内野聖陽版ハムレット、豪華キャストの一人二役に注目
シェイクスピア作品の中でも特に人気が高い名作『ハムレット』を、内野聖陽主演で上演する。演出は『レ・ミゼラブル』オリジナル版演出で知られ、英国ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの名誉アソシエイト・ディレクターである巨匠ジョン・ケアード。本作の製作発表が1月10日、都内にて開催された。
ジョンは以前より内野に「いつかハムレットをやるべき」と強く薦めていたという。その理由を「ハムレットはシェイクスピアが描いた中でも一番大きな役。若い役と思われているかもしれませんが、本当は経験豊かで技術がある人がやらなきゃいけない。この物語は哲学を描いているから、"ただ稽古でやったことをやる"のではなく、シェイクスピアの描いたことについて考えられる人じゃないと出来ない。内野さんはそういうことが出来る人」と熱弁。これに対し内野は「(考えることは)一番苦手」と笑いながらも、「ハムレットはもっと若い人がやるべきと思う人がいるかもしれませんが、そうじゃないんだぞというのを、今回必ずお見せします」と力強く意気込む。また名匠ジョン・ケアードについて「彼の"どんなキャラクターにも、特殊な役にも、それぞれ共感できるところがないといけない"という考え方が大好き。この作品にも難しい部分はあるかもしれないが、万人に共感できるところもたくさんある、豊かな作品になるのでは」と期待を話した。ちなみに劇中、ハムレットは「太っている」という描写があると訊き「(『真田丸』の家康役のために)16キロ太って必死にいま痩せようとしてたのに、気が緩みました(笑)」と内野。
会見ではジョンによる構想も語られたが、中でも注目は、30人ほどの登場人物を、わずか14名のキャストで演じきるということ。内野含め、ほとんどの俳優が複数役を演じ、そのことで演劇的構造を浮かび上がらせる仕組み。「内野さんも(ハムレットが死んだ後)フォーティンブラスとして戻ってきてもらいます。もともと僕は、ハムレットの死後、全然知らない人(フォーティンブラス)が国をとっていってしまうのが疑問でした。ハムレットが自分がなるべきだった王として復活した...となると、この劇のテーマである"蘇る死と生の関係"というものがクリアに見えてくるんじゃないか」と語るジョンに、出演者自身も興味深そうに耳を傾けていた。
なお、ヒロイン・オフィーリア役は、オーディションでこの役を掴んだという貫地谷しほり。「本当に今、ここに立てていることが嬉しい」と喜びを語った。ほか出演は北村有起哉、加藤和樹、山口馬木也、今拓哉、壤晴彦、村井國夫、浅野ゆう子、國村隼ら。公演は4月9日(日)から28日(金)まで、東京芸術劇場 プレイハウスにて上演(4/7・8にプレビュー公演あり)。チケットは1月14日(土)に一般発売を開始。その他兵庫・高知・福岡・長野・愛知公演あり。
以上、「チケットぴあニュース」でも掲出した記事ですが、ジョン・ケアードさんが話す構想が非常に興味深く、またキャストの皆さんもとても素敵な表情をしていましたので、「げきぴあ」ではもう少し詳しくお伝えいたします。
登壇したのは、内野聖陽さん、國村隼さん、貫地谷しほりさん、北村有起哉さん、加藤和樹さん、山口馬木也さん、今拓哉さん、壤晴彦さん、村井國夫さん、浅野ゆう子さん、演出のジョン・ケアードさん、演奏・音楽の藤原道山さん、翻訳の松岡和子さんの13名。
会見では最初にジョン・ケアードさんが、今回の劇の構造について、そしてその意図について熱く語りました。
まず、シェイクスピアはもともと謎の多い人物ですが、最近の発見からシェイクスピアが(実は身分を偽った貴族説などもあるが)"役者"であったことがほぼ確定したということ、そして『ハムレット』が書かれた時期に父親を亡くしていること、などから、役者を描いた物語であり(劇中、旅芸人の一座が重要なポジションで登場しますよね)、父を亡くした主人公を描いたこの物語は、シェイクスピアの自伝的作品だったのではないか...というお話が。
そして、シンプルな物語だが、劇中のど真ん中に役者たちを登場させることで、シンプルであったはずの話がすごく複雑になる。それはタマネギのようなもので、皮を1枚1枚めくっていくと中にもっと面白いものが入っていて、さらに剥いていくともっと面白いものが現れるという構造になっている。さらにその物語は(舞台作品として)役者によって演じられている。そういう複雑さがとても面白い...と語り、「だからこのお芝居を上手くやるためには、素晴らしい役者たちが必要。素晴らしい役者が揃うことで、複雑なことが出来ます。上手い人が2・3人いるだけじゃダメ。全員が素晴らしくないと。だからこれだけ(14人)しか集まらなかったんです。...冗談です(笑)。本当に経験豊かで素晴らしい人たちが集まりました」とジョンさん。
