『レ・ミゼラブル』演出補・鈴木ひがしさんインタビュー

■『レ・ミゼラブル』の魅力(8)■

日本初演から24年たってなお、愛され続けている『レ・ミゼラブル』
今回の公演は、初演から続くジョン・ケアード&トレバー・ナン演出バージョンとしては最後の上演ということで、ファンからも特に熱い視線が注がれています。

そのオリジナル演出最終公演でジョン・ケアードの演出助手を務めている鈴木ひがしさんに、5月上旬、お話を伺ってきました。
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――どんなお仕事をなさっているんですか?

今回の『レ・ミゼラブル』では、ジョンから、日本でやるときはお前が演出しろということで、演出補という肩書きで演出代行といいますか、"ジョンの口"になっています(笑)。今(5月上旬時点)は本番がありつつ、スペシャル・キャストの稽古と、(後半から出演する新妻)聖子と(笹本)玲奈の稽古をしています。大変です!

――スペシャル・キャストの方たちも、他の役も演じるんですか?

もちろん! 斎藤晴彦さんも鳳蘭さんも、最初はただの囚人だったり農民だったりしてますよ(笑)。...最初の囚人のシーンって、横並びに2列いるんですが、2列目って、テナルディエ役の人とマリウス役の人とアンジョルラス役が(囚人役として)いるんです。だから、真ん中に斎藤晴彦さんがいて、その両側に石川禅さんと、岡幸二郎さんがいるでしょ。囚人としてすっごい存在感で強烈ですよ、2列目! わー、すごい迫力、って思っていつも見ています。でもアンサンブルにそういう人たちがいると芝居が分厚くなりますよね。そして、まわりの新しいアンサンブルの人たちも先輩俳優の演技を感じて、かなり勉強になっているんじゃないかな。

――『レ・ミゼラブル』と鈴木さんの出会いは。

僕が東宝に入った年、1990年に仙台と札幌で『レ・ミゼラブル』の旅公演があったんです。『レ・ミゼ』の初めての旅公演なので、とにかく動ける若者を入れてくれってことで、僕が入りました。それが、1年生で飛び込んだ『レ・ミゼ』ですね。右も左もわからず、ただ鉄骨を運んで盆とバリケードを作っていました。

――肉体労働ですね!

肉体労働です(笑)。そのあと間があいて2007年のシーズンで、ジョンの横に座っていろいろレクチャーを受けて、2009年のシーズンは僕が皆の面倒を見たという形です。でも2007年と2009年って、メンバーがほとんど一緒だったんですよ。今回2011年はかなりキャストが変わったので、ゼロから俳優たちに『レ・ミゼラブル』を伝えていく作業でした。お稽古は、エコール(本稽古前に設定される事前学習の場。『レ・ミゼラブル』特有の稽古)が去年の10月からはじまりました。

――随分時間をかけるんですね。

長いです。でも、案外ひとりにかけられる時間は少ないんです。人がたくさんいるじゃないですか! お芝居って、人が変わると全部変わってきちゃうんですけど、その組み合わせをなるべくたくさんやってあげるということが、大きな課題でした。

――プリンシパルはすべて2~4人体制ですから、無数の組み合わせがあります...。

人によって芝居が違うので「お前のときはこうしてみたら」ということが起こるんですけど、それも対する俳優が変わると変わってきちゃう。なので、あるところまでは役作りのベースにして、そこから先はライブで、というのかな。ライブで生まれたものをそのまま舞台で表現していくという訓練も必要になってきます。毎日が即興劇みたいなものですよ。

――『レ・ミゼラブル』は全編歌で構成されていますが、それでも"即興劇"ですか!?

歌があるからこれで収まっているようなものですね、全編歌だからみんな自由勝手にはできないから(笑)。

――でも"全編歌"というのは、俳優さんにとっては大変ではないかと思うのですが。

大変でしょうねえ。すごく制約があると感じればこんな堅苦しいことはないと思いますね。でも、決められた音符と歌詞それに動きといっても、ひとつの音符の音にはいろんな音が、いろんな表現があるはずじゃないですか。その音を選び取るのは俳優の自由。稽古をして演出を踏まえたうえで、どの音を摘みとるかという作業はふつうのセリフばかりの芝居とかわらないかなって思います。楽器でもタッチひとつでいろんな音色がでるのと同じ。だから決められた音が窮屈と感じるか、無限の可能性があると感じるかは俳優次第で、当然個性というものはそこに表れてきます。

――ちなみに、今回のカンパニーの特徴は?

今回僕はオーディションから立ち会ったんですが、アンサンブルに関しては、"より個性的な人"が集まりましたね。一言でいうと"ヘンなヤツ"(笑)。『レ・ミゼ』って、いろんな人たちが登場して、その何役もある人間たちをたった31人で演じなきゃいけない。そうすると、やっぱり優等生的な人よりもヘンなヤツ集めないと面白いものにならないですから。特にこの作品のような動乱の時代って、特殊な個性が出やすい時代だと思うんです。"これが人間だ!"っていうのが見えないと、この芝居は豊かにはならないと思っています。それが何か熱いものとして、客席の皆さんに伝わってるんじゃないかなと思っています。

――ところで、ジョン・ケアードさんってどんな方ですか?

