NHKの朝ドラで愛嬌あるオバちゃんを演じたかと思えば、情報番組で舌鋒鋭くも温かいコメントを繰り出し、新橋演舞場などの大劇場で看板を張ったかと思えば、下北沢の小劇場で劇団公演を打つ。歌手としてコンサートを開いたかと思えば、歌舞伎の新作公演の作・演出を務める...。
様々なジャンルを軽やかに行き来しマルチな活躍を見せる渡辺えり。
彼女が80年代から作・演出を務め、小劇場界を牽引してきたオフィス3○○が、(前身の劇団3○○から数え)創立40周年を迎えます。
記念公演となる『肉の海』は、昨年、芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞した純文学の新鋭・上田岳弘の最新作『塔と重力』が原作。
『塔と重力』は阪神大震災を経験し、倒潰したホテルから生還したものの恋人の "美希子" を亡くした男性が主人公。20年後、美希子の記憶を抱いたまま生きる主人公が、Facebook上で再会した友人から「あること」を持ちかけられるが...という物語。
コミュニケーションツールが発達し、複雑になっていく時代をどう生きるのかというテーマを浮かび上がらせる作品ですが、今回渡辺えりは、この作品だけでなく、上田岳弘の全作品を読み解き、オリジナルの世界を構築するとのこと。
オフィシャルサイトには<渡辺と原作者の世界観がぶつかって起きる、爆発的なクライマックスは見逃せないものとなるだろう>という一文もあり、一体どんな作品世界が展開されるのか、予想もつきません...!
キャストも、40周年の記念公演に相応しく、豪華な顔ぶれが集結しました。
ベテランの三田和代、ベンガル、尾美としのり、久世星佳、
喜劇性豊かな青木さやか、大地洋輔(ダイノジ)、
小劇場で大活躍の土屋佑壱、藤田紀子、原扶貴子、宮下今日子の面々。
そして歌唱力抜群の土居裕子、ディズニ-・アニメーション映画『モアナと伝説の海』の日本版でヒロイン・モアナ役の吹き替えを務めた屋比久知奈(これが初舞台!)。
さらに、おふぃす3○○の元メンバー樋口浩二、友寄有司ら、そしてもちろん渡辺えりも出演。
過去の劇中歌も生バンドで演奏されるという、40周年を飾る集大成な超音楽劇。
作品について、渡辺えりに加え、三田和代、土居裕子、屋比久知奈という、渡辺作品に初参加する3人の女優にお話を伺ってきました。
取材日は、皆さんが初めて顔を合わせた稽古初日、稽古後のタイミング。
世代を超えた女優たちの、そして "超音楽劇" に相応しく声の美しい女優たちのクロストークです!
渡辺えり&三田和代&土居裕子&屋比久知奈 INTERVIEW
――まずは渡辺さんから、今回こちらの3名に出演オファーをされた理由、そして皆さんからは、オファーを受けた時のお気持ちをお聞かせいただければと思います。
渡辺「三田さんから言わせていただくと、私が山形で高校生だった時に、県民会館で主演された『オンディーヌ』を観ているんです。滑稽なほど純粋なオンディーヌを全くわざとらしくなく、心根がスッと染み出るように演じてらして、「なんってすごい人なんだ!」と。いつかご一緒したいとずっと思っていたんですが、私は "二枚目" の三田さんしか観たことがなかったから、うちがやるようなユーモアのある芝居には出てくださらないと思ってたんですね。それが昨年、『トロイ戦争は起こらない』を観に行ったらコミカルな役で出てらっしゃったので、思い切ってお電話しちゃいました」
三田「『オンディーヌ』(※劇団四季在籍時代の出演作)って、もう45年も前の舞台ですよ(笑)」
渡辺「でも三田さん、声なんか全然変わっていないじゃないですか。私、本当はまた『オンディーヌ』が観たいくらいなんですよ(笑)。だから今回、三田さんにお願いする役はオンディーヌ役に通じるところがあるというか、真面目にやればやるほどハタから見るとちょっと笑えてしまうような、私が観たい三田さんなんです」
