3部構成でおよそ10時間にもおよぶKUNIO15『グリークス』が、いよいよ11月21日(木)、神奈川・KAAT神奈川芸術劇場(以下、KAAT)で幕を開けます。第1部「戦争」(11:30)、第2部「殺人」(15:00)、第3部「神々」(18:30)と、1日ですべての上演が行われる本作。10本のギリシャ悲劇を1つの壮大なストーリーに編み直し、1980年にイギリスで初演されたこの長編戯曲に挑むのは、演出家・舞台美術家でプロデュースユニットKUNIO主宰の杉原邦生さんです。最古のテキスト"Q1"バージョンで上演した『ハムレット』や、2015年読売演劇大賞上半期作品賞にノミネートされた木ノ下歌舞伎『三人吉三』、過疎の村の人間模様を浮き彫りにしたKAATプロデュース『ルーツ』など、知力体力ともに凡百の演出家なら尻込みしそうな作品に対峙してきた杉原さん。「人間と神、正義と過ち、秩序と混沌が入り乱れる一大狂宴演劇」(公式サイトより)と銘打たれた本作でも、世界観をしっかりと支える実力派役者陣と共に、その手腕をあますことなく発揮しています。11月2日(土)、東京・森下スタジオにて上演されたプレビュー公演(第3部のみ)の様子をお届けします。
その前に。予備知識なしで観ても面白いのはもちろんですが、神々と人間たちが入り乱れるこの一大長編を存分に堪能するには、やはり簡単な予備知識を頭に入れておいたほうがいいでしょう。「最も美しい女神へ」と刻まれた黄金のリンゴの持ち主は自分だと認めてもらうため、3人の女神が全知全能の神ゼウスから判定を任されたトロイアの王子パリスの前に現れます。最高位の女神ヘラは財産を、智恵の女神アテナは知恵を、そして愛の女神アプロディーテは最も美しい女ヘレネを与えると言いますが、青年パリスが選んだのはアプロディーテが差し出したヘレネ(パリスの審判)。ところがヘレネは、すでにスパルタ王メネラオスの妻でした。メネラオスとギリシャ軍総大将アガメムノンらはヘレネを奪還するため、大船団を率いてトロイアに向かいます(トロイア戦争)。本作『グリークス』は、それらの因縁から派生する物語を、さまざまな糸口を示しながら綴ってゆきます。
(上:舞台写真)京都公演より
第1部「戦争」では、ギリシャ軍総大将のアガメムノンが大船団に風を吹かせるため、長女イピゲネイアを生贄に。妻クリュタイムネストラと末っ子のオレステスが帰国する中、アガメムノンはメネラオスと共にトロイア軍と戦い、あの「トロイの木馬」作戦によって勝利します。第2部「殺人」は、トロイアの女王へカペが、息子を殺したトロキア王ポリュメストルを殺害。へカペ自身も呪いで死んでしまいます。10年後、ギリシャに凱旋したアガメムノンは、トロイアの王女カッサンドラを自分の奴隷(情婦)にしており、妻のクリュタイムネストラに殺されます。そんな彼女も、次女エレクトラと末っ子のオレステスに父のかたきとして殺されてしまうのです。
そしていよいよ、この日観劇した第3部。舞台セットはシルバーグレーの色調で整えられた木目風の床と、大きな松の絵。能や狂言の内容・様式を借りた歌舞伎の舞踊劇「松羽目物」で使われるセットです。天井近くにぶらさがる「GODS」の文字は、第3部のタイトルでもあり、人間の頭上に常に"いる"存在でもあり。また、登場した人々の衣裳が簡素なTシャツにサンダルばきなどで驚きますが、これも「松羽目物」と同じく余分な要素をサラリと削ぎ落とすことで、物語そのものの面白さが浮かび上がる仕掛けのようです。
そこはどうやらエジプトの宮殿であるらしく、囚われの女王ヘレネ(武田暁)がひとしきり身の上話をすることで、観客を物語世界にいざないます。ただ、トロイア戦争の元凶となった絶世の美女......というよりは、女子力高めな大人女子というおもむき。やや自分に酔っているところが、不思議にチャーミングで親近感があります。そこへ海を漂流していた夫のメネラオス(田中佑弥)が偶然現れます。トロイアの武将と浮気してあちらの国にいるはずのヘレネが、実はエジプトに連れ去られていたと知ったメネラオスはショックを受けます。「ギリシャ軍からも多くの死者を出した、あの戦争はなんだったのか......」。それはいつの時代も変わらない「自分は誰に振り回されているのか/この戦争の意図はどこにあるのか、誰が知っているのか」と嘆き戸惑う民の声でもあります。
(上:舞台写真) 京都公演より
セットや衣裳は「松羽目物」でも、劇伴はピアノのクラシック曲やマイクで歌われるヒップホップなど、あくまで舞台と客席が乖離しないようにする配慮は、杉原演出ならでは。物語はさらに、ヘレネとメネラオスがギリシャに帰国した後に続きます。
母クリュタイムネストラを殺したエレクトラ(土居志央梨)とオレステス(尾尻征大)は死刑判決に怯え、今度は戦争の元凶となったヘレネを殺して死刑を覆そうと計画。ところが雷鳴が轟くと、ゼウスの息子でオリュンポス十二神のひとりアポロン(天宮良)と、殺したはずのヘレネが現れます。そのアポロンの姿というのが、歌舞伎の浅葱幕(水色と白の縦縞)のキグルミに、頭にはサクラがあしらわれた分かりやすくめでたいいでたち。神様だけに邪気のない笑顔でエレクトラたちに"大岡裁き"をくだす後ろで、ミス・ユニバースの勝者よろしくヘレネが艶然と微笑みながら無駄に行ったり来たりする様子に、客席からも思わず笑いが。
物語はその後もクライマックスに向けて続きますが、緩急自在に展開するストーリーに、約2時間45分(休憩含む)の長丁場もまったく飽きさせません。
この日行われたアフタートークでは、杉原さんと、今回のために新しく翻訳を手がけた小澤英実さんも登壇。2014年の『ハムレット』以来、常に新翻訳を行っているKUNIOですが、意外だったのはこんなにも楽しめた本作の翻訳がほぼ原作通りだということ。また、小澤さんは現代の言葉に置き換えるにあたり「"ですます調"や"女言葉"(〜だわ、などの言い回し)を極限まで減らした」と語り、杉原さんは「性差が限定されなくなったことで、演出はもちろん俳優にとっても自由度が増した」ことを喜んでいました。現代を新たな方向から照らし出してくれるのが演劇の面白さ。杉原版『グリークス』はまさに、その役割を担う舞台となっていることが感じられました。
取材・文/佐藤さくら
撮影/井上嘉和
1日通し券と各部券をそれぞれ販売中!
【公演詳細】
日程:11月21日(木)~30日(土)
会場:KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
演出・美術:杉原邦生
翻訳:小澤英実
出演:天宮良 / 安藤玉恵 / 本多麻紀 / 武田暁 / 石村みか / 箱田暁史 / 田中佑弥 他