また、上記にも記しましたが、今回は30人ほどの登場人物を、わずか14名のキャストで演じきるということも注目ポイント。「このお芝居は、現実(ハムレットたちが生きる世界)と、演じられているもの(旅芸人の一座による劇中劇)という対比がある。それをやるにあたって、少人数でやろうと決めました。今回はほとんどの役者がダブルで色々な役をやります」と説明。
さて、そのジョンさんの意図「一人二役」の解説を絡め、キャストの皆さんのご挨拶をご紹介していきましょう。
ハムレット役は、内野聖陽さん。
「ハムレットは本当に複雑なキャラクターであり、この作品は難しいんじゃないかと思ってる方もいるかもしれないけれど、僕としては日本の皆さんに、このシェイクスピアの描いた豊かな世界を楽しんでほしい。それを、イギリスの本場からやってきたジョンに演出していただくというのは非常に光栄なことだと思い、興奮しています。ジョンさんは"素晴らしいキャストを集めた"と仰っていましたが、その"素晴らしいキャスト"になれるよう頑張ります」。
ジョンさんの構想では、主役=ハムレットを演じる内野さんすらも、他の役を演じます。
「内野さんも、フォーティンブラスとして戻ってきてもらいます。僕、『ハムレット』でいつも疑問を感じるのは、ハムレットが死ぬと、全然知らない人(=フォーティンブラス)が出てきて、"この国を僕が支配する"ととっていってしまう。観客は「誰、あれ?」となってしまうんですよね。「なんでハムレットが死んだ後に、国をとっていく権利があるの?」と。シェイクスピアがこの物語を"歴史物"にしたくてこの部分を付け足した...みたいに見えてきてしまう。でも、ハムレットが(フォーティンブラスとして再登場することで)自分がなるべきだった王として復活した...となれば、この劇のテーマである"蘇る死と生の関係"というものがクリアに見えてくるんじゃないかな」とジョンさん。
國村隼さんは、父王の亡霊と、王クローディアスの2役。
「(主人公の)カタキ役です。私にとっては初めてのシェイクスピア。シェイクスピア作品の中でも本当に有名な作品を、シェイクスピアを知り尽くした演出家であるジョンさんとご一緒できる。自分はラッキーだなと思いました。何より今ジョンさんのお話をきいていて、僕、このお芝居、客席から観たいなと思いました(笑)。観に来てくださるお客さんのために面白いものを作りたいです」
ジョンさんの解説はこちら。
「國村さんは、亡霊とクローディアスを両方やっていただきます。兄弟をひとりでやるということですね。こういうことをやるプロダクションはいっぱいありますが。普通じゃないのは、他の役者の方々にもダブルでやってもらう、ってところ」
▽ 半分ずつ...、のジェスチャーな國村さん。お茶目です
ヒロイン・オフィーリアは貫地谷しほりさん。
「私はオーディションを経てこの役をやることになりました。本当に今、ここに立てていることが嬉しいし、どうしようという思いも渦巻いています。でもジョンという本場の素晴らしい演出家が演出してくださる。素晴らしいキャストの中でオフィーリア、そしてオズリックもできるということで、すごく今から楽しみにしています」
ご挨拶にありましたが、オズリック役も演じる貫地谷さん。
「オフィーリアには、最後の幕に出てくる宮廷の廷臣・オズリックをやっていただきます。それには深い意味があります。オフィーリアはハムレットに「あさはかだ」と責められるのですが、本当は深い人間。それが本当にあさはかな人間として蘇る。死から戻ってきて、ハムレットを困らせてやろう...というような感じで戻ってきてもらいます(笑)」とジョンさん。
北村有起哉さんはホレイショー。
「養成所のときから「生きるべきか死ぬべきか...」と長台詞を覚えたり、ローレンス・オリビエの白黒の映画を借りてみたり、色々な友達のハムレットを観にいって、首をかしげて舌打ちしたりしてきたんです。触れてきた頻度が高い作品は、『ハムレット』が一番だと思います。いよいよ、僕もその『ハムレット』に参加するときがきました。肋骨を広げ、肩甲骨を自由に動かし、思い切りやりたいと思います。期待以上の『ハムレット』になるよう頑張りたいです」
さて、ジョンさんの語るホレイショーの存在は非常に重要です。
北村さんは他の役は演じないそうで...。
