江戸川乱歩の8本の短編を、作・演出家の倉持裕が卓越した構成力で見事舞台化した2017年の『お勢登場』。
この舞台で鮮烈な印象を残した悪女・お勢がふたたび私達の目の前に現れることに。
その最新作『お勢、断行』の稽古初日の現場に潜入。
当日の様子をお届けします!
まずは、出演者とスタッフが勢揃いした顔合わせから。
初日ということもあり、稽古場はちょっと緊張ムード?
本作の出演者は、前作『お勢登場』にも出演した梶原善さん、千葉雅子さん、粕谷吉洋さんをはじめ、倉持作品に出演経験のあるキャストが多いのが特徴のひとつ。
今回お勢役を演じる倉科カナさんも、『誰か席について』(2017年)で倉持演出は経験済み。
倉持組初参加の上白石萌歌さんの隣に座り、小声で時折楽しそうに会話をしています。
(緊張をほぐしているのかもしれませんね!)
▲作・演出の倉持裕さん
顔合わせでは、制作スタッフからひとり一人が紹介され、最後に倉持さんが挨拶。
作品についての意気込みを語るのかと思いきや、淡々とした口調で「階段が多いストーリーなので、足腰鍛えてください」と一言。
稽古場全体から笑いが漏れ、一気に和やかなムードに変わりました。
顔合わせと本読みの合間の休憩時間になると、途端に賑やかになりました。
あちこちから「久しぶり~!」という声が聞こえます。
やっぱり、顔合わせ前は皆さんちょっと緊張されていたんですね......。
短い休憩の後、さっそく本読みがスタート。
時代は大正末期、資産家の松成千代吉の屋敷が舞台。千代吉の娘・晶(上白石萌歌)と住み込みの女中・真澄(江口のりこ)、千代吉と小姑・初子(池谷のぶえ)からの圧力に苦しむ後妻・園(大空ゆうひ)が暮らしています。そこに身を寄せている女流作家が、倉科さん演じるお勢です。
松成家に出入りする代議士・六田(梶原善)は園と結託し、精神病院の医院長・坂口(正名僕蔵)、看護師の民子(千葉雅子)らを協力者にして、松成家の財産をすべて奪い去るべく千代吉を狂人に仕立て上げる計画を練ります。真澄の手引で貧しい電灯工事夫・河合(柳下大)らを巻き込み、計画は一見うまく行った模様。しかし周辺を嗅ぎ回る私立探偵・天野(粕谷吉洋)の存在から、徐々に不穏な雰囲気が漂い......というストーリーです。
乱歩作品をモチーフとした前作と違い、今作は倉持さんの完全なるオリジナル。
大正から昭和にかかる時代を描くことで、現代劇とはまた違う、一種独特の空気感が漂います。
陰惨な展開もしっかりあって、乱歩作品を彷彿とさせます。
事前のインタビュー時、倉科さんや上白石さんからは「馴染みのない時代の言葉なので、そこが難しい」という声も聞かれましたが、倉持さんいわく「"お勢"をもう一度やりたいなというのは、あの雰囲気、あの時代でもう一度芝居を作りたいというのがあったんです」とのこと。
「少し時代は違うけど、夏目漱石の文体が好きで。乱歩のほうが現代に近い感じがあるんですけど......ギャップもいいのかな。すごく激昂してるんだけど口では『許さないわ!』って言ってるとか。幼稚な言葉にならないのがいい」と、この作品でしか描けない世界観へのこだわりを感じました。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
本読みを見学して感じたことですが、作品の印象を簡単に言うと、とにかく出てくる人たちが"ほぼ悪人"!(笑)
▲"稀代の悪女"お勢は、本作では松成家を別の位置から俯瞰して見ているようなポジション。
倉科カナさんは淡々と台詞を読みながらも、常に笑みを浮かべているような姿が印象的でした。
▲イザコザだらけの松成家の中で、唯一の清涼剤は謀略の外に置かれている晶です。ある意味純粋無垢なキャラクターとなっています。
本読みの時点では、フラットに見えた上白石萌歌さんですが、今後はどう変化していくのでしょう?
▲女中・真澄を演じる江口のりこさん。表情を変えずに松沢家のあれやこれやに加わる、その姿が一番怖いかも!?
▲河合を演じる柳下大さん。近年舞台出演も多い彼ですが、鬱屈した感じの役柄が新鮮かも。真澄との関係も少し気になります。
▲池谷のぶえさん演じる初子の小姑キャラはさすがの一言、本読み初日なのにちょっとした台詞の抑揚で、稽古場からは笑いが起こっていました。
▲面白い役どころだと思ったのが、松成家を調べる立場でありながら、物語全体を客観的に眺めているようなスタンスの粕谷吉洋さん演じる天野。モノローグのような台詞が、ストーリーのスパイスとなっていました。
▲看護師・民子を演じる千葉雅子さん。静かに抑制された台詞回しながら、園との会話から民子のバックボーン、人となりが浮かび上がってくるようです。
▲大空ゆうひさん演じる後妻の園も、虐げられた末の......というのが感じられるキャラクター。『鎌塚氏、舞い散る』に引き続いての倉持作品出演ですが、『
▲精神病院の院長・坂口は六田との掛け合いが見もの。とぼけた感じのキャラクターは正名僕蔵さんならでは。
図々しい悪人といった体の六田ですが、梶原善さんが演じるとどこか憎めない? 本読みですがパワフルに演じていました。
インタビューではこんなことを語っていた倉持さん。
「僕自身がいろんなことを喜劇だと思っているところがあるから、もしかしたらそっちに(演出を)ふっていくかもしれません。人って、必死になればなるほど喜劇的になると思うんですよ。例えばどうやってあいつを眠らせて運び出そうかとか、必死なだけに笑えてしまうという状況ってありますよね」
陰惨ではあるけれど、なんだか笑えてしまう......。
倉持さんの描く新たな物語は果たしてどんな作品に仕上がっていくのか。
本番の舞台がますます楽しみですね!
取材・文:川口有紀
撮影:松谷祐増