元宝塚雪組トップスター・水夏希が、様々な女性の半生を、時に芝居で、時に歌で、時にダンスで魅せる新シリーズ「水夏希 ドラマティカルシリーズ」を立ち上げます。
第一弾に選んだのは、あのエディット・ピアフ。
これまでも数多の女優たちが挑んできたピアフの人生を、『パンク・シャンソン ~エディット・ピアフの生涯~』とタイトルを冠し、水さんが朗読とシャンソンで綴ります。
構成・演出に鈴木勝秀、
共演に福井貴一&山路和弘&石橋祐(トリプルキャスト)、
日替わりゲストに辻本祐樹・牧田哲也・渡辺大輔という刺激的なメンバーで贈るピアフの物語は、一体どんな世界を綴るのでしょう。
ピアフに挑むのは「怖すぎる」と言いながらも目を輝かす水さんに、ピアフについて、シャンソンについて、そしてリーディングについて、お話を伺ってきました。
◆ 水夏希 ロングインタビュー ◆
―― 新しいシリーズの立ち上げですね。
「そうですね。毎年夏にコンサートをやっていましたが、コンサートではない形で色々なことにチャレンジしたいな、という思いで、まず第一弾はリーディングです」
―― 今回は、リーディングと歌。水さんのイメージですと、やはりダンスに秀でた方という印象なのですが、その水さんがダンスという表現方法を使わずに新しいチャレンジをするということに興味を抱きました。
「ダンスを封印するということではないんですよ。ただ、今回は"シャンソンにチャレンジ"です。先日、越路吹雪さんの追悼コンサート(3月、越路吹雪トリビュートコンサート「越路吹雪に捧ぐ」)に出演する機会があり、たまたまそこでピアフの曲を歌わせていただいたということもあり、歌に人生を乗せる...というようなことにチャレンジしたいな、と。それにしてもピアフを歌うって、どれだけチャレンジなんだ!って感じがしますけれど(笑)」
―― シャンソン自体は、水さんはお好きですか? シャンソンって大人のイメージがありますよね。
「そうですね、大人のイメージというのは、わかります。だってシャンソンは人生だから。大人の恋愛を描いていますし。シャンソンは宝塚のショーでもよく使われているので、なじみのある曲もたくさんあるんですが、歌のジャンルとして興味が出たのは本当にここ最近。なんて奥深くて、なんて余白の多い曲なんだろう、と思います。歌詞に描かれている情景の裏に、心情や時間、いっぱい表現することがあって。描かれた歌詞と音の世界のままでもちゃんと歌として成立するんですが、その世界を10としたら、100にも200にも無限にも出来るし、そうやって広げていっても、やっぱり同じ曲なんです。そこが果てしなくて、怖くて、いいですよね。サブテキスト(台本や歌詞上にない裏側の物語)を自分でどれくらい描けるのかというのが重要だなとつくづく思います」
―― 今回は、プラス、リーディングですね。リーディングというのは、普通に立ってお芝居するのと、演じる心持ちはどう違うのでしょう。
「たいていの芝居では、お稽古の初期段階で座った状態で台本の読み合わせをするのですが、それを何度もやって深まって目の前に見えたものが、立ち稽古になったとたんに遠ざかってしまう。その先に行けなくなるんですよ。3歩下がったところに戻っちゃって、またそこから構築する作業になるんです。椅子に座っているところから立つだけでもすごくエネルギーがいるし、言葉のリアリティがすごく薄くなっちゃうんですよね。ちょっとしたことなのに。そういう意味では、リーディングというのは動きがついてない分、言葉に集中して、相手との対話に集中してできるんじゃないかな、芝居も深められるんじゃないかな、と思っています」
―― そして脚本・演出が鈴木勝秀さん。"男芝居"のスズカツさんが水さん主演で女性の半生を描く、それもまた興味深い。
「スズカツさん、以前、大竹しのぶさんのピアフコンサートの演出を担当されていて、「ピアフのことはちょっと勉強しました!」 って仰っていました(笑)。でも同じになっても面白くないので、今回はピアフの人生と彼女の歌をリンクさせながら構築する形になります。ピアフ自身、その時どきの恋人や人生のタイミングで生まれるべくして生まれた曲を歌っていますしね。スズカツさんが、朗読自体が「音楽」だと仰っていて。もちろん歌の部分もありますが、それ以外の部分、ひとりひとりがセリフを言うところも「僕は音楽と捉えているんです」と。キャストも日替わりですし、その日のセッションをしてほしい、と話していて。その日の俳優さんと、その日の呼吸で、その場で空間を共有して、そこで生まれる今日の作品を求めていらっしゃるんだなと思っています」
―― 「セリフも音楽だ」って、すごく素敵ですね。
