80年代、90年代の小劇場界を牽引し、2002年に惜しまれつつ解散した劇団、遊◎機械/全自動シアター。
その看板女優・座付脚本家として活躍していた高泉淳子が、劇団活動と並行し1989年から上演していたのが『ア・ラ・カルト』。
小さなレストランを舞台に、お芝居と生演奏で、愛すべき登場人物の人生のひとコマをオムニバスで綴るこの作品は25年にわたり愛され、毎年冬に青山円形劇場で上演される風物詩となった。
同劇場を収容する「こどもの城」の閉館にともない、昨年この公演もファイナルを迎えたが、その台本を書き上げている高泉が、新たな挑戦として上演するのが『風味体感レストラン恋物語 高泉淳子 Reading Live Show「アンゴスチュラ・ビターズな君へ」』だ。
『アンゴスチュラ・ビターズな君へ』は、もともとは『ア・ラ・カルト』の戯曲を、高泉自らが小説化した書籍。
ステージではこの小説をもとに、レストランにやってくる人々の会話を、オムニバス形式のテーブルストーリーとして、フレンチ・ジャズとリーディングで繰り広げていく。
『ア・ラ・カルト』から生まれた、ただし『ア・ラ・カルト』とはひと味違うステージの開幕を目前にした高泉淳子さんに、話を訊いてきました。
◆ 高泉淳子 INTERVIEW ◆
なんといっても25年も続き、二世代、もしくは三世代にわたってのファンもいるほどに愛された『ア・ラ・カルト』。今風に言えば"『ア・ラ・カルト』ロス"に陥っている人には、『アンゴスチュラ・ビターズな君へ』の上演は嬉しいニュースだ。今回は、今年2月に1日だけ開催された東京文化会館公演に続いての上演となるが、実は同じタイトルを冠する公演は、以前から行っている。
「もともとは『ア・ラ・カルト』が20回目を迎えたときに、20回分の台本から、自分で選んだ物語と、編集者に選んでもらった物語から、5つ話を選んで小説にしたのが『アンゴスチュラ・ビターズな君へ』。本を出したあとに一度、兵庫で公演をやらせて頂きましたが、その時は"One Hour シアター"ということで1時間で出来るものということで、ミュージシャンもふたりだったかな? そんな形でやりました。あとは、ライブをやることが多かったので、ライブ会場だと(凝った)お芝居は出来ないでしょう。その中で『ア・ラ・カルト』を紹介するために作ったシーンをリーディングしたり、というのは何度かやってきました」
基本形は以前からありつつも、形態が変わってきている、ということでしょうか?
「あとお話も違ってきていますね。だいたい4つの大きな話から成っているのですが、新しい話がひとつふたつ...と入ってきて。『ア・ラ・カルト』が新しくなるにつれ、こちらにも新しい物語を組み込んだりしていますので。例えば、もともと小説には"老人の話"はないんですよ」
...『ア・ラ・カルト』でも定番だった、おじいさんと、おばあさんのシーンですね?
「はい。もともと私が演じるおばあさんは、白井(晃、遊◎機械/全自動シアターでも高泉とタッグを組み、劇団解散後も2008年まで『ア・ラ・カルト』に出演していた)演じるおじいさんと踊るだけで、会話がなかったんですよ。その後(2010年からスタートした『ア・ラ・カルト2』以降)山本光洋さんが入ってから、老人同士の恋の話や、老夫婦の話を書いたものが評判になって。今回はそれが新しく入っています」
さらに『ア・ラ・カルト』と違う部分が、"リーディング"と謳っているところ。ただ、「朗読ですか」と言うと、高泉は少し言葉を選ぶように「うーん」と唸った。
「朗読というと、キッチリとしたイメージがあるじゃないですか。これは、声だけ聞いていても、動きがあるような...。私はラジオドラマが大好きなんですが、<生の演奏家がスタジオにいて、ラジオでもし『ア・ラ・カルト』をやったら>というイメージに近いですね。SEも入るし、生演奏も、歌も入ってくる。もともとライブで、「これがラジオだったら、と思って聴いてみてください」と言ったのが、お客さんに評判が良くて、じゃあこれを思い切ってまとめていつかやってみたいな、と思ったのがきっかけ。それに将来、全国を回りたいという夢もあったんです。『ア・ラ・カルト』は公演規模も大きかったですし、25年の歴史の中で、なかなか全国へ行けませんでしたので、これからは色々なところに行きたいなという思いもあって。...ただ、『ア・ラ・カルト』があるうちは、それをそんなに強く思わなかったのも事実です」
『ア・ラ・カルト』は2013年12月にファイナル公演を迎え、そのあと2014年12月に過去の名シーンをよりすぐったアンコール公演を行い、幕を閉じた。
「終わった瞬間、「どうするの?」とみんなから言われて。12月に終わり、1月は私も何も考えられないような状態でした。なんか、もう終わるんだ...と。でもその後、2月に東京文化会館でこの公演をやったのですが、それはまだ自分の中に『ア・ラ・カルト』の分身が残っているうちに、頭に『ア・ラ・カルト』のビジュアルが残っているうちに、一回『アンゴスチュラ・ビターズな君へ』をやっておこうと思ったからなんですよ。
