井上ひさしの幻の名作『イヌの仇討』が7月からこまつ座で上演されます。
本作は、誰もが知る「忠臣蔵」の事件を、井上ひさしが独自の視点で見つめ直し、一般的に"悪役"とされてきた吉良上野介側に立って物語を再検証、日本史の隠された真実を暴き出した物語。
同時に、赤穂浪士の討ち入りの際に上野介が身を隠していた"炭小屋"を舞台にしたワンシチュエーションの会話劇でもあり、井上戯曲の面白さを存分に楽しめる作品です。
1988年の初演以降、上演されていなかった本作が29年ぶりに上演されます。
出演は、大谷亮介、彩吹真央、久保酎吉、植本潤、加治将樹、石原由宇、大手忍、尾身美詞、木村靖司、三田和代。
演出は劇団桟敷童子の東憲司。2015年に『戯作者銘々伝』でこまつ座に初参加した東が、初めて井上戯曲に挑むのも話題です。
その中で、大谷亮介さん演じる吉良上野介の側女・お吟を演じるのが彩吹真央さん。
宝塚歌劇団を退団後、数々の舞台に出演している彩吹さんですが、こまつ座への出演も、井上戯曲への出演も初。
作品について、演じる役柄について、そして井上戯曲について、お話を伺ってきました。
◆ 彩吹真央 INTERVIEW ◆
● こまつ座にも出たかったし、時代劇もやりたかった。二重に嬉しいです
―― 彩吹さん、宝塚を卒業してからは、時代物は初でしょうか?
「そうなんです。日本人を演じることはありましたが、時代物、着物を着て演じるのは初めてなんです。時代劇、やりたかったんですよ。もともと日本物が好きで、着物や日舞も好き。特に、色々なミュージカルに出たり、お芝居の経験を重ねてここ数年、「そろそろ着物を着たいな」「ちゃんと、着物を着た日本の女性を演じられる女優になりたいな」と思っていました。こまつ座に出たいという思いも強かったのですが、その初めてのこまつ座が、時代物だとわかった時は二重に嬉しかったです」
―― こまつ座の舞台も、井上ひさし戯曲への出演も初ですね。ご覧になったことは?
「もちろんあります! 時間のある時は必ず拝見しています。こまつ座は、ストーリー全体ももちろん面白いのですが、とにかく井上先生の書かれた戯曲の言葉の美しさが素晴らしいなと思っています。現代の話もあれば、昔の物語もあるのですが、どれも今の時代の私たちにもストレートに伝わるセリフのチョイスで...」
―― 本当に一文字一文字こだわって書かれるとお聞きしたことがあります。「一文字だけ変えた台本の1ページがぺらっと送られてくる」というようなお話も。
「本当にそうなんですよね。一作品一作品、一文一文、一言一言にこだわりをもって作ってらっしゃるのを感じるので、一言も解釈の間違いがないように演じたい。今回私が演じるお吟は架空の人物ですが、なぜお吟はこういう言葉を発するのか、先生がどういう思いでこれを書かれたか、常に想像します。ご存命でしたら直接お伺い出来たのですが、もう出来ませんので、そこは演出の東憲司さんや共演の皆さんとセリフを合わせ、お話させて頂けば、自然と役作りが出来るのではないかな、と思っています」
―― 井上先生にお会いしたことは?
