9月末に実施された『黒蜥蜴』ワークショップの模様が10月27日(金)発売の小説幻冬「文はやりたし」(文:中谷美紀)にて掲載されました。
演出家と俳優が作品を創り上げていく過程を中谷さんご本人大変興味深い切り口で、その様子を語っておられます。
以下全文になります。
<全文>
江戸川乱歩の原作を三島由紀夫が戯曲化した『黒蜥蜴』にて再び舞台に立つこととなった。
演出は、25年にわたり日本でも数々の作品を演出していらしたデイヴィッド・ルヴォーさんで、あの名探偵明智小五郎を井上芳雄さんが、女賊黒蜥蜴を私が演じることになっている。
先日3日間だけのワークショップが開催され、これまで名だたる俳優さんたちが、その指導を乞うたルヴォーさんの魔法のような演出の一端に触れることが叶った。
集団生活をめっぽう苦手としており、数少ない演劇経験では、決して大きくはない劇場にて最小限の人数と行動を共にしてきたため、25人もの大所帯での作品作りはいかほどのものかと少々身構えていた。
ミュージカル界のプリンスという称号を欲しいままにしつつ、ストレートプレイにも果敢に挑戦なさる井上芳雄さん、映像に加えて小劇場でも経験を積んでいらした相良樹さん、かつて宝塚歌劇団にてトップとして君臨していらした上、男装を脱ぎ捨てた後は女優としても圧倒的な存在感を放つ朝海ひかるさん、演劇界にて半世紀以上もご活躍のたかお鷹さん、国内外を問わず優れた演出家たちに愛されていらした成河さんをはじめ、技も感性も磨かれた役者さんたちに、これから演劇の世界を担っていくであろう若手の役者さんや、コンテンポラリーダンサーの方々などが加わり、年齢も性別も背景も様々異なる人々がひとつの作品のために集められたのだ。
ワークショップの一日目は、「三島は、この作品で匂い立つような死とエロティシズムを表現しているけれど、それは彼自身の死への憧憬と若さへの執着に重なるもがある。そしてこの作品を重厚な舞台美術で描くのではなく、今の時代に即した形で表現したいと思っている」とおっしゃるルヴォーさんの言葉に続いて本読みに時間を費やすこととなった。
達者な役者さんたちの想像力により、三島由紀夫の美しい言葉が立体となって浮かび上がり、物語にスピードと奥行きが加えられ、詩的な言葉に隠された意味を心に問われているような感覚をおぼえた。
ルヴォーさんの人心掌握術は、かねてより耳にしていたものの、二日目の始まりで、全員の緊張を瞬く間に取り除き、チームワークの形成をいとも簡単に成し遂げたことで、その評判に偽りのないことが明らかになった。
両手を開いてぶつからない距離を取りつつ円陣を組むよう指示された私たちは、拍手のリレーをすることになる。「ほっ」「はっ」「あ゛っ」などと、声を出しながら隣人に向けてパンッと拍手を送り、隣人から受け取ったエネルギーとリズムをそのままに隣人にさらなる拍手と声を受け渡すということの連続は、稽古場に生まれたグルグルと巡るエネルギーに集中させることで、緊張から互いの顔色を恐る恐る窺っていた私たちの心の殻を破り、ひとつの目標に向かって皆で励むための呼吸を整えてくれた。
二人ずつペアになって二人羽織で隣のペアと会話をするというエクササイズは、とてつもなく愉快で抱腹絶倒した。会話をしている役者さんたちの心情と、背後に隠れている役者さんによる手の動きが見事に連動していて、動きが先なのか、言葉が先なのか見分けがつかぬほどだった。小道具など何も与えられていないにもかかわらず、リモコンの操作をしているように見えたり、ペットボトルのお水を飲む様が見えたり、隣の人の耳に触れてみたり、互いをなじり合ったり、聴衆のひとりをやり玉にあげて笑いものにしたりと、リアルで、可笑しな対話が繰り広げられた。
その傍らで「人生は、短い」と、日本語でつぶやくルヴォーさんにクスッと笑わされ、また、「それも人生」などと、諦めとも肯定とも、あるいは皮肉ともとれる言い方でつぶやく姿に、ずるいなぁと思いつつも、最期まで騙されてみようかと思えたのだった。
明智小五郎と黒蜥蜴のごとく、演出家と役者の関係も騙し合いに等しい。騙したつもりが騙され、どちらかが、あるいは互いに騙された振りをしたりもする。運良く優れた演出家に出会ったら、四の五の言わずに素直に騙された者勝ちなのだ。
(文:中谷美紀)
小説幻冬「文はやりたし」より全文掲載
「黒蜥蜴」
【東京】2018/1/9(火)~28(日) 日生劇場
【大阪】2018/2/1(木)~5(月) 梅田芸術劇場メインホール
[原作]江戸川乱歩 [脚本]三島由紀夫 [演出]デヴィッド・ルヴォー
[出演]中谷美紀 / 井上芳雄 / 相楽樹 / 朝海ひかる / たかお鷹 / 成河 / 他