オードリー・ヘップバーン主演の映画版(1964年)が大ヒットを記録、アカデミー賞でも8部門を受賞した名作『マイ・フェア・レディ』。元々は、あのジュリー・アンドリュース主演で1956年に初演され、トニー賞ミュージカル部門で6部門を受賞。実に6年半ものロングランを重ねた舞台版が原作だ。
日本での初演は、映画版が公開される前年の1963年。巨匠・菊田一夫の演出による"日本人が日本語で上演した初のブロードウェイ・ミュージカル"として、演劇界において今もなお特別な輝きを放つ。初演の江利チエミ・高島忠夫コンビのほか、栗原小巻・宝田明、大地真央・細川俊之(のちに村井国夫、草刈正雄、石井一孝)など、名だたるミュージカルスターたちによって受け継がれてきた本作。
今回の演出は2013年から続投のG2で、朝夏まなと・寺脇康文コンビと、神田沙也加・別所哲也コンビという固定のダブルキャストによる上演。9月15日(朝夏・寺脇)と翌16日(神田・別所)、東京・東急シアターオーブにて行われたゲネプロに足を運んだ。
階級社会が目に見える形で存在していた時代の、ロンドンの下町。街角の花売り娘イライザ(朝夏/神田)は、ひょんなことから言語学者のヒギンズ教授(寺脇/別所)と顔見知りになる。翌日、ヒギンズ邸を訪ねて、きちんとした花屋で働くために下町なまりを直したいと訴えるイライザ。ヒギンズ教授は取り合わないものの、たまたま居合わせたピッカリング大佐(相島一之)とのやりとりの末、イライザの下町なまりを矯正し、立派な淑女にするという賭けに乗ってしまう。
イライザは、早速始まったヒギンズ教授の厳しいレッスンに必死についていく。ヒギンズの母親(前田美波里)や、ヒギンズの家政婦ピアス夫人(春風ひとみ)は呆れるものの、言葉や仕草は粗野だが心根は優しく聡明なイライザを、次第に温かく見守るようになる。
イライザの父ドゥーリトル(今井清隆)の登場など、てんやわんやが繰り広げられるなか、ついに淑女の言葉遣いと礼儀作法を身につけたイライザは、社交界デビューの日を迎えるが......。
元・宝塚歌劇団の宙組トップスターで、昨年の11月に退団したばかりの朝夏は、これが"女優"としての初舞台。冒頭のイライザが花を売るシーンも、汚れた服とボサボサの髪、べらんめぇ口調で、かなりボーイッシュなたたずまい。だが、温かい部屋でチョコレートを食べる憧れの生活を歌うナンバー『だったらいいな』は、意外なほどに伸びやかなソプラノで聞かせ、キラキラした大きな瞳と長く伸びやかな手足が、淑女への変身に期待を抱かせる。
これが3度めのヒギンズ役となる寺脇は、女心にうとい"言語オタク"のヒギンズ像に、寺脇らしいコミカルさを随所にまぶして余裕の仕上がり。セリフも明瞭で、早口言葉を繰り返すレッスンシーンでは、初々しい朝夏イライザとの対照がさらに際立った。場面は前後するが、寺脇ヒギンズが手にしたチョコレートを、朝夏イライザが思わずパクッと口にしてしまうシーンなどは2人の息もピッタリ。王道ミュージカルであると同時に、正統派ラブコメディでもある本作の魅力を改めて感じた。
その他、ヒギンズ教授と共にイライザの特訓に携わる、ピッカリング大佐役の相島が味わい深い。軍人らしい厳しさは漂わせつつ、イライザをはじめ相手が誰であっても平等に接する姿勢と、温かく穏やかな眼差しに、ピッカリングが過ごしてきた人生の厚みがうかがえる。
それはイライザの父ドゥーリトル役の今井も同様だ。大酒呑みの掃除人夫ながら、彼は彼なりに筋の通った人生哲学を持っており、それがイライザにしっかりと根付いていることが分かる。今井と下町の仲間がにぎやかに歌い踊る『ほんの少し運が良けりゃ』は、アンサンブルも素晴らしく、これぞ東宝ミュージカルの底力。
人生の陰影をしみじみと浮き彫りにするピッカリング大佐やドゥーリトルの存在があってこそ、美しく変身した朝夏イライザの輝くような美しさが眩しく目に映った。
取材・文/佐藤さくら 撮影/イシイノブミ