シアタークリエ開場10周年の第一弾として、マイケル・メイヤー演出によるシェイクスピアの名作喜劇『お気に召すまま』の上演が決定しました!
マイケル・メイヤーといえば、トニー賞最優秀演出賞受賞作『春の目覚め』を始め、『アメリカン・イディオット』『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』など、パンチの効いた演出で知られる鬼才。その彼が日本で初めて演出を手がけるのですから、ワクワクが止まりません!舞台を1967年のアメリカに置き換え、アーデンの森はサンフランシスコに10万人のヒッピーを集めたロックフェスティバル「サマー・オブ・ラブ」に、宮廷はニューヨークの上流社会に...と構想からして実に刺激的。マイケル・メイヤーの共同会見をレポートします。
――設定を1967年のアメリカに設定を変えた理由は?
数年前『お気に召すまま』をニューヨークでやりたいと考えていた時、サマー・オブ・ラブの時代にしようと思いつきましたが、実現には至りませんでした。東宝の方からオファーをいただいてこのアイディアを話し合ううちに、いけるのではないかと思うようになりました。
私はワシントンDCの出身で、60年代を経験しました。当時の社会不安、そして友人やいとこなど上の年代の人たちがヒッピームーブメントに身を置いていたことを覚えています。子供の頃、ラジオから流れてきた音楽はラブ、ピース、そしてハピネス。テレビには紛争や学生運動の一方で、ヘイト・アシュベリーやウッドストックに若者達が集まり、表現の自由を謳歌する様子が映し出されました。当時のワシントンDCは保守派が強く、1969年にはニクソンが大統領に就任。そのニクソンも敵のリストを作っていたわけで、シェイクスピアの芝居に近いものがあります。
たとえば『お気に召すまま』のオリバーやフレデリック公爵は保守に囚われているニクソンと同じ価値観の人物ではないでしょうか。50年代の残像がまだワシントンDCには残っていたのです。しかしワシントンDC以外では、新たな風が吹いていました。ロザリンドやシーリアは、ニクソンの娘トリシア・ニクソンやケネディ家のマリア・シュライバーのように政治家一族の娘だったと想定します。そしてアーデンの森ではなく、長距離バスのグレイハウンドに乗って、サンフランシスコに旅立ったら?NYのセントラルパークにもムーブメントはありましたが、東から西にアメリカを横断するほうが面白いと思いました。そこで服装も変わり、話が大きく変容します。きちんとした服装の女の子が、パンツやベルボトムのジーンズを履き、花柄を身につけるようになる。それに対して、タッチストーンはフリルやペイズリーのついたビクトリア調ファッションで装うことも考えています。
また『お気に召すまま』にはシェイクスピアのどの作品よりも、歌がたくさん出てきます。そこでママス&パパス、クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング、スコット・マッケンジーみたいな曲、柔らかいフォークロックでシェイクスピアを表現したらどうかと考えています。
――トム・キットが作曲を手がけるとのこと。作品にどのような効果をもたらすとお考えですか。
トムとは『エブリデイ・ラプチャー』で初めて仕事をし、その後『アメリカン・イディオット』も一緒に手がけました。他にニューヨークではシェイクスピア・イン・ザ・パークの『冬物語』『シンベリン』、『ネクスト・トゥ・ノーマル』『ブリング・イット・オン』『ハイ・ファディリティ』などで知られています。
トムはアイディアを尊重しながら自分の個性を出すことに長けています。この作品についても、楽器の種類、俳優が楽器を演奏するのかなど、話し合っています。
――この作品の魅力とは?
最も魅力を感じたのは、宮殿から森へ入っていくところです。もうひとつ、老公爵のように温かい心を持つとても良いリーダーが結局追放されて家臣たちと出て行くことになる展開に、60年代のピースムーブメントに近いものを感じました。
アメリカは二大政党制ですが、フレドリック公爵は共和党、老公爵は民主党のように感じます。今アメリカは大統領選の真っ只中。この作品の稽古が始まる頃には私はアメリカに嫌気がさしてアイスランドに移住しているかもしれません(笑)。もしくはアメリカ初の女性大統領を誇りにしているかも。いずれにせよ、非常にポジティブなメッセージをお伝えできる作品になると思います。
――今回はフラワーチルドレンの時代ということで、カラフルでポップな世界になるのかと期待していますが、舞台美術や衣裳について構想を教えてください。
今、日本人のデザイナーたちにお会いしているところです。私が手がけた『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』はパンクでグラムロック、デヴィッド・ボウイを思わせる70年代テイストの世界観でした。この作品はもっと柔らかく、ファミリーショー的かと。まだわかりませんが、カラフルでサイケデリックな衣裳になるかとは思います。ジェイクイズは50年代を引きずっている役で、他の役とは対照的です。ビート世代で皮肉屋、厭世的。ビートはパンクに近いですが、ヒッピーはそれほどアグレッシブではありません。これはあくまで今の構想で、稽古に入って変わる可能性もあります。
――『お気に召すまま』が今なお多くの人の共感を呼ぶ理由はなぜだと思われますか。
ロザリンドですね。彼が描いた女性の役で一番、いや彼が生んだ役の中で一番かもしれません。その知性、愛の度量の大きさ、世の中の人たちと関わる中で非常にポジティブな性格です。よく喋りますが、要点のある内容です。ジョージ・エリオットの小説『ミドルマーチ』に出てくるドロシアに近い。清く寛容な心を持ち、恋人にどのように自分を愛して欲しいかを教えます。私たちも皆そうできればいいんですけどね(笑)。人間味に溢れ、男に扮することで男女共に共感できる魅力があります。たとえば『十二夜』のヴァイオラや『ヴェニスの商人』のポーシャ、ハムレットとは違い、自己中心的ではありません。ロザリンドはすべての人にポジティブなメッセージが伝えられる役だと思います。
――東京での初演となりますが、クリエイティブに影響はありますか。
あるでしょうね。物語は物語で俳優は俳優、どこでも同じです。ただし、日本語でどのように伝えられるかが一番難しい。ウィーンでの『春の目覚め』はドイツ語上演で、私はドイツ語ができません。観客が笑うポイントがいつもと違うのはなぜかと思っていたら、ドイツ語は動詞が一番最後に来るんです。ドイツ人はユーモアがわからないと思ったけど、言語のせいなのか。動詞が最後に来るとジョークが言えないから、ドイツ人はユーモアがないのか!と(笑)。英語ではシェイクスピアの台詞を音節で紡ぎますが、日本語の場合ひとつひとつの音になる。そこは大きく違います。英語は台詞の読み方に流れやリズムがあり、それも変わってくるかもしれない。どうするかはこれからです。
黒澤映画『蜘蛛巣城』『乱』でわかるように、シェイクスピアの世界観は日本の観客に受け入れられています。日本での設定ではない中で喜劇がどう働くのか、とても楽しみにしています。
『お気に召すまま』は2017年1月シアタークリエで上演予定。
(取材・文/三浦真紀)