「残念ながら、ないんです。ご存命の間に作品を拝見してはいましたけれど。同じ事務所の井上芳雄さんが、先生が最後に書かれた作品(『組曲虐殺』)に出演されていて、色々とお話を伺ったりはしていましたけれど、実際にお会いしたことはなくて...。こんなに愛されている作家さんもいないですし、多くの俳優さんが、こまつ座に出たいと思っていらっしゃる。劇場によってお客さまの雰囲気は違うものですが、こまつ座の空気は客席に座っていてもほっこりします。もぎりの方が法被を着てらっしゃるのもいいですよね。この作品は29年前に初演をご覧になっている方もたくさんいらっしゃると思います。待望の再演とも言われていますので、その期待を裏切らないようにしないといけませんね」
● 赤穂事件は、たぶんこれが真実です。断言しちゃいます(笑)
―― 今回のお話は、忠臣蔵をベースにした『イヌの仇討』ですが、赤穂浪士側ではなく、仇討ちされる吉良側から描かれています。いわば"裏から見た忠臣蔵""知られざる忠臣蔵"といった内容ですね。物語全体の印象はいかがですか。
「最初に台本を頂いた時に、一気に最後まで読んでしまいました。まずは誰もが知っている赤穂事件、忠臣蔵をベースに描かれているので、すんなり頭に入ってきますよね。根底に流れている大事件を知っているので読みやすかったですし、一方で想像を覆す、真実が捻じ曲げられていた衝撃もあって。もちろん真実はどこにあるのか、今ではわからないのですが、この話を読んだときに「今まで私が思っていた忠臣蔵は全然違うものだったんだ」と思いました。自分がそう驚いたことは、おそらくご覧になった方も驚くだろうと思います。何よりもそこが面白いなと思いました」
―― 吉良上野介=悪役、というイメージがありますよね。
「そうそう。そこからして、違います。この時代の歴史や吉良さんのことを深くご存知の方は「そんなの分かってたよ」と仰るかもしれませんが、ほとんどの方にとっては、今まで真実だと思っていたことを180度覆される内容ではないでしょうか」
―― 個人的な話で恐縮ですが、子どもの頃、吉良町(現・愛知県西尾市)の近くに住んでいたことがあり、小学校で赤穂事件について習った時に、セットで「近くの吉良町では、今でも吉良さんはいいお殿様なんです」と教えられました。
「あ、やっぱりそうなんですね。私も先日、お休みの時に吉良町に伺って、吉良町の方々とお話をする機会があって。皆さん今でもそう思ってらっしゃるし、忠臣蔵の物語については、良く思ってない方が多い(笑)。私もすでに『イヌの仇討』で吉良側の人間を演じるとわかって行ったので、すっかり"吉良派"の気持ちになりました(笑)。私は実家が関西で赤穂も近いので、そちらにも改めて行ったのですが、赤穂は思った以上に観光地だし、赤穂浪士ひとりひとりがすごく讃えられている。一方で吉良町はすごく長閑で、とてもいい場所で、でも観光客がほとんどいなくて(笑)。吉良家の菩提寺にも伺ったんですけど、素晴らしいお寺なのに、誰もいない。海があって山があって、あの時代のものがいっぱい残っていて、観光地としても素晴らしいので、ぜひ、この作品をご覧になった方は、吉良町にも足を運んでいただきたいですね!」
―― 江戸の吉良邸跡にもキャストの皆さんで行かれたと伺いました。
「はい、本所松坂町に事件のあった吉良邸跡があるので、稽古が始まって3日目くらいに、みんなで。ここも静かな空気が流れていました。この場所に壮大なお屋敷があって、100人以上の家来がいて、そこで寝込みを襲われて...という惨劇が想像できないくらい、素敵なところでした。すごい戦闘だったと思うんですよ。明け方4時過ぎという時間に。素敵なところだからこそ、残酷さも感じました。想像上の物語としてしか触れたことがなかったその場所にいて、その場所で起こったことを私たちが演じるんだと思ったら、すごい責任だなと改めて思いました」
―― そして吉良側にも言い分があった...というところは、物事には両面があると思えばまだわかるのですが、さらに将軍家の思惑などの裏事情まで言及されているところが、この物語の奥深さですね。井上ひさしさんの創作とはいえ、とても説得力があって、ここに描かれていることが真実なのではと思ってしまいました。
「たぶんこれが真実ですよ、断言しちゃいます(笑)。...もちろん本当は何が真実かわかりませんが、少なくとも私は100%に近い真実だと思っています。井上先生はこの本を書かれるときにたくさんの文献を読まれたり、調べ物をされたり、すごく深く掘り下げられた。架空の登場人物もいますが、実際に起こったことがそこに描かれているわけですから、真実がたくさん詰まっているはずなんです」
● 私はこの炭小屋の狭い空間を小宇宙だと思っています。その小宇宙の中で『24』のようにリアルタイムで事件が描かれます
―― タイトルの『イヌの仇討』という言葉にも、深い意味が込められていますね。1988年の初演当初、もともとは『長屋の仇討』と予定されていたところ、上演直前に改題されたとのことですから、井上ひさしさんのこだわりを感じます。
「この時代を象徴しているようなところもありますよね。犬公方と言われた徳川綱吉の時代の話で、そのこともすごく大きく影響しています。日本史の勉強も出来ちゃいますよ(笑)」
―― ひとつ、とても気になるのですが...、犬は実際に出てくるのでしょうか?
