「夏の終わりの、とびきり幸福なバレエの贈り物」
舞踊評論家:岡見さえ
近年、テレビや新聞では、日本人ダンサーの世界的コンクールや権威ある賞での受賞や、世界のバレエ団での活躍が頻繁に報じられている。身近に目を向けても、町にはジュニアから大人向けまでさまざまなバレエ教室があり、日本のバレエ文化は高いレベルと大きな広がりをもっていることが実感されるだろう。
実際にレッスンでバレエに親しんでいる人、これからバレエに触れてみたいという人、そしてもちろんバレエ通にもお勧めなのが、この「吉田都×堀内元 Ballet for the Future」だ。
その理由はまず、国内外の第一線で活躍するダンサーからプロを目指す若手まで、さまざまなダンサーを一度に見られること。なかでも、このプロジェクトの中心人物の吉田都と堀内元(芸術監督も務める)は、まさにレジェンド。共にローザンヌ国際バレエコンクールでの受賞を機に世界に羽ばたき、吉田は英国ロイヤル・バレエ団、堀内はニューヨーク・シティ・バレエ団という世界一流のバレエ団に入団、しかも日本人女性、日本人男性としてそれぞれ初めてプリンシパル(最高位)ダンサーに昇進し、活躍した。
気品溢れる踊りでロイヤルのドラマティックな全幕バレエで唯一無二の輝きを放った吉田、アメリカで独自のスタイルを生み出した天才振付家バランシンを知り抜く堀内。この二人が踊る貴重な機会は、見逃せない。新国立劇場バレエ団からは、強い技術と豊かな感受性を持つ米沢唯、伸びやかで爽快な福岡雄大の両プリンシパルと、ファースト・ソリストの寺田亜沙子が参加。
吉田都
堀内元
米沢唯
アメリカからもセントルイス・バレエを中心に若手が集まり、所属バレエ団の枠組を超えて踊る趣向も面白い。吉田と堀内の豊かな経験が、この公演を通して後輩たちに伝えられていく。堀内直伝で、バランシン作品に挑戦する国内コンクール1位受賞者のパフォーマンスにも注目だ。
もう一つの理由は、古典から最先端の現代バレエまで網羅する5演目で、バレエ芸術の歴史と今を体感できること。プティパ振付『ライモンダ』第3幕は、中世フランス貴族の令嬢ライモンダが、困難を経て恋人の騎士と結ばれる華やかな婚礼の場。憂いを帯びたメロディにのせ、異国情緒が漂うソロ、デュオ、男女8組の踊りが立体的に展開し、絢爛なステージを繰り広げる。吉田都と福岡雄大が中心に、19世紀末ロシアで生まれた古典バレエの美を堪能させてくれるに違いない。
対してバランシン振付『タランテラ』は、筋書きは無く、イタリア発祥の速い舞曲にのせて難技巧を次々繰り出し、踊り続けるエネルギッシュなペアダンス。さらにこの公演ならではの演目は、2000年からセントルイス・バレエ芸術監督を務める堀内による振付作品、『Haydn Cello Concerto』と『Passage』。物語を排し、ムーヴメントと音楽が純粋に結びつく抽象バレエを創造したバランシンの系譜に連なる堀内は、18世紀の古典派ハイドンのチェロ協奏曲と、現代イタリアの作曲家エイナウディの楽曲を選び、異なる二つの世界を表現する。音楽が喚起する感覚が、振付と鍛え上げられたダンサーによって視覚化されていくダンスは、刺激に満ちた経験になるだろう。『Passage』での堀内と米沢唯の出演にも期待が高まる。
さらに、日本初演のエメリー・ルクローン振付『And My Beloved』。スタイリッシュな作風で注目される気鋭の振付家が、アメリカ・バレエの旬を運んでくれる。
2016公演より
バレエのレッスンを受けている人なら、さまざまなレベルでの気付きや学びがあるだろう。バレエを初めて見る人なら、バレエの多様な可能性、伝統とコンテンポラリーの魅力を発見できるに違いない。そして誰もが実感するのは、バレエの美は、ダンサーの誠実な努力と真摯な対話から実現し、次の世代へ大切に引き継がれていくということ。好評を博した過去2回の公演も、ダンサーたちの踊りへの情熱と、経験を伝え、分かち合うことの喜びが観客にも届き、感動と心地よい余韻が残った。
灼熱の夏を経て、やがて来る豊かな実りの季節へ-夏の終わりを彩る忘れられない晩になるだろう。
2016公演カーテンコールより
舞台写真: 瀬戸秀美 (吉田都×堀内元Ballet for the Future より)