日本で一番上演されている戯曲と呼ばれている『楽屋―流れ去るものはやがてなつかしき―』。
チェーホフの『かもめ』を上演中の劇場の楽屋で交わされる、女優4人の会話劇だ。
これまで数多の女優たちが挑んできたこの名作に、彩吹真央、大月さゆ、小野妃香里、木村花代という実力派女優たちが挑む。
4人がいま感じている、本作の魅力とは......。
――皆さん主にミュージカルを主戦場にしていらして、共演経験もあるかと思います。勝手に「仲良し4人組」という印象があるのですが、ご自分たちはこの4人で『楽屋』を、と聞いた時はどう思いましたか。
木村「私は実は、皆さんとお芝居で絡むのは初めてで。ゆみこさん(彩吹)とさゆちゃんは事務所が一緒で、コンサートでゆみこさんとデュエットしたりということはあるのですがお芝居での共演はなく、さゆちゃんとは初めましてに近い。ひーさん(小野)とは本当に初めましてですし」
小野「私はこのお話をいただいてびっくりしました。花代さんとは初めてなのですが、実はこのコロナ禍下で、おふたり(彩吹・大月)と何かやりたいなと思っていたんです。そうしたらふたりの名前があったので「うそーん!」と(笑)」
彩吹「ひーさんが引き寄せちゃったんだね」
大月「私も意外で、びっくりドンキーでした(笑)」
――お稽古場はどんな雰囲気ですか?
木村「楽しいですよ」
小野「楽しいですよね。お芝居させてもらえることが、楽しい」
彩吹「私も、久しぶりに濃密な芝居なので。創作していく過程が好きなので、稽古場で"蓄積"(※劇中のセリフの引用です)されていく感じが肌で感じられて楽しいなって毎日思います」
小野「共演者に対しての信頼感がありますしね」
木村「ひーさんは、笑いすぎ! いつも変なところで笑いだすんですよ」
大月「よく震えていますよね。ゲラですか?」
小野「ゲラ。何でもないところでハマっちゃう。いまマスクしているからちょっとのことじゃバレないかなと思っているんだけど、マスクとるのが怖いくらい(笑)」
彩吹「私はそれを前から見ていて「ひーさんはどこにツボったんだ...」と詮索しています」
小野「何で笑ってるんだろうね。たいてい自分自身に対して笑っちゃってるかも。なんでこんな言い方したんだろう! とか」
――『楽屋』という作品に対しては、どんな印象をお持ちですか?
大月「私は約10年前にシアタートラムで観た印象が強いのですが(09年、小泉今日子・蒼井優・村岡希美・渡辺えり出演)、その時は自分も若かったし、他人事のように「女優の世界って...!」と思ったんです。楽屋って、自分も知っている場所だけれど、まだ少しこの出来事が遠いものとして感じた。でも10年たって自分がやってみると、びっくりするくらいキャラクターたちの気持ちがわかるんです。女優たちのマイナスなところとかがわかるようになっちゃって、怖いなと(笑)」
彩吹「私はお恥ずかしながら実際に舞台を拝見したことはなかったのですが、やっぱり戯曲の面白さは感じていました。私たちがなりわいにしている"女優"という職業は、板の上のパフォーマンスを見てもらって、満足していただくことじゃないですか。でもその裏側を見せる舞台だという赤裸々感が、刺激的。そしてそれを演じることで、自分たちの何があぶり出されていくのだろう、自分は何が表現できるんだろうと。戯曲だけで、楽しみだなと思いましたね。しかも共演のお名前をきいて、それこそミュージカルにたくさん出ている皆さんだったので、そんな方々が女優の裏側を見せる、ある意味"業"のようなものをさらけ出すというのはなかなかないこと。そこも刺激的だなと思いました」
小野「私はこの戯曲に出会ったのが16、7歳くらいの時で。その時はワークショップだったのですが「女優って怖いお仕事だな」と、どこか絵空事のように捉えていました。でもいま改めて読んだら、なっちゃん(大月)と同じで「これ全部、知ってる」って (笑)。いままた出会ったからこそ、楽しいなって思います」
木村「うん、自分たちも女優ですし、ある意味、役作りがいらない。私も、登場人物4人の心情、全部手に取るようにわかるし、それぞれ違う生き方があって、面白いなと思いました。本自体がすごく面白い。古典が劇中劇として登場して、どっちが芝居でどっちがリアルか...でも全部芝居で...みたいなところも面白いし、これはどの役をやっても女優冥利につきるなって。お芝居の原点、戯曲の"戯"――"戯れる"という面白さがすごくありますよね」
大月「しかも、自分ひとりで読んでいたより、やってみるとさらにもっと面白いですよね。本自体も十分面白いのですが、立体的にするとこんなに面白いんだ!って、いま稽古をしていて思います」
木村「演出の稲葉(賀恵)さんもおっしゃってくださったのですが、劇中の女優たちの欲、情熱が、いまのコロナ禍でどうしても舞台が出来ない状況だったりする私たちが、それでも「舞台に出たい!」と抱く思いにリンクしているような感覚がある。この1年、いつもあって当たり前だったものがなくなっちゃったじゃないですか。その欲求がここでちゃんと成仏されたらいいなと思っています。このコロナ禍だからこそ、この作品を新しい角度から見れるなってやりながら思っています。