三田「えりさんの作るお芝居自体、『オンディーヌ』などのジロドゥ作品と通じるところがありますよね。シーンはバンバン変わるし、歌と踊りとユーモアにあふれているんだけれども、芯にはやはりスッと胸を打つものがある。それがとても面白くて、私こそずっと3〇〇さんのファンだったんです。とは言え、ものすごいエネルギーでやるお芝居でしょう? 私なんかとても入れないだろうと思って、純粋にお客として観ていたから、お電話をいただいた時は泣くほど嬉しかったです。生きてて良かったって(笑)」
▽ 三田和代
渡辺「そんなふうに思っていただけてたなんて、本当にありがたいです。土居さんも実は...」
土居「はい、私から出させてくださいって言いました(笑)。確か2013年だったと思います」
渡辺「そう、言ってくだすって。舞台はよく観てましたけど、うちの芝居とは全然イメージが違う方だから、「え、本当?」って思いましたよ(笑)。でも、その清純なイメージをうまく生かすことができたら面白いんじゃないかと思って、今回オファーさせていただきました。それに今回は音楽劇だから、歌がすごい土居さんにぜひ出ていただきたいのもあって」
土居「ああ嬉しい、ありがとうございます。私、えりさんの歌も大好きなんですよ。すごくふくよかな声をお持ちで、羨ましいなって心底思っています。クラシックなんか歌ってもすごいだろうなあって。その上ホンが書けてお芝居もできて...すごすぎますよね! 演出していただけることがとっても光栄です」
▽ 土居裕子
渡辺「いやいや、そんな。三田さんとは朗読劇なんかでご一緒してますけど、土居さんとは完全に初めてだから、私も緊張してるんですよ(笑)。でも屋比久さんなんて、舞台自体が初めてなんでしょう?」
屋比久「はい、そうなんです。だから今日も、すごく緊張して朝早く起きちゃいました(笑)」
渡辺「今回の芝居には17歳の高校生が出てくるから、本物の高校生に見えて、なおかつ歌が歌える人を探してオーディションをしたんです。そこに屋比久さんが来てくださって、歌ってもらったら、もう泣けるくらい良くて。すぐお願いしますと言いました。屋比久さんが注目をされるきっかけになった『モアナと伝説の海』を観たのは、あとになってからでした(笑)」
土居「えっ、屋比久さんって『モアナ』の子なの? 私、大感激しました!」
屋比久「本当ですか? "ディズニー先輩" の土居さんにそう言っていただけるなんて...! 私も『ポカホンタス』(1995年公開の映画。土居が主人公の声の日本語版吹き替えを担当)、大好きなんです。こんな素晴らしい皆さんの中に自分がいることが、今はなんだか不思議な気持ちで...。でもオーディションに受かった時は本当に嬉しかったですし、皆さんとご一緒できるのはとても幸せなことなので、必死で頑張りたいと思っています」
渡辺「歌がすごいのはオーディションの時から分かっていたけど、さっき読み合わせをしてみて思ったのは、芝居も素直ですごく良かったなって」
三田「うん、良かったですよね」
屋比久「ありがとうございます...!」
渡辺「表面的に読むんじゃなく、ちゃんと気持ちで読んでくれてるのを感じました。台本を渡したのが今日だから、家で読む時間もなかったっていうのにね(笑)。私今日、台本を送ってないから皆さん怒って稽古場に来てくれないんじゃないかと思ってヒヤヒヤしてたんですよ! 今回は出たいって言ってくれた人にオファーしてるから、怒られたら「だって出たいって言ったでしょ」って言おうとは思ってましたけど(笑)、文句も言わず集まってくださって本当に良かった。でもその台本も、まだ半分しか上がっていなくて...。胃が痛いです(笑)」
▽ 屋比久知奈
――その半分までの台本と(笑)、上田岳弘さんの原作『塔と重力』とをお読みになって、皆さんそれぞれどのような印象をお持ちですか?
