2021年12月アーカイブ

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甲斐翔真のミュージカルコンサート「KAI SHOUMA MUSICAL CONCERT on Christmas Day 2021 Featuring MAAYA KIHO and HIRAMA SOICHI」が12月25日、有楽町・オルタナティブシアターで開催された。甲斐は2016年『仮面ライダーエグゼイド』のパラド/仮面ライダーパラドクス役で注目され、2020年には『デスノート THE MUSICAL』の主役・夜神月役で華々しくミュージカルデビュー。以降『RENT』ロジャー役、『ロミオ&ジュリエット』ロミオ役など、若手俳優なら誰もが憧れる大役を次々と演じてきているミュージカル界期待の新星だ。ゲストに真彩希帆平間壮一という先輩俳優ふたりを迎えた、甲斐にとって初のこの単独ライブの模様をレポートする。

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開催日はクリスマス当日。静寂の中登場した平間の「クリスマスに始める......」というひと言から始まるオープニング。これは物語がクリスマス・イブに始まるミュージカル『RENT』の冒頭を模したもの。甲斐と平間は2020年11月に『RENT』で親友役として共演、だがこの作品は公演期間中盤に新型コロナウイルスの影響で突如中止となり、そのまま再開は叶わなかった。おそらく公演を観ることができなかったファンも多くいただろう。そんなファンの思いを昇華させるかのように『RENT』のオープニング「Tune Up #1~RENT」を平間とともに熱唱。その選曲からすでに甲斐のミュージカルへの、そしてファンへの愛が感じられる。これはファンにとっては嬉しいクリスマスプレゼントだ。

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直後のMCで少し興奮気味に「絶対に(このコンサートは)この言葉から始めたかった」「1年越しで『RENT』をお届けできた」と語り、笑顔を見せる甲斐。そして自身がミュージカル俳優という道を進むにあたり大きな影響を受けたふたつの存在、世界的ミュージカル俳優ラミン・カリムルーと韓国ミュージカルへの思いを話し、韓国ミュージカル『マタ・ハリ』『フランケンシュタイン』の楽曲に加え、韓国で絶大な人気を誇るブロードウェイミュージカル『ジキル&ハイド』の「時が来た」を韓国語で歌唱。さらにラミン・カリムルーの代表作『ラブ・ネバー・ダイ』の「'Til I Hear You Sing」を英語で披露。ミュージカル界屈指のビッグナンバーの数々を堂々と歌い上げ、観客を魅了した。

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続くコーナーでは甲斐がこれまでに出演した作品『デスノート THE MUSICAL』『RENT』『マリー・アントワネット』『ロミオ&ジュリエット』からのナンバーを感情豊かに聴かせたかと思えば、現在映画も公開中の『ディア・エヴァン・ハンセン』のナンバーなど多彩な楽曲を歌っていく。甲斐の出演作以外の楽曲はどうやら本人セレクトらしく、いずれも曲紹介で「この曲を初めて聴いた時に、絶対歌いたいと思った」という思いを語っており、途中で「僕、どの曲にも同じこと(動機)言ってますね......」と苦笑していたが、それだけ甲斐の各作品、各楽曲へ対する熱い思いが伝わってくる。実際、1曲1曲を丁寧に歌う姿が好印象だ。

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ゲストのふたりも、真彩が「スィンク・オブ・ミー」(オペラ座の怪人)で美しいソプラノを聴かせ、平間が次回出演作『The View Upstairs -君が見た、あの日-』の劇中歌「The Future is Great」を一足早く披露するなどソロナンバーで魅了すると同時に、甲斐とのデュエットナンバーでも息のあったところを見せる。

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中でも甲斐の夜神月に対し平間がLのパートを歌った「ヤツの中へ」(デスノート THE MUSICAL)、甲斐&真彩で歌った大ヒット映画『グレイテスト・ショーマン』のデュエット曲「Rewrite The Stars」などはこの日限りであるのがもったいないほどの印象深さ。真彩と平間は少し緊張気味の甲斐をトークでも和ませ、「せっかくクリスマスなんだから」とクリスマスエピソードを甲斐にふってみたりと(ちなみにサンタクロースの存在は甲斐さんは小学校3年生くらいまで、平間さんは中学生の頃まで信じていたそう)、この日のライブを盛り上げていた。