ユニークでどこか茶目っ気がある人かな(笑)。もちろん頭の良い人で、すごく饒舌で説明がうまい。豊富な知識から俳優たちにわかりやすく説明してくれるんですが、それがものすごく情報が多くて、俳優たちが消化するまでとても苦労している。演出助手の僕もメモで台本が真っ黒になります。でも、『レ・ミゼ』に限らず、『キャンディード』や『私生活』の助手を務めさせてもらったことで、ジョンの考え方、こだわりがわかるようになりました。

――それはどういう?

うーん。彼特有の人間考察の仕方なんですよね。人間を見つめるまなざしが深いんです、きっと。それは真似しろってって言ったって真似できるものじゃないんだけど。人間の本質とはなにかっていうことを、いつも考えていますね。

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――ちなみに、鈴木さんが好きなシーンは?

うーん、どこも好きなんですが......。プロローグで、バルジャンがツーロンの徒刑場から出たあとに農場へ行きますよね。あのシーンって、まるでミレーの描いた絵画の世界なんですけど、音楽的にも農作業の中ではオーケストラが余計な"音のない世界"を表現していると思います。この時代だから耕運機とかないじゃないですか。全部手作業で、聴こえるのは人や馬の息づかいや、大きな鎌で作物を刈っていく音。それが、あの音楽なんだなって思うんです。......マニアックでしょ(笑)

――いえ、ただなかなか出てこない答えではあると思います(笑)

そのあとで、バルジャンが「お前は前科者だぜ、出てけ」ってことになるんですが、そこの追い出すシーンがドヤ街にいる人たちみたいな集団になってきちゃったことがあって、でもそうじゃないんですよね。彼らは農民で、神への感謝の中で収穫の時を迎えている、そういう喜びの時じゃないですか。そこに異質な人間が入ってきてしまったらどうなるのかを考えてねってキャストに話したこともあります。うん、そこはこだわりのシーンですね。

――最後に、『レ・ミゼラブル』が愛され続ける理由、その魅力はどこにあると思いますか?

難しいですね。僕も学生時代に初めて観た大型ミュージカルだったので、『レ・ミゼラブル』が特別な作品という感覚はわかるんですが、実際仕事として関わると、あまり大変なものと萎縮することなく淡々とやっているんです。

演出家の仕事って、料理人と似てるところがあると思うんです。料理人として最高なのは、料理を出して、お客さんが残さず食べてうまいまた来るよって言ってくれることですよね。お客には、結局品物として形に残らない、残るのは満足感と刹那の満腹感。芝居もそれと似たようなものですよね。持ち帰ることはできないし、あとに形すら残らない。ある時間と場所を我々が一緒にすごした、そのときしか味わえない贅沢な時間を提供できるかどうかってことなんですよね。なので、毎回、お客さまにに満足していただけるようなものを舞台にのせているかどうかというのが気にかかっていて、そこにはいつもどおりの歌をやってればいいという予定調和の芝居はありえない。そういった部分で、今回もお客様がいいんじゃないのっておっしゃって頂けるというのは、すごく僕としてはうれしいです。

...でも、本当に良くできているミュージカルですよね。あと、このお芝居、嫌なヤツがいっぱい出てくるのがいいよね(笑)。ちょっと屈折したヤツらが集まるとドラマが生まれるじゃないですか。このミュージカルも、"人間"というものが強く出ているというのが非常に魅力的なんじゃないかと思います。



なお、リピーターも多い『レ・ミゼラブル』、通なファンの方は本当に細かいところも観ているし、作品自体もとても細かく作りこんでいるのですが、これ知ってると面白いよ、というポイントをあげてもらいました。

それは一幕のプリュメ街のバルジャンの家。

「コゼットが上手から出てきて、♪不思議ね~♪って始まるところ、盆の上に門があって、彼女の家って下手側の袖になるんです。下手側の袖をよくみると、窓に明かりがついてます。あれは、コゼットとバルジャンの部屋の明かりなんです」
ああ、明かり、ついてます!

「これが、盆が回って、マリウスとエポニーヌが歌うシーンになりますよね。そこは門の外側じゃないですか。そうすると、上手側の奥に明かりがつくの。(位置関係を考えると)屋敷がそっち側になるじゃないですか。で、またマリウスが飛び越えて盆が回って、門の内側になると、また下手側の袖に明かりがつくの。これはなかなかみんな知らないと思いますよ!」

知りませんでしたー!!
『レ・ミゼラブル』、やっぱり奥が深い......。
そして私は先日劇場に行った時、思わず明かりを目で追ってしまいました。

それから「盆には番号が振ってあって、それを下手の袖の上の操作盤で操作して場面ごとにあわせるんです」という話や...

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「稽古場にも仮設の盆を組むんですよ。これがないとこれ『レ・ミゼ』は稽古できないです。...でもそれがよく止まるんですよ(笑)。結構ひんぱんに止まるんで、新しいのを買ってもらおうと思ったらもうこれで(この演出が)終わりっていうからさ(笑)」
というお話なども。
こちらがその、お稽古場の仮設の盆。止まるとここをあけて、カチャカチャと直すそうです。
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そんな盆の演出も印象的な現バージョンの『レ・ミゼラブル』、公演も残り少なくなってきました。
チケットは発売中ですが、売り切れの回も増えてきています。皆さんお早めに

 

【Profile】鈴木ひがし●東宝株式会社 演出部所属。演出助手としてはジョン・ケアード作品『キャンディード』『私生活』をはじめ、栗山民也作品、山田和也作品など多くの作品に関わる。演出作品も多く、昨年は『5時間目は、国語。』『ヴァニティーズ』『Into The Woods』を手がけた。

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