小野「でもこれ、舞台が楽屋じゃないパターンでも作れそうな気がする」
彩吹「うんうん、色々な職業でってことですよね」
小野「そう、例えばOLとかでも」
大月「でも"女たちの職場"ですよね」
小野「そうそう、女たちの話」
彩吹「それプラス、よく"男と女と女優という性別がある"みたいなことを言うじゃないですか。誰が見ても「女優ってこういう生き物なんだ」みたいなことが伝わるというか、役者じゃない人が観ても共感してもらえる。それが辛辣でもあるけれど、いとおしさが散りばめられている戯曲ですよね。観た方に愛してもらえるといいな、と思いました」
木村「たしかに。女優って華やかなイメージを持たれますが、こっちは「いやいや普通の人間だから」って思う。そういう人間らしさがぎゅっと詰まっていますよね。ゆみこさんがおっしゃった「いとおしさ」を、女優という職業に感じてもらえたら嬉しいですね」
――そして配役が意外でした...! まず間違いなく大月さんはDだと思っていました...。
大月「へぇ~!」
小野「この中で一番若いってだけよ(笑)!」
大月 (笑)
彩吹「でも確かに、なっちゃんは蒼井優さんが好きだというイメージもあるので(09年上演時、蒼井優が女優Dを演じた)。だから私も今回の配役は「変化球~」って思った」
――それぞれ、ご自身の演じる女優さんをどんな人間だと思っているか教えてください。まず小野さんが女優A。女優Aの可愛いところは?
小野「可愛らしいところ...ないんじゃないかな(笑)」
大月「Aはめっちゃ可愛いですよ!」
小野「(笑)。そうですね、Aはすごく強くて、Bを引っ張っていっているような人だと思っていたのですが、実はへなちょこなんだなと最近気づきました。逆にBについていっている。Bがいなかったときはどんなだったんだろう? って考えています。でも自分はこの4人の中で誰? と言われたらAのような気がします。あまり執着心がなく"流されるままに"というところが。...わたし、その16、7歳の頃のワークショップのときから、自分はCかDがいいです! って言ってるのに、Aだって言われていて...」
――A、Bはたいていカンパニー内の先輩格の人がやるものを、16、7歳で(笑)。...そして大月さんが、女優Bです。
大月「確かにこのチームだったらDだね、って言われるのですが、実際はBが一番、いまの私の年齢に近く、等身大でやれると思っています。Bの可愛いところは...うーん、あるかなあ(笑)。AとBがずっと一緒にいるので、ひーさんとのお芝居が多いのですが、ひーさんと組んでやっていくとだんだん自分がボス猿のようになっていくんです...。稽古最初は、そんな力関係じゃなかったのですが...」
小野「なかったよね(笑)」
彩吹「それはおふたりの素の部分がそんなかんじってことでしょ? ...いや、なっちゃんがボス猿ってことじゃなくてね(笑)、お姉ちゃん気質って意味で」
大月「ですかねー」
木村「でもふたり、いいバランスよ」
大月「すごく不思議で、ひーさんと実は1回しか共演したことがなく、これが2回目なんです。でもなんでこんなに私のことご存じなんだろうと」
小野「でもその1回が、ふたり楽屋で、それでけっこう"強いなっちゃん"という顔が魅力的だなと思っていたよ」
大月「だからボス猿になっちゃうのかしら(笑)。でも今日の稽古ではじめて最後のシーンまでいったのですが、女優って奥深くて、私が知らない感情がもっといっぱいあって、でも知らないけれど共感できる、理解できると思ったんです。Bに対してももっとそういうところがどんどん出てくると思います。彼女が命を絶った理由や、幽霊になってそのことをどう思っているのかは、まだ理解しきれていないところがありますが、稽古を重ねるうちにわかっていけるだろうなという気持ちになりました」
――そして女優Cが彩吹さん。Cは上演中の『かもめ』のヒロイン、ニーナを演じている女優です。
彩吹「A・B・C・Dの中では、普通に生きることができている人だとは思うのですが、私自身が生きている女優として、生きている女優Cを演じているいま、彼女の深みみたいなものが私自身にないなということをCを通して感じています。そこをもっと埋めたいなと思っていますね。
女優として生きる上でCが犠牲にしてきたもの、手放さざるを得なかったもの、挫折したことなどが、私の人生の引き出しから引っ張り出しても、ぜんぜん足りない。それは実際は経験できないけれど、もっと掘り下げたい部分です。そこをきちんと表現できたら、清水先生が書かれたCという人物の魅力にもっと近づけるのではと思っています。でも女優のお仕事ってまさにそういうことの繰り返しですよね。自分じゃない役を掘り下げる。でも、その作業をいつもの倍くらい頑張らないといけないなと」