「ダブルにならない役はホレイショーです。これは根源的なことです。ハムレットが死んだ時に、友人のホレイショーも自ら命を絶とうとします。でもハムレットが「お前が死んだら、誰もこの物語を語り継ぐ人がいなくなる」と言って止めるんです。これはすごく重要なこと。シェイクスピアの世界を見る視点です。『リア王』も『マクベス』でもそうですが、生き残った者がいて、必ず物語を語り継ぐ。必ずそういうキャラクターがいるんです。いくら悲劇で終わろうと、それが小さな光となっている。だから一番重要なことはホレイショーが生き残るということ。そうすると、ホレイショーがシェイクスピアに話を伝えた人で、それを受けてシェイクスピアが話を書いたんだということになる」
...言葉としての説明はなかったのですが、テーマが"蘇る死と生の関係"と先に語っていましたので、生き残るホレイショーは蘇る必要がないからダブルで他の役として登場しない...ということではないでしょうか。
加藤和樹さんはレアティーズ役。
「僕もオーディションでこの役を頂きました。その時にジョンさんに「身体は動くのか」と、倒立やアクション的なことをやらされたのですが、こういうことか、と...。(レアティーズとして)決闘する相手が内野さんなので恐れ多くもありますが、こんなに素晴らしい方々と共演できること、本当に嬉しく思っています。自分の限界を超えるつもりでこの作品に臨んでいきたいと思います」
山口馬木也さんと、今拓哉さんは、ローゼンクランツとギルデンスターン。不運なふたりですね(笑)。
先にジョンさんの言葉をご紹介。
「ローゼンクランツとギルデンスターン、彼らも殺されてしまうのですが...しかもオフステージで...。そのふたりの役者が、イギリスの使節として戻ってきて、「ローゼンクランツとギルデンスターンは死にました」と報告することになります(笑)」
さて、その山口馬木也さん
「ジョンさんのプランを色々お聞きして、出演者のみんなは今、頭の中がぐるぐるしていると思います。僕はジョンさんとは2回目で、前回はシェイクスピア『十二夜』でご一緒させていただいたのですが、本当に稽古場が楽しく、驚きの連続で、貴重な経験をさせてもらいました。今回もあの時間が待っていると思うと楽しみでしょうがないです。ですが、今回は役者としてだけじゃなくて、"アクションムーブメント"というところも担当させてもらうことになり、若干の不安はあるのですが、ひとりでも多くのお客さんに感動してもらえるよう、チームの一員として精一杯やりたいです」
..."アクションムーブメント"!? どういうことでしょうか!
今拓哉さんは
「僕は『ハムレット』は20代中盤に一度参加したことがあります。そのときはフォーティンブラスという、...ジョンさん曰く「何者だかわからない役」をやっておりました(笑)。ハムレットには色々な年代のキャラクターがあって、関われる年代によって役も変わってきますが、40台後半でまたこの作品に出会えたことが嬉しいです。劇場に来てくださった皆さんと私たちが、みんなで「劇場は楽しい場所だ」と再認識できる作品になることを確信しています」とご挨拶。
壤晴彦さんは、シェイクスピア劇の常連ですね。オフィーリアの父・ポローニアスを演じます。
「先ほどのジョンさんのお話を訊いて、ほぼ、演技プランはまとまりました(一同笑)。...嘘をつきました。まったくわからない(笑)。でもとてもプランニングが面白そうだと思います。十分ディスカッションを重ねた上で、楽しく、ジョン・ケアードという船頭について、ツアーに出るつもりで、ワクワクしながら稽古したいと思います」
ジョンさんによると「ポローニアスは、墓掘りのひとりとして蘇ってもらいます。面白いのは、ポローニアスというのは劇中で殺されてしまいますが、(その俳優が)墓から出てくるわけです(笑)。それが面白いかなと」。
旅回りの一座の座長を演じるのは村井國夫さん。
村井さんも壤さんと同じく、そのほかに墓掘りの一人として登場。「コメディ、道化の部分をふたりにやってもらう」とジョンさん。
村井さんは「私はジョンと作る作品は5本目です。ただ数が多ければいいわけじゃないですが、別に信頼されてるワケでもないんです(一同笑)。私、墓掘りということで、名前のない役ですね。これを私もオーディションで勝ち取りました。...嘘です(笑)。ジョンとは30年来の長い付き合いですから、キャスティングするときふと老人役ということで私を思い出したんでしょう。さて、ジョンと初めての方がいらっしゃいますが、安心してください。ジョンはマジックをかけます。ジョン・マジックです。これは本当に、自分でも驚くほどの力を発揮することができます。今までに見たことのない『ハムレット』になることを信じて疑いません。今までも常に驚かされています。今回もたくさんの驚きがあると思います。ぜひ期待してください」と、ジョンさんとの信頼関係が見える、素敵なご挨拶でした。
