、自分なりに台本も、ダニエルという役もより掘り下げることが出来て、結果的にすごく腑に落ちたものになりました。深作さんと重点的に作り上げたのはダニエルの動機や心情。気持ちの部分をより見せようと、流れが分かるような芝居作りをしたのは、いい経験になりました。実は、初演と再演で、ダニエルの肝となる心情の部分を変えたんですよ。あまり細かく言うとネタバラシになっちゃうんですが(笑)。その部分が違うと、ずいぶん芝居が変わってくる。最初から作り方も180度変わってしまう。そこも今回はどうしようか、と深作さんとも話しています」
―― ご自身の中では思い入れのある作品でしょうか。
「思い入れ、とてもあります! まず一番最初にこの本を読んだ時、想像だにしていない展開で、読みながらワクワクが止まりませんでした。僕の演じるダニエルの前に、人が入れ替わり立ち替わり登場して、誰が本当のことを言っているかわからない。そもそも、ケンカして飛び出していって帰ってきた妻が全然知らない人だった、というところから意味がわからないじゃないですか(笑)。しかも最後のどんでん返しで「うわ、人って、怖い!」てなりますし」
―― まず、物語に惹かれた?
「そうですね。単純に読み物として面白い! と興味を持ちました」
―― 加藤さん、もともとサスペンスものはお好きなんでしょうか。
「はい、どちらかというと小説も、サスペンスやミステリーを読むのが多いんです。伊坂幸太郎さんとか、東野圭吾さんとか。乾くるみさんの『イニシエーション・ラブ』なんかは、最初に読んだときはまさにこの『罠』を彷彿としましたよね。読んでいて、この先の展開がどうなっていくんだろう...という物語や、後で読み返したときに「あ、ここに仕掛けがあったのか」と伏線に気付いたりする、そういう作りこんだ物語が好きなのかもしれません」
―― 『罠』はまさにそういう作品ですが、演じているときはどういう心情なんですか? お客さまを驚かせよう、罠にはめよう、と?
「いや、これをやっている時は、そんなことは一切考えられませんでした(苦笑)。むしろ自分が罠にはめられていくようでした...。僕の役は特になんですが、本当に誰も信用できなくなるんです。初演の時は本当に人間不信になりかけましたもん(笑)」
―― 人間不信! 重症ですね。
「病みましたよ(笑)。普段の生活をしていても、町行く人たちを"そういう"目で見ちゃうんです。「あの人たちは仲良さげに話してるけど、すべて作り物なんじゃないか」とか...。再演では"病む"まではなりませんでしたが、役に入り込むと、もうお客さまをどう騙すか...ではなく、自分がこの物語にどう絡めとられていくか、ということしか考えられないんですよね。この世界の中でダニエルがどういう役割を担い、どう転がされていくのか。もちろん台本はあって、結末はひとつですし、『罠』というタイトルの意味もひとつなのですが、「真実って何だっけ?」と思うような物語展開なので、その世界の中に入ってしまうと、「もしかしたら途中でまかり間違って何か違うことが起こってしまうんじゃないか」という気持ちになります。それほど緊張感のある作品です。観ているお客さまも物語がどう転がっていくのか、一緒に考えていく、謎解きをしていくような感情を共有できる作品だと思います」
ダニエルは弱い人。
そんな彼を演じる上で必要なのは"強さ"
―― そして、俳優・加藤和樹として、初舞台主演という経験にもなった作品ですね。
「これだけのセリフ量を言うのも初めてでした。台本を開いたら、「いやー...、ほぼほぼ、俺(のセリフ)だなぁ」みたいな(笑)。これ、覚えられるのかな、というところから始まって。今回も、ちょっと最近ミュージカル出演が多いですし、こんな大量のセリフを喋っていないので...大丈夫かなぁ(笑)」
―― 今回7年ぶりの上演ですが、どういう経緯で三度目の上演に至ったのでしょう。
「プロデューサーさんとは「いつかまたやりたいね」という話はずっとしてたんですよ。ただそのタイミングがなかなかなくて。今回ようやく叶った形です。僕もミュージカルもやり始め、白井(晃)さんの演出作品をはじめストレートプレイも何本もやって、最近ようやく、自分の芝居の土台が出来上がったところだと感じています。やっぱり7年前・8年前はまだ若いダニエルだったので...30歳を超えて、ちょっと大人になったダニエルはどうなるんだろう? すごくいいタイミングだなと自分でも思います」
―― ダニエルはどういう人ですか? ...という質問もネタバレになりそうな気がしますが。
「えーっと...、とても弱い人だと思います。...これ、本当にそのくらいしか言えないですね(笑)。でも、先ほどの"ダニエルの肝となる心情を変えた"というところ、その根本の作りを変えるだけで、"ダニエルは弱い人"という説明も変わってきちゃうくらい、非常に難しい作品だなと思います」
―― ではダニエルを演じる上で、大切にしていることは?