「実は、台本を読んだ時に、すごく淡々と事実が綴られているな、と思ったんです。ことさらにドラマチックにかかれてはいない。そうスズカツさんに言ったら「いや、僕はこの作品自体が音楽だと思っているので」と。たしかに、台本にすべて詰まっていたら演じる必要はなくて、じゃあそのホンを売ればいい、ってなっちゃいますよね。演じることによって、文字だけでは想像できない世界が広がるっていうことが、舞台をやる意義だと思うので、そういう意味では、文字は記号でしかない。そこからスタートして、スズカツさんが描く世界が広がっていくんだろうなと思います」
―― 一気に楽しみになりました! 私も実は、台本を読ませていただいて、ずいぶん冷静に事実が描かれているな、これをドラマチックに仕上げるには水さんにかかってるな、と思ったんです(笑)。
「あっはっは(笑)! 事実をただ追ってるだけだと「あぁ、そうだったね、うん、知ってる」って思っちゃいますけれど、でもそうではないんです。役者同士のセッション、バンドとして入るアコーディオンとのセッションの中に"人生"の山場がアクセントとなり、さらに歌の山場が来て...という流れになる。どうなるのか、私も楽しみなんです」
―― 腕がなりますね。
「いやいやいや(笑)。シャンソンって、それだけで世界が広がる音楽。でもやっぱり、ベースのセッション(リーディング)を川としたら、その流れに乗って歌がやってくる瞬間が、一番盛り上がると思います。今回はそうしなきゃいけない作品だと感じています。...でも本当にやればやるほどシャンソンは、深くて、難しい。曲自体はそんなに難しくないんですよ。音域が広いわけでもなければ、『エリザベート』みたいに難しいメロディでもないし、半音が多用されているわけでもない。音をさらうのはすぐに出来る。だからこそ、それをどう表現するのか、どう歌うのか、どう自分の解釈をしていくのかがすごく重要になってくる。余白のたくさんある曲なので、そこが本当に難しいですね」
―― そして、演じるのはエディット・ピアフです! ピアフというと、女優さんはきっと憧れる存在ではないかと思いますし、過去さまざまな方が演じてきている役。水さんも「いずれは...」と思っていましたか?
「いえ、正直この話をいただいた時、「ちょっと、ピアフは...」と(苦笑)。色々な方がやっていらっしゃるし、例えば大竹しのぶさんが演じるピアフを観たら、もう"大竹さんの役"!みたいになっているじゃないですか。それを、私がいまさら何をするの!? という感じでしたよ。でも、歌をリーディングの中に組み込んで、さらに先ほども言ったスズカツさんの「リーディングさえも音楽である」という言葉で、新しいジャンル...と言うと少し違うかもしれませんが、『パンク・シャンソン』という、新しいリーディングになれば、と思い、やってみようと思ったんです」
―― そうそう、タイトルの『パンク・シャンソン』とは?
「音楽的にパンクの要素が...ということではなくて、ピアフの生き方がパンクだという捉え方です。それにいまシャンソンというとひとつの音楽ジャンルになっていますが、もともとフランス語で単に"歌"という意味の言葉ですよね。ピアフの生きた当時はジャンルではなく、その時、人の心を捉えた歌、人々の心に突き刺さった音楽だった。つまり当時の"パンク"だった...ということから『パンク・シャンソン』というタイトルになったみたいです。でもピアフの生き様自体が、調べれば調べるほどパンクで、そんな人本当にいるの!?って思っちゃいますよね」
―― 確かに。こんなにたくさん恋人がいたのか! って思います(笑)。
「そうなんですよ! ピアフを描いた様々な作品に有名な恋人たちが登場しますが、今回はそれら以上に恋人たちが出てきます。でもこれだって、全部じゃないんですよ(笑)。本当に本当なの!? って思っちゃうんですが。言ってしまえば、男を渡り歩く女性ですよね。不倫もあれば、同時進行で複数の恋人がいたりも。いまどきの言い方をすれば"ゲス"ですよ(笑)! でもなぜ、そんな彼女を全世界の人たちが100年も愛し続けているのか。やっぱりそれは、ピアフ本人のピュアさであり、愛を求め、自分の存在を認めてほしいっていう誰もが持っているような孤独感や不安な心が根底に流れているからでしょうね。そこに誰もが共感するし、応援したくなるんだと思うんです。調べれば調べるほど、彼女は男を利用しようとか、そんな面は一切ないんです。そうではなく、自分を愛してくれる人を求め、相手がそれに応えられなかったら次の人に求め......、そんな女性なのかなと感じています」
