音楽高校を舞台にした、切なくヒリヒリとした青春。
登場人物たちの、音楽への熱い想い。
そして、挫折。
2010年本屋大賞ベストテンにも選ばれた、藤谷治の傑作小説『船に乗れ!』がこの冬、ミュージカルとなります。
主人公の津島サトルを演じるのは、山崎育三郎と、福井晶一。
高校生のサトルと、45歳のサトルを別の俳優が演じる、そんな試みにも注目。
ほかにも、いわゆる一般的なミュージカルとは違うアプローチもあるようで...。
自身も音楽高校出身で、本作に共感するところがたくさんある、という山崎育三郎さんにお話を伺ってきました。
●STORY●音楽一家に育ち、音楽高校"新生学園"でチェロを専攻している少年、津島サトル。哲学書を読みふけり、あまり周囲と馴染まない少年だったが、それでもフルートの伊藤慧やヴァイオリンの南枝里子など、仲間ができていく。倫理社会教師の金窪との出会い、南とピアノ教師・北島とのトリオ結成、ほのかな恋心と音楽の才能への嫉妬を抱きあう南との関係。自分の才能の限界を突きつけられたドイツ留学。様々な出来事が、常に音楽とともにあった......。
●山崎育三郎インタビュー●
――脚本があがる前に、すでに原作を読んだとお伺いしました。
「はい。音楽高校を舞台にした作品ということで、僕自身も音高、音大に行っていましたので、面白くて。どんどん読めちゃいました」
――共感至極、という感じですか?
「かなり、ですね。本を読んでいても、自分の学校のイメージ、廊下や教室、音楽室、練習室、いろんな景色が蘇ってくるんですよ。本当に自分の身近にあった場所が舞台なので、すごく感情移入がしやすくて。...これ、すごい偶然なんですが、僕、津島っていうチェロの同級生がいるんですよ! 音大って、1:9くらいで女性の割合が圧倒的に大きいんです。そんな少ない男の同級生の中に、津島という名前で、しかもチェロ! これ読んだ時に、おおっ!ってなりました(笑)。もう、読みながらサトルが自分の友だちの津島の顔で動きだすくらい。運命を感じました」
――それはすごい(笑)。そして、彼らのような青春を山崎さんも送っていたんでしょうか。
「そうですね。自分が経験してきた、音高・音大生だから起きる出来事、音大生の青春時代とか、本当に自分の中でリンクする部分が多い。こういうことあるわー、こういうやついるいる! っていうのがすごくあります。たぶん普通のミュージカル俳優の方より、僕はこの役にすごく共通点が多いだろうし、感情移入もするし。...これは自分じゃないと出来ないんじゃないかな、と思うくらいです」
――そもそも、山崎さん自身はどうして音高に入ろうと思ったんですか?
「僕はもう、とにかくミュージカルがやりたくて、です。僕、子役で12歳の時にデビューさせていただいて、その頃はボーイソプラノでずっと歌っていたんですが、変声期で声が出なくなってしまって。そんな時にクラシックの先生に「君が将来ミュージカルの世界に行きたいのなら、基礎であるクラシックをもっと勉強しておいたほうがいいよ」と言われて、中学3年生の夏からクラシックの勉強を始めました。受験に必須のピアノもやったことなかったのですが、そこから必死でやって、なんとか音高に入って。ミュージカルをやりたいために、クラシックの発声や歌い方、呼吸法を勉強したい、と。ダンスをやりたくて基礎のバレエを勉強する、みたいな感じですね。ちょっと変わってましたね、まわりはクラシックがすべてでやっている子たちの中で、ミュージカルを目指しているっていうのは」
――本作の主人公・サトルの青春は、輝かしいだけでなく、挫折もあります。音楽をやっている上で、同じような挫折という経験は?
