●よこやまのステージ千一夜●
先週木曜(1月13日)に初日の幕を開けた
新国立劇場演劇「わが町」を観て参りました。
撮影:谷古宇正彦(以下同)
宮田慶子芸術監督が、自身のシリーズ
「JAPAN MEETS...-現代劇の系譜をひもとく-」の第3弾に選んだのは、
ソーントン・ワイルダーの「わが町」。
あまりにも有名な戯曲です。
昨年、本公演でやられた文学座さんは付属の研究所で毎年上演しているという、
現代劇のバイブル的存在の戯曲。
演出はもちろん宮田慶子芸術監督です。
出演者は小堺一機さん、鷲尾真知子さん、相島一之さん、佐藤正宏さん、中村倫也さん、
佃井皆美さん、中村元紀さん、山本亨さん、斉藤由貴さんほか。
また、町のひとびとの役で、
あの さいたまゴールドシアターの渋い皆さんが出られていたのも印象的。
老いた体をそのまま活かしているのは素敵ですね。
しかも年々、皆さん上手くなっている......。飽くなき向上心がうかがえます。
そして、生演奏でセリフの余韻は消さずに、空間を見事に埋めていたのは、
稲本響さんのピアノ生演奏。
...毎回生演奏というぜいたく。しかも既存の曲ではなく、全てオリジナル曲です。
どこの町にもあるような、
親子関係、子供の成長、青年期の恋そして結婚という、
ありふれた日常を丁寧に描き、
最終的には人間の生と死という根源まで突き詰め、
その人間の営みを宇宙から俯瞰するような壮大さで魅せる「わが町」。
アメリカのニューハンプシャー州
グローヴァーズ・コーナーズという小さな町を舞台に、
1901年から1913年の13年間を3部で構成しています。
こんなお話です。
1901年、ジョージ(中村倫也)とエミリー(佃井皆美)は隣同士に住む
同じ学校の幼馴染み。田舎町のこの町は、さして変わったこともなく、
淡々と毎日が過ぎていくが、ふたりはなんとなくお互いが気になっている。
1904年、ジョージとエミリーはついに結婚。ふたりは町の人たちの祝福を
受け、幸せな結婚式を終える。
1913年、丘の上の墓地でエミリーの葬式が営まれる。そんな彼女を既に
他界した町の皆が見つめている。死者の仲間となったエミリーが、
幸せだった過去を反芻しながら、自分や家族、人間、世界にとって、
本当に一番大事なものに気づいていく......。
実際に観ると、
古典の域に入りそうな有名な現代劇ですが、古い戯曲とは思えない
自然な仕上がりでした。
というのも「JAPAN MEETS...」シリーズは、新訳に毎回こだわっていて、
水谷八也さんの翻訳の力によるところが大きく、特に会話の部分に新訳の力が活きています。
たとえば、ジョージの母役であるギブズ夫人(斉藤由貴)と エミリーの母役・ウェブ夫人(鷲尾真知子)の、
隣に住む妻同士が豆の筋を取ったり、皮をむいたりするシーンの井戸端会議や、
ジョージとエミリーのデートシーンなど、
会話が瑞々しく流れが自然なのが印象的。
また、
今でこそ、チェルフィッチュのように
「これから芝居を始めます」と言って、演者が一礼してから芝居が始まるような、
観る者と演者の関係性を揺るがし、演ずる行為をそのまま客観的に見せた演劇が取り沙汰されていますが、
今から約70年前の1938年に初演された「わが町」も同様に、
舞台監督役の小堺一機さんが、観客と演者の橋渡し役となり、
これから舞台が始まることと、上演するのは劇中劇との旨を観客に伝えてから始まります。
舞台装置は隣り合う家のシーンや、結婚式のシーンで使う椅子やテーブルのほかはほとんどありませんが、
新国立劇場 中劇場はかなり広いので、
針金のような梁が3本、舞台を囲んでいました。(すみません、ここでは写っていないですね、残念)
これはテレビの枠のような効果で、
これから舞台で上演されるのは劇中劇で、現実ではない虚構の世界なのだということを
示していたのもかしれません。
1部、2部が
ラスト3部の、エミリーが人間にとって大事なことは何かを悟る瞬間のために、
全て費やされる本作ですが、
宮田慶子さん演出の今回は、エンディングの味わいが非常に切なく、物悲しく感じられました。
エミリーに重ね合わせて、観客も自分の人生を反芻した結果なのでしょうか、
客席からはすすり泣きの声も多く聴こえてきました。
そして3部は丘の上の墓地の設定ですが、
ご覧のように、舞台のくぼみに死者となった町の人が体を沈めることで、
死者そのものがまるで墓標になったかのような印象を与えていて、
「わが町」を何回もご覧になった人でも、このような情景は初めてではないでしょうか。
......キャストのお話をしていなかったですね。
「わが町」のキャストで重要なのは、狂言回しの舞台監督役。
今回は小堺一機さん。
昼のトーク番組の司会を長年やられているせいで、
舞台に出てきた瞬間に、観客に何かを呼び掛けてくれるんじゃないかと、
皆の視線を瞬時に集めました。
しかし、司会のパブリックイメージとは真逆の、
お客さんに媚びることのない淡々としたナレーションで、
必要以上に役を目立たせないようにしていたのも注目です。
オーディションで選ばれた佃井さんは、
自分のことで頭がすぐいっぱいになるエミリー役を熱演。
ギブズ夫人役の斉藤由貴さんや(写真右は相島一之さん)、
ジョージ役の中村倫也さん(写真右手前が中村さん、左はウェブ夫人役の鷲尾真知子さん、中央はウェブ氏役の佐藤正宏さん)は、
セリフの間合いの良さが目を引きました。
新国立劇場演劇「わが町」 は、新国立劇場 中劇場にて1月29日(土)まで上演中です。
チケットは現在発売中。
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