「それもネタバレになりそうですが(苦笑)、ダニエルはすごく弱い人間だと言いましたが、彼に必要なのは強さだと思うんです。心も、身体も、考え方も、もっと強い人間であれば良かったのに...って思います。彼を演じる上では、単純に自分の心の強さもそうだし、それを演じ切るだけの肉体の強さも必要。本当に色々な意味で強さが必要ですね」
―― ダニエルの弱さを演じるために、強さが必要というのは面白いですね。
「面白いですよね。逆のものだけれど、それくらいのエネルギーや考え方がないとダニエルは出来ないと、今はすごく思います」
『1789』で小池修一郎先生に言われた言葉が
自分にとって自信になりました
―― 少し話は変わるのですが。本当に様々な舞台にひっぱりだこの加藤さんですが、ここ最近、すごく加藤さんのお芝居に深みが出てきたと思うんです。最近、何か心情的な変化があったりしたのでしょうか。
「どうなんでしょう(笑)。でも、ありがたいことにそういう評価や評判も耳にして、でもそういうことは自分で狙ってやるものでもないですし、気付いて何かを変えてやるものでもないんですよね。もちろん終わったあとに、思い返せば実感や手応えが今までと違う...と感じることもありますが。単純に経験を重ねて自信がついたというのもあるかも。ただその要因としてひとつあるのは、『1789 ―バスティーユの恋人たち―』(※2016年、加藤はこの作品で帝国劇場初主演を果たした)の時に小池修一郎先生に「お前はそろそろ自信をもってやってもいい」というお言葉をいただいたこと。それは自分にとって本当に自信になりました。あとは白井晃さん演出作品を『ペール・ギュント』、『No.9-不滅の旋律-』(ともに2015年)と年間2本やらせていただき、とことん鍛えに鍛えてもらってへこたれなくなったというのも大きい。だから本当にひとつひとつの作品が自分の血肉になってるな、と思います。あとは役作りに関して、最近あまり難しく考えなくなりました。たぶんそれは白井さんの言葉の影響が大きいのですが、役を作るのではなく役を自分に引き寄せるということ。今『ハムレット』をやっているジョン(・ケアード)もそうなんですけど、演技をするのではなく「感情で動く」ということを言われます。じゃあそれって演技じゃないんじゃないの? 素の自分なんじゃないの? というのは難しいラインなのですが、それが、芝居を越えた先にある"役になる"っていうことだと思うんですよ。そこが最近腑に落ちてきたかな。なんか(演じることと自分が)一体になってきたなぁっていう感覚はあります」
―― じゃあ今、充実してるんですね。俳優という仕事は面白いですか?
「面白いです。自分が次にどんな役をやるのか、常に楽しみですし。今回でいうと、2度もやっている役を今度はどうやって作ろうかというのは楽しみしかない。キャストの顔ぶれも違いますし、同じことをやるつもりはたぶん俺も深作さんもないと思うので」
―― 逆に7年前の自分に足りなかったと思うことは?