――4人の中では唯一成功しているように見えますが、なかなか、不器用そうな人ですよね。
彩吹「そうですよね。いままで色々な人が演じていて、それぞれの解釈があります。自分の舞台に好きな人が観に来ているという中で始まって、最後その人のところに行くという解釈もありますし、今回もそうやってもいいとは思うのですが、いまのところ私は「私にはこれ(女優という仕事)しかない」というところでやっています。どうしても自分の価値観を乗せてしまいますね」
――そして木村さんが、女優D。Cのプロンプターをやっている女優ということで、一般的には最若手が演じることが多い役どころですね。
木村「はい。Dは本当に20代の子が演じるなら、たぶんストレートにやればいいと思うんです。感情をそのまままっすぐぶつけて、そこに自分の女優としてのエッセンスを入れる。ただそれを私がやってしまうと、いままでに蓄積されてしまったものが出ちゃって、二十歳の子に見えなくなってしまう。そこが腕の見せ所というか(笑)。たぶんいくらでもあざとくやろうと思えばできるのですが、二十歳に見えるピュアなお芝居を見せつつ、でも深みがないといけないから、そのバランスが難しいなと思っています。ただ、私も"不思議ちゃん"なので...」
一同 (笑)
木村「そこは認めて。あんまり違和感なくやらせてもらっています。最近実は変わった役が多くて「バレているのかな」って思っていますが(笑)、どうやらしっかりしているイメージがあるみたいで、本当はそんなことはないのに。そういうところに"花代エッセンス"を出しつつやっていますね」
――ちなみに、登場する女優さんがみんなニーナに憧れているのですが、女優さんってそんなにチェーホフの『かもめ』、ニーナ役って憧れるものなのでしょうか?
木村「そうなんですよね、古典ですもんね」
彩吹「年齢もあるんじゃないかなあ。私、いまだったらニーナよりアルカージナ(ニーナの恋人、トレープレフの母で大女優)をやりたい」
小野「えー、私はできることならニーナやりたい!」
大月「男たちを翻弄させる魅力がありますからね」
小野「翻弄させたいというところだけではなく、屈託なく女優に向かっている姿に惹かれます。やれるものならやりたい!」
大月「たしかに『女の一生』じゃないけれど、若かりし時の夢見る少女から、傷ついて、子どもも失って、それでも人生を諦めない女性の半生を演じますからねー」
小野「そう! 女優冥利につきると思う」
――なるほど、ありがとうございました。最後に、お互い言っておきたいことなどをぜひ。
木村「ひーさん、(舞台上で)吹き出さないでください(笑)!」
小野「絶対笑わない!」
彩吹「私は、お願いじゃなくてお詫びと...やっぱりお願いなのですが。Cは、幽霊の皆さんが見えていないはずなんですが、でも実際は私の目には入るじゃないですか。皆さんのやることに素直に反応して私もお芝居をしたいのですが、"幽霊が見えない"という役どころにまだ慣れてなくて...でも慣れるので! 思う存分、やってください!」
小野「やりすぎちゃうと、ゆみこのセリフが出て来なくなっちゃうと思って...」
彩吹「そう、昨日、ブレーキかけていただいた気がしたので、申しわけないなと。でもお客さまは、私だけが見えていないという現象を楽しめる戯曲だと思うので。遠慮なくお願いします」
木村「私も笑わないように気をつけますね(笑)」
小野「はい。でもふざけているわけではなく、感情が動くからそうなっているだけなので、一生懸命やります。ふざけすぎだったらたぶん(大月さんが)怒ってくれるから」
大月「私はもう、キャリアでいえば皆さんにくらべて"ちょんちょん"なんで...」
彩吹「ちょんちょん...(笑)」
大月「皆さんのことをモンスター女優だと思っていますので。どれだけ立ち向かっていけるかという毎日です!」
木村「でも、いかに毎日、変化球を投げれるかっていうお芝居ですよね。ミュージカルはわりと決められたことが多いのですが、毎日全然違う動きでも対応できる柔軟さを持ちながら、お芝居で遊べたらいいですね。私、実はストレートプレイに出るのはアヌイ作『アルデールまたは聖女』ぶりなんです。でも私自身がこの世界に入ったのが、お芝居がやりたかったからで、ミュージカルはあとからなんです。いま、舞台を目指していた10代の頃の気持ちを思い出している日々です。自分にとってはひとつリセットして、新しい女優人生をここから始めようかというくらいのイメージで取り組ませていただいています。ここからもさらに"蓄積"を積み上げていきたいですね!」
彩吹「こういう職業をしている人たちが、わたしたちの舞台をみて「この作品に出たい、やりたい、この役やりたい」って思ってもらえたら本望だと思うし、それ以外の方々がみても、女優の魅力みたいなものが伝わったら嬉しいので、そういう舞台になるようにしたいですね」
取材・文:平野祥恵
撮影:岩田えり