『シェルブールの雨傘』など、数々の名曲を生み出しているフランスの巨匠ミシェル・ルグランの、美しくもどこか哀愁もある流麗なメロディ。少し不思議で可笑しく、そしてロマンチックな物語。
パリ・モンマルトルの空気を感じる小粋でおしゃれなフレンチミュージカル『壁抜け男』が、現在東京・自由劇場にて上演中です。
物語は20世紀ごろのパリ・モンマルトルが舞台。
郵政省に務める役人で、趣味はバラの手入れと切手集めという平凡な男・デュティユルは、ある日突然、壁を抜ける力を手にしてしまいます。
戸惑いながらも自分の"特技"を活かし、"怪盗ガルー・ガルー"として義賊さながらの壁抜け泥棒となったデュティユル。そんな彼が薄幸な人妻・イザベルへの恋心から、ある決意をして......。
わずか11名のキャストが時にコミカルに、時に切なく贈る、愛に溢れた温かなミュージカル。
この作品で主人公・デュティユルを演じている飯田洋輔さんに、お話を伺ってきました。
その美しいバリトンボイスを武器に、『美女と野獣』の野獣役や、『キャッツ』アスパラガス=グロールタイガー/バストファージョーンズ役、オールドデュトロノミー役など劇団四季を代表する作品の主要な役どころを数々演じている飯田さん。
デュティユル役は2012年から務め、いまや『壁抜け男』の"顔"となっています!
【開幕レポート】
◆ 飯田洋輔 INTERVIEW ◆
――飯田さんが当サイトにご登場いただくのは初めてですので、まずは飯田さんご自身についてお伺いさせてください。現在、劇団四季のさまざまな作品で主要キャストを務めていらっしゃいますが、もともとミュージカル俳優を目指していらっしゃったんですか?
「いえ、もともとはただ歌が好きで。特に小さいころからミュージカル俳優に...! という夢があったわけではありませんでした。子どもの頃は、パイロットになりたかったんです。今もなりたいですけど(笑)。ほかにも歯医者さんとか、なりたいものは色々あったんですが、中学2年生の時に、授業で『キャッツ』のLDを観て。ロンドンのものだったんですが、それに衝撃を受けたんです。そうしたらその作品がちょうど名古屋でやっていたんですよ。それで、当時住んでいた福井から名古屋まで、ひとりで行って。今思えば中学生がすごいな、と思うんですが...運命というか、惹かれたんでしょうね。その時は"行きたいから、行く!"という感覚で、親に頼んでチケットを買ってもらったんです。そこで生でみた舞台は、さらにいっそうの衝撃がありました。田舎でしたから、それまで舞台芸術に触れる機会はあまりなかったですし、最初に観たロンドン版のLDと違って日本語なので、ダイレクトに心に来た。そこからですね。ミュージカルをやりたいと漠然と思って、ミュージカルに出るにはどうしたらいいのかなと。それで"音大に行って四季に入れば『キャッツ』に出られるんだ"みたいな人生プランが出来ました(笑)」
――飯田さんといえば、やはり歌のイメージがあります。入団前に弟の達郎さんとアカペラグループを組んでいたのも有名ですよね。
「結局、なぜ歌を突き詰めようと考えたかというと、『キャッツ』をはじめミュージカルに出ていらっしゃる俳優さんたちのプロフィールを見ると「3歳からバレエを始めた」「5歳からダンスを始めた」とか書いてあるんですよ。これは無理だ、もう自分には遅いじゃないか、じゃあ何ができる、歌しかない!...みたいな(笑)。それでもういちど出演俳優さんたちのプロフィールを見ると、皆さん音大を出ていらっしゃる。音大というものがあって、そこで専門的に学べばミュージカルが出来るんだ! ...というところから、本格的に歌を始めたんですよ(笑)。高校2年生くらいまでは、先生にもついておらず、本当に趣味の延長で歌っていましたから」
――歌は身近にあった少年時代だったんでしょうか?
「両親がもともと合唱をやっていたので、そこの練習に週に1・2回、強制的に連れて行かれて。といっても僕らは絵を描いたりして遊んでいるんですが、傍らで両親たちが練習している合唱が耳に入ってくるんです。あとはドライブに行くときなども、両親は発表会に向けて車の中で練習をしているんです。それに合わせて、僕らも一緒にハモったり。そういったことを、自然とやっていました。だから入団前にアカペラ番組に兄弟で出演したりしたのも、その影響です。ハーモニーを作ることが楽しすぎてしょうがない。今も『壁抜け男』をやっていますが、実はメインボーカルを歌うより、ハーモニーを作りたくてしょうがないんですよ(笑)。だから、携帯で多重録音するアプリで、ひとりアカペラをやったりしています。そんな趣味があるんです(笑)」
――そうなんですね! そして今出演されている、『壁抜け男』について。この作品との出会いは?