「(笑)! 気になりますよね。ある意味、タイトルロールですものね。私も戯曲を読んだ時に、ホンモノの犬が出てくるのかしら、今の時代はタレント犬とかいるからあり得るのかな、と色々考えたんですが。まぁ、そこはやっぱり違うのですが、でも、ぬいぐるみをポンと置いているだけではないので、楽しみにしていただければ。本当に動きますから(笑)」
―― 気になります...! が、本番の楽しみにしておきます...。そして彩吹さんが演じるのが"お吟さま"。吉良上野介の側室ですね。
「史実で吉良さんに側室がいたかどうかはあまり描かれていないそうなのですが、あの時代は側女というのは当たり前の存在。その人がお屋敷に住んで、生活を共にしているというのも当たり前の時代。そして、その存在をあまりよく思っていない人もいて、というのも当たり前ですよね。例えば女中頭のお三さまは、側女・お吟に対しては冷たく厳しい。そういう関係性もすごく面白いし、事件の中でその関係性がどんどん変化していくというところも面白い。人間関係の面白さもこの作品の見どころのひとつです」
―― 女中頭のお三さまはいわば使用人ですが、屋敷ではおそらくお吟さまより古株。
「遠慮し合っているような、そのさじ加減も面白いですね。女性同士の間合いのはかり具合というか、嫁姑じゃないですけど、そういうところはいつの世にもあります。滑稽な部分もあり、それがセリフのちょっとしたやり取りで見せられたらいいですね」
―― そのお三さまを演じるのは、三田和代さんです。
「もう、お三さまにしか見えないし、"三田さん"ですから、そのまま、"お三さま"。ピッタリ(笑)! 本当に「お三さま!」って感じです」
―― お吟さまとお三さま、このふたりの女性の対比も興味深いです。
「でも両者の言い分とも、筋は通っているんです。お三さまは吉良家、ひいては歴史ある由緒正しいお家の伝統と誉れに傷をつけていけないという思い。私の方は、ただただ愛する人に生き延びてもらいたい、生き延びたほうが幸せでしょう、と普通の考え。あの時代の現代人だったんだなと思うんです。でもそこを良しとしないお三さまの気持ちもやっぱりわかる。そして、身を潜めている炭小屋の中では静かにしていなきゃいけないのに、女同士で諍い合ってしまって、まわりの男たちがヤキモキしちゃう...というところも、とてもわかります」
―― 吉良上野介が炭小屋に隠れていた...というのは、忠臣蔵でも描かれている有名なエピソードですね。この物語は、その身を潜めている炭小屋での会話劇です。
「はい。私はこの炭小屋の狭い空間を小宇宙だと思っています。この狭い場所で起こる事件と人間同士のやり取りは世界を表しているような、その時代を表しているような感じがします。そういう「人間ってこうだよな」って思える人たちが集まっている。本当に井上先生の戯曲のすごさですよね」
―― 炭小屋というワンシチュエーションでの、ザ・セリフ劇ですね。
「そうなんです。だってここに隠れているわけですから、吉良家の人間は身動きできない。見事に出ずっぱりです(笑)。盗人の新助さんと坊主頭の春斎さんというふたりは出入り出来て、そのことで物語に起承転結が加わってくるのですが。私たちは始まってから終わるまで出ずっぱり。こんなに出ずっぱりのお芝居、あったかな...と振り返ってみたら、やっぱり無かった(笑)」
―― 大変ですね!
「さらに板壁挟んだ向こうには敵(赤穂浪士)がいて、常に緊張している。そして転換もなく、リアルタイムに起こっていることが描かれていきます。転換があれば「そして夜が明けて...」というようなことも出来ますし、それが芝居の面白みでもあるのですが、今回は『24 -TWENTY FOUR-』のようにリアルタイムな事件。こういうタイプのお芝居も今はよくありますが、30年前にそういう形で作られた井上先生の発想は斬新でさすがだと思いますし、今お客さまが観ても斬新に見えると思います」
● それぞれの役が、その人以外には考えられない! 皆さん、井上先生が描かれたキャラクターにピッタリなんです
―― そしてその真ん中にいる、吉良上野介を演じるのは大谷亮介さんです。
「私が演じるお吟さまがお慕い申し上げている役ですから、私はもう、大谷さんにロックオンなんですが(笑)。私だけじゃなくみんなの気持ちが大谷さんに「殿!」「ご隠居様!」って向かっている。もちろんそういうふうに井上先生が書かれた戯曲でもあるのですが、大谷さんご自身の人間性があったかくて、すごくピッタリなんですよ。大谷さん、私がゆるい関西弁で(笑)話しかけても、気さくに優しく答えてくださって、本当にありがたいです。そんな穏やかな方なんですが、実際吉良さんがそういう方だったというのは、色々な書物にも書かれています。もはや、私の中の"吉良さん像"の100%です。そしてそんな吉良さまが、お吟という新参者の側女を側に置いている...礼儀を重んじる女中頭のお三さまと対立するのもわからなくない中で...、というのも重要なところかなと思っています。本音はくつろぎたい、癒されたい、というお気持ちもあったのかな、と。ですので、普段からゆる~く、大谷さんとお話させていただけるのは、役作りの上でもありがたく、感謝しています」
―― ほかに、彩吹さんのおススメのキャラクターがあれば教えてください!