―― 彼女の生き方、水さんは理解できますか。
「うん、愛を求める...というところは私もわかります。親がいて姉妹がいて、仕事仲間がいて、そしてファンの方がいる私だって「自分はひとりなんじゃないか」という思う瞬間はありますから。ただ、わからないのは人生のスタート部分。ピアフは根本的な愛情を知らない。一番最初に生まれたことを喜んでくれる人がいなかった、というのは、どんなに孤独でどんなに心許ないことだろう...と思います。彼女の場合、そこが出発地点となるエネルギー、欲求があるんだろうなと想像します」
―― あと、ピアフといえば、"小さい"イメージですよ。
「アハハハ、そうなんです(笑)。たぶん私、背格好から言うとディートリッヒのほうがいいと思うんですよ。カテゴリーとしては絶対にそっち(笑)。でもそれが俳優という職業のいいところです。大きい私がピアフをやるというのもね。普通のお芝居だともしかしたら違和感があるかもしれませんが、今回はセリフと歌と音楽と、最小限の情報から先はお客さまとのセッション。どんなピアフをご自身の中で想像して、息づかせていただくのも、お客さま次第。そんなことができるのも朗読の良さですよね」
※マレーネ・ディートリッヒ...映画女優。ピアフの親友であり、ピアフを語る上で欠かせない存在でもある。
―― ピアフは「歌うことが人生」という女性。人生が表現に繋がっていく...というのは、舞台に立つ女優としての水さんにも通じるところがあるのではと思うのですが。
「そうですね、"歌うこと"に限ってではないですけど。自身を振り返れば、宝塚を辞めるとき、違う人生を選択するチャンスでもあった。でもそのときに別の人生を選ばなかったし、今もこのお仕事を続け、辞めない理由というのは、やはりモチベーションがなくならないからなんですよね。自分ではない人生を生きること、自分が知らない表現をすることの大変さ、喜び、感動をもっと知りたい。それがないと生きている意味が半減するなと思っています。それはピアフの情熱と一緒なのかな。だって、芸術って、生きる上で必ずやらなきゃいけないものではないじゃないですか。それに実は私、飽き性なんですけど、このエンタテインメントの世界には飽きていない。この世界にはまだ知らないこと、知りたいこと、新しく作りたい自分の引き出しもいっぱいあると思い続けられるんです。そういう意味では自分の生活にはなくてはならないものだし、ピアフにとってはそれが歌だったんだろうなと思います」
―― そしてこの新シリーズの今後についても少し伺わせてください。様々な女性の半生を...ということですが、水さんはどんな女性に惹かれますか?
「"普通じゃない人生"を送る女性でしょうか。それを言ってしまうと、"普通って何?"となってしまうんですが。...私、小さい頃に、アイドルのオーディションを受けたことがあるんですよ」
―― えぇ!?
「アイドルになりたくて。審査で落ちました(笑)。あとはアナウンサーになりたかったり。人前に立つ仕事がしたかったんです。でもそう思いつつ、自分は平凡な人生を生きていくんだろうなあ...と子ども心に思っていたんです。そうしたら思いがけず宝塚に出会い、思いがけず入団し、思いがけずトップになり...。予想外の展開なんですよ、私の人生(笑)。自分でも"普通じゃない"と思います。ただ、もっと普通じゃないピアフや、去年やったサラ・ベルナール(『サラ・ベルナール ~命が命を生む時~』)とか、エビータ(『サンタ・エビータ ~タンゴの調べに蘇る魂』)とか、人生の規模が大きくて、国や世界を巻き込んだ人生を送った人たち...これから先、自分が経験しないであろう人生を生きた人たちを体験したいです。一方で、何か信念を持った、輝かしい人生を生きた人以外の、汚かったり見苦しかったりする人間も演じたい。人間って色々なことがあるから面白いのだと思いますので。......と言い始めたら、つまるところ、私が経験できない人生を送った人物って、私以外すべての人、ってことになっちゃうんですけど(笑)」
―― その中でも一発目にピアフを選ぶというのは女優さんらしいですよ。
「アハハハ(笑)。本当に恐ろしいですよ。怖すぎる(笑)。私の中では憧れても触れてはいけない存在。「ついに、やっちゃうんだ!」という感じですよね。本当にに恐ろしいですが、『パンク・シャンソン』という、今できる自分と俳優の皆さんとのセッションで、"新しいピアフ"が......、大げさかな? でも新しい表現のピアフができたらいいな、と思っています!」
取材・文:平野祥恵(ぴあ)
撮影:イシイノブミ
【公演情報】
5月2日(火)~6日(土)
よみうり大手町ホール(東京)