令和元年も残すところあと一ヶ月。
今年の掉尾を飾る「十二月大歌舞伎」が東京・歌舞伎座で上演中です。
その昼の部を観劇してきました。
今月は坂東玉三郎を中心とした座組です。
次世代を担う若手にも大役を勤める機会をと、昼の部は演目や出演者が日にちによって替わる構成になっています。(Aプロ・Bプロ)
ひとつ目の『たぬき』は両方のプログラム共通です。
ふたつ目は、【Aプロ】が『村松風二人汐汲』、【Bプロ】が『保名』となります。
▼写真は『村松風二人汐汲』
(左から)村雨=中村児太郎、松風=中村梅枝
3つ目の『阿古屋』は【Aプロ】が玉三郎、【Bプロ】では中村梅枝と中村児太郎が日替りで勤めます。
『たぬき』は1953年に初演された、大佛次郎作の新作歌舞伎。
前回の上演から約5年ぶりで、今回新たに石川耕士が演出を手掛けました。
物語は、コレラが大流行している江戸を舞台に、死んだと思った男が火葬場で生き返り、思案あって元の生活には戻らず、過去と決別して別人として第二の人生を歩むが......というお話。
主人公の男・柏屋金兵衛を演じるのは、これが初役となる市川中車(香川照之)。
金兵衛は、柏屋の婿養子に収まったものの、放蕩三昧でお世辞にも良い夫、良い父とは呼べないような男。
焼かれる寸前に生き返ったものの、自宅へ帰っても妻からは歓迎されないだろうと思い、それならいっそ、若い妾と楽しく暮らす人生も悪くないな、と考えた金兵衛。
ところが、この妾にも裏切られていたとわかり、失意のどん底に落ちていきます。
前半はコミカルな場面もあり、喜劇としても楽しめます。
後半は名前を変え、別人として生きてきた金兵衛が、以前の知り合いにあったことから、ある決断をするまでが描かれています。
▲『たぬき』(左から)太鼓持蝶作=坂東彦三郎、柏屋金兵衛=市川中車
この作品は、喜劇というより、シニカルな視点や親子の情愛といった人間の本質を突いた深さがあり、演劇的な視点で観ても面白いなと思いました。
中車は、緩急交えた芝居で場面ごとに違う顔をみせ、複雑な男の心情を表現していました。
また、金兵衛との絡みが多い太鼓持・蝶作を坂東彦三郎が好演、その妹で妾お染を中村児太郎という配役です。
ところで、『たぬき』というタイトル、響きは可愛いですが、人間を「化けの皮を被って化かし合いをしているたぬき」に見立てて付けたようで、なんとも皮肉が利いていますね。
観劇日が【Bプロ】だったので、続いては『保名』です。
比較的コンスタントに上演されている舞踊ですが、玉三郎が歌舞伎座で『保名』を踊るのは実に26年振り。
自殺した恋人を想い、悲しみのあまり発狂してしまった安倍保名の哀愁漂う叙情的な作品です。
▲『保名』保名=坂東玉三郎
花道から病鉢巻をして玉三郎が登場すると、場内が一瞬にして幻想的な世界に包まれます。
(※歌舞伎の約束事として病鉢巻は「患っている」という意味)
舞台背面には一面黄色い菜種畑の絵が描かれ、恋人の幻を追いながら儚く彷徨する玉三郎とのコントラストは、まるで絵画から抜け出たかのように美しい舞台でした。
昼の部ラストは「壇浦兜軍記」の『阿古屋』。
この日の阿古屋は児太郎が勤めました。
昨年初役で演じて以来、一年ぶり2度目の挑戦です。
▲『壇浦兜軍記 阿古屋』(左から)榛沢六郎=坂東功一、遊君阿古屋=中村児太郎
『阿古屋』の見どころは、最高位である遊女・阿古屋の豪華な衣裳もそのひとつですが、演じる俳優が琴、三味線、胡弓の3種類の楽器を実際に演奏するところが最大のポイント。
しかも、ただ演奏するだけでは役として成立しません。
それは三曲を演奏する理由にあります。
ストーリーを簡単に説明すると――
阿古屋は平家の武将・悪七兵衛景清の恋人です。
勇将として名高い景清を脅威に思う源頼朝は、行方をくらませた景清の居場所を突き止めようと、阿古屋を捕え詮議します。
詮議役を仰せつかったのは理知的な秩父庄司重忠。
居場所は知らないと答える阿古屋の言葉の真偽を確かめるため、肉体的な拷問ではなく心の内を探ろうを考え、阿古屋に三曲の演奏を命じます。
(【琴責/ことぜめ】という有名な場面です)
▲『壇浦兜軍記 阿古屋』(左より)遊君阿古屋=中村梅枝、秩父庄司重忠=坂東彦三郎、岩永左衛門=市川九團次
もしも音が乱れれば、阿古屋の言葉に偽りあり!とされてしまうため、重忠が納得するであろうレベルの演奏を聴かせなければなりません。
俳優にとって、品格、色気、情愛、心理描写にくわえ、演奏技術も必要な、まさに女方屈指の大役なのです。
そのハードルの高さゆえ、長い間玉三郎だけが演じてきた阿古屋ですが、若い世代がその芸を継承すべく、今月は奮闘しています。
▲『壇浦兜軍記 阿古屋』(左から)遊君阿古屋=坂東玉三郎、秩父庄司重忠=坂東彦三郎、岩永左衛門=尾上松緑
児太郎の阿古屋は、誠実の中に芯の強さを感じ、ひとつ一つの動作も丁寧で、本当に大切に演じていることが伝わってきました。
さて、そんな緊張感のある作品ではありますが、息抜きのようなユニークな場面もあります。
ひとつは敵役の岩永左衛門。
"人形振り"といって、黒衣が俳優を操っているように見せる手法で演じられ、面白い仕掛けもあります。
さらに、この岩永をも超えるオモシロが"竹田奴"!
岩永が阿古屋を拷問にかけるぞ、と言って奴たちを呼び出すとわらわらと登場します。
漫画のようなメイクと声色が特徴で、なかなかの破壊力に脱力しました(笑)。
ドラマ、音楽、衣裳、そして楽しい場面もある『阿古屋』の魅力を再発見できた気がします。
公演は12月26日(木)まで。東京・歌舞伎座にて上演中。