年末恒例となった立川談春のフェスティバルホール公演まで2ヶ月を切った。今年の演目は、初めて落語を聴く人や、初めて立川談春の落語に触れる人にこそお勧めできる『芝浜(しばはま)』と『文七元結(ぶんしちもっとい)』の二席。ともすれば、この演目は「古臭い、難しい、退屈」など、落語に対するネガティブな印象を持たれかねない人情話。ところが、談春の手にかかれば、浜辺の朝焼けの風景が見えたり、橋から身を投げようとする男と止めようとする男の魂のやり取りをストレートに感じられ、二本のドラマティックな中編ムービーを鑑賞した気分を味わえるのだ。
この二席を一度に堪能できるという本公演は談春ファンにとってはまさに垂涎モノ。なのだが、この二席を、一席だけを演じる時と同様のクオリティを保ち、さらに3階席まである大ホールの観客全員に届けるには、想像を絶する体力、驚嘆に値する集中力が求められるはず。普通では絶対に考えられない構成は、まさに空前絶後の大勝負。いやがうえにも、特別な意味合いを持つことを感じてしまう。そう、この冬は師匠・談志の七回忌を迎えるのだから...。
会場の大阪フェスティバルホールは、収容人数2700席。国内はおろか世界各国の超一流演者の演奏が披露されるここは、その建築構造からなる音の響きや荘厳な雰囲気から、多くの音楽家たちが「ステージ上では天から音が降ってくると感じる」と語り、「神が宿るホール」とも称される特別な場所。ここで、名作『芝浜』と、数ある人情話の中にあって、江戸っ子の本質を描ききるのが最も難しいとされる大作『文七元結』に挑む談春。どちらも師匠の十八番であった大根多である。落語ファンなら、談春が天に向かって噺す覚悟も持って年末の高座に上がるだろうことを想い、今から身震いするのでは。
見届けるべきである。落語ファンのみならず、ライブエンタテインメントファンは、見届けるべきである。そして見届けたあと、衝撃に少しの間席から立てない状態になるかもしれない。しかしその衝撃は、フェスティバルホールのシートの座り心地の良さが、きっと和らげてくれるはずである。