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後半では、先日まで主演していた『October Sky』の楽曲に加え、来年3月に出演が控えている『ネクスト・トゥ・ノーマル』のナンバーも早くも披露。甲斐のミュージカル俳優としてのこれまでを、そしてこれからの未来をも詰め込んだかのようなコンサートになった。2020年1月のミュージカルデビューからわずか2年弱、出演作は5作。まだまだフレッシュ、「これから」を感じさせる伸びやかな魅力がありながらも、ロックナンバーからポップス、クラシカルで重厚なナンバーと多彩な楽曲を歌いこなした甲斐。何より、誠実な人柄と溢れんばかりのミュージカル愛が伝わり、この人は今後、貪欲にミュージカルに対し熱を注ぎ、どんどん成長していくのだろうと感じる。今後の甲斐の未来を頼もしく思うと同時に、これから歩む道に幸いあれと祝福を送りたくなる、輝かしいコンサートだった。

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取材・文:平野祥恵

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ミュージカル『リトルプリンス』が、18()より東京・シアタークリエにて上演される。サン=テグジュペリの『星の王子さま』を原作に、音楽座ミュージカルが1993年に初演して以降、上演を重ねている人気作だ。今回、演出を手掛けるのは、近年『シャボン玉とんだ 宇宙(ソラ)までとんだ』『マドモアゼル・モーツァルト』と音楽座ミュージカルのリメイクを次々と手掛けている小林香。主人公の王子を加藤梨里香と土居裕子がWキャストで演じ、飛行士/キツネ役を井上芳雄、ヘビ役を大野幸人、花役を花總まりが務めるという豪華配役で新たに生まれ変わる名作に注目が集まっている。この稽古場を取材した。

この日の稽古メニューは、最初から最後のシーンまでを通す"荒通し"。初めて全シーンを繋げるということで、演出の小林より「目的は流れの確認です。何か危険だなと思ったら止めてください。ケガをしないように」と注意喚起があったのち、スタート。冒頭は井上芳雄扮する飛行士が嵐の中、飛行機を飛ばそうとする場面だ。この物語、本筋は原作の『星の王子さま』から大きく乖離しないが、ところどころ、飛行士の背景に作者のサン=テグジュペリの人生をオーバーラップさせることで、ファンタジックな世界と現実世界をリンクさせる。井上の演じる飛行士は少し厭世的な雰囲気も漂い、この人の抱える悲しみの元は一体何なんだろう? ......と、冒頭から心を掴まれてしまう。

飛行機は砂漠に不時着し、飛行士はそこでひとりの不思議な少年――王子と出会う。王子は子どもらしい純粋さで飛行士を質問攻めにし、絵をねだり、自分の星の話を語り、飛行士を戸惑わせる。取材日の王子役は加藤梨里香。Wキャストのもうひとりの王子・土居裕子は本作の初演でも王子役を務め、そのオリジナルキャストである土居がふたたび王子を演じるということで話題だが、加藤もまだ23歳ながら子役時代から数えキャリアは十分、2016年にはミュージカル『花より男子』で3000人以上の中からオーディションで主人公・牧野つくし役を勝ち取ったスター性と実力の持ち主だ。加藤は目を輝かせて自分の星のことを語ったかと思えば目をまんまるにして驚き、次の瞬間にはこぼれる笑顔を見せる。マスク越しであることすら気にならなくなってしまうほどの、表情の豊かさだ。何よりボーイソプラノのように透き通った健康的な歌声は、王子の純粋さにぴったり。加藤、実は生まれながらの"星の王子さま"なのでは......!? と思ってしまうほどの天然王子っぷり!