...でもすごく、複雑ではあったんです。25年もやってきましたから。お客さんはいつもの『ア・ラ・カルト』みたいな舞台を観たいんじゃないかとか、声だけの舞台をお客さまはどう思うんだろう、物足りないんじゃないかとか。前の日まで、ずっと眠れなかったくらいです。だから、最後にお客さまがスタンディングで拍手をしてくれた時は、ミュージシャンと顔を見合わせてしまいました。中西さん(ヴァイオリニストの中西俊博、『ア・ラ・カルト』の音楽監督でもある)なんかは、涙ぐんで。僕たちにはこれから、こういう形のものもあるんだね、と。齢をとっても、こういう舞台が出来る、さらには、今まで観られなかった場所の方にもお届けできる、と。もちろんいつか、『ア・ラ・カルト』がまた出来る形になれば、それはとても嬉しいんですが」
『アンゴスチュラ・ビターズな君へ』は、『ア・ラ・カルト』と切り離せない、ということだ。正直、一区切りついたものを振り返って『ア・ラ・カルト』とばかり言うのは失礼かな、とも思ったのですが...と高泉に言うと「それは全然大丈夫!」と笑った。
「私たちも実は、以前はそんなことも思ったんです。それは20周年の時(それまでレギュラーだった白井晃、陰山泰の卒業を受けて)も、です。21年目からは、『ア・ラ・カルト』という名前を使うのをやめようか、とか。でもこれはひとつのブランド名みたいなものですし、名前を変えたからって、「これ、『ア・ラ・カルト』じゃん」って言われるだろうし。...色々考えたんですよ、『トトカルチョ』とかね(笑)」
そんな『ア・ラ・カルト』ブランドの、新機軸が『アンゴスチュラ・ビターズな君へ』というわけだ。ただこのステージでの高泉のこだわりは『ア・ラ・カルト』とも少し違うところにあるようだ。
「私は音楽がすごく好きで、耳で聴くものって、想像力がかきたてられると思うんですよね。それに目の前で、音で表現するということは、もしかしたら、ある人の中では倍に広がっていく効果があるのかもしれない。そう思ったのは私が宮城出身だということもあるのですが、地震(東日本大震災)があった後、実家で母と一緒にラジオを聞くことが多くて。あの時、本当に何もなかったんです。電気も、何にも。でも、うちの母やまわりの人に訊いたら、1週間したら、歌を聴きたくなったって。あまりすぐには目で見るものは欲しくない。それでラジオを聴き始めて、私は東京に帰った今も、朝はラジオです。やっぱり自分の中への入ってきかたが全然違う。このフレーズいいな、と思ったら書き留めるし。ずっと記憶に残っているし、誰かに話したくなる。
私、ビジュアルの表現も大好きですが、それだと見逃してしまっている部分もたくさんあるなと、そう考えると思い当たることもたくさんあって。例えば映画の音楽は思い出すけれど、そのシーンで何をしゃべっていたかは思い出せなかったりしますよね。でもシーンの深さや情景は、残っている。落語も好きでよく観に行きますが、やっぱり耳から覚えたし、目でみながらも、どこかサウンドが先だと思う。そのサウンドの力...生の音楽と言葉でやりたい、というのは『ア・ラ・カルト』をやっている時から思っていました。『ア・ラ・カルト』のおばあさんの、まるっきりしゃべっていないんだけど、その心の中の言葉みたいなものが残ったり。耳をすますって、すごく大切だと思う。例えば暗闇で見えなくて声だけが聴こえる時って、一生懸命、耳をすますし、目も見開くと思うんですよね」
明確に"やりたいこと"を語る高泉だが、そう思うに至るには、悩んだこともあったという。
「やっぱり、あの地震から私はひとつ、変わりましたね。表現することを選んじゃったけど、特に演劇なんてものを選んでしまったけれど、一番無駄なものを選んでしまったかなと悩んでいる時でもあったんです。フィルムなら残るし、映画なら何回も観られるし、小説なら何回も読めるし。お芝居は消えてしまって...時間をかけて私は何をやってきたのかなあ、と思ったこともあったんだけれど、でもやっぱり先ほども言ったように、電気も何もなくなった時、何ができるかというと「何か面白い歌をひとつ」「ここで面白い話をひとつ」みたいなね(笑)。それと言葉のニュアンス。自分の気持ちを暗がりでもどう伝えられるか。そういうことを経験し、こういったことは今後も自分はやっていくんだろうな、という気がしています」
そんな高泉のこだわりを助けるべく、強力なゲストが出演。言葉のプロ・三谷幸喜と、声のプロ・山寺宏一という楽しみなキャストだ。
