いよいよ5/29(水)にブロードウェイ・ミュージカル『HAIR』初来日公演が開幕する。
1967年に実際に起こっている反ベトナム戦争を掲げたヒッピー文化をありのままに映し出し誕生した『HAIR』は、後の『コーラスライン』や『RENT』などに多大な影響を与えた金字塔的な作品!
この歴史的な内容を含むミュージカルを、全米の批評家から「最高の演出」と絶賛されるほど見事に現代に蘇らせたのは、
演出家ダイアン・パウラス。
2013年トニー賞にノミネートされた話題作『ピピン』を手がける多忙な彼女に話を聞いた。
■時代をリアルタイムで反映させた作品。
ミュージカル「HAIR」は、身近で実際に起こっている事実をありのままに映し出した作品で、それまでの、過去の歴史やムーブメントを振り返る作品が主流だった演劇界にはないタイプの作品でした。
ジェームズ・ラドーとジェローム・ラグニは、当時の文化をそのまま作品に取り入れるために、街に出て若者に話しかけ、彼らの言葉や考え方をリサーチしていきました。
私は、そのアイディアにとても感銘を受けたのです。
ジェームズ・ラドーは、実際に読者から編集者宛てに届いた手紙の記事からヒントを得たこともあったそうです。
劇中の「フランク・ミルズ」という、短いけれど有名な曲の中で、"I am a boy in Frank mills, ~"という歌詞がありますが、その歌詞は一字一句、その新聞記事からとったそうです。
■時代を経てリバイバルへ。21世紀の「HAIR」。
演出をしていく中で、'60年代の若者たちがどんな世代なのかを理解し、その事実をステージに持ち込むのはおもしろい作業でした。
それと同時に、「HAIR」のような作品のリバイバル版を作ることの危険性も感じていました。それは、今の人たちが「HAIR」の衣装にとても馴染みがあるからです。ベルボトム、ビーズ、ロングヘアー・・・ファッションは時として、表面的になりがちです。
でも、私は「HAIR」の持つ理想や信念、当時の若者たちの勇気の方にとても興味がありました。
アメリカを愛していたからこそ、彼らは自分たちの理想を伝えたかったのです。
'60年代は社会情勢を考えるととても不安定な年代でしたが、だからこそ、当時の若者たちは自分の人生の理想を描くことができたのではないでしょうか。
2008 年夏は、大統領選挙でオバマ大統領が立候補し、アメリカの政治的、社会的変化を人々が肌で感じていた時代でした。ですから、リバイバル公演は観客にとって、とても共感しやすいものだったはずです。その証拠に、毎晩劇場の雰囲気が変わっていくように感じました。
■60年代の事実を思い出す、知る、きっかけに。
2009年のブロードウェイでの再演を経て、今年は2013年ですが、この作品は、歴史を思い出すきっかけになっていると思っています。
観劇した人が当時を思
い出す。そして、親から子へ「昔はこういうことがあったのだ」と伝えたり、「これこそがアメリカの若者のあるべき姿だ」と感じてもらうための作品。
この作品の上演は、直に人々の心に訴えかける力があるのです。
60年代に起きた事実と衝撃を現代の観客に伝えるために・・・私は、キャスト全員に自分を1960年代の人だと思わせる為に、全部逆にアプローチしていきました。ヒッピーのような演技をする"俳優"ではなく、内面からヒッピーになって欲しかったのです。
オリジナルキャストは皆、その時代には生まれていない世代でしたが、彼らは自分の両親や親戚にリサーチし、リハーサルの度に自分たちが調べたこと、感じたことを私に教えてくれました。
舞台をより現実的なものにするために、最も重要な場面であり、私たちが理解する事が難しかったことは、召集令状についてでした。集令状を燃やすというシーンがありますが、令状を燃やすと罰せられます。
このシーンについては、何度も話し合いました。クロードが、召集令状を燃やそうとして燃やせなかったのは、どうしてなのか。そのシーンは、キャラクターや、トライブの姿をとてもよく表しています。なぜなら、燃やさないということが、戦争に行き、命を落とすことだと皆理解していたからです。
初演時のキャストに聞きましたが、当時はそれぞれの楽屋に召集令状が届いたそうです。彼らは文字通り、「HAIR」演じるうちに本当に戦場に行かなくてはいけないということを実感していたのです。
■観客を引き込む作品
このプロダクションと関われて光栄なことは、若い世代がこのミュージカルを観たとき、リバイバル作品としてではなく、あたかも自分たちの時代に合わせて作られた作品だと思ってもらえることです。
最後にステージにあがって「レット・ザ・サンシャイン・イン」を歌いながら、今日の自分の人生を謳うのです。それはエネルギーに満ちあふれ、興奮するものです。
このミュージカルの最大の魅力は、観客と関わりを持てる、観客を巻き込むことができる点だと思います。キャストだけでなく観客も参加できる作品です。その国で何が起きていようとも、その事象を反映することができる作品なのです。
「HAIR」全米ツアーが始まったのは選挙中でした。今回の日本公演でも、今の日本社会が反映される作品になると思います。そうであってこそ、観客が作品自体と関りを持つことができるからです。たとえ、この作品がアメリカの歴史話であっても、説得力が生まれます。上演されるのがどの国でも、どんな時代であっても。日本の若い人たちにも説得力があり、元気を与えられる作品になることを期待しています。反社会的、感情的な作品というだけではなく、「HAIR」は特別なエネルギーを持っています。日本の観客が「今を生きる」ということを感じてくれる作品になればいいなと思っています。
■インスピレーションの宝庫
歴史的にも、演劇的にも過去の事項が、どのように現代に通じているかに興味があります。私の舞台に対するビジョンは、その二つを融合させること。
今は、70年代の作品である、ブロードウェイミュージカル「PIPPIN」(ピピン)リバイバル版の演出をしています。
私は、いつも劇場の境界線を広げたいと思っています。
「HAIR」は私にとって衝撃的な作品でした。「HAIR」はいつも私にアイディアをもたらしてくれます。「HAIR」は劇場が単なる箱のような存在でなくてもいい事を教えてくれました。ロック劇場にしても良いし、客席に乗り込んだり、彼らと直接話をしても良いし、政治の話をしたり、劇場にいる人とコミュニティーを作ることもできます。「HAIR」は私の理想的な作品です。
私は、演劇に携わる度に、どれだけ観客に話しかけることができるか、どれほど遠くの席までいけるか、観客にどのようにすれば劇場が生きていると伝えられるかをいつも考えています。
演劇は、とても礼儀正しいもののように見えて、実は生き生きとしていて、奥が深いものなのです。
「HAIR」は、舞台制作のためのインスピレーションの宝庫なのです。
2013 年1 月31 日 ニューヨークにて