王子は飛行士に、これまでにめぐってきた星での出来事を語る。それらをダイナミックなダンスで繋いでいくことで、オムニバスのように語られるエピソードの数々が、王子の旅路という大きな流れにまとめられていく。星々で出会った人々もユニークだ。王様、実業家、呑み助、うぬぼれ屋、点灯夫、地理学者といったキャラクターを演じるのは縄田晋、木暮真一郎、桜咲彩花。童話的でユーモラスな役どころを彼らがめまぐるしく演じていくさまは楽しく、ミュージカルとして盛り上がるポイント。黄花役の加藤さや香の美しいダンスも印象的だ。

さらに王子が星を飛び出る、そして星に帰りたいと思う原動力となる花を演じる花總まりが絶品だ。王子の星に咲いた、たった一輪の美しい花。花總の花は、ワガママだけれど高貴で品があり、まさに"唯一の存在"。そのワガママも、王子の気を引きたいという感情が伝わり、憎めないのだ。花の世話を真剣な表情で懸命にする加藤の王子の可愛らしさも相まって、忘れがたいシーンになりそう。また、妖しい魅力としなやかなダンスで異質の存在感を出していたヘビ役の大野幸人も、インパクト大。井上が二役で演じるキツネも忘れてはいけない。キツネは作中の非常に有名なフレーズ「大切なものは、目には見えないんだよ」という言葉を口にし、また王子に"自分にとっての特別"を気付かせる重要な存在だ。井上の、小道具も巧みに使って演じる芸達者ぶりはさすがで、共演者たちからも笑い声があがる。だがキツネはちょっと今までの井上にはない意外なキャラクターにもなりそうなので、お楽しみに。

宇宙への憧れを歌う『アストラル・ジャーニー』、自分の星への思いを歌う『シャイニング・スター』など、作品を彩る音楽も美しく、心にすっと届くものばかり。王子は星々をめぐり、地球の砂漠で飛行士と旅をする中で、自分の花がほかの花たちとは違う、ただ一輪の花だったことに気付く。同時に、キツネがほかの多くのキツネたちとは違うただ一匹のキツネになり、飛行士は大勢の人間の中のひとりではなく"友だち"になる。それは飛行士にとっても同じで、王子は飛行士にとっての希望となる。"誰か"が、"特別なひとり"であることに気付く旅路を、美しい音楽、夢のようなダンスで詩的に美しく描くミュージカル。美しいのに悲しく、悲しいのに、心が洗われる。なんだか自分の心の奥にたまった澱が洗い流されていくような感覚だ。年明け、"気持ちを新たに"一年を始めるには、ぴったりの作品になりそうだ。

公演は202218()から31()まで、シアタークリエにて上演。2月には愛知公演もあり。(取材・文・撮影:平野祥恵)

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年明け1月より東京・シアタークリエにて上演されるミュージカル『リトルプリンス』。サン=テグジュペリの『星の王子さま』を原作に音楽座ミュージカルが1993年に初演し、数々の演劇賞を受賞している傑作が、装いも新たに登場する。この作品で主人公の王子役を務める加藤梨里香が、『星の王子さま』とその作者サン=テグジュペリをテーマにした「星の王子さまミュージアム」(神奈川県箱根町)を訪問。作品背景やサン=テグジュペリの生涯を学び、作品への理解を深めるとともに、『星の王子さま』の世界を楽しんだ。

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『星の王子さま』といえば、示唆に富んだ奥深い内容や、人生の折々にふと道筋を照らしてくれるような名言の数々とともに、サン=テグジュペリ自身が描いた可愛らしいイラストも印象的だ。ミュージアムに入ると、多くの人が思い浮かべるであろうその表紙のイラスト――小さな星の上にひとり立つ王子の姿――が像となり、来場者を出迎える。この日の天気予報は残念ながら一日中、雨。しかし奇跡的に雨があがり、これは幸先がいいぞと思ったところで、弾ける笑顔で加藤が登場。加藤さん、"持って"ますね!

