ノーベル文学賞も受賞したイタリアの劇作家・小説家・詩人ルイージ・ピランデッロが1921年に書いた代表的戯曲
『 作者を探す六人の登場人物 』 が、長塚圭史演出で、KAAT神奈川芸術劇場にて上演される。
「 僕はこの戯曲が好きで、6〜7年前からずっと『やりたい』と言い続けていたんです。それを(KAAT芸術監督の)白井(晃)さんが嗅ぎつけてくれ、今回、実現することになりました 」と長塚は語る。
芝居の稽古をしている一座のもとに"登場人物"たちが現れるというユニークな物語が展開する本作。
この"登場人物"らは、自らを生み出しながら途中で放棄したとおぼしき作者を探して彷徨う。劇作家の長塚にとっても他人事ではない設定だろう。
「 この劇に惹かれた大きな要因はそこにあります。ピランデッロの伝記によれば、彼はこの"登場人物"たちの小説を書こうと思っていたにも関わらず、似たような話を既に書いていたこともあって途中で放置してしまったのですが、ある時、劇の題材にしようと思い立ち、狂ったようにこの戯曲を書き始めた。
そして、書き上げた時、興奮して友達に読み聞かせたそうです。彼は、作者がキャラクターをイメージした瞬間に、そのキャラクターは生命を与えられた存在なんだと本気で考えていたようですね。
書斎にいる彼が一人でずっと喋っている姿を目撃した人達の証言も残っているのですが、僕も書いている時には登場人物の台詞を言いながら書いている。作家というのはそういうものなんです。僕はピランデッロではないから責任を感じはしないけれど、行き場を失った"登場人物"たちは本当に気の毒だと思います」
本作の"登場人物"たちは演出家である一座の座長を翻弄し、また、自分たちを演じようとする"俳優"たちを、リアルではないと否定する。そこには、演劇や俳優、さらには物語を作るという芸術行為そのものへの風刺も読み取ることができそうだ。本作で長塚が務める演出家という立場からは、翻弄される座長の姿はどう映るだろうか。
「座長は面白いキャラクターだけど、僕自身が演出家として彼に何かを投影することはほとんどなくて。気の毒だなと感じつつ、もっと困ればいいのにと思いながら(笑)見ています。
それよりも"登場人物"に同情し、同時に、彼らから『 遊びだ 』と言われ、何を矜持として持てばいいのかが曖昧になって来る"俳優"たちの職業の不思議さ、空虚さに同情する。ピランデッロを生んだイタリアにはもともと即興的な仮面劇の伝統があるから、その技術のもとで生まれた発想なのでしょうが、現代劇の俳優から見ても非常に怖い話になっています。ピランデッロが作品に込めた批評性はすごいですよね 」
演劇の創作を題材とするメタ構造の演劇であるという点は、長塚が8月に演出した『プレイヤー』と共通している。
「『プレイヤー』 を劇中劇仕立てにするというのは僕のアイデアだったのですが、既に『 作者を探す六人の登場人物 』をやることが決まっていたのにああいう発案をしたことがよかったのかどうかわかりませんね。今回のハードルが上がるばかりですから(笑)。
ただ、『プレイヤー』 は作者の遺志が呪縛のように働いていたのに対し、『 作者を探す六人の登場人物 』では作者がおらず、そのために統率のとれない世界になっています。また、前回は俳優を生業とする人達だけで作った舞台だったけれど、今回はダンサーなど身体表現に長けた出演者が多いのも、大きな違いでしょう 」
今回の舞台では、"登場人物"側にも"俳優"側にも、演劇畑出身の出演者とダンス畑出身の出演者が入り交じるかたちで配役されている。長塚はそうした出演者の特長を活かす表現を模索しているという。
「 去年の夏と冬に合計1週間ほどワークショップをやったんですが、そこでは本読みもしつつ、色々なことを試したんです。例えば、誰かの高さに意識を合わせるとか、リーダーを決めてその人に皆で追随するとか、一定の距離を取るとか、そういうことから、不思議な空気が生まれたりする。
それを使うかどうかはわかりませんが、ジャンルの違う人達が違うままでパッキリ分かれてしまうのではつまらないので、そうではなく、舞台上の"登場人物"と"俳優"の違いが、ちょっとした意識や動きの違いから見えてくる方法を探しているんです 」
取材時、振付の平原慎太郎はまだ稽古には合流していなかったが、長塚の実験に平原の振付も加わってどのような表現が生まれるのか、興味は尽きない。
「 この戯曲は批評性やラジカルさに富んでいて、演劇史的にも極めて重要な作品ですが、一方で、物語から登場人物が出て来て作者を探すなんて、子供が観てもすごく楽しめる話だと思うんですよ。
僕にとっても、小さいころ好きだったミヒャエル・エンデの世界の延長線上にあることを演劇でもできるんだ、という喜びがある。
今回はKAATの中スタジオ内にトイ・シアターを作り、お客さんにもそこに入ってもらうので、狭い空間の中で、劇場そのものが持つ熱のようなものを意識しながら、作者を失った"登場人物"たちの、哀れで、だからこそ可笑しいさまを、喜劇として丁寧に作りたい。
そしてそこに、ある種の雑味というか、騒々しさのようなものも交えていきたいんです。俳優たちの役割が違うだけで、こんなに色々な世界の見え方が生まれるんだ、という面白さが出せたらいいですね 」
取材・文:高橋彩子
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『作者を探す六人の登場人物』
■公演期間
2017年10月26日(木)~2017年11月05日(日)
■KAAT 神奈川芸術劇場 <中スタジオ>
作:ルイージ・ピランデッロ
翻訳:白沢定雄
上演台本・演出:長塚圭史
■出演(戯曲配役順): 山崎一/草刈民代/安藤輪子/香取直登/みのり/佐藤仁香(ダブルキャスト)/藤戸野絵(ダブルキャスト)/平田敦子/玉置孝匡/碓井菜央/中嶋野々子/水島晃太郎/並川花連/北川結/美木マサオ/岡部たかし