「いや...たぶん全部足りなかったと思う(笑)。経験も何もかも。ただ、あの時は本当に一生懸命だったし。若さゆえの勢いや説得力はあったと思います。今回はそれが許される年齢じゃないし、ドンと腰を据えて芝居でちゃんと魅せるっていう見せ方をしないといけないので...。なので、本当にいいタイミングでの再演だと思うんです。一番最初にこの台本をもらったとき、自分にはすごく重荷だったんです。セリフ量も膨大だし、すごく難しい表現をするし。でも、苦労した『罠』というこの作品をやることが、今こんなにも楽しみになってるのが、自分でも...成長したな、って思うんですよ」
―― この『罠』という作品を、加藤さんのライフワークにするってのはどうでしょう(笑)。数年ごとに上演して。
「(笑)。でも、朗読劇としてもやりましたし(朗読『罠』、2010年末)、自分の役以外のキャラクターにもだんだん愛着がわいてくるんですよ。だからゆくゆくはカンタン警部をやりたいな...とか、思います。メルルーシュもいいな。このあいだ『真田十勇士』で初めて、同じ作品で違う役をやるという経験をしたのですが(加藤は2014年版は由利鎌之助役、2016年版は霧隠才蔵役を務めた)、また作品が違った見え方がするし、作品の核を(一度経験して)知っているからこそ、より違う演じ方ができるんじゃないかなとも思うし。...まぁ警部をやるにはあと10年くらい経験値が必要ですけど(笑)」
―― ほか、注目して欲しいところはありますか?
「まず、初演でご一緒した白石美帆さん、再演でご一緒した初風緑さんとまたやれるというのは嬉しいですね。僕にとっては"新旧入り乱れる"という感覚(笑)。特に白石さんには、初演の時はただただ、ご迷惑をおかけすることしかできなかったので...。あと、今回の演出がどうなるかまだわかりませんが、僕、本当に舞台上からハケないんですよ。ずっとチラチラチラチラ、居ますので。ぜひそこを注目してください。...注目しなくても、ずっと居るんですが(笑)。もう、水を飲むタイミングをはかるのも大変なんです、暗転した瞬間にスタッフさんが水を持ってきてくれて飲む、という!」
―― 大変ですね! でも、そんなに大変なのに「またやりたい」と思う作品なんですね。
「僕、仕事に関しては、意外とMなのかもしれない(笑)」
―― ちなみにこのインタビューでも"ネタバレ"をしないよう気をつけて答えてくださいましたが、この作品、一度観て物語の全貌を知ったら「もういいや」という作品ではないですよね。
「そうですね! 一度観た方は、次に観るときは「このタイミングでこれをしている意味は、こうだったのか」と、ある意味答え合わせみたいな見方も出来ると思います。「あ、この表情ってこういう意味だったんだ」とか。だからぜひ、一度と言わず、二度くらいは観て欲しい作品です。もちろん初めて観る方は、何が"罠"なのかをすごく考えると思います。この『罠』という作品は、セリフの中の一言がすごく重要で、演じる側にとってはその言葉をどう立たせるか、でも聞かせすぎず...というさじ加減がすごく難しいんですが。お客さまにヒントを与えなくてはいけないけれど、それが答えになっては意味がないので。そんなところも含め、とにかく観ていただきたいです。皆さん、本当に"罠"にひっかかると思うんで。そして、すでに観たことがある方も、また新たな罠を楽しみにしていただければと思います!」
取材・文:平野祥恵(ぴあ)
撮影:源賀津己
衣裳協力:Bennu(Bennu TOKYO tel 03-6721-0183)、The Viridi-anne(The Viridi-anne tel 03-5447-2100)、S.O.S fp(S.O.S fp恵比寿本店 tel 03-3461-4875)
【公演情報】
・7月13日(木) かめありリリオホール(東京)
・7月15日(土)・16日(日) 兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
・8月8日(火)~15日(火) サンシャイン劇場(東京)