「山寺さんと三谷さんは、『シャーロック・ホームズ』コンビなんですよ(2014年NHKで放映された人形劇。三谷が脚本、山寺がホームズ。高泉も出演)。番組を作ってくれた人たちも喜んでくれています。三谷さんは、20代の頃、遊◎機械/全自動シアターのファンで、よく観に来てくださっていました。僕が好きな劇団は、自分の劇団(東京サンシャインボーイズ)と遊◎機械しかない、ってずっと言ってくれてたの。それで、『王様のレストラン』(1995年フジテレビ)で白井がソムリエ役で出たり...とか、ずっとつながりがありました。でも『ア・ラ・カルト』はむかーし、観たきりだというので「ぜひ新しいものを観てください」とお話してたら、最後の公演、25周年の時に来てくださったんです。そうしたら公演後、楽屋にいらしたら、目がうるうるしていて。私の手を握って「よくやってきたよ、これは素晴らしい!」と言って。その時「いつかまた『ア・ラ・カルト』をやる時があったら絶対出させて!」って仰るから「ホントですね」と言ったら「ホントです」って(笑)。アンコール公演は、私たちもあると思わずギリギリで決まりましたからお願いできなかったのですが、今回どうかしらと思ってお願いしたら、もう、すぐメールの返事がきてびっくりしました。「嬉しいです」というのと「やりたいです」、さらに「僕がやったら面白くなります」ってありましたよ(笑)。最近は毎朝、電話がかかってきて、もしかしたら出られなくなったっていうお知らせかしら、とドキドキしながら出ると「歌なんだけどさ...」って。歌のことを一生懸命気にしておられて。「これ、こういう歌い方がいいのか、それともこういう歌い方がいいのか」とか、ふざけてるんだかまじめなんだかわからない(笑)」
...三谷さんはショーも大好きだということで、昨年は『ショーガール』のリメイク版も上演していますもんね。
「そうそう。歌に関しても、色々と三谷さんが考えてくださって、「これ3人でハモるといいんだけど...山寺さんと3人一緒の回はないの?」って(笑)(※三谷と山寺は別の回にそれぞれゲスト出演)。でも三谷さんが歌いたいという歌を追加しました。それが私も大好きな、とってもいい曲で。淳子さんと歌いたいと言ってくれて、それで日本語の歌詞を三谷さんに書いてもらおうと思って「英語でハモるより、日本語の歌詞がいいと思うんですよね」と言ったら「もちろんです、淳子さんが書いてください!」って言われちゃいました。頼むのが上手な方よね(笑)。すごく好きな曲だから、淳子さんが書いて、って。でもそれは、三谷さんに褒めていただきましたよ。どこか世界観とかが、通じるところがあるんです。人物の書き方が素晴らしいし、喜劇にしても、このあいだの『ホロヴィッツとの対話』(2013年三谷作、高泉が出演)のような作品にしても、私も共感するところがいっぱいあります。それに三谷さんもすごくジャズが好きだから。レギュラーになっていただければと思っています(笑)」
そして、言葉・声と同時に欠かせない要素が、音楽だ。『ア・ラ・カルト』同様、バンドの生演奏。今回は"フレンチジャズ"と謳われているが...。
「"フレンチジャズ"というのは便宜上つけた感じですね(笑)。『ア・ラ・カルト』でやっている音楽をなんて言ったらいいのかときかれた時、「フレンチジャズ系ですかね?」と答えています。本当は"ジプシー・スウィング"とか呼べばいいんだけれども。日本でジャズというと、どうしてもアメリカ的な、ピアノがあって...というイメージ。でも実は今、ジャズはアメリカよりヨーロッパの方が人気があるんですよ。ドラムではなくギターと弦でやるジャンゴ・ラインハルト系(※ヨーロッパでのジャズ、ジプシー・スウィングの先駆者)が私は大好きで。『ア・ラ・カルト』でやっている音楽は、グラッペリ(※ステファン・グラッペリ。ジャンゴの盟友。五重奏団はグラッペリのヴァイオリンとジャンゴのギターが中心)の五重奏団の曲調。バイオリンが主旋律を弾くので、温かいですよね。
音楽監督をいつもやってくれている、有田純弘さん(ギター、マンドリン)が日本でジプシースウィングを広めた人で、ジャンゴ・ラインハルト奏法というのを一番はじめにやった人。彼は私の音楽の師です。でもパトリック(・ヌジェ、アコーディオン)も20代の頃に出会って色々教わったし、中西さんもそうだし。だからこれは、『ア・ラ・カルト』でも実現できなかった、私の理想の音楽、理想のメンバーなんです」
つまり現在の高泉の、やりたいことが詰まったステージになりそうだ。
「初めて観る方にとっては、新しいスタイルのステージだと思うんです。朗読でもなくコンサートでもなく、なんとなく近くで、誰かの話を聴いているような。そんな空間のステージです。作家としての私は、すごく欲張りなんだけれど、"2回、ひとに伝わるもの"を書きたいと思っているんです。観た時に、言葉を受け取って「あぁ」と思ってもらう。そのあと、帰る道すがらでも、1年後全然違う場所ででも、もう一度ふっと思い出してもらったら、一番嬉しいと思っています」
取材・文:平野祥恵(ぴあ)
【公演情報】
・8月21日(金)19:00 プレビュー公演
・8月22日(土)18:00 ゲスト:三谷幸喜
・8月23日(日)16:00 ゲスト:山寺宏一
シアターコクーン(東京)