エントランスから展示ホールへ行く道中は、「出会いの庭」「アジサイの小径」などのヨーロピアン・ガーデン、ローズガーデン、「王さま通り」など、テーマ性がありつつ、思わず写真を撮りたくなる可愛らしいスポットだらけ。特に「王さま通り」は、サン=テグジュペリの生まれた1900年頃のフランス・リヨンの街並みを再現しているそうで、盛りの紅葉とあいまって、"ヨーロッパの秋の風景"といったおしゃれな雰囲気だ。加藤も足取り軽く、楽しそうにキョロキョロとあちらこちらに視線を送っている。

そして館内へ。ここではサン=テグジュペリの生涯が代表作とともに9つのエリアに分けて紹介されている。作家であり、飛行士であったサン=テグジュペリ。少年時代から空に憧れ、陸軍飛行連隊で飛行機の操縦士となり、その後、民間の郵便輸送のパイロットとして勤務した経緯や、砂漠のただ中の中継基地キャップ・ジュビーの飛行場長として13ヶ月を過ごしたことなどを、加藤は展示物を見て、またミュージアム広報担当・都路さんの説明を受けて学んでいく。サン=テグジュペリがキャップ・ジュビーで実際に砂漠のキツネ(フェネック)を飼っていて、それが『星の王子さま』のキツネの原型であることなど、作家本人の経験がこの物語の様々なところに投影されていることも新鮮に受け止めていた模様。特に加藤が胸を打たれたようなのは、サン=テグジュペリの弟・フランソワの死。フランソワが死の直前に言ったという言葉「僕は苦しくなんかない。痛くもない。ただ、どうにもとめられないんだ。これは僕の体がやっているんだ」は、肉体より精神が優位に立つという意味で、『星の王子さま』ラストシーンに大きく影響を与えている、という説明を真剣な表情で受け止めていた。

ほか、『星の王子さま』の献辞がユダヤ人の親友レオン・ヴェルトに宛てられていることから読み取れる戦争の影や、サン=テグジュペリの最期など、ファンタジーの裏側にある時代背景も学び、展示ホールラストの『星の王子さま』エリアへ。ここでは、キツネを見ては「キツネの言葉は大人になっても心に響きます。井上(芳雄)さんがどう演じるのか楽しみ」、バラの花を見ては「花總(まり)さんですね!」と声を上げるなど、自然と加藤の表情も楽し気なものに。ちなみにバラの花はサン=テグジュペリの妻コンスエロがモデル。「王子さまとバラのように、仲違いやすれ違いもあった結婚生活だったようですが、きっと最後まで愛し合ったことでしょう......」という都路さんの説明に感慨深い様子の加藤。

その後も館内・屋外の様々なフォトスポットで写真を撮り、ミュージアムを堪能した様子。ミュージアムショップでも「これ、可愛い!」「楽屋で使えそう」と、何を見ても心惹かれて目移りしてしまうようで、スタッフから「加藤さん、あと10分くらいで......」と言われ慌てるひと幕も。カードに願い事を書けるコーナーでは公演成功のお願い事もばっちり記した。最後に「とっても素敵なミュージアムで、作者の生い立ちや、『星の王子さま』の誕生秘話も学んで、私もより一層『星の王子さま』への理解を深められました。この経験をミュージカル『リトルプリンス』に活かしていきたいと思います。見どころや可愛いフォトスポットもたくさんあるので、皆さまにも遊びに来ていただきたいです」と感想を話した。

ミュージカル『リトルプリンス』は202218()から31()まで、シアタークリエにて上演。2月には愛知公演もあり。なお、王子役は加藤と土居裕子のダブルキャスト。星の王子さまミュージアムは神奈川県足柄下郡箱根町仙石原に位置し、箱根登山バス「川向・星の王子さまミュージアム」バス停下車すぐ。開園時間は10:0018:00(最終入園17:00。第2水曜日は休園 ※3月と8月は無休)。

(取材・文:平野祥恵)

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※写真:Le Petit Prince™ Succession Antoine de Saint-Exupéry licensed by(株)Le Petit Prince™ 星の王子さま™より

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稽古場は緊迫感につつまれ、今にもなにかが弾けそうだった。