「悩みますね...皆さん本当に、全部ハマっていて。それぞれの役が、その人以外には考えられない! という感じです」
―― 個人的には植本潤(6/27より植本純米に改名)さんの清水一学が気になります。清水一学といえば、ドラマなどでは吉良方きってのカッコいい剣士として描かれることが多い人物ですよね。
「植本さんご自身が仰っていたのですが...「ご自身が仰っていた」と絶対入れてくださいね(笑)? 井上先生が、設定として書かれている登場人物の年齢が一応あるんですが、「年齢が違う」と(笑)。でもそれは今回のキャスト全員が違っているんですよ。さらに「演じる役者は必ずしもその年齢じゃなくてもいい」というような注釈もあるので、そこはまぁ...、なんですが。で、それを植本さんがネタのように、しょっちゅうご自身でも仰っています(笑)。でも、すごく役によって七変化される俳優さんですし、爽やかでお若くて、清水一学さんってきっとこういう感じだったんだろうなって想像しています。史実というより、井上先生が描かれたキャラクターにピッタリですよ」
※劇中、清水一学は25歳の設定。
―― なるほど、楽しみにしています! いま絶賛お稽古中かと思いますが、憧れのこまつ座の芝居を稽古している心境は。
「楽しいです。着物を着て、正座して、立ち座りが山ほどあって、精神的にもずっと気を張っている役で、体力的にはしんどくて、毎日ぐったりしていますが、楽しいです。井上先生が書かれた戯曲のセリフをしゃべっている、それでお芝居をしているというのは、何物にも代えがたい尊い経験です。また演出の東さんが、先生が書かれたこの物語をどう演出しようかと、すごく深く掘り下げていらっしゃる。みんなが緊張感をもって稽古に挑んでいることが心地よい。まだお稽古は最後まで行き着いていないのですが、全幕通してやったときにどういう思いになるのか、すごく楽しみですね」
―― 最後に改めて、舞台のアピールをお願いします!
「『忠臣蔵』はよく年末にテレビでドラマや映画が放映されますし、皆さんにとっても"よく知っている大事件"だと思いますが、「実際に起こったことだから、これが真実なんだろう」と勝手に思い込んでいるところがあると思います。私もそうでした。『忠臣蔵』はすごい悪者がいて、それを敵討ちした物語だって。でも実は違っていて、もちろん世の中に絶対というものはありませんが、井上先生が丁寧に赤穂事件を掘り下げたこの『イヌの仇討』の物語が、本当は真実に近い歴史だったんだ...ということは、ご覧いただいたらわかっていただけると思います。日本の方には絶対に触れていただきたい、日本史の真実です。そしてご覧になった方には、必ず吉良ファンになっていただける自信があるので、ぜひ観に来ていただきたいと思います。時代物だし難しいんじゃないかとか思わず、そして赤穂浪士ファンの方も片意地張らずに、ぜひ!」
取材・文・撮影:平野祥恵(ぴあ)
【公演情報】
7月5日(水)~23日(日) 紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京)
★『イヌの仇討』お得情報★
(1) 山形のお米「つや姫」特典付きチケット販売決定
『イヌの仇討』の主役・吉良上野介とゆかりが深く、また作者・井上ひさしの故郷でもある山形県のご協力により、対象公演限定で美味しいお米「つや姫」(1合パック)をプレゼント!
【販売期間】
6月24日(土)10:00~一般発売終了まで
【対象公演日】※いずれも7月
5日(水)18:30
6日(木)13:30/18:30
8日(土)13:30/18:30
11日(火)13:30
14日(金)13:30
15日(土)13:30/18:30
19日(水)13:30/18:30
21日(金)18:30
22日(土)18:30
(2)7月13日(木)13:30公演ご来場者スペシャルプレゼント
・山形県米沢市のご厚意により、対象公演にご来場の皆様全員に、【米沢牛入りさらみ】をプレゼントいたします!
・さらに、当日同封のアンケートにご回答の方の中から抽選で5名様に【米沢牛】をプレゼント!
当日終演後には、米沢市上杉博物館 学芸主査・角屋由美子さんのアフタートークショーもございます。米沢Dayをぜひお楽しみください!