2017年に10周年を迎え、今年は初の子供向け作品「めにみえない みみにしたい」や、東京芸術劇場プレイハウスでの新作「BOAT」など、新たな挑戦が続いた藤田貴大率いるマームとジプシー。その締めくくりとなるのが、シューズブランド・trippenとのコラボレーション作品「BOOTS」だ。夏に上演された「BEACH」との連作となる本作では、trippenのA/W 2018-19シーズンテーマにちなみ、「Speed」をモチーフにしたクリエーションが展開する。11月に「書を捨てよ町へ出よう」パリ公演を終え、「BOOTS」初日に向けて邁進する藤田に、12月上旬、作品について話を聞いた。
──藤田さんは20代からtrippenのユーザーだったそうですね。「ロミオとジュリエット」(16年)で初めてタッグを組んでいますが、協働したことでどんな印象を持ちましたか?
それまでもスタイリストやファッションデザイナーとの関わりはあったのですが、どうしても靴という物は衣裳の一部という印象があって。でも役者にしたら靴って、もしかすると衣裳より先に欲しいものかもしれないし、僕の作品はけっこう動くので、どういう靴であるかは重要だと思ったんです。そのあとtrippenの展示会に行き、衝撃を受けました(笑)。靴の展示会ってとても面積が必要で、trippenは特に廃盤がないから、新作50足と過去発表された靴が全てずらーっと会場に並べられているんです。また革と木底のせいか重厚だし、いろんなパーツからできていて、陶芸や彫刻を見ているようだなと感じました。それと、演劇における演出家の作用のひとつは、ボードの上にいかに役者やものを配置するかだとも思うのですが、それと似た感覚を、展示会でローテーブルに並べられた靴を見たときに感じました。そこからインスピーレションが湧いて、僕からtrippenにコラボレーションをお願いしたんです。あとでわかったことなのですが、展示会に並んでいた靴はそのシーズンのコレクションが一番良い形で見えるようにどの靴を置くかを厳密に選択して配置されていたと知りました。
ロミオとジュリエット:田中亜紀
──その第1弾が「sheep sleep sharp」(17年)でした。
「sheep〜」ではtrippenの方達と話をしたうえで、既存の靴を使って構成しました。でもその一作品だけでは僕の"trippen欲"が冷めやらず(笑)、1年という時間をかけてもっと一緒に探索してみたいと思って、夏に「BEACH」、冬に「BOOTS」を上演することにしました。どうも僕は、誰かとコラボレーションするときに相手がどうやって物をつくっているかという、スタンスの部分まで自分の中で解剖して咀嚼しないと満たされないタイプのようなんですね。2012年から始めた「マームと誰かさん」シリーズでは1人の作家と徹底的に向き合う、ということをやったんですが、それも自分の中では一区切りがついたような気がしていて、今は作品をつくるアーティストに限らず職人の方やプロジェクトを動かしている人など、さまざまな現場にいる人たちの"手つき"に興味が湧いています。
それに、今回に限らず僕のこれからの作品においてもそういう自分自身の視点が重要になると思っています。大きな舞台では見えないと無視されがちなことって多いけれど、舞台上でどんな靴やアクセサリーを使っているのかという部分へのこだわりが、観る人にとってより大切になっていくのではないかと。というのも、その場に行かなくては観ることができないような作家の強いこだわりが舞台上になかったら、現代を生きる人たちはわざわざ外出して、お金を払って、演劇を観てみたいとは思わないんじゃないかと思うんです。もちろんそういう部分を「こだわらない」という選択だってあると思うけれど、どうするかを「選択する」ことが大事だと思っています。
sheep sleep sharp: 井上佐由紀
──人と物を舞台上で等価に置いていく目線は、藤田作品の特徴のひとつでもあります。また藤田作品にはよく古道具が登場しますが、古道具にも登場人物にもそれぞれバックボーンというか、独自のストーリーがあり、藤田さんはそれらのストーリーを抽出・再構成し、新たな作品として編集し直しているとも言えます。
ここ数年、シェイクスピアや寺山修司など、自分以外の作家の言葉をどう編集するかがとても楽しいと感じていて。僕が作者自身だったらしないような言葉の配置にあえてすることで、ある言葉が深く響くというようなことができると思うんです。その点で、trippenは無数の靴のパーツを組み合わせて新しいデザインを作ることもしていて、一足の中にさまざまな編集が施されていると言えるし、そうやって出来上がった靴を店員のみなさんは、店舗にどう効果的に配置するかを日々考えていて、このことも編集作業と言えると思います。trippenのそういった仕事そのものに共感するし、面白いなと感じます。
──「BEACH」では海を巡る物語が展開しました。「BOOTS」は、公開中のプロットや作品ビジュアルを拝見すると、森がイメージされているようですね。
trippenには毎回シーズンテーマがあって、そのテーマに沿ったビジュアルをもとにシーズンカラーを決め、新作をつくっています。2018年のS/Sは「Water」がテーマだったので「BEACH」にしました。「BOOTS」は、シーズンテーマが「Speed」と聞いて、落ち葉が落ちる速度をイメージし、そこから森を連想しました。後から「Speed」のビジュアルを拝見して、自分が想像していたものとは全然違ったのですが、そういうのも面白いなと思っています。
BEACH: 井上佐由紀
──劇中で使用されるブーツは、今回のためのオリジナルだそうですね。俳優にブーツを"当て書き"したのでしょうか。
そう言ってしまうと少し怖いけど(笑)、確かにそうですね。このプロジェクトでは、僕が俳優に役を当て込むのではなく、trippenの方たちも一緒になって「あなたにはこれが似合う、これでしかない」という感じで靴を選んでいます。そうやって選ばれた靴を見ながら、「この靴を履いてる男は、きっとチャラい男だな」とか「この靴とその靴を履いてる人は姉妹かもしれない」と、靴から登場人物のキャラクターがなんとなく決まっていきました。
──それは面白いですね! 「BEACH」と「BOOTS」に連作性はあるのでしょうか。
完全に自分の中では連作です。役名も設定も共通しています。「BOOTS」だけ見ても成立するようにしていますが、「BOOTS」をもってこのシリーズが完結するようにしたいなとは思っています。
──「BEACH」と「BOOTS」の前に発表された「BOAT」もタイトルが"B"で始まります。内容的な共通点はないかもしれませんが、「BOAT」も含めた三作に対して藤田さんの中で、つながりはあるのでしょうか?
あります。「BOAT」は僕の中でもすごく賭けに出た作品で、ギリギリの精神状態まで自分を追い込み、自分が出せる精一杯の言葉をひねり出して作り上げた新作です。そういう賭けの作品だったので、「BOAT」でそれまでのマームとジプシーの流れが終わってしまう部分もあると思ったし、マームとジプシーにとってやはり、想像した通り大きな存在になりました。ただその分、「BOAT」で取りこぼした細かなところを拾える場をつくっておかないといけないと感じて。なので「BEACH/BOOTS」の現場には、僕と意思疎通しやすいメンバーがいてほしかったし、これからの作品づくりの未来を考えることができるような場所になればいいなと思いました。この二作品は「BOAT」以降の自分たちが、演劇をどう考えるかという場でもあると思っています。
mum&gypsy×trippen「BOOTS」は、2018年12月21日(金)~29日(土)までLUMINE0にて上演。ぴあにてチケット発売中!
取材・文:熊井玲
撮影:川野結李歌