この日の『hana-1970、コザが燃えた日-』の稽古は、クライマックスのあるワンシーン。照明を落とした薄暗い稽古場で、兄弟──松山ケンイチ演じるハルオと、岡山天音演じるアキオ──が向かい合う。二人のいる場所は、実家である嘉手納基地近くのパウンショップ(米兵相手の質屋)&バー『hana』。敗戦から25年経ち、しかし"まだ戦争は終わっていない"沖縄の地で、二人の思いがぶつかる。

演出の栗山民也が台本を片手に舞台へあがり、「この台詞でここに立って」と自分で動きながら立ち位置を指示する。松山と岡山は瞬時に対応し、身体の動きの変化に連動して、声のトーンも変化していく。

また、栗山は「この台詞は立たせて」と声の強弱をつけたり、たとえば小道具を持たせて目立たせたりする。すると、舞台上においてどの瞬間になにが重要になるのかが整理され、俳優たちの会話かスムーズに流れだす。客席側から見ていても、視線がなめらかに誘導されて見やすくなった。

次のシーンでふたたび、栗山が「この台詞でここに立って」と松山と岡山に指示する。すると、二人の立ち位置が最初と真逆になっていた。気づけば、二人の関係性も真逆になっていた。

方言指導にしっかりと時間をかけたそうで、沖縄のイントネーションで話す。なかには本土の人間ではおそらく理解できない言葉も混ざるが、それがまた生々しい。そこに米兵の英語も入り乱れる。壁や床にはアメリカの看板やインテリアがたくさん並び、なんだか陽気で明るい雰囲気もある。けれども同時に、沖縄の冬の暖かさと、汗の臭いと、目には見えない生々しい憤りが渦巻いているようだ。

稽古では、演技、確認、演技、確認......と繰り返される。時には全員で円になり、シーンを振り返りながら、動きや台詞の方向性などを共有する。つねに静かで集中の糸は切れないけが、合間には笑い声もあり、緊張しながらもリラックスしているようだ。

来年は、沖縄返還50周年だ。沖縄やコザのこと、そしてこの日の出来事を知ってもらいたい。脚本の畑澤聖悟は、綿密な取材を重ね、丁寧に作品に反映していく。松山と岡山は実際にコザを訪れ、舞台となった場所を歩いてきたそうだ。

沖縄返還前のある日。アメリカと一触即発の空気のなか、血の繋がらないいびつな家族の行き場のない愛憎が、稽古場に充満していく。

取材・文 河野桃子

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新国立劇場の作品創造プロジェクト「こつこつプロジェクト」の第一期作品『あーぶくたった、にいたった』(作:別役実、演出:西沢栄治)が2021年12月7日(火)から同劇場で開幕した。

同劇場の演劇芸術監督を務める小川絵梨子の肝煎りの企画の一つである「こつこつプロジェクト」。「矢継ぎ早にどんどん作品をつくっていく良さはもちろんあると思うが、作り手によっては、じっくり、時が来た時に舞台にあげるようなシステムができないか」と思案した小川は、公共劇場で、通常1ヶ月程度の稽古期間を1年という長い時間をかけ、〈試し〉〈作り〉〈壊し〉〈また作る〉というプロセスを踏めるようにした。英国のナショナルシアターでの事例などを参考にしたというが、なかなか日本の演劇界ではない取り組みと言えるだろう。

こつこつプロジェクトの第一期には、大澤遊、西悟志、西沢栄治という3人の演出家が参加。それぞれに作品を育て、試演会と協議を経て、この『あーぶくたった、にいたった』が本公演として上演される運びとなった。

1976年に文学座で初演された本作は、別役実の"小市民シリーズ"と呼ばれる作品群の一つだ。

演出の西沢は、今回初めての別役作品に挑んだ。過去のインタビューで西沢は「完全な喰わず嫌いで、ろくに観たこともないのに"あの独特の空気感が面白くない"と決めつけていたところがあるんです」と明かしつつも、「選んだ『あーぶくたった~』はもちろん、参考のためにと読んだ別役戯曲は、どれも本当に演劇的で興味深く、現状とあまりに符合する設定やドラマが多すぎて"予言の書か!"と驚くほど」と語っている。そして、「ひたすら普通に、つつましく生きようとした劇中の名もなき人々に思いを馳せることで、僕らなりの"日本人論"にたどり着きたい」とコメントしている。