そしてハムレットの母ガートルードは浅野ゆう子さん。
「世界が誇る名演出家であるジョン・ケアードさんの演出を初めて受けさせていただきます。私はオーディションではなく、この態度の大きさでガートルードを射止めました(笑)。村井さんの仰ったジョンさんのマジックにかけていただき、新しい私を作ってくださるのかなという期待に胸が震えています。こんなに力強い皆さまとご一緒させていただくのも、私がまだまだビギナーですよという勉強になるのではないかと。一日も早く稽古の日がくることを楽しみにしています」と話しました。
浅野さんも、旅一座のひとりとして劇中劇にも登場とのこと。
なお、内野さんはジョン・ケアード演出作の魅力を
「僕、『レ・ミゼラブル』がジョンさんとの初めてのお仕事だったのですが、そのときに印象に残ってる言葉が、「どんなキャラクターにもそれぞれ共感できるところがないといけないんだ、どんな特殊な人間の中にも、見る人の心に響く何かを必ず持っている」ということ。その考え方、哲学が僕は大好きで、だからこの作品も難しいポイントもあるとは思うんですが万人に共感できるところもたくさんある、豊かな作品になるのでは」と話しました。
そしてジョンさんは内野さんにハムレットをなぜ薦めたのか...ということについては
「ハムレットはシェイクスピアが描いた中でも一番大きな役。本当は経験豊かで技術もある人がやらなきゃいけない。若い役と考えられている部分があるんですが、それは間違いです。
戯曲の中にふたつだけ、ハムレットの外見を説明したものがあります。ひとつめは墓掘りがいう言葉で、そこから推察すると30歳を超えているということがわかる。ふたつめは最後に決闘するシーンで、ガートルードが「あの子は太っているから」と言う。つまり"30過ぎで、太っている"(笑)。
ハムレットが太っているというのは、シェイクスピアが冗談半分で入れたもの。一番最初にハムレットを演じたのは、リチャード・バーベッジという、カンパニーでいつも主役を演じていた、シェイクスピアのお気に入りの役者。おそらく内野さんくらいの歳だったと思われます。残っている絵を見ると太っている。彼はフォルスタッフ(大酒のみで肥満の老騎士)も演じています。
ハムレットというのは基本的に哲学を描いています。重要なことはカンパニーの皆が経験を積んでいて、物事を考えられる人でないといけない。ただ"稽古でやったことを演じる"というだけでなく、本当にシェイクスピアの描いたことを考えられる人じゃないと出来ない。さらに主役はそういう風にこのお芝居を導いていかなければいけない重要な人。内野さんは本当にそういことが出来る人だと思う。どういうことが起きているかを考えられる人」と話していました。
ちなみに音楽は藤原道山さん。演奏としても作品に参加されます。
「和楽器奏者ですが、和に拘った音楽というより、異空間な音楽を考えていければと思います。生演奏もありますのでそのあたりもお楽しみください」と話していらっしゃいました。
そんなことも受け、今回、和のテイストを入れるのかという質問にはジョンさん、
「この物語の舞台は"これが本物"というものがない。舞台はデンマークとなっていますが、シェイクスピアもそれを想像上の国として描き、心のおき場所として書いた。ハムレットの家族とポローニアスの家族、2家族が住んでいる場所であるというだけなんです。デンマークとなっていますが、普遍の2つの家族を描いている。だからどこの文化でやっても成立する物語です。今回は日本の役者が日本語をしゃべってやる。ヨーロッパの設定にして、ヨーロッパの衣裳を着せてという、違和感があるものより、必然的に日本的にはなると思います。だからといって舞台を江戸時代にしようということではない。自分たちの心地よい場所を作り出そうということ」とのことでした。
▽ ジョンさんと、翻訳の松岡和子さん
ジョンさんの話が興味深く、会見の場ではありますが、「なるほど」「そうなるのか!」という気持ちで訊いていたところ、内野さんが「ジョンの話をきく(記者の)皆さんが大学生みたいな顔になっていました(笑)」とのひと言。
でも、本当に好奇心がくすぐられる、興味深い『ハムレット』になりそうです!
取材・文・撮影:平野祥恵(ぴあ)
【公演情報】
4月9日(日)~28日(金) 東京芸術劇場 プレイハウス
※4/7・8にプレビュー公演あり。
一般発売:1/14(土)
その他、兵庫・高知・福岡・長野・愛知公演あり。