フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースが共演した、ハリウッド黄金時代の傑作映画『TOP HAT』。2011年にイギリスで初舞台化され、英国ローレンス・オリヴィエ賞3冠にも輝いたミュージカルが、この秋待望の来日を果たした。映画版を、そしてフレッド・アステアをこよなく愛する浜村淳さんから見た来日公演の見どころは? 普段から劇場へもよく足を運ばれている浜村さんに、映画評論家として、舞台ファンとして大いに語ってもらった。
――今年の春にまず宝塚歌劇団宙組が、『TOP HAT』を日本初上演されましたね。
素晴らしかったですね。記者会見で宙組トップコンビの朝夏まなとさんと実咲凜音さんが、タップを踏んでいるのを見たときから「やるな~!」と思っていましたが、宝塚100年の底力を感じました。宝塚風にロマンティックにアレンジし、完全に自分たちのものにして楽しんで演じていて、見事なもんでした。
――フレッド・アステアが見せた高度なタップのシーンなども登場していましたね。
そう、映画をリスペクトする作りでした。やっぱりフレッド・アステアは"ダンスの神様"と言われ偉大。アメリカのミュージカルにとって、欠かすことのできない存在ですよ。『イースター・パレード』『バンド・ワゴン』など多くのミュージカル映画に出演し、振付もよく自分でしていました。その彼が出演した『TOP HAT』は1935年の公開で当時大ヒットしましたからね。アメリカのミュージカル映画ではベストスリーに入る映画ですよ! これをイギリスで、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースの映画に負けないぐらいの見事なミュージカルにしたのですから驚きました。
――映像で英国版の舞台をご覧になったそうですね。いかがでしたか?
まず舞台装置が巧いですね。イギリスの舞台では、何枚もの扉のようなセットを開けたり閉めたり、2枚だけ使ったりと変化をつけて場面を転換していくんです。またロンドンのホテルでアステアがタップダンスを踊るシーン、1階下の部屋にいるロジャースが「うるさくて眠れない!」と怒ってるんですが、舞台ではアッと驚くような方法を用いて見せていますね。雨と雷のなか公園で、主役の二人が踊る場面もそうですし、舞台として見事に映画を消化しているのがすごいですね。
――あの公園のシーンはポイントですよね。
映画もそうでしたね。初めはデイル(ジンジャー・ロジャース)の方が反目しているけれど、あまりにもジェリー(フレッド・アステア)の誘い方が上手いからか、意識してない感じでデイルもスーッと立ち上がって一緒に踊り出す。「さあ踊りましょう」とか誘いの言葉もなくスーっと。二人の心の動きを表す振付で、素晴らしいタップが繰り広げられます。この場面、舞台でも見事でした。
――そのとき心が近づいたかに見えた二人が、勘違いのせいですれ違っていきます。
デイルの友人でもあるプロデューサーの奥さんが、善意のおせっかいをやくのもあってね(笑)。裏目裏目に出て面白い話になっていくわけです。笑いがいっぱいのラブ・コメディで楽しいですよね。イタリア人デザイナーも、イタリア男の風情を漫画風に大げさに演じるから大いに沸きます。ただ、コメディといってもドタバタ喜劇ではなく、さり気なく笑わせてくれてお洒落ですよね。
――特にお好きなナンバーはありますか?
やっぱり「Cheek to Cheek」"頬よせて"は聴いていて心地いいですね。この曲を最初は、作曲家のアーヴィング・バーリンもフレッド・アステアも気に入らなかったそうです。それが80年経った今もスタンダードナンバーになっているのですから、分からないものです(笑)。イギリスの舞台では、あの有名なデュエットダンスのシーンで、デイル役の人が逆立ちするぐらい足を上げる振付があるんですが、アクロバティックですね! あれナマの舞台で観たら大変なものですよ。他には、「Top Hat, White Tie and Tails」という曲での群舞もいいですね。"トップハットに白い蝶ネクタイ、黒燕尾"という意味ですが、これはアステアの定番のスタイルでもあります。彼は映画でもよく燕尾服を着てましたが、日常が特別な世界のような気分になるから好きだったんでしょうね。このシーン、映画では男性ばかりの群舞でしたが、イギリスのミュージカルでは女性も入っているんですよ。その点、ちょっと持ち味が違って面白かったですね。
――この舞台では映画の音楽以外にも、アーヴィング・バーリンのヒット曲の中から新たに10数曲が加わっています。
そう、だから見応えありますね。バーリンは「ホワイト・クリスマス」という大ヒット曲もありますが、ミュージカルの音楽を手掛けると必ず成功する名人なんです。『アニーよ銃をとれ』など名作がたくさんあり、必ず作品中1曲は後世に残る曲を残しています。わたくしニューヨークへ行った時、「アーヴィング・バーリンがニューヨークにいますがお会いしますか?」と言われたんですよ。世界的な大音楽家の前で、何を喋れますか!? その時は丁重にお断りしたのですが、その後間もなく101歳でお亡くなりになられてね。あの時、バーリンが書いた曲や作品のことなど、「あれはあーでしたね」と色々喋りたかったなと、後から思いました。
――それはきっとお話も弾んだでしょうね。バーリンもアステアも、きっと天国で舞台化を喜んでいるのではないでしょうか。
そうだと思います。なぜ長いこと舞台化されなかったのか。その理由は分かりませんが、私が思うにアステア以上の踊りを見せられるのか、またアステア以上のものをやられても困る、という思いもどこかにあったのかと思います。でも、もうそういう時代じゃないですからね。アステア以上のものをやってもいいのではないかと思います(笑)。
――来日公演のジェリー役を演じられるアラン・バーキットさんは、タップダンスのチャンピオンシップで優勝したこともあるそうです。
それは楽しみですね。本当にみなさんタップダンスが巧いですから。それに映画は白黒でしたが、舞台は衣裳も装置も全部カラーで美しいですよね。みなさんにはこの舞台で、夢を見てほしいと思います。日常のストレスを消してしまう効き目がありますよ。華やかで明るくて楽しくて、心が躍って身体も踊るという(笑)。タップが無理でも、ぜひスキップぐらいして帰って頂きたいですね。
公演は10月12日(月・祝)まで東京・東急シアターオーブ、10月16日(金)から25日(日)まで大阪・梅田芸術劇場 メインホールにて上演。チケット発売中。
取材・文:小野寺亜紀
撮影:木村正史