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   (左から) 山森大輔、浅野令子 撮影:宮川舞子

公演初日を見た。

舞台には、一本の古い電信柱がスッと象徴的に立っている。雨にさらされて汚れた万国旗が垂れ下がっている。土に埋もれた赤ポストも見える。客入れ時に『チャンチキおけさ』や『世界の国からこんにちは』など、昭和の歌謡曲が流れていて、おおよその時代設定が推察される。

始まりは、山森大輔が演じる男1、浅野令子が演じる女1の婚礼の場面から。新郎新婦は、子どもの頃の思い出話をして、まだ見ぬ子どもの将来などを語り始めるも、会話は思わぬ方向に。楽しい新婚時代、子を持ち落ち着いた生活、そして老境へ―。全10場、人々の"日常"を断片的に切り取りつつ、1時間45分(途中休憩なし)で紡いでいく。

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    (左から) 山森大輔、浅野令子 撮影:宮川舞子

2019年6月に1st試演会、同年8月に2nd試演会、そして、20年3月に3rd試演会を経て、今回の上演に至った。プロジェクトが始まった当初、未知のウイルスがこんなに世界中で広がるとは誰も思っていなかったし、東京五輪が延期になるなんて想像もしていなかったと思う。そんな苦難の時代の中でも"こつこつ"と作りあげ、作品の強度をあげてきた。稽古の過程で、他の別役作品を読むなど"寄り道"も許される限りしてきた。

どこにでもありそうな日常の可笑しみを楽しんでいたら、ふと気がついたときには、大きな物語に飲み込まれて、動けなくなっていく。かつての「小市民」と、今を生きる私たちがどうしても重なり、この不条理に立ち尽くしてしまう。「いいじゃないか、ただ生きてみるだけなんだから......。ね、ほんのちょっとだよ。ほんのちょっとだけなんだから......」。そんなセリフが胸を打つ。雪に埋もれた夫婦の姿は、遠い昔の他人事とはどうも思えない。これが別役実の世界なのか。それとも"こつこつ"積み重ねてきたからこそ、見える景色なのか。

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(右から) 浅野令子、山森大輔、龍 昇、稲川実代子 撮影:宮川舞子

役者もよかった。プロジェクトの各段階に携わった俳優陣からバトンを引き継ぎ、本公演では山森と浅野のほか、龍 昇、稲川実代子、木下藤次郎が出演する。それぞれ舞台経験を十分に持った実力派ぞろいなのだが、いい意味で素朴な雰囲気を醸し出し、絶妙な「小市民」を体現。派手な演出もなく、地味といえば地味なのだが、彼ら彼女らの半生がいい味を出していた。

ちなみに、千穐楽の19日まで本作の戯曲が無料公開されている(https://www.nntt.jac.go.jp/play/bubbling_and_boiling/)​​。予習として読むよりは、終演後に読み返すと、また新しい発見が生まれるかもしれない。

公演は12月19日(日)まで。なお、14日(火)13時公演終演後は、出演者と演出家によるシアタートーク(無料)が予定されている。チケット発売中。

取材・文:五月女菜穂 写真提供:公益財団法人 新国立劇場運営財団

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1212()より東京・シアタークリエほかで上演される『ガラスの動物園』の稽古場を取材した。1930年代、大恐慌下のアメリカに生きる家族を描いた『ガラスの動物園』は、テネシー・ウィリアムズの出世作にして、アメリカ文学の最高峰とも称される戯曲。1945年のブロードウェイ初演以降世界中で繰り返し上演され、のちの演劇・文学作品にも大きな影響を与えたこの作品を、今回は上村聡史の演出、岡田将生、倉科カナ、竪山隼太、麻実れいの出演で上演する。

