※朝日新聞 東京本社版 夕刊 2019年7月18日(木)より転載
堤真一の次なる挑戦は、たった3人だけの緊張感漂う会話劇。 小川絵梨子が演出を担い、さらに宮沢りえ、段田安則という演技派が共演者に名を連ねる。
撮影:石阪大輔 スタイリスト:中川原寛(CaNN)
堤 真一/つつみしんいち●1964年、兵庫県出身。舞台、映画、テレビで活躍。主演映画『泣くな赤鬼』が上映中のほか、11月にも主演映画『決算!忠臣蔵』の公開が控える。現在、新国立劇場中劇場での舞台『恋のヴェネチア狂騒曲』に出演中。
チリの劇作家アリエル・ドーフマンが、1990年、自らの経験を下敷きに書き下ろした戯曲『死と乙女』。ドーフマンは本作の舞台を「長い独裁政権の後に民主主義政権に移行したばかりの国ならどこでも」と記しており、その登場人物たちも、ドーフマン同様、そんな混乱した時代の被害者と言える。反政府側で闘っていた弁護士のジェラルドと、かつて治安警察から拷問を受け、その傷がまだ癒えない妻のポーリーナ。物語は彼らの家に、ロベルトという医師を招き入れたところから始まる。
「とても複雑な構造の作品だと思いました。まず誰が真実を話しているのか謎ですし、僕が演じるジェラルドと、段田(安則)さん演じるロベルトとの関係が実際どうなのかもわからない。(宮沢)りえちゃん演じるポーリーナにしても、本当のことを言っているのか、それとも精神を病んでしまっているがゆえの妄想なのか...。だからやはりどんな稽古を積み重ねていくかがとても重要になってくるでしょうね。その中で演出の小川絵梨子さんが僕らにどういう共通意識を持たせるのか。そして、どういう作品に仕上げようとしていくのか。稽古で大きく変わると思います」
演出の小川とは今回で3度目の顔合わせ。国内外さまざまな演出家と現場を共にしてきた堤だが、中でも小川への信頼は厚い。
「小川さんはどちらかというと海外の演出家に近いタイプですね。稽古場は、役者側からどんな小さなことでも意見をぶつけられる雰囲気ですし、言いやすい。この作品でも、多くのディスカッションに時間を費やすことになると思います。心理的にどういう流れなのかとか、それを掴んだ上でどう表現するのか、しないのかとか...。僕にとってとても信頼できる演出家ですし、久々にご一緒出来るのが楽しみなんです」
キャストの宮沢、段田も、堤にとって舞台での共演経験が多い、この上なく心強いメンツだ。
「この3人で小さな空間で芝居ができることがとても嬉しいです。これまでの段田さんとの共演舞台でも本当に勉強になることばかりでしたし、りえちゃんはとにかく真面目で頼りになる人。そんなふたりに共通して言えるのは、一緒にやっていて余計なことを考えないで芝居そのものに集中できるということ。だから今回心配なのは、僕自身だけってことですね(笑)」
中でも段田は、堤にとって特別な、尊敬する先輩のひとり。
「普段は兄貴分みたいな感じで、関西弁で一緒にワーワー話していますが、同じ舞台に立った瞬間、高みに引き上げられるというか、それによってこちらも変われる感覚があって。昨年『民衆の敵』で久々にご一緒した時も、少しでも引っかかることがあると、演出家のジョナサン(・マンビィ)にどんどん質問をぶつけていくんです、役者の心の動きにものすごく素直に。しかも周りにいる僕ら役者たちにもわかりやすいように、ちょっとジョークも入れて演出家に問いかけてくれる。段田さんによって僕らもヒントをもらえましたし、いつの間にかそれが皆を巻き込むディスカッションに広がっていくことも多かったんです。段田さんにはいろいろな場面で助けていただき、勉強させていただいています。りえちゃんも、段田さんと共演した『コペンハーゲン』(16年)以来2度目の小川さんとの顔合わせですから、それぞれが一歩踏み込んだディスカッションを通して芝居作りができるのではないでしょうか。そういった役者との密なやり取りを今回小川さんも楽しみにしているんじゃないかと思います」
演劇ファンならずとも期待せずにはいられない、巧者3人の化学反応。さらに近い日本を想起させるようなその衝撃的な内容には、考えさせられることも多いはず。
「これに近いことは、今もどこかで実際に起きているだろうと思います。それはとても怖くもありますが、だからこそ今、この作品を上演する意味があると思います」
(野上瑠美子)
『死と乙女』
9月13日(金)~10月14日(月・祝)
シアタートラム(東京都)
料金:全席指定-8,000円
【作】アリエル・ドーフマン
【翻 訳】浦辺千鶴
【演 出】小川絵梨子
【出 演】宮沢りえ / 堤真一 / 段田安則