2010年、若き才能ある演出家が、ある作品を契機として、一気にメジャーシーンへと躍り出た。tpt「おそるべき親たち」を演出した熊林弘高。この作品以前の演出キャリアは、わずか5作品。その彼が、実力派のキャストを堂々率いて放ったこのコクトー作品は、この年の文化庁芸術祭賞演劇部門の大賞に輝く成果を生み、また、演出家自身も、毎日芸術賞千田是也賞に選ばれるという、まさに各方面から高く評価を受ける結果となった。この10月、L'Équipe(レキップ) vol.1「秋のソナタ」で「おそるべき親たち」以来3年ぶりの演出に挑み、これまた圧倒的な演出成果をのこした彼が、改めて、思い出のこの作品に挑む2014年3月。
演出家・熊林弘高に話を訊いた。
熊林弘高 (撮影:源賀津己)
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Q.「おそるべき親たち」という作品の第一印象を聞かせてください。
熊林弘高 「もともと、映画版は観ていました。改めて脚本を読んでみて、あんまり面白いとは思えなかった。この戯曲には穴があるんですよ。緻密ではない。すき間がある。そして、そのすき間に手がかりがあると思いました。ぜひ、(佐藤)オリエさんに出演してもらいたくて、「読んでみてください」と言って渡しました」
Q.オリエさんの出演がカギだったわけですね。
熊林 「オリエさんからOKが出て、すべてそこから。その後、麻実(れい)さん、中嶋しゅうさん、(中嶋)朋子さんも出演OK。若い息子のミシェルだけが、2010年9月の稽古スタートの段階でもまだ決まっていなかった。この手練れ4人と共演するのであれば、よっぽどの腕の人か、あとはまっさらの新人しかなかった。ちょうどそのころ、あるワークショップに満島真之介さんがふらっと来ていて、「彼がいい!」っていうインスピレーションが走った。さっそくオーディションしました」
Q.どういうところがよかったんでしょう?
熊林 「ワークショップに入ってきた瞬間の彼は、太陽のような明るさだった。ミシェルは、この物語では、閉じられた世界に生きている人。彼は、その閉じられた世界から飛び出していく。何も知らないピュアさと、外の世界を経験して楽しいと思う感性と、楽しいと思いつつも、飛び出していくことで傷つくナイーブさ。そういう肉体を持った人が必要だった。何も知らない人の方が、より傷つく。それを演技でやれというと、嘘くさくなる。決めたのは、理屈や説明できる何かではなく、見た瞬間の何かでした」
Q.この戯曲の演出の見通しは、はじめから見えていましたか。
熊林 「ラストシーンか、ファーストシーンがひらめいたら、「これはやれる」と確信できます。この戯曲で言えば、ラストシーンのひらめきでした」
Q.未見の方のために、ここでは絶対に書かない方がいいので自主規制しますが、あまりにも大胆にエロティックな着想ですね。
熊林 「キャスト全員に、ラストはそのようにエロティックな描き方になると、あらかじめ言っておきました。具体的にどうするかは言わないままです。それで、どうするかみんなで話し合ったんです。翌日、そのシーンを演じる麻実さんと満島さんのふたりだけに来てもらって、そこで出た麻実さんのアイデア通りに演じました。稽古時間は1時間取ってありましたが、10分で終わった。生々しいシーンです。ふたりのそのシーンを観て、中嶋朋子さんが「ミシェル、やめて」というセリフを出すんです。はじめは朋子さん、「そのセリフが言えない」と言っていたのですが、麻実さんのアイデアで演じたシーンをやってみたら、朋子さんのセリフが自然に出ました」
Q.性的にアグレッシブなシーンが多くなるのは意識的ですか。
熊林 「ヨーロッパの巨匠演出家ペーター・シュタインが、かつて「芝居におけるすべての関係性はエロスだ」と発言したそうです。これは、自分にとって座右の銘ですね。「おそるべき親たち」は、まさにこの言葉通りの作品だと思います。自分が好きになる演出家のタイプとして、「微妙なニュアンスが漂う」タイプよりは、「これでもかこれでもか」というタイプの方が好き。イングマール・ベルイマンしかり、パトリス・シェローしかり、デイヴィッド・ルヴォーしかり。何がそこで行われているのかが明確なタイプが好きなんです」
Q.2010年版は、大きな反響がありました。熊林さん個人としても、その演出の成果で、毎日芸術賞千田是也賞に選ばれています。
熊林 「びっくりしました。ただ、作品としては、しっかり手ごたえがありましたね。幕を開けたら、お客さんがうなぎのぼりに増えていった。最後の何日間かはチケットがまったくない状態で、うれしかった。ビビッドな手ごたえがありました。それぞれの心の中に何かを残せた。うれしかったです」
Q.そして、2014年版です。
熊林 「セクシュアルなシーンが多いといっても、自分としては、衝撃を与えるつもりなど全然なくて、自然な流れとしてできた作品なんです。初演のときの資料映像も持っていませんし、台本に書き込みもありません。前回をなぞらず、もう1回、同じスタッフ、同じキャストとともに、一からの気持ちでのぞみます。キャスト5人それぞれに、3年の月日が経っているわけですし、当然、考え方も表現も変わっていくはず。どうなるだろう、という楽しみがあります」
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***「おそるべき親たち」あらすじ
ひとり息子のミシェル(満島真之介)を、危ういほどに溺愛している母イヴォンヌ(麻実れい)は、わが息子に恋人ができたと知って、激しい怒りと悲しみを隠すことができない。大荒れ必死の母子関係を修復するために、ミシェルは、叔母レオ(佐藤オリエ)のすすめに従い、父ジュルジュ(中嶋しゅう)にすべてを打ち明けて、相談する。父の驚きは一様ではなかった。息子の恋人とは、何と、自分の愛人マドレーヌ(中嶋朋子)だったのだから......。
***熊林弘高プロフィール
福岡県出身。高校卒業後に上京し、1997年tptに入社。デヴィッド・ルヴォー、ロバート・アラン・アッカーマンら、世界の一線級の演出家に才能を見出されて演出家デビュー。2002年、ストリンドベリの「火あそび」を皮切りに、2004年「かもめ」、2005年「桜の園」と続いたチェーホフ劇や、2006年エウリピデス「BAKXAI(バッカイ)」、2008年マリヴォー「いさかい」で見せた、緻密で丁寧な古典作品の作り込みが身上。エポックとなったのは、2010年のコクトー「おそるべき親たち」で、毎日芸術賞千田是也賞に選ばれた。2012年tpt退社後はフリーに。今年10月、L'Équipe(レキップ) vol.1「秋のソナタ」で、「おそるべき親たち」以後3年ぶりの演出を手がけた後は、2014年1月「TRIBES」、そして3月に2014年版「おそるべき親たち」と、演出作品が続く。