アメリカを代表する喜劇作家、ニール・サイモンの晩年の傑作『ローズのジレンマ』が2月6日(土)より東京・シアタークリエで上演される。大物女流作家ローズと、その恋人で同じく作家(ただし5年前にすでに亡くなっており"亡霊")のウォルシュ、ローズの助手アーリーン、そして売れない作家クランシー。登場人物はこの4人のみ。経済的に困窮しているローズのため、ウォルシュの未完の小説を完成させ発売しようという計画の顛末とは......。
ニール・サイモンらしい、笑いとしゃれた会話の中に、じんわり人生の悲喜こもごもが浮かび上がる戯曲に挑戦するのは、大地真央、別所哲也、神田沙也加、村井良大。
ヒロイン・ローズの最愛の恋人であり、亡霊として登場するウォルシュ役に扮する別所哲也に話を訊いた。
◆ 別所哲也 INTERVIEW ◆
――『ローズのジレンマ』、別所さんがこの作品に出演する決め手になったポイントはどこにありましたか?
「大学時代、僕が演劇を始めたばかりのころに下北沢でやっていた『裸足で散歩』という舞台にめちゃくちゃハマって、何度も観に行ったんです(1984~85年 下北沢ロングラン劇場/1年3か月のロングラン上演だった)。色々な方が出ていたので自分もオーディション受けたいなとか思って通っていた記憶があります(笑)。ロバート・レッドフォードとジェーン・フォンダが出ていた映画版も大好きで。それがニール・サイモンとの出会いです。そのあと真田広之さんたちが出演されていた『ビロクシー・ブルース』(1987年 PARCO劇場)などを観て「こういう男っぽい作品もあるんだ」って思ったり、もちろん『おかしな二人』なども好きですし。ニール・サイモンといえば押しも押されぬトップの作家で、第一線の俳優さんたちがチャレンジしているものでしたので、いいなぁと思っていましたが、でも俳優の仕事は"めぐり合わせ"ですから、なかなか機会がなく。今回、自分も年齢を重ねた今、ニール晩年期のこの作品をやれるのは面白いなと思っています」
―― ご自分の中で憧れが大きくなって、手を出しにくいみたいなところはないですか?
「確かに(笑)。ただこの年齢で、こういう作品で、ウォルシュという役をやるのは「めぐり合わせだよね」と受け入れたところはあります。そう言われてみると、ほかのニールの作品でお話をいただいたら「自分ができるかな、恐れ多いな」と思うかもしれません」
―― 演じるウォルシュは、女流作家ローズの、5年前に亡くなった最愛の恋人。ということで亡霊として登場します。お稽古が始まる前ですが、現時点でどんなキャラクターだと捉えていらっしゃいますか。
「ちょっと悩んでいるんですよ。だって、ガウンを着て存在している男ですよ。ブランデーグラスでも回していそうな世界(笑)。飄々としつつ、暑苦しい感じ。でも、もう亡霊であるということは"儚い"存在ですよね。キャラクター自体はあまり儚くない感じなのに! そのギャップから生まれるものを、お客さんが面白いと思ってもらえたらいいなと。ただこれ、僕はこのキャラクターはこうだと決めていくより、稽古場で、みんなでいいアンサンブルを作っていけたらいいなと思うんです。この作品、4人で奏でる上質な弦楽四重奏だと思っていますので」
―― ローズ役の大地さんとは初共演ということですが、映像でも共演はなく?
「ないんです。ただ、鮮明に覚えているのは、『ミス・サイゴン』で僕がエンジニアを演じた回をご覧くださって、わざわざ楽屋にまでご挨拶にきてくださったんですよ。しかも"森伊蔵"をいただいてしまって。「えええ!」ってなっちゃいました。あとは、一度僕のラジオに出てくださったのですが、その時に「コーディネートはこうでねぇと」っておっしゃったことを今でも忘れられません(笑)。これ、拾って何か返した方がいいよなって思ったのですが、あまりに虚をつかれて僕、「ですよね」としか言えなかった(笑)。お茶目な方ですよね。そのお茶目さに衝撃を受けたので、ローズ、楽しみです。大地さん、こういった上質なユーモアは、きっとお好きだと思います。あとは......本当にいつまでもお美しいので、舞台上で見入ってしまわないように気をつけないと!」
―― 別所さんは『マイ・フェア・レディ』でヒギンズ教授を演じていますが、大地さんとはすれ違いでしたね。
「そう、『マイ・フェア・レディ』は僕は神田沙也加ちゃんと共演しました。大地さんがずっと演じてこられた作品ですし、沙也加ちゃんと仲がいいそうですし、初日に大地さん、観に来てくださったんですよ。それも嬉しかった」
―― ところで昨年から今年、世の中が大変な状況になって、ライブエンタメはちょっと苦境にあります。その中で舞台に立つモチベーションは、別所さんの場合はどこからくるのでしょう。
「......やっぱり自分は好きなんですよね。演劇を観るのも、自分が立たせてもらうのも。もちろん映画館で映画を観るのも好きですが、目の前で人間が演じている、もしくは僕らが演じる目の前にお客さまがいるというかけがえのない時間と空間は、新型コロナウイルスによってますますかけがえのないものになったなと感じています。本来当たり前のように楽しめていたことだけれど、同じ劇場という空間で、お客さまから時間をいただき、僕たちもその時間を捧げて、何かを共同体験する。そこで笑ったり泣いたり、何かの気づきを得たり、大切な人を思ったりって、奇跡とは言いませんが......でも今は"奇跡"に近いかも。あとはちょっと時空を飛び越えて旅をしたりね。今回の『ローズのジレンマ』も外国の作品なので、そういった非日常の体験になると思いますし。日常を離れ、観終わって「ああ面白かったね」とか「人間ってバカだよね」「人間って素敵だよね」って感じていただけるようなものって、やっぱり大切だと思いますよ」
――この作品は特に、最後しみじみとした余韻が残ります。
「そう。構造としての喜劇、ウィットに富んだ台詞のキャッチボール以上に、人間として時間を重ねることの深みみたいなものがあります。ローズとウォルシュというキャラクター自体が、人生の第三コーナー、第四コーナーをまわってそろそろ総仕上げという、そういう存在。あるいは「仕上がっていないとおかしいのに仕上がっていない」というジレンマですよね(笑)。ニールだし"喜劇"で、そう括られることで生まれる期待とか色々あると思うのですが、上質な大人の会話と、ジレンマを抱えてジタバタしているところ、悪あがきしているところをこの4人でどう洗練された世界観で作っていけるか。僕もめちゃめちゃ楽しみですし、喜劇的部分と、ハートフルなところ、両方大事だと思っています」
―― 翻訳劇というのは、もしかしたら特に若い人にとっては少しハードルが高く感じることもあるかもしれません。若い頃にニール・サイモンにハマった別所さんから、ぜひ、なかなか翻訳劇を観る機会のない人の背中を押すひと言をお願いします!
「翻訳劇のストレートプレイって、会話のキャッチボールが面白いのですが、それって若い人たちがSNSで会話したり、自己表現したりすることとすごく似ていると思うんです。絵文字を使ったり「エモい」とか「ぴえん」とか新しい言葉を使って繋がる感性って、ウィットがたくさんあるでしょう。それと同じじゃないかな。この作品でも、会話のキャッチボールの中にある小気味よさに出会ってくれたら嬉しいなと思います。若い人がこの作品を観て、どうエモいのか、自分たちなりに受け止めてほしいです」
撮影:石阪大輔
取材・文:平野祥恵