■ミュージカル『マタ・ハリ』特別連載(8)■
日本初演のミュージカル『マタ・ハリ』 が作られていく過程を追っている当連載ですが、本日は冒頭のシーンの稽古の様子をお届けします。
作品の舞台は1917年、パリ。
第一次世界大戦が終わりが見えないまま3年目に突入し、パリ市民はドイツ軍の襲撃に怯えている...といった時代の物語です。
冒頭は、そんな時代感を観客に伝えるかのように、混乱する市民たちの様子が描き出されます。
演出の石丸さち子さんは、「幕開きのこの曲は、"リアルなこと" と、"リアルじゃないこと" を共存させて表現したい」と話し、
まずは、男性陣と女性陣に分けて動きがつけられていました。
舞台手前にいる男性陣は、まさに前線で戦っている兵士たち。
舞台奥にいる女性陣は、パリの街を逃げ惑う市民たちのようです。
ここに登場する男性陣=兵士たちは10人に満たないメンバーですが、「100人が駆けてきて、塹壕に飛び込む!」「爆風に煽られて!」といった石丸さんの説明と、振付の加賀谷香さんがつける動きが、この世界を創りだしていきます。
石丸さんの目には、リアルな戦場が映っているようで、俳優たちに伝えていく言葉ひとつひとつが、明確。
それは "イメージとしての戦場" "戦争のアイコンとしての銃を持った兵士" ではありません。
「塹壕は(実物としては登場しないが)このくらいの深さで、(その中にいる兵士たちにとっては)地面はこのくらいの高さにあって...」と、そこに登場する兵士たち全員に、この世界の共通認識を伝えていきます。
一方で、その兵士だった彼らが一瞬で街の人々になっていくような "リアルじゃないこと" もあり、そういったところからは、無常感溢れるこの時代の "空気" 全体を作り出しているようでもあります。
最初に「みんなの心と体で廃墟の町を作り出したい、そのためにこういう試みをしてみたい」と宣言し、時に少しずつ、時にざっくりと動きを変えて、トライアルを繰り返す石丸演出。
様々なパターンをやった後、「このプランでいけそうですね!」と満足げな言葉が飛び出しました。
そして、そんな混乱の中、二重写しのようにマタ・ハリ(=柚希礼音さん)が登場するのですが、このシーンの柚希さん、さすがのインパクトでした!
オリエンタルなダンスを踊る、腕の動きが優雅なこと。
ぜひ、これは舞台でご覧いただきたいです。
この冒頭のシーンに登場しない加藤和樹さんに、ちょこっと感想を伺ったところ
「迫力ありますね! パリの街を表現する石丸さんの手法は、スクラップ&ビルドと言いますか、作っては壊し、作っては壊し......で、大変そうだなと思うんですが、その分僕ら俳優も色々試せることもあると思います。
そしてその中で、ちえちゃんのマタ・ハリが不死鳥のように登場する。ゾクゾクしました」
とのコメントを頂きました。
そして石丸さんが "塹壕戦" と話していたことが気になり、そのあたりも伺ってきました。
―― 一番最初のシーン、塹壕戦の設定なども細かくて驚きました。
石丸「この作品の舞台は1917年なのですが、1917年といえば、イコール、パッシェンデールの戦いなんですね。やっぱりパッシェンデールの戦いをやる以上は塹壕戦の残酷さを描かなければいけない。この戦いでは、戦車は泥沼で活用できなくなり、白兵戦で、突破してきた敵側(ドイツ)の兵士たちが塹壕の中に飛び込んできて、みんな泥につかりながらナイフで刺す、近距離で銃で撃つ。もう地獄です。その時代の中、灰の中に不死鳥のように現れたマタ・ハリを描くには、塹壕の匂いもさせなきゃと思った。だから(パリの街と、戦場の両方を描く)レイヤーシーンにしたんです。塹壕も出し、街も出し、その当時の戦争のあらゆる匂いがする。ただ全部をリアルにしたらミュージカルとして成立しない。動きやフォーメーションで綺麗に表現しながら、俳優が自身の身体の中で"肉の匂いがする芝居"をやってくれたら、俳優の力で乗り切れると考えています」
―― おそらく韓国版では、戦場ではなくパリの街を描いていたと思います。
石丸「そうなんです。全部、パリの街として表現していたと思います。ただ、1917年はまだパリはあんまり市街戦にはなっていないんですよ。そこであまり嘘をつき過ぎたくなかった。ドイツ軍のパリ砲による襲撃が始まったのは本当は1918年。1917年の段階では、パリに疎開にやってくる人がいたくらい。だからこそエンタテインメントがまだ残っていて、マタ・ハリが踊っていられた。そのリアリティは残さないと、そのあとマタ・ハリが舞台に立っているシーンが辻褄が合わなくなっちゃうでしょう。上流階級の人たちだけが生き残っているシェルターがあったの?って話になっちゃう(笑)。そうなると、演じる側も根拠を持って作れなくなってしまうので、冒頭のシーンは戦場とパリの街のレイヤーにしようと思ったんです」
その後、マタ・ハリの楽屋のシーンへ。
マタ・ハリと、衣裳係のアンナ(和音美桜さん)がいる終演後の楽屋に、ラドゥー(加藤和樹さん/佐藤隆紀さん)が訪ねてくる...という場面です。
石丸さん曰く、ここは「役から本人に戻る儀式」。
例えばヘッドドレスを外す...など、そのポイントを決めて、その瞬間をしっかり見せたいと話しました。
またマタとアンナの関係性を作り上げることも、「親しい中の礼儀、それを通り越した仲の良さ......そのバランスが難しいところ。おふたりが思うところをやってみてください」と柚希さんと和音さんに促します。
そんな、いつもの楽屋の風景を、この方の来訪が破ります。
ここから、マタ・ハリは、戦争の大きな流れに巻き込まれていくことになります......。
さて、本日のサービスショットは栗原英雄さんと福井晶一さん!
栗原さんはフランスを、福井さんはドイツを背負って登場します。
戦争をしている2国を代表する存在であるおふたりなので......、火花を散らす感じでお写真をお願いしてみました!
こちらは、舞台セットの説明を訊く皆さん...。
取材・文:平野祥恵(ぴあ)
撮影:源賀津己
【公演情報】
・1月21日(日)~28日(日) 梅田芸術劇場メインホール(大阪)
・2月3日(土)~18日(日) 東京国際フォーラム ホールC