物語はトム・ウィングフィールド(岡田将生)の回想から始まる。トムはこの物語は追憶の劇だと宣言する。そう語る姿はくたびれた風情だ。しかしどこか甘い香りが匂い立つようで、それは郷愁の甘さに加え、岡田自身の持つ少し悲し気で優しい雰囲気がそうさせるのだろう。バンドネオンが奏でる物悲しいBGMとトムの独白が、閉じられた、息苦しい、しかし懐かしい家の中に観る者を誘っていく。

ウィングフィールド一家の住むアパートの中には、アンティークの調度品が設えられ、舞台中央の机の上にはガラス細工の動物が置かれている。父親は16年前に家を出ていったっきり。この家の空気を司っているのは母親のアマンダ(麻実れい)だ。南部のお嬢様育ちのアマンダはかつての栄華を未だに忘れられず、子どもたちを無意識のうちに支配しようとしている過干渉な母親。すべてにおいて大げさで、芝居がかっているが、麻実は"芝居がかっているのに、リアリティがある"という人物を演じるのに長けている。そしてこの一家を覆う一種病的な空気を生み出しているのがアマンダであるのが一瞬で伝わる求心力。なのにチャーミングさもチラリと覗くところはさすがだ。

空気を司るのがアマンダなら、一家の要は娘のローラ(倉科カナ)だ。脚に障害があることから極度に内向的、ガラス細工の動物を大切にしている娘。母アマンダが極端に可愛がり、かつて自分のもとに数多くの青年紳士の来訪があったように、ローラの元にもそんな紳士がやってくることを期待している。家族の......というより、アマンダの行動原理がすべて「ローラのために」である分、負担はトムの両肩にのしかかってくるわけだが、一方で一家の緩衝材になっているのもローラの優しさだ。倉科のローラからまず伝わってくるのは、そんな優しさ。倉科の可憐さと相まって本番の舞台ではさらに繊細なローラになるに違いない。

いびつな家族がなんとか破綻せずに保っているのは、やはりお互いへの愛ゆえなのだろう。岡田、麻実、倉科の3人は自身の感情を爆発させた瞬間、ぱっと罪悪感が広がるような、そんな繊細な感情を巧みに紡いでいく。演出によってはこの登場人物たちがどうしようもなく自分勝手に思える場合もあるのだが、上村演出版は、どのキャラクターも息苦しさと相手への愛情の間で葛藤しており、痛々しく悲しい。しかし綻びは少しずつ大きくなる。ずっと自分を抑えてきたトムが、この家には何一つ自分の自由になるものはないと嘆くシーンの岡田の悲痛さは胸に迫るものがある。

取材できたのは1幕のみだったが、このあと2幕になると、危ういバランスで保たれていた家族は、ひとりの青年――ジム・オコナーの来訪によって大きく揺れる。アマンダからローラのために知り合いの紳士を紹介してくれと懇願されたトムが連れてきたジムは、アマンダの期待する"ローラの青年紳士"となりえるのか。現実世界からの使者・ジムを演じるのは竪山隼太。1幕では幻想の紳士として印象的に佇んでいた竪山が、どんな"現実の青年"になるのだろう。そしてそれぞれの抱く期待や痛みがさらに増幅される2幕で、演出の上村がどんなところにフォーカスを当てるのかも楽しみである。ただ、1幕を観た感触では、上村演出は家族に対する期待や失望、義務、閉塞感、将来への不安や自由への憧れ、そして悔恨といった幾重にも重なる感情を丁寧に紡ぎ、そのすべてを家族愛という糸で繋ぎ合わせて見せてくれそう。それぞれが少しずつ破綻しているが、この一家は非常に優しい人たちなのだ、と思えた。戯曲本来のノスタルジックで繊細な美しさが際立つ『ガラスの動物園』になりそうな予感がする。

公演は1212()から30()までシアタークリエにて。その後、福岡、愛知、大阪でも上演される。(取材・文:平野祥恵、写真提供:東宝演劇部

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