渡辺「原作があると言っても、ほとんどオリジナル作品のような形なんですけど。上田さんとは、元々は私が作品を読んで自分の書くものに近いと感じて、それをとある取材で言ったら、上田さんがうちの芝居を観に来てくださったことから交流が始まって。何度か観てもらって、面白いと言ってくださった流れで今回原作として使わせてもらうことにしたから、変えても怒られないだろうと思って(笑)」
三田「でも私、びっくりするくらい原作の要素が入ってると感じましたよ。原作は今回の出演が決まる前に読んでいたんですが、震災で生き埋めになった過去を持つ田辺という男の、実体ではなく想念のなかで色んな物事が起こるんですよね。あっちからこっちへとイメージが縦横無尽に飛んでいく、そういうニュアンスが台本にもあって嬉しくなりました。上田さんの作品はほかにもいくつか読んでいて、ものすごく新しくて面白いと感じているから、そんな人とえりさんがこれからどう合体していくのか、非常に興味がありますね」
土居「私が原作を読んで思ったのは、男性作家が書いてるとは思えないくらい、女性の登場人物の言葉がリアルなのがすごいなあと。えりさんの台本については、私も三田さんと同じで、原作のエッセンスが形を変えながらもしっかり入っていると感じました」
屋比久「私は正直、原作はちょっと難しいと思いながら読み終えたんです。でも今日いただいた台本を読んだら、ぼんやりしていたことが少し分かったような感覚があって。改めて原作を読んだら、もっと分かるかもしれないと思いました」
渡辺「私の台本のほうが分かりやすいよね(笑)。共通しているのは、同じ命なのに、なぜこんなにも違うんだろうという思い。震災や公害に遭ったり、自爆テロで亡くなったりした人たちが、もしかしたら自分だったかもしれない――上田さんがそんな思いを持って書いていることが分かったから、私もそれは大事にしています。特に震災は、東北出身の私にとっても、阪神出身の上田さんにとっても大きなテーマ。どちらもまだ復興していないのに東京では忘れ去られている、日本がそういう国であることは忘れたくないと思っています」
▽ 渡辺えり
――原作を台本にするにあたって、特に苦労されている点は?
渡辺「原作は、誰もフルネームで登場していないし、職業とか家族構成が全く書かれていないんですよ。具体的な生活が思い浮かばないとセリフが書けないから上田さんに聞いたら、「勝手に作っていい」と言われたんですけど、それが本っ当に大変で! 美希子(田辺の高校時代の友人。舞台では屋比久が演じる)の家の職業を考えるだけで、半月くらいかかっちゃいましたね。雑貨屋というのが出てきた時、やっと「ヨシ書けた!」と思えた感じです」
三田「あの原作からこれだけの人物造形ができるなんて、すごいなと思いましたよ。私が演じる美希子のお祖母さんなんて、原作には登場もしないでしょ?」
渡辺「そうですね。原作には知的レベルの高い人ばかり登場するから、庶民的な人を出したくて。神戸の雑貨屋ということで、空襲に遭ったという設定を加えていきました」
土居「美希子の父親も、私が演じる母・萌子の設定も、えりさんのオリジナル。でも不思議なことに、私の頭の中の『塔と重力』にはもう、雑貨屋の両親が出てくるんです」
渡辺「萌子の設定は、原作で美希子が言う「会わせてもらえなかった」という1行から膨らませていきました。「会えなかった」じゃないってことは、何か事情があるはずだと思って」
土居「はあ~、すごいなあ」
屋比久「私は美希子のほかに、アリスの役も演じさせていただきますが、原作にはない『不思議の国のアリス』の世界観が登場するのはなぜなんですか?」
渡辺「私が元々アリスが好きっていうのもあるんですけど、これも原作に1行だけ出てくるんですよ。原作にはほかにも、震災で生き埋めになるとか、落とし穴に落ちるとか、それこそ高い塔とか、"落ちる" ことを連想させる描写がいくつもあって。永遠に落ちていく、ということを舞台でも表現したくて、アリスとか、あとはハンプティー・ダンプティーなんかの "落ちる" キャラクターたちを出すことにしたんです」
屋比久「なるほど...!」
三田「普通なら読み飛ばしちゃうような1行を、えりさんは拾っているんですね」
渡辺「タイトルの "肉の海" というのも、『塔と重力』の中に出てくるフレーズなんです」
土居「今日のお話を聞いて、先を読むのがさらに楽しみになりました」
三田「なかなか謎に満ちたストーリーだけれど、だからこそお客様にワクワクしながら観ていただける作品になりそうですよね。出演者が30人以上いますが、誰が主役ということではなくひとりひとりが "核" の役割を果たせれば、きっと面白くなると思います」
土居「これだけの出演者とスタッフさんが全員入っていると考えると、えりさんの頭の中こそ "肉の海" みたい(笑)。えりさんのイメージをお客様にお見せする "肉の一片" としての役割を、私もしっかり果たしたいと思っています」
屋比久「えりさんが顔合わせの時におっしゃっていた、「大変だと思うけど、みんなでそれを楽しんで作っていきましょう」という言葉通り、私も楽しみながら頑張ります!」
渡辺「皆さんには、これから残りの台本と歌を急激に覚えていただくことになってしまって申し訳ないんですけど(笑)、私も頑張りますので、最後までよろしくお願いします」
取材:ぴあ
文:町田麻子
撮影:源賀津己
【公演情報】
6月7日(木)~17日(日) 本多劇場(東京)