「これも高校3年生の時に、地元の福井で観ました。ツアー公演で。ちょうど声楽を学び始めてしばらくした頃だったので、音楽の魅力にまず感動しました。それにちょっと、小洒落た感じがありますよね。そこがすごく魅力的でした。当時出ていたVHSビデオも買って、達郎とふたりでずっと観ていました。達郎もハマっていたと思います」
――大人向けのミュージカルというイメージがありますが、高校生の飯田さんの心に響いたんですね。
「やっぱり、音楽の面から観てたんでしょうね。いろんな曲があって、1曲ずつタイプも違うし、それをみんなで紡いでいく。そこが僕には魅力的に感じました」
――そんな、高校生の時に観てビデオまで買っていた作品に、主役のデュティユル役として2012年から出演されています。一番最初にデュティユルにキャスティングされた時は、どう思われましたか。
「最初は......やれるのかなぁ、みたいな(笑)。実感がなかったのかな。それで楽譜をもらって、台本をもらって、最初はすごく楽しかったんですが、徐々にやっぱりしんどさが(笑)」
――しんどいですか(笑)。出演者は11名と少人数だし、皆さん出ずっぱり、歌いっぱなしですもんね。
「そうなんです、曲数が多いし、難易度も高いし、やることも多いし。すべてが大変。1個ズレたら全部ダメになる、踏み外したら回復できないような緻密な作品です。だからきっと、これからも"慣れる"ということはないんじゃないかな。"観る天国、やる地獄"という言葉がぴったり(笑)。でも実際に舞台に立つと、お客さま含め、すべてがモンマルトルの住人のようなあたたかな感覚があり、トータルとしてはホっとした気持ちで公演が終わります。ショーアップされたカーテンコールも素敵ですしね」
――デュティユルという人物について、どのあたりに魅力を感じていますか。
「魅力はやっぱり......どこにでもいる"普通の人"というところでしょうか。"普通"ってすごく難しいんですが、僕はけっこう地味な人間なんで、すごく共感してます。でもどこか心の中で、それをどうにかしたいという思いもある。普通じゃないものに憧れる。だから壁を抜けられる能力を手に入れて、"怪盗ガルー・ガルー"として弾けていくんだと思います」
――私は飯田さんが最初にデュティユル役として登場されたとき、すごいぴったり!と思ったんですよ。
「あはは!まぁ、そうですね。"作りこむ"といった感覚ではなく、結構自然にやれています。でも彼の几帳面なところとかは、実はあまり僕にはなくて。だから出来る限りものは丁寧に扱うとか、何でも確認しながらやるといったところは、かなり気をつけてやってます。でもそこ以外はおかげさまでほとんど作らずに出来るんです。むしろ、(ガルー・ガルーとして内面を)大きく開いた時にどうするか...というところを、考えながらやっています。でも"普通の人"だからこそ、普通じゃない能力を手にいれて弾けちゃう、その心もよくわかる」
――聞いたところによると、デュティユル役は歴代わずか3人しかやっていない。飯田さんが3人目のデュティユルだと。
「そうなんですよ。劇団四季はロングランをしていく劇団ですので、同じ役を経験したことがある人が10人・20人いるというのもよくあることなんですけど、3人って、そんなことってある?って感じですよね。でもすごく光栄です。自分が高校生の時に観ていたあれをやっている! という不思議な感覚もあり...」
――今回は特に、画家役の渋谷智也さん、B氏役の川原洋一郎さん、M嬢役の佐和由梨さん、新聞売り役の有賀光一さんら、初演キャストも多いですし。
「そうなんです。自分がビデオで観ていた人たちだ! あの人たちと今一緒にやっているんだ! というのは、最初の頃は本当になんとも言えない感覚でした。稽古中も、本番に入った今も、色々とアドバイスをしていただいています」
――しかも今回は、公演委員長をやられているとか! 主演をしつつの公演委員長、お忙しいですね。
※劇団四季は、作品(カンパニー)ごとに俳優も何かしらの役割を担う。公演委員長は全体のまとめ役。
「はい、仰せつかってしまって。『壁抜け男』は俳優は11人だけなんですが、すごいキャリアの方ばかりで、僕はかなり若手なんです。みなさんしっかり、自分のやることはちゃんと自分でやるので、特に「これをしないと!」と言って回るというより、今日一日の公演が滞りなく終わるよう、調整する役目でしょうか。カンパニーによっては公演委員長が若手を色々指導したりするんですけどね、そんな必要はあの方々には必要ないので。もちろん大変な部分もありますが、こういうことも経験として積んで、劇団の中でも引っ張っていってくれというエールだと思って、頑張っています」
――今回本当に、客席から観ていても、カンパニー全体のかもし出す雰囲気が可愛らしくて。"大人の可愛らしさ"がありますよね。
「そうなんですよ、あれは(裏側を)本当は皆さんにお見せしたい! できればライブ中継をしたいくらい、いいんですよ。わーわー変な冗談を言って、お互い「うるさい!」とか言い合っているような(笑)、そんなカンパニーです。でも本当にベテラン勢はすごいんです。明戸(信吾)さんと洋さん(川原洋一郎)の警官のシーンとか、見ていて「あれは自分には出来ないなー!」って思いますもん。凄すぎる。立っているだけで可笑しいというのが!」
――ではぜひ、20年後、30年後に(笑)。
「明戸さんのポジションを(笑)? それは楽しみですね! でも本当にああいう存在感のある役者って、憧れます」
――そして、3人編成の生バンドも素敵ですね!
「それも楽しいんですよ。生ならではの呼吸がありますので、キャッチボールが出来る。僕が出て、バンドが合わせてくれたり、逆に向こうの呼吸に僕があわせたり。そこが楽しいけれど、難しいところでもあります。日によって違いますからね。お互い緊張感を持って作り上げている。でもやっぱり音楽が背中を押してくれます。そこがすごくいい」
――色々とありがとうございました。最後にお客さまに、ここをぜひ観て欲しいといったところがあれば。
「派手なミュージカルではありませんが、でも観終わった後に、どこかホッとする、ほっこりする、すごくいい作品です。大きなセット転換で魅せるような流行りのタイプではない、スタイル的にはアナログな作品ですが、そこが魅力的だし、ミシェル・ルグランの作った旋律も綺麗です。帰り道にお客さまが「良かったね」と言ってくださるよう、僕らは毎日頑張っていますので、ぜひ劇場にいらしてください!」
取材・文:平野祥恵(ぴあ)
撮影(飯田洋輔):福井麻衣子
撮影(舞台写真):石阪大輔
【公演情報】
11月13日(日)まで上演中 自由劇場(東京)
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