「僕にとってはやっぱり、音高に入るきっかけにもなった"声変わり"がひとつの大きな挫折ですね。子どもの時は本当に自由にいくらでも高い声が出ていたんです。女声ボーカルの、たとえばSPEEDの曲とかもスカーン!と声が出るような子どもで、それもあっていろいろ作品に出させてもらっていたんですが、だんだん高い声が出なくなって。かといって、同時に低い音が伸びてこないんです。上の音だけ下がって、下が男性の声になっていかないので、1オクターブも音域がないような時期がありました。その頃は本当に歌うことが嫌いになった。すごく落ち込んでいた時にクラシックの先生と出会って、音大の基礎高校に行くことにしたんですが、それでもなかなかすぐ声が変わるものではない。だから、自分としては一度、12・3歳で、ミュージカルの世界を辞めたんです。一度辞めて、ちゃんと歌を勉強しようと思った約7年間、この時期が自分にとって戦いだった。思ったように歌えない、やっぱり舞台に立ちたい、まだ自分に自信がないという葛藤がずっとあって。でも声が落ち着いて、自分に自信がついた時にまたミュージカルにチャレンジしたいと思っていました。それで、今なら挑戦できるかなと思ったのが、『レ・ミゼラブル』のオーディションがあった19歳の時です。まわりからしたら急に若い音大生がデビューしたというイメージだったと思うんですが、自分はそこだけを目標に7年、8年を生きてきて、ついにこの線に立てるんだと思った瞬間でした」
――その再デビュー作となった『レ・ミゼラブル』には現在も出演している山崎さんですが、本作では『レ・ミゼラブル』でも共演中の福井晶一さんと、同じサトルを演じますね。
「はい。僕、人としても俳優さんとしても福井さんが大好きなんです。考え方や人との接し方が、すごく柔らかくて優しい方。将来、福井さんのような男性になりたいなって思わせてくれるような方なので、同じサトルという人物を演じるのはすごく嬉しいし、福井さんも"将来、こういうサトルになれたら"というサトルを演じてくださると思います。もちろん歌声も、美声だしドラマチックな歌唱をされるので、そういう意味でも同じ役ができるのはすごく楽しみです。福井さんとは、チェリストにとっても憧れの曲で、原作でもポイントとなっている、パブロ・カザルスで有名な『鳥の歌』をふたりで歌うんですよ! ここ、ぜひ注目してください」
――今のお話にも出てきましたように、サトル君はチェリストですが、山崎さんはチェロの経験は?
「ないんです。舞台では実際に演奏はしないんですが、オーケストラのみんなとあわせて弾くシーンはあるので、形としてちゃんと弾けるよう練習しています。...ヤバイです(笑)」
――頑張ってください(笑)。ところで、山崎さんといえば大作ミュージカルの印象があって、オリジナルでしかも日本を舞台にした作品に出演されるのは珍しい気がします。もしかしたら、日本のオリジナルミュージカルに出演するのは初めてですか?
「あ、そうかも...いや、正確には2度目かな! 実は僕、すごくやりたいんですよ、オリジナル作品! 以前『サ・ビ・タ~雨が運んだ愛~』(韓国発のミュージカル。山崎は2008年の日本初演に出演)という作品をやった時に、韓国の俳優さんと話をする機会がたくさんあって、彼らは「韓国のオリジナルミュージカルを世界に出したいんだ、もちろんブロードウェイ、ロンドン、ウィーンの作品も大好きだけど、僕たちは自分たちの国で生まれたものを、みんなで大きくしていきたいんだ、韓国の俳優はみんなそう思っているんだ」と仰っていて、それにとても感銘を受けたんです。だから僕もいつか、日本のオリジナル作品...日本で生まれたものが日本の皆さんに愛されて、それがいつか世界に出ていったらすごく幸せだなという思いをずっと持っていました。今回、自分も原作を読んでファンになったこの作品が、日本のオリジナルミュージカルとなって上演される、しかもその初演に参加できるということは本当にすごく嬉しいです」
――それもあって、気合い充分なんですね。最後にこの舞台、どういう人に観て欲しいですか?
「もちろん音大生とかが観たらかなりタイムリーだし、自分たちが過ごしている世界の話なので楽しめると思うんですが、でも実は一番共感していただけるのは大人の方かなと思っています。学生の青春ストーリーなんですが、45歳になったサトルが常にそこにいて、当時の自分を客観的にみて、違う、そうじゃない、なんでそういうことを言うんだと後悔したり、なんで俺、あの時こんな決断をしたんだと振り返ったりします。学生時代にああいう風にあの子に言ってしまったことがずっと胸の奥に疼いていて、そんな言い方をしなくても、今だったらこう言うのにとか、少し胸が苦しくなる思い出ってありますよね。サトルを通じて自分の青春時代を重ね合わせたり、ドキドキしながら振り返ったりという部分が大きい作品だと思うので、学生時代を覚えている大人の方に一番観て欲しいです。
あと、歌う曲は全部、クラシックの楽曲なんですよ。そこに日本語の歌詞を乗せて歌うんです。それにオーケストラとして、僕の出身校の後輩たちが出演してくれますので、そこも楽しみ。...だから、やっぱり学生の人たちにも、観て欲しいですね! 僕、みんなと演奏するシーンが今から楽しみで、原作でもすごく上手く描写されていたので、舞台でも本当に演奏して楽しんでる絵を見せたいです。...うーん、やっぱりチェロ、頑張らなきゃ!」